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燕友歌  作者: 深淵ノ鯱
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ひみつの場所

♪はじめに♪

・この小説は、5話+エピローグという構成となっています。毎日1話のペースで投稿しますが、5話投稿と同じ日にエピローグも公開します。

・誤字脱字がございました場合には、お手数をおかけしますが、ご連絡をいただけると嬉しいです。

・いただいた感想に対しては、基本的には個人メッセージでの返信を考えております。あらかじめご了承ください。

・皆様の忌憚のないご意見をお待ちしております!

  1


 学校からの帰り道。重たいランドセルを揺らしながら、私はすたすたと、いつも通りの歩幅で進みます。今日も今日とて、全く変わらない面白みのない風景が、前から後ろへと流れていきます。

 私が生きている場所はつまらない。いつから、そう思うようになってしまったのでしょうか。もう昔の記憶でありすぎてはっきりとは覚えていませんが、小学校に入学したばかりのころは、そんな風には思っていなかったような気がします。多分私は普通の家庭に生まれて、一人っ子だったため両親の想いをただ一身に受けて育ち、普通に笑って、周りの子や先生たちと過ごしてきました。あのころは純粋に、心から笑えていたように思います。

 でも、時間の流れが非情とはよく言ったものです。周りのみんなが、年を経るにつれて、オトナになっていく中、私も同じようにオトナになっていきました。たくさんの人からいろんなことを教わり、いろんな感情を知り、みんなは成長していきました。私も成長……したはずです。ただ、その方向性がおかしかっただけかも。

 素直さ、というものが私には欠けているように思います。どこかに置いて忘れてきてしまったのかもしれないし、一人だけ先に走って行ってしまったのかもしれません。自分にとっての「普通」は、みんなにとって「異常」なのだと。一年ぐらい前になってようやく気付きました。私の「普通」にみんなは全く着いてきてくれません。同意してくれることも無ければ、同情もない。学校の企画で、下級生の子たちと掃除したり遊んだりすることがありましたが、その時も、みんなは私の言うことに従ってはくれませんでした。理由はわかってる。わかっているんです。でも、どうしたらいいか分からない。自分が「普通」になればいいんです。「異常」にバイバイして、空気のように周りに溶け込めばよいのです。……その方法がわかんないから、困っているのです。

 私の周りからトモダチは消えました。みんな離れていきました。気味悪がられ、キチガイと罵られました。悲しかったし、辛かった。今でも、心のどこかで鬼が金棒を振り回しています。痛い痛い。

 家の前に辿り着き、鞄から鍵を取り出します。お母さんとお父さんは、毎日遅くまで仕事で家に居ません。そのため、数年前から鍵を持たせてもらい、洗濯ものの取り込みや料理などはしっかりと出来るように指導されました。はじめたての頃は当然、失敗ばかりでしたが今はそつなくこなせます。二階に上がり、青空の下、今日も穏やかな風に揺られるだけの半日を送ってきた衣服を回収します。何気ない一言が漏れました。

「いいなぁ、楽そうで」

 ふんわ、と彼らが笑ったように思いました。皺にならないように畳み、整頓しておきます。

 続いて夕飯の準備をしようと台所に向かうと、IHの上に一枚の紙切れが置いてありました。女の人らしい丸っこい字で何かが書いてあります。

『今日は少し早く帰れると思うから、ご飯の準備は結構です。母』

 近くの戸棚を少し探ってみると、袋めんやレトルトのカレーがいくつか並んでいました。少し(いびつ)に。きっと今日はこれなんだろうな、と思いつつ私は冷蔵庫の中の野菜を取り出し、軽く炒めます。火が通ってきたら、塩コショウとバターで味を調(ととの)えれば完成。ジャンクな食べ物ばかりでは体に毒です。これだけでも、食卓に並べば少しは変わるはず。

 一息つきます。いつもならもうちょっと料理をしているのですが、必要ないと言われた以上、あまり余計なことはするものではありません。外で誰かがはしゃいでいます。

 はぁー、と一気に息を吐き、その場に寝転がりました。柔らかな陽の光が、薄暗い部屋の中に恵みを与えてくれます。私にその光は届きません。眩しすぎるのです。

 五分ほどそうして無駄な時間を過ごし、私は置きあがります。そしてそのままふらふらと外へ出ました。そろそろ時間かな、と思ったからです。

「やっほ」

 私の予想は当たり、嬉しくなって私は柄でもなくそんな挨拶をしてしまいます。でも、彼女もまた嬉しそうに私の声に応えてくれました。「やっほ」って。可愛いです。

 彼女は、最近できたばかりの私の新しいトモダチ。……いえ、新しい、というのはおかしいですね。私にとってトモダチに古いも新しいもありません。古いトモダチ、なんていませんでした。彼女は、私にとって唯一のトモダチです。

