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封霊の絵師  作者:
9/21

第九話「白面金毛九尾の妖狐」

読んでくださる方に、合う作品であることを祈りつつ。

 その姿は、まぶしいほどに輝く黄金色の身体からだと、それぞれが意思のある生き物であるかのように、不規則に揺れ動く九つの尾、そして、汚れることを知らないような純白の美しい顔を持っていた。

 もし、人々が九尾という妖怪を知らなければ“神の遣い”と呼ばれても可笑しくないほどの姿だった。だが、その姿からは想像できないほどの残虐性を知る青年は、その姿を見た瞬間、震えが全身に響き渡った。

 それは恐れているからでも、武者震いという訳でもない。ただ怒りという名の衝動が、爪の先から髪の毛一本に到るまで、広がったためだった。


 九尾の妖力は、それを感じられる者ならば、戦うどころか逃げることさえも諦めてしまうほどに絶大だった。


 もし、人に怒りという感情がなければ、小次郎はまたたくことさえも許されないほどに、恐れていたであろう。

 もし、人に憎しみという感情がなければ、小次郎は呼吸すら出来ないほどにおびえていただろう。

 もし、妹の仇でなければ、小次郎はその妖気に圧倒され、気を失っていたかもしれない。

 だが、今、小次郎を突き動かしているものは、まさに激しい怒りと憎悪だった。


「九尾よ!私を覚えているか!」


 小次郎は、村中に響き渡るような怒声で、己が仇に投げ掛けた。


「己のような人間に覚えなど……貴様、人間か?人で在りながら、なんだその霊力?」


 通常では考えられないほどの霊気を放つ人間に、遥か遠い昔に出会った人間を思い出させた。 


「もしや、晴明の転生か!」


 それは今から凡そ一千年前、九尾が唯一、後れをとった人間の名だった。


 小次郎は、九尾が身構えるよりも速く、右腕の包帯を投げるようにほどき、そのまま流れるように右腕を切り裂いた。


「妹を……珠希を喰らった恨み、今、果たさせてもらう!」


 今まで描いてきた、どんな妖怪よりも、どんな景色よりも速く、目の前の仇を描き上げた。


 お前との問答も、珠希への謝罪さえも要らぬ!

 私の望みは、唯一つ!

 九尾、お前の消滅のみ!


「比良坂を越えて……」


 そう言い放って火を着けようとしたその瞬間、描いた紙が散り散りに破れ、まるで桜が散るように空へと舞った。


「何をしたか知らんが、その程度のふうで、ワシを縛れると思うたか?」


 通じないと解っていても、小次郎は筆を走らせるしかなかった。

 より速く描きあげ、先に火を着けることさえ出来れば、九尾を葬れる。だが、今度は九尾の半身すら描けぬ内に、再び、紙は弾けるように破れた。


「何度やっても同じこと」


 最早、小次郎に残された手段は、ジリジリと歩み寄る九尾を睨み返すことだけだった。

 振り上げられた九尾の右前足が今、まさに小次郎へ振り降ろされそうとしたその時、一本の錫杖しゃくじょうが、小次郎と九尾の間に突き刺さる。


「小次郎ーっ!逃げろ!」


 友純がその叫び声と共に、大きな坂の上から突き刺さった錫杖まで飛んできた。

 友純は再び、錫杖を掴むと、九尾の方に振り返って構える。


「今度はワシが、お相手致す」


 九尾は、身構えた友純を見て、面倒臭そうに呟いた。


「またお前か……」


「黙れ!」


 九尾は、大きく息を吸った後、火炎を吐いた。

 友純は、焼かれまいと錫杖を両手で回しながら左右に振って、降りかかる炎を四散させる。だが、九尾は炎を吐き切る前に、友純目掛けて跳び、着地と同時に左前足で、友純を薙ぎ払った。

 友純にしてみれば、炎が途切れ視界が開けた瞬間、目の前に九尾が居たのでは、その攻撃をかわすことはできない。咄嗟とっさに錫杖で受けただけでも賞賛に値するといえるだろう。しかし、その威力まで受け止めることはできず、弾き飛ばされた。

 友純は飛ばされながらも、右手で地面を強く突いて側転すると、さらに宙返りをしてその勢いを消し、再び、九尾と対峙する。


 友純は、間合いを取りながら、まだ視界の中に居た弟子に対して叱責しっせきする。


「何をしている小次郎、逃げんか!」


 小次郎は、首を横に振りこの場を離れることを拒んだ。

 絵も通じず、まして加勢しても邪魔になるだけだが、だからといって逃げたくもなかった。

 そんな師弟の会話に興味のない九尾は、再び間合いを詰め、その有する尾を使って友純へ襲い掛かった。

 九本の鞭のような尾を一つ一つ飛び跳ねながらかわしていたのだが、それに気を取られすぎて、今度は右前足に跳ね飛ばされた。

 さらに九尾は、追い討ちをかけるように友純が倒れた所まで跳ぶと、今度は九本の尾が槍のように、次々と大地を穿うがちながら、友純目掛けて突き刺す。友純は転がりながら上手くかわしていたのだが、大きな岩に行く手を阻まれた。


「終わりだ」


 九つの尾が逃げ場をなくすように、九つの方向から一斉に友純目掛け突き刺そうとした、その瞬間、九尾の動きが硬直する!


