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封霊の絵師  作者:
6/21

第六話「旅のはじまり」

読んでくださる方に、合う作品であることを祈りつつ。


2017/08/22 誤字修正。

 僧侶・友純ゆうじゅんと修行の旅をすると決めたのだが、先にしておかなければならない事があったので、一週間ほど待ってもらうことにした。


 小次郎は、地面に転がっている自分の家の壁だった板に、文字を彫りだした。

 それは看板にする為の物なのだが、その内容は"注意書き"ではなく、"手紙"と呼べるようなものだった。

 また、手紙は知人に宛てたものではなく、知らない誰かに宛てたもので――そう、本来なら村人の親族全てに、この訃報ふほうを伝えたいのだが、ほとんどの家が焼失していて、親族の連絡先など分からなかった。つまり、自分が村を離れても、この看板を見れば村に何があったのかを知ってもらうことができると考えたからだ。


 この村を訪れた方へ。

 この村は、九尾という妖怪に襲われ、滅んでしまいました。

 みんなの墓は、この村の中心に作っておりますので、どうぞお参りしてあげてください。

 一人生き残った私は、その九尾を追う旅に出ることを決めました。

 誠に勝手ではございますが、親族の皆さま方、この村を空けることをお許しください。

 相馬小次郎


 あの惨劇さんげきから初めて家の外へ出た時、そこは目をおおいたくなるような世界だった。今まで過ごした村の面影おもかげはなく、ほとんどの家が焼失しており、あちらこちらに死体が転がっていた。見たことはないが、いくさの後も、こんなものなのだろうかと思った。

 しかし、その残された死体の墓を作ろうとした時、それが戦とは比べ物にならないことに気付いた。その一つ一つが、怒りで吐き気をもよおすほどの残忍さで、口にしていない死体など一つとして無かった。中でも一番酷かったのは、下半身を喰いちぎられた女性が手を伸ばした先に、血の味だけを楽しんだかのような、噛み砕かれ、吐き出された赤子の死体が在ったことだった。明らかに、食欲よりも殺戮さつりくを楽しんでいるのが解った。


 泣くのは これで最後にしよう


 そう心に誓いながら、一つ一つの遺体に別れを告げ、全て集まった所で火を着けた。

 火葬かそうにしたのは、妖怪に喰われ、さらに死体となってからも、地中で虫に喰われるのは可哀想だと思ったからであった。

 また、墓を一つにしたのは、一人に一つ墓を作ってやりたかったが、喰いちぎられてバラバラになっていたり、噛み砕かれていて、誰が誰だか判らないものが多かった為だ。

 三日三晩、火を焚き続け、ようやく骨だけになったところで土を被せ、その上に墓石となる岩を置いた。


「すいません、借りて行きます」


 旅立つには、それなりにお金が必要なので、村長の家から、お金を拝借はいしゃくすることにした。

 それから小次郎は、隣村の村長と会った。村で起こった事を説明して、村の留守を頼むためだった。


「留守を頼むといっても、泥棒とかの見張りはしなくてもいいです。みんな燃えちゃったんで、取る物なんて無いですから……ただ、村の親族以外が住まないようにだけ見てもらえませんか?その代わりといってはなんですが、親族のどなたかが来られるまで、田畑を自由に使ってくださっても結構です」


「わかりました。お引き受けましょう」


 その後、旅に出る準備をするために、小次郎は町へと向かった。一番の目的は、絵の道具を揃える為。それは、練習の度に腕を切っていたのでは、たまらないからであった。


 兄ちゃん、行ってもいい?


