大地ちゃんときどき人間さん1
レヴィルはゆっくりと移動をしながら採掘を続け、リゼトトがパレットを牽引しての戻って来るたびに、ブロック状に整形したスミちゃんをパレットに積み込み、見送るを数回続けた十一月の終盤。
パレットを牽引して戻って来たリゼトトは言った。
「レヴィル。今回積み込みを終えたら一旦終了。パレットの余りがもうないんだって」
レヴィルはリゼトトの業務報告を聞き、振動板を震わせ声にならない音を発生させた。余程退屈だったのだろう。
パレットにスミちゃんを敷き詰める作業をちゃっちゃと終わらせ、二人はフィックラトの方へと進み始めた。
一日も進むと、フィックラトが滞在する平地部の全景が見えて来る。
フィックラトの近くには大量のスミちゃんを積んだパレットが並んでいた。その面積は、単純計算でレヴィルの四百倍の広さを持つフィックラトと比べても大して変わらないように見えた。何組ものレヴィルたちと同じ役目を負った者たちの成果であった。
「うっひゃあ凄い量。雨でも降ったらたいへんだー」
「他人事みたいに言わないの。雨が降ってきたら……ああ、あなたは無理ね」
「そうそう」
天日干しにとって雨は天敵である。
雨が降ってきた場合、大地ちゃんたちがパレットの上に被さり、雨からスミちゃんを守るのだが、一本脚で小さな大地ちゃんであるレヴィルには、覆えるような小さなパレットはないのだ。
補足だが、大地ちゃんの大地部上であれば、屋根を展開して、ある程度は濡らさないようにできる。後付けパーツなので、どれ位敷設するかは大地ちゃんの選択次第だが。
「いいご身分だこと。それでレヴィルはどうするの? 私たちこれで一旦お役御免よ。この先スミちゃん集めにこんなに人数いらないし。契約更新するか、報酬貰って抜けるか、それとも別の仕事が出るまで待つか、いくつか選択肢があるわよ」
「うーん、どうしようかな。リゼトトはどうするの?」
最初と移動開始時と移動終了後少しの期間。それが大地ちゃん手が最も必要な時であり、それ以外はもっと少ない大地ちゃん手で何とかなるのだ。
レヴィルは、参考にリゼトトに聞き返すのであった。
「私は抜けるつもり。この辺りの流通が滞り気味らしいのよ」
「まあこれだけの大地ちゃんが掛かりきりだからね〜。――――私は残ろうかなあ。そういや、報酬の受け取り転地後なんだよねえ」
「へえ。転地失敗のリスクがあるのに、思い切ったわね」
「その分リターンが大きいし」
「じゃあ、成功を祈っときなさい。討伐隊の面々の」
「討伐隊かあ。予測ではそろそろ本格的に戦闘が始まる辺りだよね……」
レヴィルとリゼトトが心配そうな顔を南東方面へ向けていた頃、フィックラトの転地先、座標二六-四一-一五の手前では、準備を終えて向かったモスアニマル討伐部隊の面々が、モスアニマルとの戦端を開き始めていた。
地表には、フィックラトの部隊、近くから応援に来た部隊、各地から集った傭兵部隊が、全身スーツを身に纏い、ホバークラフトに類する乗り物に乗って待機していた。モスアニマルとの闘争において、地表の大部分を占めるぬかるみで、鈍重な乗り物はあまり役に立たず、廃れた結果だ。
ホバーに乗る軍人や傭兵全員が全身スーツを身に纏い、役割ごとに配置についていた。
混成部隊のため統一感は薄いが、二人乗りのホバーが最も多く、残りは、重機関銃付きの四〜六人乗りのホバーと、甲板面積が広く、自動小銃を持つ持つ者が多く乗り込むホバーが半々といったところだ。大砲がないのは、ホバーだと砲撃時の反動で下がるので、最大でも重機関銃なのだ。
後方に控える大地ちゃんの大地部外縁には、大口径長砲身の砲が設置されていた。最大でビルサイズにも達する超大型モスアニマルを撃ち抜くための砲である。ただ、撃ち出す弾は徹甲弾とはいえ、砲撃時には砲弾が莫大な熱量を持つため、地表着弾時にスミちゃんに引火し、延焼する可能性があり、この砲は保険的意味合いが強い。
発熱量が大きいとスミちゃんに火がつく可能性がある事から、多量の熱を発する焼夷弾、推進機構があるミサイル等は廃れていた。
そして、そんなモスアニマル討伐部隊の前方遥か先には、モスアニマルたちの群れがいくつか存在していた。
主にムカデ、トカゲ、ワニと俗称されるモスアニマルたちが、大地ちゃんから観測できる地表に出ていた。
モスアニマルは、苔ちゃん誕生前から存在する動植物たち、旧世代と仮称しようか。その旧世代と外見的特徴がそこまで変異していないものは、旧世代の総称的表現がされていた。専門家が集まる場でもないと品種名まで必要ないという事だ。ただ、外見的特徴こそ変異は少ないものの、中身や大きさが大きく変わった種も多かった。
例えばムカデだ。まず食性が苔ちゃんを食べる植物食性になり、大型化した。振れ幅が大きいが、体長は標準的な大きさだと三メートル程だが、五メートル、稀に十メートルを超える個体もいた。メートル単位になると、素手で人がどうかにかできる存在ではないが、完全武装し慣れたものなら討伐は容易と、比較的やさしい敵勢モスアニマルであった。
トカゲとワニは、大きさに関しては、旧世代にもそれ位はいた、と言った大きさである。
人とモスアニマルとの衝突の時は近い。
この地に来ているある大地ちゃん上の司令部では、重苦しい空気が流れていた。
「皆、暗いぞー。我々がそんなことでどうする」
先程司令室に入って来たおっさんが、場の重さを和ますためか、緊張感がないような明るい調子の声を出した。
そうすると、おっさん近くに座る、三十代に届くか届かない位の男がこの状況を簡単に説明した。
「二佐。お言葉ですが、我々はこの規模の作戦を経験した事がない者ばかりです。不安になるなというのは無茶かと」
「フィックラトの前回の転地は二十三年前。あの時の経験者はもう殆ど残ってないからな。不安になる気持ちは分かる、そしてその重圧も。今回の作戦、失敗すれば、どうあがいても先細り、我々の国は終わりだ」
一世代に一、二度訪れる国家存亡の危機である。大地ちゃんや国にとっては、慣れたものいえば慣れたものだが、個人にとって十年、二十年、三十年は決して短い時間ではない。今回の二十三年といえば、赤ん坊だった者が赤ん坊を生むに十分な年月だ。
二佐と呼ばれたおっさんの発言に、ますます場は沈み込んだ。
さて、そろそろ盛り上げるかと、俺の人心掌握術を見せてやるといったように、二佐のおっさんが、空気を吸い込み始めたその時、部屋の扉が開き、一人の男が走り込んで来た。
「報告しますっ! 敵対象一部、移動を開始しました。こちらに近寄って来ています」
出鼻を挫かれたおっさんがそこにはいた。