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封霊の絵師  作者:
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第一話「封霊の絵師」

この作品は、個人的に大変気に入っております。

それは、タイトルすらも決められないほどなのです。

ですので、現在のタイトルは(仮)になります。

もしかすると、近日中に変えるかもしれません。

また、ただでさえ遅筆なのに、アップするのに時間が掛かることは間違いありません。

もし、私と同じように、この作品を気に入ってくださった方が居らっしゃいましたら、気長に待って頂けると幸いです。


また、この作品には残虐なシーンが多々ありますので、苦手な方はご遠慮ください。


それでは、読んでくださる方に、合う作品であることを祈りつつ。


2017/08/21 誤字修正。

第一話「封霊の絵師」


 絵には、力がある。

 感動を与えてくれることもあれば、財を成すこともある。時に、動かない筈の絵が表情を変えるように見えるのは、画家が魂を削って描いているからなのかも知れない。


 空は青く澄んで、白い雲をその身に浮かべ、山は香るほどの深い緑に染まり、川は底が見えるほどに透き通って、静かに流れていた。そんな色鮮やかな自然を白と黒のみで表現している青年が、その世界の中にいた。その青年は、“青年”と呼ぶには、まだ顔にあどけなさが残ってはいるものの、“少年”と言うには背が高過ぎた。


「墨絵とは珍しい。お兄さん、画家かね?」


 川原で風景を描いていた青年に、一人の老父が声をかけた。その老父は、年の頃なら六十といったところで、時代は明治と言う名に変わっていたが、老父の頭には未だまげが残っていた。


「い、いえ、画家なんてもんじゃないですよ」


「そうか……お兄さんの筆運びに迷いがないから、ワシャてっきり……」


 迷いがないと言われるほどに、青年の筆運びは速かった。その流れゆく筆は、描くというより、斬るという感じで、まるで剣舞のようだった。すっかりその描き方に魅せられた老父は、青年が描き終えるまで、黙ってかたわらで眺めていることにした。


 青年は、墨を何度も薄く重ね塗っていた。一見、無駄とも思えた無数の線が、次第に絵と変わり行くさまは、老父を感心させうなずかせるばかりだった。

 しばらくもしない内に描き終えた青年は、その絵をそっと老父へ差し出した。


「あの~、よろしければ差し上げますよ」


 思いもよらない言葉に、老父は大喜びした。そして、それを見た青年は、申し訳なさそうな感じで、さらに続ける。


「あの~、お願いが……」


 それを聞いた老父は笑いながら快諾かいだくし、青年が望む“一泊二食付き”を叶えるため、自分の家へと案内した。


「ささ、何も無いとこじゃが上がっておくれ」


「本当に助かりました、ありがとうございます」


 飯の支度したくに時間が掛かるからと、老父は先に風呂を沸かしてくれた。主人よりも先に入ることに申し訳なく感じていた青年であったが、お客さんが先に入るもんだよと笑われ、その言葉に甘えることに。


 青年は、湯船に肩までかると、両腕を大きく上に伸ばして、今の思いをそのまま口に出した。


「あぁ~、八日振りの風呂は気持ちいいや」


 一方、老父は、粗方あらかた材料を切り刻んだのち、風呂場へと向かい、青年を気遣って声を掛けた。


「湯加減は、どうかね?」


「はい、丁度いいです」


 その返事を聞いた老父は、まきを三本くべると、再び台所へと戻って行った。

 このまま融けてしまうのではないかと感じさせるほど、湯は気持ち良く、青年は何度か眠りそうになったが、そんな眠気さえも吹き飛ばすような匂いが、青年の鼻をくすぐる。

 その匂いに誘われるがままに、青年は湯船を上がると、体を拭くのもそこそこに着替え、まるで夢遊病者のように、その鼻が求める先へと向って行った。


「もう上がったんかね。では、飯にするとしようか?」


「はい!」


 青年にとって目の前に広がるご馳走は、先ほど描いた景色よりも何倍も輝いて見えた。


 食事が始まると、待ってましたとばかりに老父の質問が始まる。

 「生まれは、何処どこだ?」とか「此処に来るまで、何処を通った?」など、ようやく聞けたと言う感じで、案外この青年が願い出なくても「うちに泊まっていかないか?」と、老父の方から声を掛けたかもしれない。


「これから、何処へ行くんかね?」


「目的地はないんですよ、ちょっと探し物の旅をしてましてね」


「探し物?」


「えぇ、九尾という妖怪を探しているんですよ」


「あの九つの尾を持つという、狐の妖怪かね?」


「はい、信じてもらえないかも知れませんが……実は、一度見たことがあるんですよ」


「おったまげた! 九尾を見たんかね! でも、お兄さん悪いことは言わんから止めておきなされ、九尾と言えば、三国を股にかけた大妖怪じゃよ」


「えぇ、ですから、もう一度この眼で見て、絵に描いてみたいんですよ」


 何度も箸を休めては、質問と答えを繰り返した。老父も夕飯を済ませていなかったのだが、聞くことに夢中で、箸を口に付けた数は質問の数を下回っていた。また、青年が嫌な顔一つせず、老父の質問に答えて行くもんだから、老父もついついといった感じである。


「そう言えば、お爺さんは一人で此処に住んでるんですか?」


 屋敷と呼ぶほどではないが、老人が一人で住むには広すぎた。


「子供たちは皆、成人して国を離れて暮らしとる。帰ってくるのは盆と正月くらいかの。家には婆さんも居るんじゃが、突然、半年ほど前に動けなくなっての。それからずっと寝たきりなんじゃよ」


