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燕友歌  作者: 深淵ノ鯱
4/6

最後の希望

  4


 翌日の日曜日から、私たちのトモダチ探しは始まりました。とはいっても、気分はまるで、生い茂るジャングルに一人取り残されたようなものです。昨夜はいろんな考えが頭を巡り、悶々としていたため、時計の針とにらめっこをしながら、知らない間に意識は落ちていました。首が悲鳴を上げており、体調はすこぶる悪いです。

 彼女とは今日も例の公園で待ち合わせました。お母さんには、トモダチと遊びに行ってくる、と告げ、お昼ご飯はいらないと既に伝えてあります。これで今日は時間の心配なく動けるでしょう。私にとってその状況は喜ぶべきなのか否か……太陽の光を浴びて考えもなお、答えは生まれません。

「やっほ、おはよ。眠そうだね?」

 ブランコに座ってゆらゆらと揺れながら、彼女は微笑みます。鈴が鳴るような声でした。

「うん……まぁ色々あってね」

 私の声があまりに予想外であったのか、彼女の顔が少し曇ります。私は無理に笑い、彼女を安心させます。

「このあたりに、サユキのクラスメイトの人はどれぐらいいるの?」

 きーこきーこ。心のどこかで、無音のままに響いています。

「……詳しくは分かんないけど、数人ぐらい。三人もいるかいないか、って感じだね」

 胸の鼓動が少し痛いです。緊張のせいなのか、それとももっと暗い感情のせいなのか……。とにかく軋み続けます。

「その子の家は分かる? ……うん、じゃあすぐに行こう!」

 私が無言で小さく頷いたのを見て、彼女は片手を高く天に向かって掲げ、叫びます。「おー」。平坦で面白くもない掛け声を残して、私たちは眩い場所へと歩き出します。

 私が知る三人は、全員が男の子です。一人は、偶然近くで話していたのを耳にし、その時に話していた彼の自宅の場所をなぜか覚えてしまっていました。あとの二人は分かりませんが、三人とも仲は良さそうだったので、家の場所ぐらい把握しているでしょう。横風に髪を(なび)かせ、二人は狭い道を進みました。

「……多分、ここだよ」

 彼の名字と一致する表札が、目の前にはありました。レンガ造りの、なかなかに大きな一軒家です。玄関付近には飼い犬が小屋の中から目を光らせており、ちょっと躊躇しちゃう。家の中からは、数人が走り回るような、どたばたとした音が微かに漏れ聞こえてきました。

「ホラ、勇気出して」

 彼女は、扉までは一緒に来てくれません。玄関からは死角となる場所で待機すると言います。まったく、ここまで来たのなら付き合ってくれてもいいのに。不満に思いながら、私はインターホンまでとぼとぼと歩きます。

 ぴんぽーん。澄んだ音が木霊(こだま)しました。私の中で泣いていた音の数々が瞬時に浄化されたような、そんな錯覚を覚えました。すぐに「はーい」と女性の声が聞こえます。私は声を震わせながら、自分の名前と要件を伝えます。

「――○○くん、今いますか?」

 背伸びをしていたつま先が、こつん、と音を立てて落ちます。まだ戦いはこれからなのに、もう力が出ません。このまま倒れてしまいそう……ううん、いっそ倒れてしまいたいです……。

 私が俯いて何度もため息を吐いていた時、目の前の扉が動きました。ドアの隙間から、僅かに視線が私を貫いています。酷く細い目です。

「……なんだよ」

 お世辞にも私を歓迎しているとは言えない声でした。彼が私の前に、完全に姿を現さない理由は何となく想像がつきます。私はあれこれ言葉を探し、必死に紡ぎました。

「えっと……急に来たりしてごめん。ちょっと聞きたいことがあるんだ。いい?」

「聞きたいこと? こっちはいそがしいんだ。お前に付き合う時間なんかねーんだよ」

「私の事、嫌い? だったらどれぐらい嫌い?」

 社交辞令。時間があるかなんて、「おはよう」をちょっと延長させたものにすぎないのです。彼がどう答えるかなど、興味はありません。

「ムシかよ……相変わらず変なヤツだな」

 ちっ、と舌打ちし、彼は吐き捨てます。

「嫌いだよ、だいっきらいだ。学校の近くの変な店の前にあったゲロ以下だ」

 そう言って、彼は勢いよく扉を閉めました。がちゃ、がちゃ、と上下二つの鍵がかかる音がし、脇で待機していた犬が甲高い声で喚きます。

「予想通りだったよ……って、あれ?」

 彼女が待っているはずの場所へ結果を報告しに行くと、そこに彼女はいませんでした。付近をうろつきまわってみても、何の気配もありません。主を失った蜘蛛の巣が、風に揺れるもの寂しい木々の狭間で、目に見えない何かと対峙していました。

