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封霊の絵師  作者:
7/21

第七話「画竜点睛」

読んでくださる方に、合う作品であることを祈りつつ。

 それは、中国が南北朝時代だった頃の出来事。

 「龍が逃げてしまうから、瞳は描かない」と言った画家が居た。しかし、それを信じるものは誰一人居らず、その画家は仕方なく、瞳を入れる事にした。すると稲妻が走り、壁が崩れ、瞳を描いた龍は天へと昇り、描かなかった龍は、壁に残ったのだという。


 小次郎は飛騨ひだに着いてすぐ、師から手紙が届いてないか、この村の村長を訪ねたのだが、まだ届いてはいなかった。いつもなら目的の村に着く頃には、師から手紙が届いていたのだが、二日待っても便りは届かなかった。


 師・友純ゆうじゅんからの手紙を待つこと、二日。

 その間、九尾の情報が得られないかと、色々と聞いて廻っていたのだが、


「九尾という、狐の妖怪で尾が九つ在るんですが、見かけませんでしたか?」


「九尾?九尾は知らんが……鎌鼬かまいたちなら居るらしいよ」


「鎌鼬ですか――」


 もしかすると、この村人は九尾と鎌鼬を間違えているかもしれないと思ったが、何人も同じことを言われ、九尾の情報を全く得られないまま、鎌鼬の情報だけが増えた。話を聞くにつれ、この村へ来た当初の違和感にようやく気付いた。九尾が来た筈なのに、どこの村も襲われていなかったのである。


 これだけ聞いても、見た話が一向に出てこない。

 此処へは、来てないのか?

 狸に、騙されたか?

 あの状況で嘘をついたと、思えないのだが……

 鎌鼬にでも、聞いてみるか?


 という結論に達するしかなかった。


 山へ向かう前に、鎌鼬についてさらに詳しい情報をもらおうと村長の家へと寄ってみた。

 村長の話によれば、鎌鼬の退治を何度も試みたが、帰ってきた者は一人も居なかったという。

 そして、数年が経ったある時、国分寺に来られたお坊様の力により、鎌鼬を山から出れないように封じてくれたのを最後に被害はなくなったが、代わりに山に入れなくなり、また山を越えた村へも行けなくなっているのだそうだ。

 飛騨に来るのに船を使ったため、お金も残り少なくなってきていた小次郎は、


「あの~、鎌鼬を退治したら、報奨金ほうしょうきんって戴けるのでしょうか?」


「退治しに行くというのですか?止めておきなさい、危険すぎます。さっきも言ったように、帰って来た者など一人もらんのです。国分寺のお坊様ですら、封じるのがやっとだったんですよ。君はまだ若いのだから、命を粗末にしてはいけない」


「ご心配なさらず、私の師匠は、安倍晴明さまの弟子なんですよ」


 これで上手く行くだろうと思ったら、


「嘘はいけませんよ。安倍晴明は平安時代の人間です。その弟子って……生きてる筈がありません!」


 あ! これでは退治をしても嘘だと思われる!


 小次郎は報奨金は諦め、九尾の情報を求め山へと向かうのだった。

 村長から聞いた話では、どうやら鎌鼬は宮川付近に居るらしいので、川下から上がって行くことにした。

 飛騨には、まだ雪が残っていて、川から吹く風は特に冷たい。息を白くさせながら、早く体が温まらないかと、時折走ったりもしてみた。

 流石に、人が入らないこともあってか、川沿いの道は登るにつれ、歩き難くなり、川へ崩れ落ちる危険性も出てきたので、此処から道はないが山の中に入ることにした。

 いつしか寒さを忘れるほどに汗だくになり、雪を額に当てながら、さらに奥へと進むと、猪や鹿が斬り刻まれた死骸がいくつか現れはじめた。


 この辺りか?


