第十一話「墓参り」
読んでくださる方に、合う作品であることを祈りつつ。
小次郎は、街道に在る道標を見て迷っていた。
「さて、東に行くべきか?西に行くべきか?」
色々見てみたいところが東には多くあったが、小次郎は反対の方向を選ぶ。
「やっぱり、西だな」
西という答えを導き出した理由は、二つある。
季節は、名を冬から春に変えていたものの、東を過ぎれば目指す方向が北しかなく、万一の野宿を考えた上で、北はまだ雪が残っていそうで、もう懲り懲りだという思いが勝った。
そして、もう一つは、東海道五十三次を利用すれば、京まで旅がしやすいと考えたというのもある。
また、上記で述べた“北しかない”という発想。
それは東へ行った後、西に戻ればいいと、小次郎も考えはしたのだが、先日の山を何度も往復したことによる“戻る”という行為に嫌気が差していた。
西を目指すとは決めたが、すぐにでも京へということではなく、今となっては宛てのない旅なのだから、のんびり京を目指してみることにした。
一時間半ほど歩いて、保土ヶ谷に着いた。
帷子橋を渡った向こう側に『二八』という看板を掲げた店があった。
良い匂いもしてくるので、飯屋であることは間違いない。昼も過ぎ、空腹だったことも手伝って、小次郎は好奇心の赴くままに、その店の暖簾を潜った。
そして、この店が何の飯屋なのかは、入ってすぐに判明する。
「なんだ蕎麦屋か――でもなんで二八?」
その名には、二つの由来があった。一つは『そば粉八割、つなぎ二割』という製造方法からきたもの。
そしてもう一つは、九九の二八が十六、つまり蕎麦の値段が、何処へ行っても十六文だったということからきていると云われている。また、同じように『十六』を名にしている店もあった。
「ふぅ~、食った食った」
楊枝をくわえ腹を擦ったとき、初めて自分に視線が集まってることに気づいた。それは小次郎の目の前に重ねられた器が、その身に合わぬ数だったからだ。
「兄ちゃん、よう食ったねぇ」
と、隣に座っていた初老の女性が声を掛けてきた。小次郎は、頭を掻きながら照れくさそうに笑って、コックリと頷く。
食える時に、食えるだけ食う。
ひもじい思いを何度か体験したことや、九尾を討つと決めたあの時から、生きなければならないという思いが、まるで餓鬼のような食欲を成しているのだった。
もう少し満腹の余韻に浸りたかったが、居心地が悪くなったので、店を出ることに。
さて、これからどうしたものかと考えたが、保土ヶ谷で休むには、まだ日は高く、早すぎると感じた小次郎は、さらに先を目指すことにした。
途中、腹が空いてはいけないと、ぼたん餅を買っていたのだが、次の宿駅である戸塚まで二時間ほどで着いたにも関わらず、戸塚に入った時にはスッカリなくなっていた。
戸塚で休もうか、それとも先の藤沢にするべきか悩んでいたら、道標が目に入いる。
「左に行けば鎌倉かぁ……そうだ、折角だから大仏を見に行こう!」
鎌倉に入いると、すぐにあちらこちらで寺を目にした。
村人に尋ねたところ、大仏のある高徳院は、まだ先らしいので、それまでに修行をすることに決めた。
寺が多いということは、墓も多い。墓が多いということは……そう、成仏していない霊も多く、手っ取り早く修行ができる。
小次郎は富山で九尾と戦ってからというもの、各地の墓場をしらみ潰しに巡っていた。
それは、一刻も早く強くならなければならないという焦りもあったが、九尾を葬れなかった無念さからくる八つ当たりともいえた。
徒歩とはいえ、飛騨から横浜まで二ヶ月も掛かったのは、その為だ。
今は、成長度合いが自分で分からないこともあり、墓場が目に入ればやる程度に、その焦る気持ちも次第に落ち着いていた。
当初、礼を重んじて、住職の許可を取ろうとしたのだが、自分の預かるお墓で、その魂が成仏していないと言えば、住職から激怒されるのも当然で、修行どころではなかった。仕方なく今度は、深夜に出向き、黙って修行に励むようになっていたのだが、それも数をこなせばいつか誰かに見つかるもので……。
男は呑むのが楽しみで、仕事が少しでも早く終わると、いつも酒場に向かっていた。
毎回、酒場に入る前は、チョットだけ呑むつもりなのだが、楽しくてついつい遅くなってしまう。そんな男の女房は、呆れていはいたが、遅くなると必ず迎えに行っていた。
「明日が休みならまだしも、仕事があるってのに!全く、馬鹿な人だよ!」
女房は、今日も帰ってこない亭主の愚痴を言いながら、亭主がいつも通う居酒屋に向かっていた。だが、愚痴は言うものの、いつも亭主に十分楽しめるまで飲ませてやっている、器も体形も大きい女房だった。
ガラガラと音を立てながら酒場の戸を開くと、それを見た店主が入ってきた女房の代わりに、気持ちよく酔っ払って踊っている亭主に声をかける。
「玄さん、かあちゃんが迎えに来たぞ!」
