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花の命は短くてっ!   作者: 相楽山椒
第二話 お金があれば何でも出来る
10/25

2-4 屈まないでっ、見えるから!

「あたしはこれからは好きな事するの!」


(好きなことって、また絵を描くの?」


「そんなダサいことやってたら、また元の木阿弥じゃんか。大人になるのよ、あたしは!」と、得意げにアルバイト情報誌を掲げた。コンビニなどで無料で手に入る類の、地元の情報誌だ。


「やっぱさ、世の中はまずお金よ。お金があればなんだって出来るわ。大人よ!」


(もうその発想がすでに子供よ)


「もとい! お金がないと何もできないわ!」


(同じよ――で、何の仕事するの?)


「この金髪でもできる、時給二千五百円の割のいいやつ。ドリンク作って簡単な接客業、経験不問!」


(朱莉ちゃん、知らない人とおしゃべりするの得意じゃないでしょ)


「じゃあ、この日給一万五千円の引っ越し!」


(女子じゃねぇ、体力自信ある? ないでしょ?)


「くぅうう……男女雇用機会均等ってなによ! じゃあこれだ! 空いた時間にメールの返信など、簡単PC入力作業、女性歓迎!」


(朱莉ちゃんキーボード打てないでしょ)


「座ってできる軽作業!」


(二時間以上座っていられないでしょ)


「クソ……高校生で出来るバイト少ねぇ……」


(いや、高校生とかじゃなくて……)


「若者には時間が有り余っているのよ。そこにお金があれば最強生物なのよ――――は! そうかぁああ! 社会はその最強生物を恐れるがために、若者の賃金を低く設定しているのね!」


(いや、多分、というか絶対違うから。――そもそも楽して稼ごうとし過ぎなのよ。今の朱莉ちゃんの出来そうなのって、掃除くらいじゃない?)


「掃除……清掃員……そうね、じゃあこの辺とか……」


 朱莉はアルバイト情報誌をパラパラめくり「……おお」と静かなる感嘆を吐き、「これっ――みて」と紙面を鏡に映る鞠へとむける。


(朱莉ちゃん、反対。そっち向けても見えないから。こっち向けてよ)


 朱莉から見ると鞠は正面の鏡の中に居るように見えるが、実際は朱莉の背後に居るのだ。


「ああ、ごめん――ほれ、これみてよ、清掃作業員募集……急募……時給……なんと三千円! ……高校生可!」


(これ、ただ事じゃない清掃だと思うんだけど……)




 次の日、三連休の初日、早速朱莉は朝一番で件の高額清掃員バイトへと問い合わせをした。


 あれだけの好待遇ならきっと定員一杯で採用も難しいだろうと期待も薄かったのだが、驚いたことに随時募集しているという。しかも昼から来てくれてもかまわないという。


「よっしゃあああ! 一日八時間働いたとして、この連休の三日で七万円げっとだぜ!」喜び勇んで朱莉は家を飛び出し、一路指定された雇い主のオフィスへと向かった。


 オフィスがあるのは朱莉の住む与鶴市より二駅またいだ笠鷺市の市内中心部の雑居ビルの一室だ。


(まったまった、朱莉ちゃん履歴書。書いてないでしょ?)


「りれきしょ……なにそれ?」


 鞠に説明されて、慌てて階下のコンビニで履歴書用紙を買い求め、記入する。


「くっそ、証明写真ってなんでこんなに高いのよ、ボッタクリだろ……なんかめっちゃ悪い顔に写ってるし」まだ馴染んでない金髪姿の自分の写真を睨みつけてぼやく。


 学歴、高校在学中。資格、なし。あまりに書くことがなく真っ白で味気ない。特技など……あるにはあるが書ける訳がない。とりあえず“絵画”、とだけ書いておく。


「ああ、お電話くれた周防さんね。じゃ、早速履歴書をもらいますね――――おや高校生ですか……」


 アルバイト希望者を迎えたのは、頭の禿げあがった五十くらいの中年男性だ。痩せており眼鏡にちょび髭を生やしている。どこかにいそうなベテラン教師といった雰囲気ではあるが、衣服はグレーのスーツにピンクのシャツ、それに黄色のネクタイと、朱莉も金髪で人のことは言えないが、およそまともな勤め人には見えない。