 と思ったその時、大きな妖気が自分の周りを飛び交う気配がする。小次郎は歩みを止め、自分を狙う物の怪の数を数えた。


「一、二、三匹か……」


 すると、その内の一匹が、背後から風よりも速く、小次郎の右横を通過した。小次郎は、とっさに避けはしたが、左手で触った感じでは、どうやら右肩を少し斬られたようだった。

 村の人々から聞いた、鎌鼬という名の妖怪は、空を飛び、如何なる物でも斬り裂く鋭い爪を持ち、その性格は獰猛どうもうで、人間を斬り刻むことを好むという。そして、その爪で斬り裂いた傷口は、あまりの速さと斬れ味に、痛みを感じないどころか、出血さえもしないそうだ。だが、それも時間の問題で、数分後、痛みを伴って血が溢れ出した。


 斬る手間が省けたな、利き腕でなくて良かった……


「兄者、久しぶりの獲物なんだ、ゆっくり楽しもうや」


 このままでは危険だと感じた小次郎は、近くにあった大木を背にした。こうすることによって、背後からの攻撃を防げると考えたのだが、


「ほぉ、こいつなかなか頭が良いな。だが、所詮は猿知恵――それで守ったつもりか!」


 背後にあった大木が、一瞬にしてバッサリと斬り落とされる。小次郎は、さらに近くにあった大木へ転がるように移動すると、再び、それを背にした。


「懲りないねぇ。斬鬼ざんき兄貴が無駄だと教えてやったのに……木に押し潰されたらもったいないから、お望み通り前から斬り刻んでやるか!」


 そう言うと、上空で見ていた末の鎌鼬は、滑り落ちるように飛行しながら、小次郎の顔辺りの高さまでくると、そこから真っ直ぐに小次郎へと向かって来た。


 ――来た!

 鎌鼬の動きは、速すぎて見えない。

 だが、いくら速くても――正面からなら止まってるように見える!


 恐怖を煽るため、軽く頬を刻もうとしていたその獣の鎌は、小次郎の頬を捉えられず木へと刺さり、動きが止まった後、その姿を消した。


「比良坂を越えて、冥府へ堕ちろ!」


 人間が投げた紙が青白い炎に包まれ、それと同時に弟の妖気が消えたのを感じ取った長兄は、目の前に居る人間が何をしに山へ来たのかを悟り、次兄は弟の名を叫んだ。


「ざ、斬鉄ざんてつーーーっ!」


 斬鬼は末弟の仇を取るべく、目の前の人間に飛びかかろうとした時、長兄の斬月ざんげつ一喝いっかつする。


「不用意に飛び込むな斬鬼!奴は――退魔師たいましだ!」


 困ったなぁ……

 流石に警戒して、近づいて来ない……

 あの距離では、見えないし……

 挑発してみれば、来るかな?

 試してみるか


「おい、鎌鼬ども!私は九尾を探している。素直に教えれば、逃がしてやるぞ」


「に、逃がしてやるだと!ふざけやがって!」


「待て!今、戦っても、斬鉄の二の舞だ!」


「止めるな兄者!」


 斬鬼と呼ばれた弟は、兄のさえぎる手を振り切って、憎い人間へ一直線に落ちて行き、自分を見上げるその面に目掛けて鎌を振りおろした。しかし、その身は硬直し、鎌は直前で避けられ、その身が地面へと到達する前に、その身を消した。


「二匹目!」


 そう言って、小次郎は再び紙を燃やした。


「さて、どうする?残るは……お前だけだぞ!」


 斬鬼のお陰で、どうやったかは判った。

 だが、どうする?

 奴の視界に入らないで、攻撃なんてできるのか?

 待てよ……背後をやたら気にしていたな?

 斬鉄も斬鬼も、奴の視界の直線上でやられている……

 ということは……奴は、俺たちの動きが見えなかったんじゃないのか?

