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山の上に月が昇る  作者: そも
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二章

その男は野人であった。

そう表現するしかない。

古びたズボンこそ穿いているが、上半身は何も着ていない。

剥き出しの分厚い胸板は浅黒く、並の男の太もも位の太い腕。ただ太いだけではない。鍛えに鍛えて黒光りする、鋼にも似た腕だ。弛みなどなく、パンパンに張っている。

頭の真っ黒な剛毛は、ボサボサで伸ばしっぱなし。後ろは尻に届くほどの長さがあった。

その髪を振り乱す動きは俊敏。

武器など何も手にしていなくとも、飛ぶように相手の剣を掻い潜ると頭を掴み、首をねじ回す。

隆々とした筋肉から湧き出る力は、軽々と鎧を着た賊さえも持ち上げ、さらに高く投げ飛ばした。

地面に叩きつけられ、動けなくなった所に、老騎士の剣がおう、と突き立てられる。


まさに野人ではあったが、敵かそうでないかの区別は付くようだった。

自然と老騎士との連携のカタチを取り、次々と倒していく。

馬車のまわりで、敵兵の間をウロウロしているシャイトーを除けば、こちらの護衛はついに老騎士ただ一人となっていたが、立場は完全に逆転していた。

堪らず残った賊どもが逃走にかかる。

「捕えよ」老騎士が叫ぶが、野人には通じない。

後ろから羽交い絞めにされた一人も、そのまま首をねじ回されて息絶えた。

「言葉が分からんのでは致し方ないか」頭を振り老騎士が呟く。

「生かしておく理由がないだろう」と、野人がその呟きに応えた。

「お主言葉が分かるのか」驚きに打たれた様子で老騎士が言う。受け取り方によっては侮辱になる言い様だ。

「分かるとも。名前もある」それを理解し、その上で流すように野人が言った。

「失礼した、儂はロウジと申す者。この度は助太刀、まことに感謝致す」老騎士が丁寧に頭を下げた。

「アヌだ。昔、お前たちの縁の者に世話になった事があった。だから借りを返しに来た」アヌと名乗った野人が頷き返す。

「ほう、借りを」それは何かとロウジが言いかけた時、馬車の扉が開いた。

馬車の中には一人少女の姿が見えた。


「姫様。まだ危のうございます」慌てて老騎士が扉を閉めようとするのを、姫と呼ばれた少女が手で制す。

年の頃は15に届くかどうかと言った所か。

もう成人扱いされても良い年頃とはいえ、年端の行かない子供とそう変わりはない。

「ありがとう、助かりました。私はソリアと申します」

ソリアは姫と呼ばれるに相応しい美しい顔立ちをしていた。

しかし、つい先ほどまで襲われていたというのを差し引いても表情が硬い。

硬いというより無表情に近い。怯えとは違うように見える。

感謝の言葉は礼儀と義務から発せられたもので、感情から来ているものではなさそうだった。

異様な風体の野人を見ても、地面に倒れている血だらけの兵士たちの姿を見ても、彼女からは何の感傷も窺えない。

アヌと言う名の野人が、そんな彼女をじっと見つめていた。

「あー、俺はシャイトーです」

自己紹介の流れになったので名乗ってはみたが、お呼びじゃない気配をありありと感じて、シャイトーが困ったような顔をした。



斃れた者達の埋葬を済ませると夜になっていた。

穴を掘って埋めるだけとは言え、老騎士ロウジはソリア姫の護衛に就いていたから、シャイトーとアヌの二人作業だ。時間もかかる。

おまけにロウジが「死んだ敵にも騎士の魂」とかなんとか、訳の分からない事を言い出したので、敵の骸の分まで掘る羽目になったのだ。

全く堪ったものではなく「いや、そもそもこいつら騎士なんですかねぇ」と愚痴りたくもなるが、おそらくロウジの見立ては正しいだろう。

山賊に偽装した騎士か傭兵。

だとするなら、後から来るであろう奴らの仲間に、亡骸の回収は任せた方が良いような気もする。

騎士だから埋葬してやる。山賊だったら野晒しにする。

その違いは何だ。身分か立場の違いか。

シャイトー、騎士でも山賊でもない。誰の敵でも味方でもない。彼は死んだら野晒しだ。それでいいと思っている。

墓に意味があるとするなら、そこが目印になるって所か。死んだ者を思い出すための切っ掛け。本に挟んだ栞みたいなものだ。

墓には魂が眠ると言う者がいる。

一方で、魂はいつも見守ってくれていると言う者もいる。そういう者にとっては、墓という目印は必要ないのではないか。

もっとも、こんな所に穴を掘って埋めたって、なんの目印にもなりはしない。そもそも埋めた穴の区別もつかない。

後から来た敵の奴らは、この有様で仲間をどう弔うのだろう。

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