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封霊の絵師  作者:
5/21

第五話「陰陽の筆」

読んでくださる方に、合う作品であることを祈りつつ。


2017/08/22 誤字修正。

 再び目を覚ました時、目の前には絶望しかなかった。

 布団に寝かされていると知った時、此処が黄泉の国ではないと悟った。

 全て夢であって欲しいと願ったが、全身の痛みが、それを否定していた。


「喰われなかったのか……私は……」


 それは嬉しくも、悲しくもない、どうでもいい現実だった。


「気が付かれたか?」


 声の方を振り返ると、黒い袈裟を着た僧侶が立っていた。


「貴方は?」


わしは、修行僧で、名を友純ゆうじゅんと申す」


 そして、小次郎の口から出た次の言葉は、妹の名だった。


「た、たま……き……は……」


 しかし、言っている内に、あれで生きていることなどあろう筈がないと言葉を飲み込んだ。


「あの時、私が珠希を呼ばなければ……珠希は……珠希は……」


 もし、自分が妹を呼んでさえいなければ、家に隠れていた妹は喰われなかったかもしれないと、落胆する青年に、僧侶はさらに厳しい事実を告げる。


「それはないだろう――お前以外に生きている者など居らんかった」


 なんだか、泣くことさえも許されないような気がした。


「そうですか……」


 そう一言だけ口にすると、小次郎は魂が抜けたしかばねのようになっていた。


 小次郎は、再び眠ることで残酷ざんこくな現実世界から逃げた。

 安楽を求め、虚構きょこうの夢の世界へと足を踏み入れた小次郎であったが、その世界もまた楽園とは成りえず、昨日の惨劇さんげきが繰り返す、地獄のような世界だった。

 小次郎は、眠ることへの恐怖を感じながら、ただただ震えるしかなかった。


「……おい!」


 僧侶は何度も呼んだのだが、心には届いておらず、その体を揺することによって、ようやく呼んでいることに気付かせた。

 僧侶は、ゆっくりと自分の方へ首を向けた青年に、もう一度、声をかける。


「飯にするか?」


 小次郎は、食事を用意してくれた僧侶に礼は言うものの、その料理を口にすることはなかった。とても食べる気にはなれなかった。僧侶も、食事を取らない青年に対して何を言うでもなかったが、朝昼晩と必ず青年の分まで用意し続けた。


 目を覚ましてから四日が過ぎても、未だに何も口にしようとしない青年を見て、僧侶はようやく口を開いた。


「このまま朽ち果てるのか?」


「それもいいですね……」


 小次郎は、必死で何も考えないようにしていた。何か一つでも頭に浮かべば、妹や村人との楽しかった生活を思い出し、そこから、その先にある地獄を思い出してしまうからであった。だが、僧侶の言葉で"死"という名の逃げ道を見つけた時、それが今の自分にとって最良の"楽園"であるように思えた。


 そうだ、珠希のもとへ行こう。

 あいつ、淋しがりやだしな。

 天国でもう一度、珠希と暮らそう。


「そうか、拾った命を捨てるか」


「すみません、せっかく助けて頂いたのに……」


「ワシなら、妹の分まで生きるか――仇を討つことを考えるがな」


 仇を討つという言葉を簡単に使った僧侶に、小次郎は激怒した。


「あんな化物に、どうやったら勝てるというのですか! 無駄死にするのが関の山ですよ!」


 それに対して僧侶は、その職にあるまじき言葉で返す。


「お前、可笑しなことを言うな……どうせ、死ぬのだろ?」


 そう言われて、小次郎はハッとする。


 何を考えていたんだ!

 そうだ、その通りじゃないか!

 どうせ捨てる命なら……一矢でも報いたい!


 小次郎は立ち上がって、フラフラと歩きながらも膳の前に座り、用意されていた飯を食べ始めた。ずっと食べていなかったということもあったが、"食べる"という行為が、九尾の"喰らっている姿"を連想させ、心も体も受け付けることができず、何度も何度も吐き出した。だが、生きると決意した小次郎は、それでも尚、泣きながら食べ続けた。

 泣くことを思い出した心は、流れ出る涙を止めることは出来なかった。


 翌日、生きる目的を見つけた小次郎に、僧侶はさらに希望を与える。


「儂に付いて、修行をしてみんか?」


「修行ですか?」


「あの妖狐、九尾を倒す方法――なくはない」


「あの化物を倒せる方法があるのですか!」


 僧侶は、懐から手拭いに包まれた一本の筆を取り出した。


「これをお前にやろう」


「この筆が?」


「その筆は、かの陰陽師"安倍晴明"の髪と骨とで作られた代物で、それ自体に力がある。その筆に自らの血を浸して絵を描けば、描いたものを封印することができ、さらにその絵を燃やすことで、描いたものを黄泉へと送ることができると言われている」


「言われている? 和尚おしょうは使ったことないのですか?」


「儂は、不器用でな、上手く描けねば封印できんらしいのだ。だから、儂は九尾を追い払うことは出来ても、退治することは出来なかったのだよ」


「あの化物を追い払ったのですか!」


「何を今更驚いておる。でなければ、お前が此処に居る筈なかろう?」


「和尚って、凄かったんですね」


 筆を渡された青年は、一旦部屋から出ると、紙と皿と包丁を手に再び部屋へと戻ってきた。この家は、以前にも暮らしていたこともある村長の家だったこともあり、割りと早く見つかった。

 早速、青年は左手に筆を持ち、右腕を少しだけ切ると、血を皿へと注ぎ、筆を血で塗らして絵を描き始めた。


 そう、九尾の絵を。


 あの顔、あの姿、決して忘れることのない化物を小次郎は、三十分ほどで描き切った。


「これで封じれたのでしょうか?」


「いや、確か言い伝えによれば……描き切れば色が着くらしい。巧く描けていないのか? それとも、その筆には鉄砲のように、攻撃の届かない距離があるのか? どちらにせよ、一度、別の物の怪を描いてみた方がよさそうだな」


「あの~、九尾以外で、物の怪を見たことがないのですが……」


「それは見えないだけで、幾らでも居る」


「それに……描く練習はしたいのですが……九尾に怨みはあっても、その他にはありません。なのに黄泉へと送るというのは……」


「気が引けるか?」


「はい」


「よいか小次郎。もともと霊や物の怪などは、人や動物が怨念の塊となって変化したものだ。その魂を救うには、その者たちを黄泉へ送ってやるしかない。つまり、お前のやろうとしていることは、命を奪っているのではなく、魂の救済なのだ。そして、魂が救われれば、再びこの世へと転生することができる」


「た、珠希や村の人たちの魂は、救われているのでしょうか?」


「物の怪に喰われた魂は、救われてはいない。だが、その喰った物の怪を黄泉へと送れば、喰われていった者たちの魂も一緒に救われると聞いている」


 喰われた上に、魂まで救われない。


 小次郎は、妹、そして村人たちに、九尾を退治することを誓うのだった。


読んでくださって、ありがとう。


/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


泣くのは、これで最後にしよう。

そう心に誓いながら、一つ一つの遺体に別れを告げ、全て集まった所で火を着けた。

火葬にしたのは、妖怪に喰われ、さらに死体となってからも、地中で虫に喰われるのは可哀想だと思ったからであった。


次回「旅のはじまり」

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