 そう、小次郎が九つの尾を描いたからである。

 しかし、絵は完成を待たずして、三度破れ宙へと舞い散った。


 その止まった時間は、またたくほどであったものの、それによって友純は辛うじて逃げ出すことができた。九つの尾は、貫く的を失いながらも、その攻撃の軌道を保ったまま、岩を打ち砕いた。

 再び、間合いを開けることができた友純だが、このままで現状の劣勢を打開できるとは到底考えられない。


 むを得んな……。


 友純は、苦虫を噛み潰したような表情を見せながら、錫杖を大地へ突き刺すと、呪文のようなものを唱えた始める。すると、空の雲が急速に集まり始め、その色を白から黒へと変貌させると、雷鳴と共に雲の切れ間から、一つの生首が現れた。

 その首は、九尾に勝るとも劣らない妖気を放ち、その溢れ出る妖気で周りの空間が歪んでるように見えた。


「な、なんだあれは!」


「今だ小次郎、晴明さまが抑えておる今なら封じれるかもしれん。今一度、九尾を描け!」


「あ、あれが安倍晴明さまなのですか!」


 小次郎は、友純が生首の妖怪を呼び寄せたのだと思った。それは放つ妖気の大きさよりも、禍々《まがまが》しさを感じさせる首だったからである。

 言われるがままに九尾を描こうとしたのだが、九尾は反転して、再び、山の向こうへと飛び去って行った。


「どうやら晴明さまと知って、逃げたようだな」


 程なくして、安倍晴明と呼ばれた生首も、空気に融けるように消えてなくなった。


 九尾が飛び去った先は飛騨。

 村を助けることよりも、避難するよう知らせたいが、寝ずに山を越えたとしても丸一日は掛かる。どう考えても、今からでは間に合わない。

 小次郎は、どうすることも出来ないもどかしさを感じながら山を……否、九尾を睨んだ。


 九尾を追い払ったということもあって、村では色々と丁重なもてなしを受けた。食事や宿代も無料となり、また、富山というこもあって、切り傷によく効く薬も戴いた。


「おぉ、そうだ。飛騨の村長から預かったあの手紙な。あの村長、用心深いというか、きっと石橋を叩いても、アイツは渡らんな」


「はい?」


 その手紙には『鎌鼬を退治したという者がこの手紙を渡しに来くるから、書いてある日付から五日と経っていなければ、謝礼金を渡して欲しいというもので、立て替えてもらた謝礼金は後ほど半分渡す』と書かれてあり、書名と捺印までされてあったらしい。


「捺印が無くても、手紙の内容で飛騨のケチ(村長)だと分かると言っとった。ということで、謝礼金だ」


 ケチと呼ぶとは思えないほどの謝礼金を手にした小次郎は、それ半分に分け友純に差し出した。


「では、半分を和尚に」


 すると、友純は手を大きく振ってそれを拒んだ。


「ワシャ退治しとらんのだから受け取る訳にはいかんよ。それに、お前は旅を続けねばならんのだから、少しでも多く持っとい方がいい」


「ありがとうございます、では遠慮なく」


 一拍間をおいて、友純は真剣な面持ちとなり話を変えた。


「お前に言っておきたいことがある」


「なんでしょうか?」


「当分の間、九尾を追うのを止め、また修行に専念しなさい。すまないワシの目測が甘かった。ワシとお前、そして、晴明さまが居ればなんとかなると思うたのだがな……」


「あの時、和尚は『晴明さまが抑えておる今なら封じれるかもしれん』と言ったじゃないですか!」


「いや、実は九尾に聞こえるように言ったハッタリなのだ。九尾は、その昔、晴明さまと戦って破れておる。したがって、お顔を知っとるから逃げてくれたようなものなのだ。残念ながら、ワシの法力では、晴明さまのお首だけを呼び出すのが精一杯でな。しかも、長くは持たんのだ。もしあの時、九尾が傷つくのを恐れず戦いを挑んできたなら、我々だけでなく、この村も死滅していただろう」


 返事なく深くうつむいた小次郎に、友純は元気づけた。


「案ずることはない、一瞬でも九尾を止めることはできたんだ。希望はある。それに、お前はまだまだ強くなれる。火を着ける時間まで止めることができれば、お前の勝ちなのだから」


「……はい」


「以前交わした約束と同じく、例え村が荒らされているのを見かけても手を出すのではないぞ。ワシは、一旦お前と離れ、九尾を退治するための仲間を探そうと思う」


 友純が小次郎と別行動する理由は他にもあって、もし、自分が傍に居れば、返って小次郎が正義感と復讐心から、九尾に手を出す恐れがあると考えたためだった。


 翌日、体はまだ休息を望んでいたが、再び、飛騨を目指した。飛騨へと向かったのは、戦うためでも、追跡するためでもなく、あくまでも飛騨の救援活動が目的だった。色々な薬を抱えた富山の村民たちを連れ山を越えた。

 だが、荒らされていると思っていた飛騨は、全く以前と変わらず平穏無事で、飛騨の人々に聞いたところ、九尾を見ていないとのことだった。

 連れて来た富山の人たちが、くたびれ儲けになったかと思ったが、富山の人たちは商魂たくましく、救援のための薬は商売品へと変わり、通り行く村人に声を掛け、次から次へと薬を売りさばいていた。


「さて、ワシはこのまま行くとしよう。お前は兎に角、どんな小さな物の怪でもいいから、片っ端から黄泉へと送って、少しでも霊力を高めて行きなさい。では、次に会う時を楽しみにしてるぞ」


「はい」


読んでくださって、ありがとう


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再び、修行の旅となった小次郎。

そんな小次郎が、向かった先は横浜。


ん? 見たこと無い犬だな。

あれ? 猫じゃないよな?

やっぱり犬……だ・よ・な?


餌を与えてしまったことから、その犬に懐かれてしまう。


次回「異国の犬」


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