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封霊の絵師  作者:
20/21

第二十話「血で紡がれた紅い糸」

読んでくださる方に、合う作品であることを祈りつつ。

 淡い赤色で描かれた霊の絵が、じわりじわりと鮮やかな色を着けて行く。


「やった! やりましたよ、彦左衛門さん!」


 喜んで振り返る小次郎に、彦左衛門は「矢張りな」と言って大きくうなずいた。

 この実験は、試す前から成功する自信が彦左衛門にはあった。


 ――血を水で薄めたとしても、術は成立するのではないか?


 この仮説は、小次郎から筆の説明を受けた際に『小次郎の術は、小次郎の霊力によって左右されるもので、血の濃さは関係ないもの』に思えたからだ。


「恐らくは、自分の血を用いて描く事が決まりなだけで、極端に言えば、髪の毛一本ほどでも、線として繋がっておりさえすれば、術として成立するんじゃないかな?」


「髪の毛一本で、ですか?」


「そうじゃなぁ、解り易く言えば……」


 そう言って、着物のそでから、糸を取り出した。


「小次郎君の術は、たぶん、血がまるでこの糸のように、こうして……」


 そう言いながら、手にした糸で、小次郎の手首に巻き付けた。


「こんな風に、捕まえるのではないかな?」


「この糸……つまりは、私の血が途切れていたら、捕まえられないと?」


「その通り。そして、この糸を太くするのが、小次郎君の霊力なのだろうね」


「なるほど、だから濃さは関係ないだろうと考えたんですね」


「うむ。とは言え、術として成立するギリギリの濃さが有ると思う。それを血の粉の方で、試していこうかの」


「はい」


 この彦左衛門の考えは見事的中し、血の粉を水で溶かす方法も成功を収め、更に、封印できる限界の濃度は、水が八割に対して血が二割という結果まで得られた。

 厳密に言えば、血が一割、水が九割でも成功していたのだが、成功率が低かった為、ギリギリ繋がる割合として、二割を限度としておいた方が良いだろうと言う判断なのである。

 正確かつ早々に実験を終わらせる事が出来たのも、彦左衛門がはかりなど様々な道具を事前に用意してくれていたお陰だった。


 二人は、その借り物の道具を洗う為、実験をしていた墓場から手水場ちょうずばへと向かった。

 柄杓ひしゃくで水をすくい、血を洗い落とすと、一つ一つ丁寧に手拭いで水滴を拭き取って、元々入っていた木箱へと仕舞しまって行く小次郎。

 すると彦左衛門も、手持ち無沙汰だったのか、道具を一つ持って洗い始めた。


「彦左衛門さんは、洗わなくてもいいですよ。私が遣りますから……」


「まぁ良いじゃないか、する事が無いんじゃから」と言って、呵呵かかと笑い、同じように水滴を拭き取り、木箱へと仕舞う。


 そんな彦左衛門に、小次郎は改めて礼を言う。


「本当に助かりました。彦左衛門さんと出会えてなかったら……貧血で、仇どころでは無かったかも知れません」


「言った手前、成功して本当に良かったよ。失敗してたら、ただ、血を抜いただけじゃからの」


「いえいえ、そうだとしても、先に抜いて置くという考えが、私には在りませんでしたから」


 小次郎の「先に置く」と言う発言で、彦左衛門は何かを思い出し「そうじゃそうじゃ」と、懐から五寸ほどの竹筒と印籠いんろうを取り出した。


「水で溶かした血は此の水筒に、粉の方は此の印籠を使うと良いよ」


「何から何まで、すみません」


「小次郎君、そういう時はね。謝るのではなくて、お礼を言うんじゃよ」


 再び、彦左衛門は呵呵かかと笑い、それを受け、小次郎は照れ臭そうに頭を掻いて、礼を述べる。


「そうですね、ありがとうございます」


 全ての道具を木箱へと仕舞しまい終わると、広げた風呂敷の上に重ねて置き、風呂敷の四つの角を手に取って結ぶと、小次郎は一気に、それを背負う。


