大地ちゃんは掘る
レヴィルはぶーたれていた。
「ぷーだ、ぷーだ」
レヴィルと菱型の大地を持つレヴィルより少し大きな大地ちゃんは、緑の地表を進んでいた。菱型の大地ちゃんは、多輪の荷車のようなものを牽引していた。大きさはもちろん大地ちゃんサイズである。
「レヴィル。いい加減にしたらどう?」
「ぷーだ、ぷーだ。リゼトトはいいのっ? 私たち閑職に追いやられたのよ!」
レヴィルのケーブルは、大地に力なく横たわり、ひどく不満そうな態度であった。
「私は別に〜。元々力しか能ないし」
リゼトトの四本の脚は、レヴィルの一本脚には劣るが、同程度の大きさの大地ちゃんの中では大きく立派な脚であった。大地に隠れて分からないが、その機関部の大きさも相応のものだろう。
「だって私たちの役割、皆の給料作りよ。やってられるかぁ! フィックラトが自分で用意しろってんだ!」
「いや、報酬のパーツの材料の燃料の下準備でしょ。私たちはスミちゃん掘って、適当な大きさに整形して、次の人に届ける。次の人はカンちゃんからトーちゃんを作る。そして次の人がって、いくつも経由して最終的にって話でしょー」
「解せぬ〜」
「そんな事言っても、レヴィルはどうせ基本設備しか積んでないでしょ。スミちゃん掘るか、物を運ぶしかできないじゃない? 諦めなよ」
レヴィルはケーブルを持ち上げ慌てて反論した。
「なっ! わ、私だって積んでるもん、いろいろ」
「へー。――例えば?」
「…………集合住宅」
リゼトトの疑問に、レヴィルはたっぷり時を置いて応えた。だが、その目は少し泳いでいるように見えた。
「……それは一体何の役に立つんー?」
「人間さん、いっぱい暮らせる。討伐組の人間さん、サポート、いっぱいできる」
「っという夢を見たのね。他には何を積んでるの?」
「それはどういう意味よ。……他にはショッピングモールも積んでる。人間さん生きていくうえで、買い物は心の潤い、余裕。とても大事」
「ええ、買い物はとても大事ね。他には?」
「遊園地――は、流石に無理だったから博物館。今は、私が各地で集めた鉱物と化石展を開いてる。レジャーはとても大事」
質問のたびに声に抑揚のなくなっていくリゼトトだったが、ついに核心的な疑問を投げ掛ける。
「うーんとね。各種プラントは積んでないのかなー? トーちゃん作れるとか、他の化学もの作れるとかさ」
「そんなばか高いの買えるわけないでしょ。そっち系は初期設備しか積んでないわよ!」
見える。そこには、誇らしげに胸を張って応える女の子の姿が。
ただ、何が誇らしいのかは全く分からなかったが。
「……」
リゼトトもレヴィルの言動に言葉も出ないようであった。
だが、何とか言葉をひねり出す。
「と言うか、集合住宅? ショッピングモール? 博物館? 一体どこにあるのよ。あなたの上更地じゃない!」
リゼトトの指摘は全くその通りで、レヴィルの大地の上には、自分用燃料のスミちゃんが干され、乾燥が済みカンちゃんになったものから、機械部分の格納庫へ納入されている、どこの大地ちゃんでも見られる光景が見られるだけで、初期設備の建物以外の建物は存在していなかった。
その指摘にレヴィルの対応はというと、
「ちっちっちっちー」
得意顔が光っていた。
「ほら。私の中央にあるメインシャフト、その側面をようく見てよ」
「――――はあ!?」
リゼトトはレヴィルの言葉に従い、レヴィルのメインシャフトの側面を望遠で覗くと、抜けた声を上げた。
リゼトトのケーブルの食い入るような視線は、シャフト沿いに上に向かい、レヴィルのメインシャフト上部にある輪っかに辿り着くのであった。
「あなた……まさかっ「そう、その通り!」」
レヴィルのメインシャフト上部にある輪っか、それは大地ちゃんとしてレヴィルが必要なものではなく、レヴィルがこつこつと資金を貯めて作ったシャフトに固定された人用構造物であったのだ。
リゼトトが見ていたのは、そこに昇るためのエレベーターの昇降路だったのだ。
「……えっと。あなた確か、その大地部分も上下させられる設計よね」
「もちろん。このメインシャフトは、大地部の上下運動にも耐えられる自慢の六角シャフトさ」
「そう。じゃあその大地部を上下させれば、その側面についてるエレベーターの昇降路は破壊されるんじゃなくって?」
