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腐女子異世界見聞録(改)  作者: 宵月
〇一日目〇
4/6

イケメンって恐ろしい




自分の中のイケメン耐性を信じながら部屋を出ると、廊下が左右に広がっていた。


右手側からは賑やかな声や料理の匂いが漂ってくるから、そっちにお店が続いてるんだろう。左手はすぐに階段になっている。階段は狭いとまでは言わないが、そんなに広くは無い。その中をルートさんは器用にトランクを運んでいく。


「一階は店舗になっています。二階は共用部分ですね。トイレやお風呂、それに洗濯場。台所やリビングなんかがあります。三階が個室です。両親の部屋と僕の部屋、それと結婚して家を出た姉の部屋ですね。セーラさんには姉が使っていた部屋をお使いいただきます」


 軽い説明と共に案内された部屋は三階の角部屋、位置的に大通りに面した部屋だった。


元はお姉さんの部屋だったという事もあり、家具やリネンは若い女の子に合わせた可愛らしいものばかり。猫脚の二人掛けソファとローテーブルに大きな鏡のドレッサー。ダブルベッドよりも大きな見るからにふかふかなベッド。壁の一面はクローゼットになっているし、ドレッサーの傍にはチェストまである。物語の中に出てくる大人可愛い部屋そのもの。これだけ収納が有るってことは、きっとお姉さんはお洒落が好きだったんだろうなぁ。


「うわぁあ……かわいい……」


「気に入って頂けたなら良かった。そうだ、セーラさんは食べられないものはありますか?」


「食べられないもの……日本に居た頃は特にはありませんでした」


「ならきっと大丈夫ですね。こちらの世界の食料はニホンのある世界と似ているそうですから」


 リサさんが着替えとかを届けてくれるまで待とうということで、ルートさんと並んでソファに腰掛ける。


そうすると爽やかな柑橘系がルートさんから香ってくる。イケメンは匂いまでイケメンなのか……私は飛行機で隣席の人の迷惑になったらいけないし、そもそも普段の仕事が香水NGな仕事だしで、こんな良い匂いさせることなんて滅多にないよ。


シャンプーやボディーソープはお気に入りのショップのを使ってはいるけど、体質なのか一晩寝たら殆ど香らない。


 この世界での二人掛けソファは、身長の高さに合わせてか広々としていて窮屈さは感じない。ルートさんも気遣って間を空けてくれているし、初対面の男性、それもイケメンの隣だというのに緊張しないで済んでいる。


「母が着替えを持って来たら、食事にしましょう。うちの食事は下で出しているものと同じなので、美味しいですよ。特に今日のメインのブラウンシチューは名物ですから」


「そうなんですか? それは楽しみです! 私、趣味が食べ歩きなんです」


「この国には世界中の美味しい物が集まってきますから、きっとセーラさんも楽しんでいただけると思いますよ」


 美味しいものは偉大だ。学生時代からお小遣いやバイト代で食べ歩いていたけど、それが高じてスーパーに入社したら、それにもっと拍車がかかった。


先輩社員に美味しい物を奢ってもらったり、研修で競合他社の商品を食べたりしていたら、そりゃあもう舌が肥えて肥えて。体重については言及しない方向でお願いしたいけど。アパートをわざと駅から少し離れた場所にした、と言えば分かってもらえると思う。


「そうだ、明日からの流れも今説明しますね。明日は朝、一緒に保護局に行っていただきます。朝食はいつも行くお店があるので、そこに案内させてください。保護局に行った後は、形式に則り保護手続きを行います。それ以降は主に勉強会がセーラさんの生活の中心になると思います」


「勉強会、ですか?」


「そうです。異世界人は……異世界から来た人々は、保護局が把握している限り、全ての方がこの世界で、生涯を終えています」


「っ……そ、れは……私はもう、戻れない……ということ……ですよね」


「そういうことに、なります。なので僕等は異世界人の方々が、せめてこの世界で生きていくのに困らないように、この世界の知識をお教えしてきました。それを僕等は勉強会と呼んでいます」


 戻れない。帰れない。会えない。


文字にするとたったこれだけの事実。


実感が湧かないわけでは無い。もう二度と大好きな家族に会うことも、尊敬する職場の先輩に追い付くことも、オタク仲間とオフ会ではしゃぐことも、出来ない。大きな喪失感が私を襲う。


けれど、それと同時に泣いている場合じゃないという気持ちが湧く。


 これから先、この世界で生きていくしかないのだから。だったら私は泣くよりも、生きていく術を考える事を優先する。幸いなことに、スマホだってタブレットだって持って来ている。その中には大事な人たちの写真や動画が入っているし、ソーラー発電型の充電器も持っている。大事な人たちの顔を、声を感じることが出来る。


地球に置いてきてしまった人たちのことも、仕事も気になる。それでも私が今ここで気にしたところで、何もできない。だったら私はせめて、この世界で前を向いて元気に明るく生き抜こうじゃない。仕事で培ったスキルもオタクで築いた知識も、全力で活かして生き抜いてやろうじゃない。


「そうですか、帰れないんですね」


「部屋の外で、待っていましょうか?」


「お気遣い、ありがとうございます。でも大丈夫です。帰れないことは悲しいですが、それよりも私はこれからの生活に対して燃えているので! なので、もっとこの世界のこと、教えてもらっても良いですか?」