「よっと、さぁ、帰りましょうか」


 朝は曇天だった空が、まるで実験の成功を待っていたかのように、風が雲を流し、晴れ渡って行く。

 久しぶりの晴天と実験が成功したこともあって、足取りも軽くなり、荷物が軽くなったとさえ感じていた。

 歩いている内に腹が鳴り「昼は、何を食べようか」と話をし出した丁度その時、名物と書かれたのぼりを目にする。


「おぉそうじゃ、折角、鞠子まりこるんじゃから、昼は名物のとろろ汁にしようか」


 だが、その問い掛けに逸早いちはやく反応したのは、小次郎ではなく、横で歩いていた犬だった。

 吠えたり、跳ねたり、廻ったりと、色々な表現を混ぜながら、喜んでいる。


「何もしてないのに、お前さんは、ホント、喰い意地が張ってるね」


 だが、犬はそんな嫌味を聞く耳を持っていないようで、幟のある店まで駆けて行き、早く来いとばかりに、こっちに向かって吠えている。


「そんな慌てなくても、店は逃げないよ」


 その言葉に、彦左衛門が笑い、小次郎も釣られるように笑って、店の前へと着いた。


「あ、先に犬も一緒で構わないか、聞いてきますね」と、店へ入ろうとする小次郎を彦左衛門が止める。


「あぁ、構わん構わん。此処も知ってる店じゃから、大丈夫じゃろうよ」


「え! ホント、彦左衛門さんって、顔が広いんですね」


 そんな彦左衛門を先頭に中へ入ると、店の女中が現れ、彦左衛門と二言三言話した後に、奥の座敷へと案内された。


「犬も居るのに、座敷で良いんですかね?」


「向こうが良いと言っとるんじゃ、気にするような事じゃないよ」と、心配性の小次郎を呵呵かかと笑う。


 そうこう話をしている内に、膳を持った女中二人と、御櫃おひつを抱えた女中が一人、座敷へ入って来た。

 膳の上には、麦飯、味噌汁、卵焼き、三種類の漬物、天婦羅てんぷら、刻みねぎ、刻み海苔、そして、茶碗より少し大きめのわんに入った、とろろが乗っている。


「あれ? 汁物が二種類?」


 そう呟いて、まずは名物から戴こうと、とろろの碗を手に取って口を付け飲もうとする小次郎を慌てて彦左衛門が止める。


「違う違う! 小次郎君! それは、御飯に掛けるんじゃよ!」


「え?」


「あぁ、汁と言うから、飲むもんだと思ったんじゃね」


 小次郎は、少し口を付けただけで、事なきを得た。


「危ない所でした、もう少しで名物を楽しめない所でした」


 そう、小次郎が真剣な面持ちで言うもんだから、彦左衛門はたまらず腹を抱えて笑う。


「ご大層な。例え間違って飲んだとしても、また擦って貰えばええじゃないか」


「それも、そうですね」と、恥ずかしそうに頭を掻いた。


「この麦飯に、とろろを掛けて、好みで刻み葱や、刻み海苔を乗せて、一緒に喰うと旨いぞ」


 言われたままに、小次郎は口へと運ぶ。


「美味しい! こんな食べ方が在ったんですね! これだと、何杯でも行けそうだ!」


 その言葉を受け、不機嫌そうに犬が吠え出した。


「おぉ、お前さんの分を頼むのを忘れとったわ。ちょっと待ってなさい」と、彦左衛門は席を立ち、部屋を出る。


 それでもまだ、犬は不機嫌な様子で、旨そうに頬張る小次郎に唸っている。


「もうすぐ、持って来てくれるんだから、大人しくしてなさい」


 そう言ったのだが、普段吠えて来ない小次郎にまで、吠えてくる始末。


「喰い物の怨みというのは、恐ろしい」と呟き、とろろ汁を口へ運ぶ小次郎だった。


 彦左衛門は、暫くもしない内に戻って来たのだが、その手に料理は無く、それを見た犬は我慢の限界の様で、激しく吠えた。


「そんなに吠えんでも、お前さんの分は有るよ。ただ、犬も食べるなら、座敷が汚れるから困ると言われたんで、お前さんのは、他に食べる場所を用意して貰った。そっちなら、存分に喰えるぞ。天婦羅も在るぞ。ささ、来なさい」と、手招きすると、犬は吠えるのを止め、喜び駆け寄って、彦左衛門に付いて行った。


