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山の上に月が昇る  作者: そも
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六章

馬車の退路を塞いだ獣人を見て、敵の一団がついにザカザカと進んできた。

狩り時と判断したのだろう。

馬に乗った隊長らしき男が、昂然とこちらを見下ろす。

剣を持った腕を高く振り上げ「皆殺しにしろ」と振り下ろされた。

おぉぉ、と鬨の声が上がる。

争い始めた獣人二人は後回しで良いと考えたのか、兵士たちは真っすぐこちらに向かって来た。

ロウジが剣を抜き、ガッと足を踏ん張ると敵を睨みつける。

「姫を守って斬り死にとは、騎士の最期にこの上なしじゃな」

その表情が一瞬だけ和らぎ「すまんのう、道の半ばで」と呟く。

共に死ぬであろうシャイトーへの詫びのようだった。

「いえ」

シャイトーは微笑むと腰の後ろに左腕を回す。マントに隠れていたが、そこには剣があった。

それは短剣でも長剣でもない。半分ほどの長さの剣。

ハーフソード。女が護身用に使うのが短剣だとするなら、こちらは男が護身用に使う剣だ。

シャリリと澄んだ音がして、剣が抜かれた。

「姫様を頼みます」

左手一本で剣を持つと、するすると前に歩き出す。気負いも何も感じられない。

たちまちシャイトーは幾重にも敵に囲まれる。

が、一閃。

剣の残像が円を描くと同時に、彼を囲む敵兵は崩れ落ちた。

一閃、また一閃。

剣の打ち合う音はしない。鎧に当たる音もしない。

ただ風を切るような音がするたび、バタバタと敵が倒れていく。

動きが速いようには決して見えない。巧みな剣技であるようにも見えない。

ただ無造作に剣が振られているのに、刃は首を撫で斬り、鎧の隙間の急所に吸い込まれていく。

酷く簡単に見えた。いとも容易く敵を倒してしまう

敵からすると、その姿は死そのもののカタチであった。

たまらず恐慌に陥りかけ、浮足立つ。

「退くな」

そうはさせじと鞭を入れるような、激しい叱咤の声が響く。

退くな、退くなと叫びながら、剣を振り上げた隊長が、馬を走らせ突っ込んでくる。

馬上の敵には、ハーフソードでは届かない。

為す術もなく切り伏せられるかと思えた刹那、剣を躱したシャイトーが、サクと馬を一突きした。

ヒヒーンと棹立ちになる馬。

慌てて手綱を掴んでも支えきれず、隊長が振り落とされる。

そこにひゅっと剣が唸り、隊長の首が地に落ちて、ごろりと転がる。

シャイトーが視線を向けると、敵兵の戦意は完全に挫けて消えた。

隊長の亡骸もそのままに逃げ散っていく。


「オヌシは一体・・・」

呆然とした表情のロウジ。

死を体現した剣士の姿は、敵だけでなく味方さえも恐怖の底へ陥れていた。

辺り一面に折り重なり倒れた骸の数々。

あれだけの敵を倒して傷一つ負わず、息一つ乱していない。

荒ぶる闘気の欠片も見えず、むしろ穏やかで優し気だ。

人の命を奪った後には、とても見えない。

それとももう、人を人とも感じていないのか。

恐ろしい、恐ろしい。

長く生きてきたが、これほどの遣い手は見た事がない。

そしてロウジは思い至る。

ただの吟遊詩人風情に、通行手形を出すはずが無かったのだと。

この者は、最初から護衛の一人として雇われていたのだ。

「音楽が好きですよ」

悲し気に笑ってシャイトーが言う。

しかし音楽の才は無かった。

自分に与えられた才能は、人を斬り殺す魔性の技術。

こんな才でも無いよりマシか。

この才があるゆえに、今もこうして生きていられる。

だけど。

幼い頃に聞いたあの音色。吟遊詩人に憧れた。

ああいう風に生きていけたら、どんなに良かっただろう。

酔ってはいたけど、ロウジは拙い俺の演奏を満足気に聞いてくれた。

嬉しかったな。

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