大地ちゃんときどき人間さん2
レヴィルはぷーたれていた。
「ぶーだ、ぶーだ」
レヴィルに次に割り振られた仕事は、ブロック状に整形されたスミちゃんを切る事だ。
次の工程用に使いやすい形にカットするというわけで、採掘しブロック状に整形した身としては物凄い二度手間感に、レヴィルのケーブルは力なく横たわり、ケーブル先は大地外縁部から垂らしていたのであった。
と、そこへ、
「おんやー。そこにいるのは偏屈なレヴィルじゃないか」
さも、今気づきましたばりに言うのは、少し前に口争いをしたシノークであった。
「ああ、エリート(没個性)のシノークじゃん」
それに副音声込みで、さも今気づいた風の返事をするレヴィル。もちろん、大地ちゃんの巨体を隠す事は無理なので、何時間も前から互いに認識はしていたのだが。
「それで、シノーク。私に何か用〜?」
「いやいや、ちょっと見ない間に、土弄りに目覚めちゃった奴の顔を見に来ただけさ」
見える。そこには、にやにや顔をする女の子の姿が。
ちなみに、移動都市の人工知能は全て女声だ。嗜好や口調は男っぽくてもすべからず女声である。一応中性声の者もいるが、男声は一切存在しない。それが大地ちゃん黎明期からの暗黙の了解であった。
「あーはい、こんなかおでーすよ」
ぷーたれているレヴィルは、シノークの嫌味にも怒る気概もなく、ケーブルを少し起こしただけで終わった。
「うへ、分かりやすく不機嫌だな」
こりゃからかってもしょうがないなと、そんな顔のシノークは、一、二度当たり障りのない話題を喋ると、本来の目的地であるフィックラトの方へ去って行った。
レヴィルより少し大きく、四角い大地を持つ大地ちゃんであるシノークの役目は、モスアニマルとの戦闘区域へのもろもろの運搬であった。
モスアニマルとの戦闘は開始されていたが、今現在も応援の兵や傭兵、物資は到着していた。一ヶ月やそこらでもろもろが集まる程、大地ちゃん間の交通網は発達していないのだ。
航空機はもちろん廃れている。大地ちゃんの上だけが唯一に近いモスアニマル以外の生存圏、滑走路を作るなんて割に合わないのだ。ただし、垂直離着陸機は一応生き残っており、主に外交、貿易の足として使われていた。
レヴィルがしっかり役目をこなしつつも、ケーブルは垂れていた頃、人とモスアニマルの生存競争は始まっていた。
地表戦において、普通科、所謂歩兵は存在しない。人はすべからず何かしらに搭乗し、降りる事はない。
最小単位は二人乗りホバー、エアクッションバイクこと略称エアバイク。前の座席は運転手で後ろの座席が射手。船体の両側面には転覆防止、安定性向上補助装置のようなものが突き出し、急旋回時には地表に突き立てる事で、迅速に曲がる事ができた。
重機関銃を備え付けたホバー、略称エアアーマー。四〜六人乗りで、艇長、操縦手、無線手、銃撃手、副銃撃手、洗浄手と大凡このような人員で構成されている。副銃撃手と洗浄手はいたりいなかったりする。
多くの人員が乗り込めるホバー、略称エアバス。横に突き出た副甲板を持ち、輸送にも使える。後付けの副甲板を外し、足もタイヤに換装すると、幅は車線一車線分となり、大地ちゃんの上も走れる。
地表の部隊の大半は、この三種に分類されるホバーに乗っていた。
ホバーでないものも一応ある。前線指揮をとる者たちが乗り込んでいる、小型の大地ちゃんというべき多脚機動兵器である。
動けない事はないが、鈍重であり、固定砲台、砦というべきなりで、地表基地として運用されていた。
エアバイク、サイズにもよるが、エアアーマーも格納でき、応急処置程度なら、大地ちゃんまで帰る必要はない。
エアバイクは隊をなして戦場を駆け抜け、エアアーマーの重機関銃の音は戦場に響き渡り、エアバスのクラクションは戦場に華を添えた。
モスアニマルも黙ってはいない。
ムカデは、その多くの脚を使いぬかるみを感じさせない速度で移動し、サイズにもよるが、重機関銃でないと破れない外骨格を持つ個体もいる。
トカゲは自動小銃でも問題ないが、数が多い。群れは百匹単位である事も多く、移動を開始すれば、その物量に押しつぶされるだろう。
ワニ? 個としてはムカデに劣り、数ではトカゲに劣る。戦場での脅威度は低い。
他にも地表にはいない索敵困難な存在がいた。
ミミズと俗称されるモスアニマルだ。苔ちゃんではなくスミちゃんを食すため、狭義のモスアニマルではないが、こいつが実に厄介。
ミミズはこの苔ちゃん時代に最も適用した生物群であり、その中の一種が、超巨大なのだ。その大きさは最大ビルサイズに匹敵する。
大人しいモスアニマルなのだが、単純にその巨体が問題だ。そのミミズの地中の移動では、地表が盛り上がる事がよくあるのだ。ホバーは高低差に弱く、その盛り上がり、時には陥没する場所をほぼほぼ通れない。ミミズ穴も落ち込めば、人はほうほうの体で登るしかない。
そして地表に出ている時は、その巨体故に、身動ぎ一つで近くのものを押し潰す。固いモスアニマルならまだしも、紙装甲であるホバーはまず耐えられない。
そんな恐るべきモスアニマルが地中に住んでいるのだ。
モスアニマルも大きな奴ばかりではない。
地表には、旧世代の虫というべきサイズのモスアニマルも多数存在していた。軍人や傭兵が全身スーツを着ているのも小さなモスアニマル対策である。
そして、洗浄手と呼称される者は、この小さなモスアニマル用の人員である。手には自動小銃ではなく、散布機を持ち、背負うタンクには界面活性剤、所謂洗剤成分が入っている。
体は脈動し、筋肉が軋み、わらわらと脚が動く、おぞましい怪物たちとの協演は始まったばかり……
月日は流れ、レヴィルは一人で緑と黒が目立つ中を進んでいた。
「これがフィックラト。『スミップ』で改めて見ると、あの辺のスミちゃんの量、残り少なかったんだ」
レヴィルはスミちゃんマップ、略称スミップと呼ばれる、スミちゃん推定埋蔵量を示した地図を見ていた。
その地図には、他にも四色の丸い点が多数表示されていた。大地ちゃんの推定現在位置だ。
紫は万人クラス。普段は月単位で自身の半分から一つ位しか移動せず、流通ネットワークの基点となる最も数が少ない大地ちゃん。フィックラトはここに当たる。
オレンジは千人クラス。普段は週単位で移動する中堅大地ちゃん。
黄色と水色はそれ以下。黄色は移動経路を宣言しているもの。水色は不確定要素が大きな場合、現在フィックラト関係の仕事をしているものたちと、普段のレヴィルのように移動経路を自由気ままに決めているものたちの、最終目撃地を示している。あとは、移動経路宣言の期限が切れている場合も黄色から水色に変わる。
ちなみに表示者本人は黒×である。
レヴィルが今割り振られている仕事は貿易、つまりお使いだ。大事な役目ではなるが、大きな仕事をこなす日は未だ遠そうだった。
誤表記修正 前 |転覆防止、安定性向上補助装備
後 転覆防止、安定性向上補助装置
投稿後見返していて気づきました。ルビの仕様対象外だったようです。(17/05/17)