新人冒険者の試練
(ステラは元気にやっているかな)
約束を交わした日を思い出し、そんな思いが胸に溢れた。
あの後のステラの取り巻く環境の変化は激しく。俺が危惧していた通り邪魔なものが入る余地が無かった。
ステラは直ぐに国王自らお呼びがかかり、正式な勇者承認と爵位の授与。
少し前まで孤児だったステラが、今は貴族だ。
そして、ここレギオン王国の精鋭部隊。勇士騎士団の見習い騎士としての生活が始まり、余裕など無い毎日を送っていた。
会う機会を完全に失ったのだ。
自身のスキルを悔やむ時間を与えられた俺とは大違いだ。
今の俺は時間があっても鬱になるだけだ。夜は冒険者になってどの街で活動するかとかを考えるようにしていた。
(しかし、結局スキルの意味はわからなかった)
俺のスキルは、スキル辞典にも乗って無く効果がわからない。
スキルを使えない事を嘆くべきか、変態の効果が感じられない事を喜ぶべきか。
しかし、今は考えても仕方がない。そう思い直し、冒険者ギルドを目指す。
***
石畳で舗装された目抜き通りを歩きながら王都の街へ目を向ける。
レギオン王国の王都レオンは、レンガ造りの統一性のある建築物が立ち並ぶが、増える人口に合わせて増設された町並には統一性が無く、少し脇道に入れば地元の人間でも道に迷う歪さを持っている。
産業系のスキルを取り扱う産業ギルドによって、深刻な食糧難は免れてはいる。しかし、土地の治安は良いとは言えなかった。
脇道の中からカモを探す視線に、怯えないよう胸を張って冒険者ギルドへ向かう。
目抜き通りを進むと、大きく目立つ建物見え始めた。看板に取り付けられた勇敢な獅子の紋章、ここがレギオン王国の冒険者ギルドだと物語っている。
冒険者ギルドはとても精悍で整備が行き届いている事がわかる五階建ての建物だ。
周りの増設と整備不足の建物とは一線を敷いている。
魔物は世界の脅威だが同時に莫大な資源を生む金山でもある。
その為、冒険者ギルドは金があるし、国も積極的に関わっている。
だから、戦闘向けのスキルを手に入れた人は、英雄を夢見て冒険者になるんだ。
一般のスキルでも、鍛えれば勇者の神域のスキルにも負けない力を持つと言われ。
毎年多くの人が夢を追って命を散らせ、それでも王都では人口が増え続けている。
俺は意を決し冒険者ギルドの扉を開く。
昼の冒険者は基本、依頼や迷宮で魔物狩りをしているが……、
都市部は人口そのものが多いので関係無かった。と言うよりは、
「すげー! 強スキルじゃん俺とパーティー組もうぜ」
目の前に広がるは、俺と同年。今年成人を迎えた若者達だった。
今年、冒険者になる人は。冒険者説明会を受ける為、冒険者ギルドに呼ばれているのだ。
王都の冒険者ギルド内は広い、恐らく一階の受付だけでも100人は入るだろう。しかし、その広い空間の半分は若者で埋め尽くされている。
冒険者は誰でもなれるし、結果は自己責任とされている。
こうやって企画を建てて説明会を開くのは、成人し冒険者になる人が多い今の時期だけだ。殺到する登録希望者による混乱を避ける為であった。
そして、この説明会もグループ分けし複数に別れてやっていると言う。
俺も成人した次の日に、冒険者登録は済ませている。
しかし、冒険者ギルドの都合で一週間の自宅待機をする事になったのだ。
それだけ、冒険者になる若者が多いと言う事だ。
「おい! 変態トランスがいるぞ!!」
一人の少年が俺に気付き、高ぶった感情に身を任せて叫んだ。
「何でアイツが冒険者に?」
「男色パブにいるって言ったやつ誰だよ」
「俺はナチュラルだ!! 見ないでくれ!!」
待機中ともあり、暇を持て余した若者達は直に俺に食いついた。
でもこれも一週間の内に成れた事だ。
早く診断を済ませて王都を出たいという気持ちが、俺に平常心を与える。
***
「それでは、今から冒険者説明会を行いますので。地下室へお降り下さい」
俺は罵りを耐え。無事に説明会の時間がやって来た。
受付嬢の説明に従い、俺は集団に付いて行く形で冒険者ギルドの地下へ降りた。
「広いな」
思わず声が漏れる。
地下と聞いて狭いのかと思ったが。そんな事は無かった。
むしろ、一階よりも明るく広い気がする。
地下室は土の床だけとシンプルだが。広さは100平方メートルあるように見え。光源も無いのに光に満たされているのだ。
これは俺だけでは無く、他の子達も同じ意見らしく呆然と地下室を見ているのだ。
そして、その視線は部屋の中央にいる人物に向けられる。
壮年で身体が弱そうな矮躯な男性が一人、立っていた。
「初めまして新人君たち」
矮躯な男性が話し始め、俺も含む皆が声の主に意識を向けた。
「私は、レギオン王国の冒険者ギルド代表を務めるエドガー・クランツェと言う者です」
にこやかに話しかけるが、代表と聞いて皆が緊張した。それを見て愉快そうに笑うエドガー。
「そんなに固くなる必要は無いよ。今日は君たちの戦力を測るだけで、何か難しい事をお願いする訳ではいから」
そう言ってエドガーは魔物から取れる魂の化石、魔石を取り出した。
青くこぶし大の宝石とも見間違うそれを皆に見せる。
「先ずはこの空間と、私のスキルを説明しよう」
そして、魔石は輝きだし土の床だった部屋が草原に変わり始め、皆が動揺の声を上げる。
「私のスキルは【異空間】。架空の空間を生み出す力をもっている。そして、魔物から取れる魔石の力を
併用する事で擬似的な迷宮を再現する事が出来るんだ。つまり、君たちが今立っているこの地下室は私が創り出した迷宮だ」
エドガーは笑いながら説明するが、あまりに強大過ぎるスキルを前に皆が言葉を失っていた。
俺もその一人だ、スキルは人生に影響を与える。その為、皆が一通りはスキルを勉強し成人の日まで欲しいスキルを願い続けるのだ。
だが、擬似でもあっても迷宮を創れるなんて聞いた事が無かった。
「そして今から、君たちを私が創り出した迷宮内へバラバラに飛ばす。勿論、魔物がいるね」
その一言で全身が凍りつく。
迷宮、魔物? 冗談じゃない。はっきり、殺すと言っている様なもんだぞ。
その意見は大半の若者も同様だったようで。狼狽の声が上がり始める。
そして、エドガーは満面の笑みで告げる。
「安心したまえ、出るのはゴブリンだけだ。そして道も真っ直ぐ。今の君たちは、生きてこの地下室に戻ってくる事が一番の課題だ」
俺は逃げ出したいと心から思ったが、もう遅い。
床から生えた草は長く伸び、俺の身体に巻き付いたのだ。そして部屋全体が青白く光りだす。
他の子からは啜り泣く声まで聞える。
一階にいた時の喧騒は、地下室で悲壮に変わったのだ。
それも仕方がない事だ。別に腕っ節が良いから冒険者になった訳では無い。
仕事が無いから来ただけの者も多い。
スキルに恵まれても、つい最近得た力に命を委ねる自身は無い。
何より、俺を含め大半の若者は”武器”すら持っていなかった。
一部の若者を除き皆が狼狽の声を上げながら、光に包まれ世界が変わり始める。
そして、不意に訪れた生命の危機に、何の対策も出来ないまま意識が深く沈む。
お昼にまた投降します