 念には、念を入れておくか


 鎌鼬は、出来るだけ人間の視界に入らないよう注意しながら、小次郎の周辺にある木々の枝を切り落としていった。

 木の枝が雨のように降り注ぎ、これでは絵を描くどころか、見ることさえままならず、その木の雨が降る空間から外へ飛び出した時、背中を斬り裂かれてしまう。すぐさま振り返ったが、鎌鼬は再び、視界の届かない所まで逃げた。

 小次郎は隠れられそうなところを探しながら必死で走った。鞄の肩紐のお陰で、傷は浅く済んだが、このまま同じことを繰り返されれば、殺されるのは時間の問題だった。なんとか木や岩に隠れながら移動して行くと、小さな洞穴を見つけ、そこへ飛び込んだ。

 洞穴は薄暗く、初めは何も見えなかったが、次第に目が慣れてきて、その先に黒い毛に包まれた大きな巨体が見えた。


 く、熊……


 流石の鎌鼬も視界が直線になる洞穴へは近づけず、人間が出てくるのを待つしかなかった。


 ここは我慢くらべだ

 飢えて死にそうになれば

 嫌でも出てくるだろう

 出てきたところを背後から刻んでやる


 しかし、いくら時間が経っても人間は出てこない。日が沈み、朝となっても出てこない。段々と待ちきれなくなり、もしや、この洞穴は別に出口が在るのかと覗いてみようかと思った時、洞穴から何かが飛び出した。

 鎌鼬は、出てきたものに反応するように、その背中を刻んでみたが、そいつは人間ではなく熊だった。熊は、そのまま倒れこみ動かなくなる。


 熊にでも、喰われたか?


 と思い、洞穴を覗き込んだ時、体が硬直する。


「馬鹿な……」


 鎌鼬は、思いもよらない方向からその声を聞く。


「熊が冬眠中で助かったよ」


 そう言って、小次郎は熊の毛皮を脱いだ。そう、小次郎が洞穴へ逃げ込んだ時、そこには熊がいた。もはやこれまでかと思っていたら、その熊が冬眠中だと気付き、持っていた小刀で熊の喉を掻っ切った。多少は暴れたが数秒も経たないうちに力尽きて倒れ、その後、その熊の皮を剥いで毛皮にした。


「早く眠りたいから、早速聞くぞ。九尾の居場所を知っているか?」


「ならば、今すぐ封印を解け!さすれば教えてやる」


「取り引きと言う訳か?いいだろう、だが先に居場所を言え!」


「解くのが先だ!」


「お前に、優先権などない」


「チッ!奴なら大陸に渡った」


「大陸かぁ……」


 此処まで来て……そう感じながら約束通り紙を破き、懐へしまった。


「もう悪さすんなよ」


 そう言ってその場を去ろうとした時、鎌鼬が襲いかかった。


「何がもう悪さすんなよだ!詰めが甘かったな人間!俺がお前みたいな奴を生きて返すと思ったか!」


 小次郎は再び、筆を取ったが既に遅く、


「そうはさせるか!」


 鎌鼬が起こした旋風つむじかぜで、新しく出した紙は飛ばされた。


「冥土の土産に教えてくれ、奴が大陸に渡ったのは本当か?」


「馬鹿が!出任でませに決まってるだろうが!確かに奴は此処へ来たが、奴は気まぐれでな。行き先を知る者など居らぬわ。せいぜい奴の寿命が尽きるのを地獄で待つんだな!」


 真横に振られた鎌が、小次郎の首をねる―ーだが、寸前でその動きは止まる。


 小次郎は、二本の指で鎌を摘むと、自分の首から遠ざけ、袖で冷汗を拭った。


「危なかった……もう少しで首をねられるところだった」


「馬鹿な、貴様いつの間に……」


 必ず、“解放”の取り引きになると考えた小次郎は、万が一の為に鎌鼬の絵を二度描いていた。そう、破いた紙の表と裏に。裏面の絵は、切り目を避けるように半分の大きさで描かれ、さらに、その顔料は水だった。それに血をにじませることで、絵を完成させたのである。


「待て!今度こそ本当に奴の……」


「比良坂を越えて、冥府へ堕ちろ!」


「それにしても……くたびれ儲けとはこのことだ」


 九尾の情報さえも得られぬことで、さらに疲れ果てた小次郎は、再び熊の穴で一泊した後、山を降りた。


読んでくださって、ありがとう。


/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


遠くの方に微かに見えた其れが何なのか判った時、小次郎は傍に居た村人だけでなく、全ての村人に聞こえるように叫んだ。


逃げろーっ!


次回「嵐の前」


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