「代表の島本です」といって名刺を朱莉に手渡す。めてもらう・・・・・名刺・・に朱莉は恐縮とばかりに頭をひょこっと下げる。


「フルハウスクリーニング……厚生労働大臣認可、建築物特種清掃業とくだねせいそうぎょう、りょう種?……」


「トクダネじゃなくてトクシュ、それから丙種へいしゅですね。初めて聞きましたか?」


「はい、たぶん……」


「なあに、特種とは書いてますが、ほとんど通常のおうちの清掃業です。不動産業者が買い取った建物の内外の清掃業務を請け負っているお仕事ですよ。まあ、ちょっと大掛かりな掃除という感じで捉えてもらえれば結構です。何か質問があればどうぞ」


「あの、確認したいのですが、時給三千円ってのは本当なんですか――」


「もちろんですよ。近頃はこういう汚れ仕事を嫌う若い人が多いもので、このくらいはずまなければなかなか続かないんですよね」


「はあ……」


「ただ清掃業ですから、汚い、臭い、気味が悪い、といっていてはお仕事になりません。汚物に触ることもありますし、蛇やムカデやネズミも出るかもしれません。男性でもゴキブリがダメだとか言う方も多いですしね。そのあたりは大丈夫ですか?」


「ええ、がんばります!」


 昔から虫も爬虫類も平気だ。汚いのは仕方あるまい。3Kだろうとこの給金ならば我慢する。汚れは風呂に入って流せばいいだけのことだ。


「ウチとしては、アルバイトとして登録していただける方の頭数はある程度確保しておきたいのですよ。懲りずに続けていただければ助かります」


「大丈夫です! やります!」


 朱莉の快諾を得て島本は再び履歴書に目を落とし「ほう、趣味は絵画?」と呟き、チラと朱莉のことを覗く。


「はい……そうです、が?」


「いえいえ、アルバイトの誰かも趣味が同じだったなぁ、とか思いだしましてね。いや他意はないから気にしないでください。じゃ、早速だけど昼から現場向かってもらいましょうか。日暮れまでには戻ってくる感じで、かまわないですか?」


 五時までだとしても、半日働くだけで一万五千円だ。


「全然オッケーです。なんなら夜までだってやりますよぉ!」


「ハッハッハ、元気ですねぇ――ああいやいや。物騒だからね、あまり夜まで作業はしないことにしているんですよ。じゃあ周防さん、電話で申しあげましたけど、一応適性検査ってのを受けてもらえますか?」


 アルバイトに適性検査というのも大げさな気がするが、高給なりに適正を問われる仕事内容なのだなと身構え、オフィスの隣の個室へと移動した。四方はコンクリート打ちっぱなしの壁で窓がない。部屋の真ん中に向かい合わせになったパイプ椅子が一対ある。まるでコントの舞台のようだ。


「ははは、そんなに堅くならないで、リラックスして座ってください。電灯消しますね」


 島本が部屋の電灯を消すと、完全に真っ暗になった。光が一切はいらない暗闇だ。


「何か見えますか?」ドアの向こうから島本が問いかけてくる。


「いえ、特には――」


 嘘をついた。朱莉の霊感視野には視えていた。


 薄暗い部屋の中で、ぼんやり光る人物。


 目の前には男の姿が視えた。


 両腕を胸の前で組んで朱莉を覗き込んでいる。紫色のローブを纏った男。らんらんとした眼光だけ鋭く、顔はローブの陰になっていてよく見えない。それは試合を待つあいだ、集中力を高めているボクサーの様でもある。


 一分位はそうしていただろうか、朱莉はこらえきれず(あの、どうしたら良いですかね?)と念話で男に問いかけてみる。


(おやおや、あんた視えていたの。驚かないから見えていないのかと思ったわ)男は被ったフードの影の中に埋まりそうな両目を、少し見開いて驚いた様子を見せた。(ん、まあ、慣れてますから……)何の適性検査だろうかと首をひねる。そして見た目のフォルムは明らかに男のはずだが、口調に違和感を覚える。