「ホント、喰う時だけは、異常に賢くなるよな、あいつ」


 そう言いながら、空になった茶碗に、麦飯をよそう。

 再び戻って来た彦左衛門に「大人しく食べてましたか?」と尋ねると、


「夢中で喰っとるよ。それにほら、あの子は、食べてる時、いつも大人しいじゃないか」と言って、呵呵かかと笑う。


「それも、そうでしたね」と小次郎も笑い、とろろが付いた自分の口をぬぐった。


「後で、あいつの口に付いた、とろろも拭いてやらないと……」


「それなら、お付きの女中がおるから、大丈夫じゃと思うよ」


「え! 犬にお付きですか!? なんか申し訳ない、私が付き添った方が……」と、立ち上がろうとする小次郎を彦左衛門が制した。


「小次郎君は、此処でゆっくり味わいなさい。わしが、女中に小遣いを渡しておいたから、心配せんで良いよ」


 はぁーと大きく溜息を吐いた後、小次郎は大きく頭を下げた。


「本当に、彦左衛門さんには、何から何まで、お世話になりっぱなしで……」


「顔を上げなさい、君は何も気にせんで良いって、儂が好きで遣ってる事なんじゃから」


「でも……」


「君達と旅できたお陰で、退屈せんで済んだんじゃ。怖い妖怪にも、会ったしのう」


「彦左衛門さんには、貴重な体験かも知れませんが、あれは会わない方が良かったですよ」


 そんな彦左衛門との楽しく美味しい旅も、あと三宿場となっていた。


「何か、お返し出来たら良いのですが……」


「そうじゃな……それでは、儂の絵を描いて貰おうかの」


 その申し出に、小次郎は「はい」と、こころようなずくのだった。


 とろろ汁を堪能し過ぎた小次郎は、その場に横たわる。


「はぁ~、もう喰えない」


「詰めるだけ、詰めてしもうたようじゃの。晩飯も在ると言うのに」


「大丈夫です、それまでに、腹は空かせますから」


 彦左衛門は「それはなんと、都合の良い腹じゃな」と言って、呵呵かかと笑った。


「あ、そうだ。あいつを迎えに行かないと……」


 重たそうな腹を押さえながら、身を起こそうとする小次郎に「君は寝てなさい。まだ動ける儂が代わりに行こう」と、彦左衛門がふすまを開けると、其処には既に犬が戻って来ており、トコトコと入って来た。


「ほぉ、心配で早々に切り上げて来たのか?」


 彦左衛門は、犬にそう問い掛けたが、犬からの返事は無い。


「心配?」


 何を心配されるんだろうと、小首を傾げる小次郎に、彦左衛門は笑って「喰い過ぎの」と付け足した。


「それだと、もう手遅れですよ」


 二人は腹を抱えて笑ったが、冗談に興味の無い犬は、膳の上の残り物に手を付ける。


「あ、コラ! 此処で食べちゃ駄目なんだって!」


「まぁ、天婦羅なら汚れんじゃろうし、内緒にしておこう」と彦左衛門が言った時、襖の向こうから「失礼します」と言って、襖が開いた。


 小次郎は慌てて座り直すと、くちゃくちゃと音を立てる犬を背中に隠す。

 入って来たのは、此の店の女将のようで「如何でしたか?」と声を掛けて来たのだ。


「美味しかったよ、ご馳走様でした」


 そう応えた彦左衛門を真似て、小次郎も同じような返事をする。


「美味しかったです、ご馳走様でした」


「お客さんは、行商か何かされてるんですか?」


 宿場なのだから、旅人が行き来するのは当然ではあるが、女将は小次郎の風呂敷を見て、そう思ったのだ。


「そうじゃが、何か?」

  てっきり、何を扱っているのかと聞かれるものだとばかり思っていたのだが、女将の口から出たのは「行かれるのは、島田より西ですか?」と言う、更に質問を重ねたものだった。


「そうじゃが、何か有ったんかね?」


「橋の工事が始まったようですので、また雨が降り出すかも知れません。今日の内に、金谷へ渡った方が良いですよ」


「え? どうして工事が始まると、雨が降るんですか?」


「いえね、最近、此処ら辺で雨が降るのは、長十郎さんの呪いじゃないかって噂がね……」


「呪い?」


 それは今から四ヶ月ほど前、架橋に反対していた川越し人足にんそくの長十郎という男が、抗議として大井川へ身を投げたと言う話だった。


読んでくださって、ありがとう。




次回「御館様」

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