「どっか行く?」

 問いかけると、彼女は笑顔で頷きます。私たちは、さっき騒いでいた子たちが向かったと思しき方向とは逆方向に歩を向けました。あまり彼らとは出会いたくありません。私たちが向かう先に、きっとこのあたりの子どもは誰も知らないであろう、小さな公園があります。そこが、私たちの秘密の場所なのです。

「今日、学校でどんなことがあったの?」

 彼女は問いかけます。彼女は私と年齢が違うため、私の学年やクラスの事情を詳しくは知りません。

「何もないよ。いつもと同じ。学校行って、勉強して、給食食べて、また勉強して帰ってきただけ」

「楽しかった?」

「全然。むしろ息が詰まっちゃうよ。死にたくなっちゃうぐらい」

 私のそんな冗談半分な言葉に、彼女は少し怖い顔をします。

「そんなこと言っちゃダメだよ。死ぬなんて言っちゃ。先生からもそう言われてない?」

「うん、何か事件とか起きるたびに言ってる」

「だったら――」

 彼女はまだ何か言いたそうにしますが、私は首を振って遮ります。それ以上は、いくら彼女の言葉でも聞きたくなかったから。

「その人の人生だもん。事故とか事件に巻き込まれた、って理由で死んじゃったのならそれはかわいそうだと思うけど、自殺する人って、自分の人生に満足していないからそんなことしちゃうんでしょ? 終わり方ぐらいは自由にさせてあげるべきだよ」

 私は言い終わり、前を見据えます。まだ陽は十分に高い場所から私たちを照らし、しばらくは沈まないでしょう。視線を逸らす寸前に見えた彼女の顔は、ひどく曇っていました。少し申し訳なく思いますが、言ったことを取り消すことはできません。横目でチラチラ確認してみると、彼女は金魚のように、何かを発そうとして口を開けては戸惑って閉じるということを繰り返していました。

 やがて、目的の公園に辿り着きます。周りを囲む太い木々は、太陽の光の侵入を許さない程に深く生い茂っています。地面は辛うじて歩けるぐらいに草が刈られていますが、滑り台やシーソーなどの遊具は、既に茶色に錆びてしまっています。そんな中、ブランコだけは私たちを受け入れてくれるようでした。

 きーこきーこ。そんな、私たちの心の中のような音を静かな夕暮れに落としながら、二人は何をするでもなく時間の流れを楽しみます。さすがに毎日ではありませんが、週に一回は必ず。こうして二人だけの時間を持つことが、少なくとも私にとっては最高のリラックスとなっていました。

「サユキってさ、いま何年生だっけ?」

 少しして、彼女が口を開きます。木漏れ日が目に毒です。

「六年生だよ。もうあと半年ぐらいで卒業。っていうか、知ってなかったっけ?」

「うん、知ってた。ごめんね、わざわざ訊いて」

 恥ずかしそうにはにかみます。意図が読めず、私は首を傾げました。

「……ちょっと気になってさ。サユキは卒業したらどうするつもりなのか」

「どうするも何も、そのまま中学校に行くよ。地元の公立中学校。クラスの中には私立受けるんだーって意気込んでる子いるけど、私はそんなことしないし」

 周りはその子を応援している。塾には行っていないらしいけど、朝休みや給食後の昼休みはずっと机に向かっている。小学生らしくみんなと遊べばいいのに、とは私が言えた義理じゃないけど。

「サユキはさ、友達、いる?」

 えっ、と思って、私は彼女を見ました。彼女は私と目を合わせようとせず、俯いてしまっています。

「うん、いるよ」

「私以外で?」

「じゃあいない」

 正直に答えました。いつもよりも低くなった自分の声。つっと、顔を逸らします。

「柄のあんまりよくないヤツもいるけどさ、関わらなければ怖くもないし。適当に勉強やって適当に部活もやって。そうして高校にもいけば、誰も文句言わないでしょ。私はそれで問題ないの」

 彼女が次に言わんとすることを予想して、先に言ってやります。きーこ。また心が軋みとなって悲鳴を上げました。

「ワタシは……不安だな」

 彼女が絞り出した小さな声。それはまさに、蚊の泣くような声でした。

「不安? どうして?」

 こんなところでは、私は素直です。以前、彼女に茶化された記憶があります。純粋に疑問に思い、その欲望のままに訊いてしまうのです。……いえ、今回は違うかも。彼女が訊いてほしそうにしていたから。だから私は、普段社交辞令を言うように言葉を出せたのかもしれません。

「……ワタシ、サユキとずっと一緒にはいられないから……」

 ひどく間抜けな声が漏れました。「え?」って。いつかのような場面に、でも彼女は力なく笑い、再び視線を落としました。

「ワタシ、もうすぐ遠くへ行っちゃうんだ。だから、もう長くはいられない……」

 それは、幼い私の心に容赦なく亀裂を入れました。錆びていた心は音を立てて崩れ去ります。短い人生を今まで生きてきて、初めて耳にした音でした。

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