 町に入ってすぐ、呉服屋が目に入り、妹との会話を思い出して泣きそうになった。だが、泣かないと決めた小次郎はグッとこらえ、目的の店を探すのだった。


 目的の店である萬屋よろずやに入ったのは、昼過ぎ。

 墨と筆を選んでいたら、店の主がトコトコと寄ってきた。


「お兄さん、絵かい?」


「はい……」


「いいのがあるよ」


 店主は、そういうと"赤い本"と"木の板"を出してきた。


「こいつは、"すけっちぶっく"って言う白紙の本なんだ。使う時に、こうやって紙を引っ張って……」


 そう言うと、店主は一枚切ってみせた。


「ちぎって使うんだよ」


「へぇ~」


「次は、この板だ!」


 そう言って、板の上部両角に通されていたひもを首に掛けると、板の下部を腹にのせ、店主は、まるでこの板を作った人間であるかのように自慢した。


「どうだいこうすると、絵を描く机になるんだ。それでだ、紙をこうやって……」


 店主は、板の上部中心にある鉄の曲がった棒を持ち上げると、その下に紙を置いて、パチンと音を鳴らして、その鉄の棒で紙を挟んだ。


「こうすると、風が吹いても紙が飛ばないだ。凄いだろ!」


「おぉ! で、この板はなんていうの?」


「え? ば……万能机だ!」


 小次郎は、紙の本はともかく、この板は使えると思った。

 その後、店の主に色々な道具を勧められたが、結局、買うと決めたのは、万能机と名付けられてしまった画板と墨と筆を三本だけにしようとしたら、


「その"すけっちなんとか"っての要らないからさ、もっと安くしてよ」


「駄目だ。こいつは万能机の一部なんだ」


「ほら、墨も筆も買うんだからさぁ」


「駄目だ! それよりも兄さん、その墨や筆や"すけっちぶっく"を入れる入れ物が必要だろ?」


「だから、紙は家にあるから、その"すけっちなんとか"っての要らないんだってば!」


「いいのがあんだよ!」


 店主は小次郎の言うことを無視して、店の置くから入れ物を持ってきた。


「こいつは、"しょるだぁばっぐ"って言ってな、肩から掛ける西洋式の絵描き用のかばんだ。ほら、その証拠に、筆を挿せるところがあるだろ」


 確かに、その鞄は良く見えたが、こいつがまた目が飛び出るほどに高かった。だが、いざ妖怪相手に絵を描くとなった時、とても便利に思えた。

 店主は、青年が悩む姿を見て驚いた。実は、勧めはしたがあまりにも高いので、会話の流れの一つとしてうまく誤魔化し、その隙に“すけっちぶっく”を買わせるためだったのだが、思いのほか値段を見ても、買おうかと本気で悩んでいる姿を見て、店主は作戦を変更する。


「"しょるだぁばっぐ"を買ってくれたら、"すけっちぶっく"を付けてやるよ」


 今度は小次郎が、店主の言葉を無視した。


「分かったよ、筆と墨も付けてやるよ」


「もう一声! 万能机も付けてくれたら買う!」


 店主は、暫く悩んだ末。


「持ってけ泥棒!」


「いい買い物ができたけど……お昼は、家に帰って作るしかないな」


 翌日。

 全ての準備が整い、旅立つことになった。


「これから、どちらへ向かうのですか?」


「先に言っておく、九尾を退治する手伝いをしてやりたいが、ワシにもやらねばならん事がある。一年くらいは、お前の修行にも付き添えるが、その後はお前一人で追いかけるんだ。で、行き先だが……今後一年は、私の旅に付き合ってもらう。お前の成長にもよるのだが、もし、旅先で偶然、九尾と会ったとしても、今は戦わずに逃げることになるだろう。それは以前、お前が言ったように、今のままでは無駄死にしてしまうからな。そこは理解して欲しい」


「はい」


「そして、無駄死にしないために、お前にはこれから、妖気を感じるための修行をしてもらう。いくら描く練習がしたくても、相手が見えないのでは話にならないし、かと言って、今のお前が見える妖怪は、かなり強い化物ばかりだからな。もし、強い相手に会った場合は、お前が描いている間、ワシが妖怪を引き付けるてやる。ただし、複数出てきたら、ワシを置いてでも逃げるんだ」


「あの~、なぜ強い妖怪は見えるのでしょうか?」


「見える妖怪には二種類ある。一つは姿を消す能力が無い者だ。能力の無い者は、見えてしまうことが分かっているから、常に警戒していていて、まず見つけるのは難しい。河童などがそれにあたる。そして、もう一つは、妖気が高過ぎる為に見えてしまう者。これはお前が見た九尾のように、霊を感じることのできない者でさえも、その力が高過ぎてしまうが為に見えてしまうのだ。分かり易く言えば、妖気というのは、薄い墨を重ねて塗るようなものだ。塗れば塗るほど、濃くなって姿を現すようにな」