「……はい。どうか、僕にセーラさんのお手伝いをさせてください」


 両手で力こぶを作るように力んで見せると、ルートさんは一瞬きょとんとした後に、花が綻ぶような笑みを浮かべ私の手を握った。


イケメンは手までもがイケメンなのか。日頃の激務で荒れてしまっている私の手とは全然違う、すらりとした傷一つ無い手。爪だってピカピカだ。


「待たせたね、着替え持ってきたよ。ルート。あんた先に食事の準備しておいで」


「分かった。セーラさん、先に行ってますね」


「えっ、あ、はい……?」


 軽いノックの後に入ってきたリサさんは、両手に抱えきれないほどの荷物を持っていた。


よ、よくノック出来たなぁ……。慌てて荷物をローテーブルや床に下ろしている時にルートさんに話し掛けられ、なんとなくで返事をしてしまった。ルートさんは爽やかに笑い部屋を出て行ってしまったので、多分この返事で間違って無かった筈。


 リサさんが抱えていた荷物の大半は服だった。ブラウスやスカート、部屋着らしきワンピース。カーディガンやジャケットなんかも有って、冗談抜きに一体何日分なんだろうかという量だ。


「ヴィーが娘時代に着てたので、サイズが合いそうなのを適当に持ってきたよ。他にも色々あるからサイズが合わなかったり好みじゃなかったら言いなね」


「いえいえ、とんでもない! この部屋もそうですけど、どれもとても可愛くて! あの、ヴィーさんがルートさんのお姉さん、ですか?」


「ん? ああ、そうだよ。ヴィオラって言ってね。もうとっくに結婚して家を出てるんだ。捨てるにも人にあげるにも惜しくてね。ずっと残しておいたのが役に立って良かったよ」


 あまりの量に唖然としている間にも、リサさんはクローゼットやチェストに大量の服を仕舞い込んでいく。


恐る恐る覗き込んだクローゼットには、元から入ったままになっていたのだろう。幾つかの鞄や靴まである。流石に靴はサイズが全然違うからお借り出来る感じでは無かったけれど、鞄は種類豊富で驚くばかりだ。


「この部屋の服や鞄なんかは好きに使ってくれて良いからね。靴は明日に保護局に行ったら相談してみな。きっとどうにかしてくれる筈さ。服や下着の洗濯は出しといてくれれば家のと一緒にしちまうけどね、気になるようだったらお風呂に入った時にでも洗っちゃいな。部屋に干しといて構わなからね」


「何から何まで本当にありがとうございます。もう、感謝してもし切れないです」


「なぁに言ってんだい! 異世界人のお嬢さんのお世話しただなんて、むしろこっちのがありがたいねぇ。しばらくはこれで商売繁盛間違いなしさ! さ、あとはお風呂場とトイレの説明したら夕飯だよ」


 からからと笑い部屋を出るリサさんを追って部屋を出ると、一本の鍵をぽんと渡される。それは個室の鍵らしく、私はぎょっとした後に失くさないようにデニムパンツのポケットに押し込む。まさか人様のお家の鍵を失くすわけにはいかんでしょう。


 身長差がある為に若干の早足でリサさんの後に続いて下りた先、トイレは大勝利の水洗式だったし、お風呂にはきちんと湯舟が有った。なんでも数十年前の異世界人の知識の集大成、らしい。……なんだろう、その異世界人ってひょっとして日本人だったりしませんかね。湯舟と水洗式トイレにそこまで情熱を捧げるのって、偏見かもしれないけど日本人だけな気がする。


 お風呂場ではメイク落としまで貰っちゃったし、本当に至れり尽くせりって感じだなぁ。小説の中で、王宮やお貴族様に保護された子が至れり尽くせりなのはテンプレだとしても、まさかの一般人に保護されてこんな好待遇なのって、本当に有り得ないことだし有難いことだ。


 お店が混雑しているのに説明してくれたリサさんが慌ただしく階下へ戻るのを見送り、キッチンのある場所へと足を向ける。


実は階下からの良い匂いもそうだけど、キッチンから漂ってくるパンが焼ける良い匂いに私のお腹は少し前から激しい自己主張を繰り返している。緊張状態が解けたせいもあるだろうし、機内食を楽しみに家を出る前にそんなに食べてなかったせいもあるんだろうけど。


「すみませんルートさん。お待たせしました」


「大丈夫ですよ、ちょうど今準備が出来たので」


 濃紺のエプロンをしたイケメンがお皿片手に振り返り微笑みを浮かべてくれる。これなんて二次元? 思わず真顔でそう思って思ってしまうくらいには、テレビや本の中でしか見たことがない光景だった。


イケメンがご飯の準備をして待っていてくれるとか、そんなのドラマとか本の世界でしか有り得ないことだと思っていた。それがまさか私の身に起こるとは……異世界トリップまじ怖い。


しかも。しかもだ。ルートさんはエプロンを外しながら、さり気なく椅子を引いて座らせてくれるし。これが私じゃ無かったら勘違いしている所だ。一般人女子だったら恋が芽生えてしまう所だよ! ルートさんはもう少しイケメンを控えた方が良いと思う。


あーでも待って。こんなイケメンだったら所謂Sでも全然イケる。寧ろ美味しい。甘々でもツンツンでも美味しいとか、イケメンって恐ろしい。




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