「あっ……ごめん……っ、待たせて、しまった、かな……?」

 不意に声がして振り返ると、額に汗を光らせて荒い息を吐いている彼女の姿がありました。どこへ行ってたの、と驚きながら訊くと、流れる水の玉を拭いつつ呼吸を整え、説明を始めました。

「次は△△くんの家に行くんでしょ? でもサユキ、その子の家、分かんない、って言ってたよね。この家に住んでいる子と仲が良くて、登校も一緒にしてるんだったら結構近い所に住んでるんじゃないかな、って思ったから、その子の家を探してたの。勝手なことしてごめんね」

 とっても柔らかな、まるでこちらが玉砕することを予想していたような声音で彼女は謝りました。もしかしたらそれには、私を凌駕する異なる意味を孕んでいたかもしれませんが……それは妄想に過ぎないでしょう。

「サユキ……どうだった?」

「訊くまでもないでしょ。アナタの予想通り」

 そっか、と彼女は肩を落とします。でも、私は特に気にしていません。私にとってもこれは想定内です。突き放されたり悪口を言われたりしたことに関しては、気にするまでの事もありません。

「それで、△△くんの家は見つかったの?」

 彼の家の前から早々に離れ、私は尋ねます。彼女は一転、自信ありげに頷きました。

「うん! 多分……っていうか、絶対にあそこだよ! 名字も同じだったし!」

 探偵にでもなった気持ちなのでしょうか。誰かのための、人のあら捜し……それはそれで楽しいものかもしれません。

「……着いた。ここだよ」

 彼の家も、また一軒家でした。先ほどの家ほど大きくはないものの、白と青を基調にした、一風変わった雰囲気を感じる家でした。

 ここでも彼女は着いてきませんでした。同じように、彼からは見えない場所で待機していると言うのです。私はそのまま、彼女を置いて玄関へと向かいました。

「……あ、えっと、△△くん? 急にごめんね、同じクラスのサユキだけど……」

 ○○くんを訪問した時に失敗したことを知った彼女は、私にいくつかアドバイスをしました。端的に言うと、「もっとフレンドリーに接しろ」とのことでした。私なりの表情と声の使い方で、「ふれんどりー」に彼を呼んだつもりです。

「はぁ!? 誰がお前のことを――!」

 でも、結果は変わりありませんでした。彼らはきっと、とても仲の良いトモダチであるのでしょう。反応は殆ど同じでした。まるで、二人がどのように私をあしらうか事前に相談していたかのように。二人が強い絆で結ばれていることを、彼ら自身の態度で証明していました。

「次は□□くんだね」

 彼が怒鳴る声は聞こえてきたことでしょう。でも彼女は、今度はしれっとした顔で私にそう告げてきました。私に気を遣ってくれているのか、それとも本当に聞いていなかったのか……。彼女が浮かべる微笑みの裏に咲く満開の薔薇(ばら)が、私の中にまで(とげ)を伸ばしているようでした。

「……そうだね。まぁ、でも、きっと□□くんも同じだよ。あの二人と仲が良いのなら、同じように染まってるはず」

 二人目が、最初の彼と唯一違ったところ。それは、□□くんの家を尋ねると、不承不承ながらも教えてくれたところでした。いえ、正確には話を偶然聞いてしまった彼の母親が、「知りたいんだったら、教えてあげる」と善意の塊を私にぶつけてくれたからです。お母さんは丁寧に、幼い私でも分かるように説明してくれ、最後には「上がってく?」との提案もしてくれましたが、さすがに申し訳ないですし、何より彼の嫌悪感溢れるオーラが身に沁みて痛かったです。丁重に断って、退出してきました。

