あとで体育館裏
移大歴七七二年四月一日。フィックラトの移動日がとうとうやって来た。
昨日は、この地を去る最後の日という事で、フィックラトの上では、昨日までに犠牲になった者に哀悼の意を表するとともに、人々の歴史がこれからも紡がれる事に感謝の祭事が行われた。
フィックラトが動き始めた。
フィックラトのレヴィルより大きく太い十二本の脚が、地表を離れるたびに大きく陥没した地表が顔を覗かせ、踏みつけるたびに脚は大きく沈み、振動で燃料として使われ廃棄された土くれの山は崩れ、平坦になっていく。
そんな光景を近くにいた他の大地ちゃんは見ていた。各々の胸には、いつかこんなになってやると思う者も少なくはないだろう。
しばらくフィックラトが順調に移動していると、動きがどんどん遅くなり始めた。それは窪んだスミちゃん地の勾配が最もきつい辺りであった。
「――やっぱり、ばばあじゃん」
大地ちゃんの誰かがぼそっと呟く。
そうすると、今までになく大きな金属が軋む音が辺りに響き渡り、フィックラトの脚が再び地表から離れ、力強い、そう、力強く地表を踏みしめた。その衝撃は近くの山々のスミちゃんではない山肌を露出させ、周囲一帯をしばらく土埃が支配し、さらに、普段は殆ど揺れる事のないフィックラトの大地上でも、座りが悪いものが倒れる程であった。
ただ、そんな影響をもたらしながらも、フィックラトはその最も勾配がきつい場所を越えて行くのであった。
フィックラトの去った広大な窪地には、パレットがいくつか残っていた。
パレットの上には、スミちゃん、カンちゃん、トーちゃんが積載され、牽引される大地ちゃんが現れるのを待っていた。
「あー、見て見てリゼトト。フィックラトが踏み抜いた場所。私じゃ絶対に渡れないや」
そこには、再び忙しくなる頃にやって来たリゼトトに、フィックラトの付けた足跡を覗き込み、体重の重さをこれでもかとアピールするレヴィルがいた。
「あーあ。私も先に行きたかった。フィックラトの通ったあとじゃ通れるルート狭いじゃないの」
レヴィルの話を聞いているかどうかは分からないが、リゼトトもフィックラトは重い事を肯定する発言をするのだった。
フィックラトの脚は、レヴィルの一本脚どころかレヴィルの大地部より一本一本が太かった。大地面積比でレヴィルの約四百倍を誇る大地ちゃんであるフィックラトが持つ脚だ。そりゃあ生半可な太さではない。
「あっ、こら、レヴィル。あんまり近づいたら落っこちちゃうわよ」
同じ大地ちゃんであっても、小さな大地ちゃんが嵌まる足跡。大地ちゃん社会の成功者の足跡であった。
フィックラトの転地先での、人とモスアニマルの戦闘は、随分前に終わっていた。人の勝利だ。その後の討伐隊は、新たに形成される流通ネットワークの経路に散ったり、一部はフィックラトへ凱旋したりした。
凱旋パレードにはフィックラトの住民全員が参加しているのではという程の人が沿道に集い、大歓声に包まれた。それを見ている無人の大地ちゃんたちは、指を口に入れている幼子のように見えたのだった。
その幼子たちは今もフィックラトの周りをちょろちょろし、今自分は何してるんだろうと、自身の無力感に打ちひしがれていた。もちろん、大地ちゃんの面の皮は厚い、誰もおくびにも出さないが。だって、面の皮、金属製だもん。
フィックラトは、六日掛けて転地先に到着した。
到着地は豊富なスミちゃん地の端っこ。これからまた十年〜三十年掛けて、この地のスミちゃんを食い潰していく事になる。
フィックラトが今日までいた場所は、流石の苔ちゃんといえども再生に千年は掛かる。それだとどんどん惑星上のスミちゃんが減り続けているように思うかもしれないが、千年は掛かるのは、単純に苔ちゃんの堆積速度からだ。
実際には、低地に流れ込む水のように、周りの山々から、大地ちゃんが起こす振動や地震による土砂崩れも合わさり、百年単位でスミちゃん地として復活するのだ。
その速度は未だ泥炭は再生可能エネルギーと言って差し支えなかった。苔ちゃん時代に未だ陰りの気配なしであった。