五章
一行は、朝食を済ませ出発。
それから昼前まで何事もなく過ぎた。
もうすぐ山を下り終え、森も抜けられる。
ここからじゃ、ロウジが身構える。
森を抜ければ、もう身を隠す場所もない。
確実に狩りを行うつもりなら、ここに兵を置くはずだ。
思った通り、開けた平地の先には兵士の一団が見えた。
馬に乗った隊長らしき男がこちらを見ている。
こっちも見つかったようだ。
突っ切るには、あまりに兵の数が多い。
ここは一旦引き返すか。
狭い山道で、なんとか馬車を、もと来た道へ転回させようとした時、
「悪いな、兄貴」
木々の間から、男が一人飛び出し道を塞ぐ。
ただの男ではなかった。全身長い剛毛で覆われ、尻尾を生やした男。獣人。
「やはり来たのか、トート」アヌが弟に答える。
「義理もあるしな。その代り、サシで勝負といこうぜ。兄貴が勝ったら俺達は手を引く。族長と元族長でやりあうんだ、奴らも文句はないだろうよ」
顎で兵士の一団を指し示す。獣人の一族は彼らの主と繋がりがあった。
だからこそアヌは今回の襲撃を、予め知りうる事が出来たのだ。
山の森、その奥深くで獣人は暮らしている。それでも人間との関わりは生じてしままう。
トートの言う義理、人間社会とのしがらみも出てくる。
人間との関わりゆえに弟と争う羽目になったが、人間との関わりがあったからこそソリアの危機を知りえたとも言える。
ならば、たとえ相手が弟であろうとも、闘うしかない。
「姫は馬車から降りてください。ロウジの後ろに」
突然、シャイトーが指示を出す。
何かを言いかける老騎士を目で抑え、さらに続ける。
「馬車に居たんじゃ守り切れない。手の届く所にいた方がいい」
確信を持った口調。それなりの地位にあった老騎士をも黙らせる静かな凄み。
それに危険すぎるとは思うが、確かに馬車に群がる敵を二人だけで追い払うのは無理がある。
素直に馬車から降りるソリアを、ロウジは黙ってみているしかない。
しかしソリアは、ただ守られるためだけに馬車から降りて来たのではなかった。
獣人と睨みあい、今まさに争い始めようとするアヌに向かって、そっと後ろから声をかける。
「ありがとう、助けてくれて。最期にまた会えて良かった。あなたはまだ帰れるのだから、家族の元に帰りなさい」
彼女が全てを察したのは、一体いつだったのか。
ただ一つ分かるのは、もしこのまま何事もなかったら、きっと何も気が付かないふりをしたまま、旅の終わりを迎えていただろうという事。
どうやら旅は、思っていたのとは違う形で終わりを迎えそうだけど。
だけど。
あなたの事を知っている、と。そう伝えられて良かったと、ソリアは思った。
家族の元か。
アヌの家族は弟だけだ。
その弟とは、今まさに殺し合いを始めようとしている。
やめるべきなのか。
弟を倒したとしても、あの兵士の数だ。
味方は年寄りと貧相な身体の男。
生き延びられるとは思えない。
自分だけならどうにでもなる自信はある。
しかし、ソリアを守りながら逃げ果せられるとは思えなかった。
たとえ。
ああ、胸が苦しい。たとえ二人で逃げ延びられたとして、何の意味があるのだろう。
この想いが行き着く先は、相手を食らいたいという殺意でしかないのに。
身体が変化していく。獣毛が体を覆い、尻尾が伸びて口からは牙が突き出した。
この身が獣人であるのを隠す必要はない。もう知られているのだ。
ソリアが覚えていてくれた。自分だと分かって貰えた。
それが嬉しくもあり、悲しくもある。