「ははは、何言ってんだよ。もちろん大丈夫」
リゼトトはほっと息を吐いた。いくらレヴィルとはいえ、それ位の対策はしているかと。
「大地部を動かす事なんて金輪際ないから、だいじょーぶ」
今度は違う意味でリゼトトは息を吐いた。
そして振動板を強く震わせる。
「ちっがーう! あなた状況に合わせて大地部上下できるのに、なに、その機能を無為にする決意。あなた何がしたいのよ!」
地上部を上下できる機能は、決して洒落やお遊びでついているわけではない。そもそも大地ちゃんは、大抵の生物視点では超巨大だ。故に仕様一つでもとんでもない量の資材が使用されている。わざわざ洒落やお遊びで浪費する資材なんてないのである。
だが、事もなげにレヴィルは言い放つ。
「何が? そんなの人間さんに楽しく暮らして欲しいだけよ。そのためだったら昇降機能の一つや二つ惜しくはない!」
レヴィルの胸を張っての宣言に、リゼトトは何だか疲れた顔をして振動板の震えを止めたのであった。
レヴィルとリゼトトは進むのを止めた。
「ここら辺でいいわね」
スミちゃん採掘後の窪みが少ない場所に到着した二人は、リゼトトの合図で止まり、レヴィルの下部が三箇所開き、少し前にフィックラトがレヴィルの上からカンちゃんを運んでいった重機と同種のものを三つ、地表に下ろし始めた。
「あら、レヴィル。脚と同じで|バケットホイールエクスカベーター《バホエ》アームも奇数個なの? あなたは生粋の奇数偏重主義なのね」
近くでレヴィルと同じく、バケットつきのホイールがついたベルトコンベア、略称バホエアームを二つ下ろし始めたリゼトトが疑問の声を上げた。
そうすると、レヴィルは気のない返事をして、反論の言葉を紡ぐ。
「んーん。脚もバホエアームも奇数個だけど。ほらっ、私の足元見て、私の足の指は六本、偶数個よ」
「ああ、そういえばあなた、生物でいうと足の指で移動してるのよね。足の指にぎにぎして」
「にぎにぎいうなっ!」
レヴィルは激しく振動板を震わせるが、事実は変わらない。
レヴィルは一本脚だが、飛び跳ねて進んでいるわけではなく、一本脚から伸びる六本の指の力で歩いている背伸びっ子ちゃんである。もちろん、生物とは違うので、その六本指が脚に見えなくもない動きをするがな。
レヴィルがひとしきり怒ると、二人のバケット付きホイールが回り始めるのだった。
二日後。
リゼトトが牽引していた荷車、パレットと呼称される多輪付きの入れ物は、ボックス状に整形されたスミちゃんが敷き詰められていた。
「じゃあ私はこれを届けて来るから、あとはよろしくー」
パレットを牽引しながら、リゼトトはレヴィルから離れて行った。
「はぁ。一回目は終わった〜」
レヴィルはリゼトトを見送ると溜息を吐いた。
レヴィルとリゼトト二人の役目は、採掘し整形したスミちゃんをフィックラト周辺で待っている大地ちゃんへ運ぶ事。ただ、レヴィルは一本脚であり、他の大地ちゃんに比べて重心の偏りに関する許容範囲が狭く、力が強いリゼトトとはより大きな差があったため、リゼトトが往復し、レヴィルが採掘整形作業を主にする事に決まっていた。
「あれなら往復四日ってとこかな」
リゼトトの移動速度を見て呟く。
大地ちゃんの移動速度は、そんなに速くない。基本的にバホエアームでスミちゃんを採掘しながらゆっくり移動する、その速度に最適化されていた。
急ぐときにはアームを引っ込めて進むが、決して何倍もの速度を叩き出せるわけではなく、完全に平地と仮定すれば大体一日、二十四時間で、大地ちゃんの一番高い部分同士が見えるか見えない位の移動距離なのだ。
レヴィルは一人になると静かになるタイプらしく、採掘しては、ブロック状に整形し地表に置きを黙々と続けるのであった。
トーちゃん:泥炭を乾留した、泥炭のコークス?の愛称です。
コークは英語、コークスはドイツ語、作者は常態的にコークスと呼ぶので、泥炭をピート(英)ではなくトーフ(独)から、泥炭製コークスをトーチスと命名した。
ちなみに、泥炭をスミちゃんて呼ぶか、デイちゃんで呼ぶか、ピーちゃんで呼ぶかで迷った。
これからも造語るつもりですが、多ければどこか(章終わり等)に、用語解説として置いた方がいいでしょうか? 一言待ってます。ついでに誤字脱字報告も。