「□□くんって、どんな子なの? サユキから見て」

 歩きつつ、彼女が問いかけてきます。私は少ない思い出から必死に彼の姿を探しました。

「……クラスではそんなに目立つ子じゃないかな。むしろ地味、って言われる部類に入る子だと思う。ちょっと気は弱そうだけど、ほかの子に優しくしてるところは見たことがあるかな」

「ふーん、いい子じゃない。その子となら、サユキも仲良くなれるんじゃない?」

「いや、わかんないよ。あーゆー子だもん。もし私の事をどうとも思ってなくても、あの二人に脅されたりしてるかもしれない。そしたら、どうあがいても私とは仲良くできないよ」

 視線を前に向ける刹那、彼女がふわっと微笑んだように思いました。それは私がこれまでに見てきたそれとは、どこか違うようにも感じられ……やけに大人びて見えました。

「ここだ」

 薄い黒鉛筆で主に描かれた地図の中で、ひときわ目立っている赤印の場所へと辿り着きます。そこは、先の二人とは対照的な、くすんだクリーム色の外壁には所々小さなひびが走っていたり、段ボールで応急処置されただけの割れた窓ガラスが目立ったりしているような、古いアパートでした。

 うわー、と、見上げて呆然とため息を吐いている彼女を置き、私は甲高く鳴る階段を上って目的の部屋へと向かいます。

「二階の、奥の……ここか」

 彼の名字が、小奇麗な木の板に乗って風に揺れます。その場所から下を見下ろすと、既に彼女の姿はありませんでした。

 チャイムを鳴らすと、特に声が聞こえることもなく、すぐに扉が開きました。

「……××さん?」

「うん。急にごめんね」

 ドアの隙間から半分だけ顔を覗かせて、彼は驚きを隠せぬ様子で私の目を見ました。その瞳は私の急な来訪を迷惑に思うと言うよりは……ただ戸惑っているだけのように見えました。

「ちょっと訊きたいことがあって来させてもらったんだけど……今、時間いいかな?」

 私ができる限りの「ふれんどりー」な声で話しかけると、しばし彼は左右を見て迷うようなそぶりを見せた後、小さく頷きました。

「ありがとう。急にこんなこと訊かれたら困るかもしれないけど……」

 何だろう。自分自身に、強い違和感を覚えました。先ほどの二人と違って、言葉がスッと出てくる。ただ単に慣れてきたというだけでしょうか。

 あと、そのおかげか分からないけど、やけに落ち着いている。彼もまた、私と同じように、何かを話すときは途切れ途切れに、とても慣れていなさそうな挙動で喋る。私の話すことに時々質問をはさもうとするけれど、尋ねたいことがうまく言葉にならずに、もごもごとよくわからない苦悶の声を上げるだけとなってしまいます。

「……と、そういうわけで質問をしに来たんだけど、□□くんは、私の事をどう思ってる? 別にどう答えたからって先生に告げ口したりしないからさ。正直に教えてもらえない?」

 私は、逃げられていないことに安心してしまっているのでしょうか。それとも、彼に私を投影してしまっているのでしょうか。過去の私にはあり得なかったこと。それが今、まさに目の前で起ころうとしています。

 そして同時に、小さな不安の念が沸き起こるのも感じました。目の前から、一羽のほの白く光る鳥が手の届かない場所へ行こうとするように。大切なものを手放すまいとして伸ばした私の腕は、虚空を無音のまま掻き切るだけです。

 きーこきーこ。またあの声が聞こえます。でも、なんだか遠い……。私との間に隔たる大きな壁が、現実を教えてくれる音を、残酷にも掻き消していました。だからなのかな。とっても澄んだ声が聞こえます。彼の小さな体から発せられる、精一杯の気持ちの歌が……。


 別に……嫌いじゃ、ないよ……。


 私の目を見ずに……見ることができずに、彼はそう言いました。そしてそのまま、扉を閉めてしまったのです。私は呆然と、反動で揺れるプレートを眺めていました。やがてこつんっ、と軽い終止符を打って、同時に我に返りました。

 振り返って下を見ても、誰の姿もありません。私は、ドアが閉まる直前に見えた真っ赤な彼の耳たぶを思い出しつつ、茶色に錆びた心許ない柵に寄りかかりました。

 冷たい風が、燃える私の心を冷ましてくれることを祈っています。

 私の背中にも、翼が生える日が来たのでしょうか。

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