(ふ、む……ところであんたの目には、あたしの姿はどう見えているのかしら?)男がおもむろに立ち上がり後ろを向いたままローブを脱ぐと、驚いたことに筋骨隆々の背中が現れた。いや、それだけで驚いたのではない。肉体にぴっちりと張り付いたような黒のレオタード、それも背後から見ると、頑強に盛り上がった僧帽筋から、引き締まった大殿筋の割れ目に食い込むワイの字を描いている、紐みたいな極少面積のレオタードだ。朱莉の太もも程の太さはあるであろう両の腕には、鋲が打ってあるエナメルレザーの腕輪が嵌っており、これまたチーターのようなしなやかな筋肉質の両足は、同じパンクデザインのニーハイブーツ。太い首には大型犬にぴったりなレザーの首輪、そこから垂れている金属の太い鎖。


(うっ……)と思わず声を上げそうになったが、こらえた。こらえて無心を装った。


 男は(うふ)と呟きつつ、ゆっくりと正面を向き出す。やはり前もワイなのだろうかと、外しかけた視線を懸命に元に戻し、直視を試みる。


(前は、ヴイなの)


 恍惚とした表情を浮かべ、両腕をスキンヘッドの後頭部で組み、腰を前に突き出してくる変態。


 所謂スリングショットというスタイルだ。ヴイ字のもっこり盛り上がったターン部分が朱莉の目の前に迫ってくる。こんなもんただの紐だ、この服考えたやつアホだ、と混乱の中でどこかのデザイナーを詰る。


 艶のあるスキンヘッドに、潤んだ瞳にマツゲバチバチ、真っ青なアイシャドウに、猥雑な真っ赤な口紅をあしらった筋肉馬鹿。


 朱莉は椅子に腰かけながら身を引きつつ、男が次に発する言葉に戦慄する。


(この部屋は真実の部屋と言ってね、心の目に真実の姿を映しだすのよ)


 北海道のご当地キャラ"まりもっこり、かーわいー"を百回念じてみたが、どうにもならない。正直コレは怖い。身の危険を感じる。


 もしかして、この男の姿は自分がそう見えているだけなのだろうか、と悩む。霊は自分の姿を自由に変えられて、なおかつその姿を相手に見せることもできる。


(うふふ、どぉう? 答えられないのかしら?)


(ああっ、屈まないでっ、見えるから!)


(なーにーが見えるの、かーしーら?)


 こんなんどっから見ても変態としか言いようがないだろうが! と心の深い部分で思ったが、その反面、ハゲ……すなわちハードゲイかっ! と閃くが、安易にネタに走った自分を恥じる。


 真実を話せば落とされるかもしれないが、嘘やおべっかを使ってもそれは容易に見抜かれる。彼は真実を求めている。ならば、これは金の斧と銀の斧方式かと得心する。


 だから(美しいです)と言った。


これが処世術というものだろうと、すんなりと自分の口から出た言葉に、大人な自分を感じた。


 すると、(んふ、かわいいわね)と男は満足げに、マツゲの長い目を細め、すっと闇に消え失せた。


 やがて五分が過ぎたのだろう、電灯が灯され、遮光ドアを開いて島本が入ってきた。


「お疲れ様、合格です」


 しばしばする目を伏せ気味にしながら席を立ち「――これ、何の検査ですか?」と一応問うてみる。

「いやまあ、深い意味はないんですよ。人間は暗闇ってのを本能的に忌避しますから、その中で耐えられるかどうかって感じの検査ですよ。一部の人は混乱したり、驚いて騒ぎ立てたり、ひどい場合は気絶したりするんですよね――」という島本の説明に首をひねる。


 霊感応力がなければ、何も見えないただの暗闇のはずだ。あの男を見て驚かなかったから自分は合格したのだろうかと思った。


 履歴書をファイルに仕舞い、フルハウスクリーニングのロゴが入った上着を羽織る島本をみると、その背後には、さっきのハードゲイの男が憑いていた。なるほど、あれは彼の守護霊というわけか。彼の意向であの男の守護霊が適性検査を手伝っているのか、それともたまたま現れたのか、朱莉にはよくわからない。


 ともあれ、自分の守護霊があんなのではなくてよかった、とすこしだけ鞠に感謝した。

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