 青年は、そっと箸と茶碗をぜんに置き、真剣な面持ちでこう言った。


「もし、よろしければ私に診せてもらえませんか? あぁ……えっと……私、医者もしてるんですよ。もしかしたら、治せる病気かも知れないし」


「無理じゃと思うよ。いくつも医者を回ったんじゃが、皆、口を揃えて解らんって……」


 しかし、その言葉を聞いても、青年の笑顔は変わらず、まるで治せる自信があるようにさえ見えた。


「ま、いいじゃないですか、診せるだけでもね!」


 すると青年は、茶碗に残った飯を急いで掻き込んだ。しかし、残った飯はまだ多かったようで、あまりの苦しさに胸を叩いていると、老父は笑いながら青年にこう言った。


「そんなに急がんでも、婆さんは逃げんよ。お茶でも飲みなさい」


 青年は言われるがままに、お茶で一気に流し込むと、大きく息を吐いたあとに意気いき揚々《ようよう》と立ち上がって、


「行きましょうか!」


「ワシが食べ終わってからな」


 そう言って老父は笑い、青年は恥ずかしそうに頭を掻きながら再び座わって、お茶を戴くのだった。

 頬に米粒を付けたこの青年が、自分の妻を治せるとはとても思えなかった。しかし、断る理由もないし、何よりも青年の笑顔とその気持ちが、老父の背中を押したのだった。


 長い廊下の奥に、ぼんやりと明かりが灯った部屋があった。老父は、その部屋の前まで青年を伴うと、そっとふすまを開け、背を向け横たわる妻を紹介した。痩せ細ったその体は、まるで子供のようだった。老父に続き一礼して青年が部屋へと入ると、その視線の先は既に老婆にはなく、その少し上の方を見ていた。青年は、振り向いてニッコリと老父に微笑んだ。


「治せそうですよ。うつるといけないから、廊下で待って居て下さい」


 そう言って、老父を廊下へ追い出すと、ピシャリと音をたててふすまを閉めた。

 閉めたと同時に、先ほどまでの表情が嘘のように真剣な顔へと変わり、再び、老婆の方――いや、そのいているものへと視線を移す。


餓鬼がきか……」


 自分が居ることに気付いた人間を珍しく思った小さな鬼は、キィキィと笑いながら、横たわる老婆の上を飛び跳ねるように踊った。それはまるで「見えても、なにもできないだろう?」と言わんばかりのいやらしい笑みだった。


 青年は、鞄から紙を一枚と小皿、そして、小刀を取り出し足元に置いた。次に右の袖を上げると、その腕には包帯が巻かれており、それをするりと解き放ったのち、小刀で右の手首を切り裂いた。流れ出る鮮血を皿へと注ぎ、次に懐から手拭てぬぐいに包まれた筆を取り出した。その筆の身は異形で、何かの牙、もしくは骨のような物で出来ていた。

 筆を血に浸し、その小さな鬼を足から描き始める。すると、その小鬼の踊りが突然止まり、老婆の上から転げ落ちた。


 バタバタと両手を動かすものの、足は動かさない――いや、実際には"動かさない"のではなく、"動かせない"のである。そして、その原因が目の前の人間にあると悟った時、その顔からは笑みが消え、憎悪と怒りが入り混じったような顔で青年を睨んだ。だが、さらに腕まで動かなくなると、その表情は泣きながら懇願こんがんするような顔へと変わる。


「どうだ? お婆さんの気持ちが解ったか?」


 やがて青年が餓鬼の絵を描き終えると、その小さな姿は消えてなくなる。だが、それよりも不思議なことは、赤い血で描いた筈の絵が、まるで鏡に映したかのように色鮮やかな餓鬼の絵に変わっていたことだった。

 青年は、懐から火打石ひうちいしを取り出すと、絵に向かってこう言い放つ。


比良坂ひらさかを越えて、冥府めいふへ堕ちろ!」


 すると、先程まで熱心に描いていた筈の絵に火を着け、空へと投げた。絵は蒼白い炎に包まれると、その灰さえも残らないほどに、一瞬にして燃え尽きた。


 青年は、再びニッコリと微笑んでふすまを開け、外で待つ老父に声を掛ける。


「もう大丈夫ですよ。長い間、横になってましたから急には動けませんが、徐々《じょじょ》に歩けるようにもなりますよ」


 あまりにも治療が早かったので、老父は騙されているんじゃないかと思った。しかし、この青年がそんな悪戯いたずらをするようには見えない。困惑しながらも、治っているという妻に視線を向けると、その指が少し動いたように見えた。

 老父は妻へと駆け寄って、その手を握りしめ妻の名を呼んだ。指さえも動かせなかった筈の妻が、半年振りに自分の手を握り返した時、老父は涙し、そっと妻を抱きしめた。そして、その妻を治してくれた青年に、何度も何度も頭を下げているうちに、老父はあることに気づく。


「そう言えば、肝心な名前を聞くのを忘れとった」


 青年は、ニッコリと微笑んで自分の名を告げる。


「相馬小次郎と申します」


読んでくださって、ありがとうございます。


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価値観。

人には、それぞれの価値観がある。

一見、ゴミに思えるような物であっても、それを宝だと思う人も居るのである。


次回「鏡の向こうに映るもの」

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