「おぉ!これはこれは愛しの恋女房殿ではございませんか」
「なにいってんだよ!この人は!」
亭主の背中を叩いてそう言ったが、女房は満更でもないようだった。
そして、いつものように亭主に肩を貸し、ゆっくりと家に帰る、今日もいつもと変わらない夜の筈だった。
その日、女房は亭主の仕事が明日早いと聞いていたので、少しでも早く帰ろうと、いつも気味が悪くて避けていた近道を通ることにした。
「あぁやっぱり、夜中の墓場は気持ち悪いねぇ」
「大丈夫らぁ、オラが付いとる!」
「酔っ払いなんか頼りになんないよ……」
「そんなに怖いなら、歌って通ろう!」
そんな亭主のご機嫌に合わせて、二人で歌いながら、墓場を抜けて行こうとしたその時、亭主の足が止まり、女房の肩から外れると、そのまま跪くように倒れた。
「なんだい、よしとくれよこんな所で!罰が当たるから、吐かないでおくれよ!」
「ち、違う……」
そう言って亭主は顔を上げずに、前を指差した。
女房は、その指す方向に顔を向けると、蒼白い炎が点いては消え、点いては消え、そして、その炎の中心には人らしきものが……。
女房は、この世のものとは思えないような叫び声をあげると、亭主を置いて逃げだし、亭主もそれに釣られるように、女房の後を追って走り去った。
だが、誰よりも一番驚いていたのは、実は炎の中心に居た青年の方で、何か得体の知れない獣が居たのかと思い、慌てて墓場を逃げ出していた。
どうやら夫婦は、小次郎が燃やしていた紙を“火の玉”と勘違いし、酔った亭主だけならまだしも、酒を飲んでいない女房も見たことから、翌日には大騒ぎになってしまい、旅籠屋の客である小次郎の耳にまで入ってきていた。
そんなこともあって、今となっては、昼間に出向いて、親族さながらに線香を燃やすような振りをして、描いた紙を一度に燃やすことにしているのである。
墓場で絵を描いている青年を見て不思議に思った住職は、青年の背後から、そっと近づいて絵を見たが、まだ下半身しか描かれていない。
声を掛けずに、ずっと覗いてるのも失礼かと思った住職は、その絵を描く青年、小次郎に話し掛けた。
「斉藤さんのご親戚の方かね?」
「は、はい」
住職に気づいていなかった小次郎は驚いて振り返えり、咄嗟のこともあって、つい弾みで返事をしてしまった。
「はぁ?お前のような奴なんぞ、ワシャ知らんぞ」
この声は、小次郎に聞こえても住職には聞こえない。
「しかし、墓まで来て生前の姿を描くとは変わっとるね」
「昔、祖父に絵を褒めて貰ったことがありまして、供養に絵を描いて燃やそうかと……」
自分でも感心するほど、上手い嘘が出た。だが、祖父と呼ばれた方は、それを強く否定する。
「お前のような孫なんぞおらんわ!というより、ワシャ独身じゃぁぁぁ!このウスラバーカ!さぁ住職、言うてやれ!言うてやれぃ!」
「そうですか、それは斉藤さんもお喜びになるでしょう」
「ボケやがって、このクソ坊主がぁ!」
このまま放置すると、小次郎は笑いを堪えきれないと思い、急いで描きあげる。
「う、動けない……た、助けろ坊主!」
だが、その声は住職には届かなかった。
その描かれた顔を見て、住職が一言。
「そうそう、斉藤さんはよく怒っとった」
そう言うと住職は、小次郎に一礼して寺へと帰って行った。
「それにしても、描いたのが一人目で助かった」
既に寺を四軒回った後で、葬った総数も五十人を越えていた。
五十人さばいたからといって、五十枚描いた訳ではない、小次郎が『一人目で助かった』と言っのは、実は一枚につき五人ほど描いていたのである。
一人描いただけで燃やすことを少し勿体無く感じながらも、絵を完成させて紙を燃やした。
「成仏してね、おじいちゃん。さて、今日は、このくらいにしとくか」
鎌倉に来た本来の目的は、大仏を見ることだったのだが、目に入る寺を回っていたら、スッカリ日は傾き、赤く染め始めていたので、大仏は明日にして、泊めてもらえる寺を探すことにした。流石に声を掛けられたので、ここはボロが出たら不味いと思い、違う寺へ向かうことにした。
大抵の寺は寛大で、泊まりたいと願えば快諾してくれる。もちろん、中には『ウチは宿じゃない』と断られたこともあった。
「申し訳ありませんが、一泊させては貰えないでしょうか?」
すると住職は、首を横に少し動かして、小次郎の後ろを見るように、こう言った。
「その犬も一緒かね?」
「はい?」
首を傾げながら振り返ると、見覚えのある珍しい犬が、尻尾を振って立っていた。
読んでくれて、ありがとう。
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自分では自分の霊力の大きさが判らない小次郎。
そんな時に、霊気を見れる僧侶と出合った小次郎は、自分の霊力の大きさを知ることになる。
次回「秤」