 数日間、精神の修行が続いた。


「気持ちを落ち着けて、静かな心で気配を感じ取りなさい」


 そう言われて、小次郎は心を無の状態へと近づけていったのだが、


「何も考えないのとは違うぞ!」


「えぇ! 違うんですか? それだと、どうすれば?」


「まぁ、最初からは上手くなどいかんよ。そうだな?何もないのに気配を感じたり、冬でもないのに寒気を感じることがあるだろ?それは、少し高い妖気を持つものが傍に居るからなんだが……妖気を感じるということは、その延長線上にあると思っていい。決して難しいことではないから焦らずとも自然に身に付くよ」


 初めて物の怪を黄泉へと送ったのは、旅に出て七日経ってのことだった。


「一度、描いてみるか?」


「そうですね、筆の力がどんなものなのか見てみたいですし……でも、どうするんです? 私はまだ見えないんですよ」


「大丈夫、ワシが見えるようにして、さらに動きを封じるから、その間に描いてみなさい」


 そう言って、友純は経を唱えると、部屋の隅に小さな鬼が現れた。小次郎は、右の袖を巻くり上げ、小刀で腕を切り、血を皿へと注ぐと、早速、描き始めた。


「できた」


 すると、血で描いた筈の絵が鮮やかな色へと変わって、目の前に居た小さな鬼は消えた。


「よし! では、火を着けろ」


 懐から、火打石を取り出して、紙に火を着けた。


「アチチチィ~」


 ゆっくりと燃えていくだろうと思われたので、よく燃えるように火を下にしていたのだが、紙は一瞬で燃え上がって、驚いて手を放したが少し火傷を負ってしまった。次回からは、火を着けたらサッサと投げようと思う小次郎だった。


 そんな練習を繰り返していた或る日。突然、妖気が感じれるようになった。初めは気配を感じ、次に声が聞こえるようになり、物の怪を一体、また一体と黄泉へと送るにつれ、いつの間にか見えるようになっていた。


 半年が経ち、色々なことが判った。

 ・絵を描いた部分から硬直が始まる

 ・描いた紙を破ると封印が解ける

 ・一枚の紙に複数の妖怪を描くこともできる

 ・筆の有効距離は一町(およそ100メートル)ほど


 また、自分の霊力が相手(物の怪)の妖気よりも上だった場合は、多少、絵が上手く描けていなくても封印できることが判った。


 ある日、和尚が出掛けている間に、自分より格上の牛鬼と対決した小次郎は、死に直面していた。一匹を冥土に送ったまでは良かったが、周りからゾロゾロと仲間が出てきて、気が付いたら囲まれてしまった。もはやこれまでかと思ったその時、運良く、和尚が現れたので助かったのだが……和尚も本気で危なかったようで「本当に置いて逃げる奴があるか!」と、あとで説教された。


 和尚が考えていたよりも、小次郎の成長が早かったこともあって、八ヶ月が過ぎた頃には、九尾の跡を追うことになった。


「此処もか……」


 廃墟となった村は、いくつも見たのだが、九尾の姿を一向に見ることのないまま、そして、約束の一年が経ち、和尚との別れがやってきた。


「分かったな、もし九尾を見つけても無理はするな。もし、奴の居所が判ったなら、比叡山に連絡しなさい、ワシも駆けつけるからな」


 小次郎は、行き先をその都度、比叡山に手紙を送くるようにした。そうすることにより、和尚が次の村の村長宛てに手紙を書くことによって、和尚からも九尾の情報を手にすることができるからだ。


「では、和尚もお気をつけて」


読んでくださって、ありがとう。


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それは、中国が南北朝時代だった頃の出来事。

「龍が逃げてしまうから、瞳は描かない」と言った画家が居た。しかし、それを信じるものは誰一人居らず、その画家は仕方なく、瞳を入れる事にした。すると稲妻が走り、壁が崩れ、瞳を描いた龍は天へと昇り、描かなかった龍は、壁に残ったのだという。


次回「画竜点睛」


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