表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
腐女子異世界見聞録(改)  作者: 宵月
〇一日目〇
3/6

王道イケメン



「はい?」


「えっと、あの、なんでもありません」


 幸いなことに私の俗世に塗れた言葉は彼女らには聞こえなかったらしい。私は慌てて誤魔化す様に笑った。


 新しく入って来た彼は、照明の下でもキラキラと輝く長めのブロンドヘアと青い瞳をしたイケメンだった。シンプルなノーカラーシャツに焦げ茶色のズボンと靴が良く似合っている。


「ああ、やはり。母さんの予想は当りだと思いますよ。彼女はきっと、ニホンから来た異世界人でしょう」


 彼は私の斜め前、女性の隣に座りながら何でもない事のように言った。私が、日本という異世界から来たという事実を。


 え、なんで。どうして。仮に私が異世界人だと分かったとしても、なんで日本とまで断定出来るのこの人……?


「ルート。まだこのお嬢さんにはなぁんにも説明していないんだ。急にそんなことを言って怖がらせるんじゃないよ。ったく、これだから彼女の一人も出来やしないんだよ。怖がらせてすまないね。あたしの名前はリサ。こっちは息子のルート。なぁに、取って食おうだなんて思っちゃいないよ。だから安心しな」


 固まる私に女性、リサさんはイケメンの背中をバシバシと叩きながら先程よりも柔らかな笑みを浮かべる。イケメンことルートさんは、それに困ったように眉を下げると照れくさそうに笑い肩を竦めた。二人の穏やかで温かな笑みに、緊張で全身を強張らせていた私はなんだか肩透かしを食らった気分、というかなんと言うか。一気に全身から力が抜けてしまった。


「リサさんにルートさん、ですね。私は聖良、秋野聖良と言います。ルートさんが言われた通り、日本から来た……多分異世界人です」


「アキノセェラさん?」


「えぇっと、セェラじゃなくて聖良なんですが……呼び難いようだったらセーラで構いませんよ」


「すみません、ではセーラさんとお呼びさせていただきますね。セーラさん、ここは僕の父が経営している酒場兼住宅です。母は酒場で、僕は保護局で働いています。そうして、僕が貴女を異世界人、それもニホンからの異世界人だと分かったのは僕の職業が関係しています」


 私が降り立ったこの場所は、地球によく似た環境の惑星の中でも大国に分類される王政君主国・サファラの更に首都であるターキュセ。どの国よりも豊かで文明が進んでいる国であり、ここ数百年という長き間に渡って戦争の無い、平和な国らしい。


 そうして私が睨んだ通り、この世界には魔法がある。魔法は程度の差こそあれ、誰でも使える生活するのに欠かせない物。


 で、一番重要なルートさんの職業。彼の職業は『異世界人保護支援特別行政局』通称、保護局に勤める……異世界人の為のお役人だ。


 保護局と異世界人の関係は相互補助、ギブアンドテイクの関係だという。異世界人を保護する代わりに、異世界の知識を教えてもらう。現在、この世界において殆どの国が保護局に加入している。


 各国は異世界人を見つけたら速やかに保護局に届け出をする。隠し立てした際には厳しい処分が下され、以後、異世界人の知識を一切得る事は出来ない。どんな形でも。そうすることで、届け出なかった場合のメリットよりもデメリットが大きくなるから、保護した国は自ら進んで報告してくるようになった。


 この保護局が設立される前、異世界人の扱いは保護された国によって落差が有った。まるで賢者や聖女のようにされる人も居れば、奴隷以下の、死んだほうがマシだという人も。酷い話だ。


 しかし、それに異を唱える人物が現れる。保護局の創立者で、二百年前程前にこの国に現れた異世界人。彼女はまずこの国に、それから周辺各国に保護局の重要性・必然性を問い保護局を設立。以来、保護局は異世界人の為に働いてきた。「……以上が、僕がセーラさんのことを一目でニホンからいらっしゃった異世界人だと判断した理由と、僕がここに居る理由です」


「なんだか……すごい人が居たんですね……」


 もう、それ以上の言葉が出て来ない。私としてはもっとサラッとした理由とか、情報を教えてくれると思っていたんだけどな。こんな一気に言われてもだよ。しかし私のそんな気持ちを笑み一つで抑え込んでしまうイケメンパワーって凄い……。なによりも、保護局が出来てしまう程に今まで何人も異世界人がこの世界にやって来ているという事実。それに驚く。


「ええ、保護局の設立者は素晴らしい人でした。なので、今働いている僕ら保護官も、この仕事に誇りを持っています」


「保護局に勤めるには、勉強以外にも性格やら今までの生活態度やらって審査が厳しくてね。あたしも旦那もルートは自慢の息子なんだよ」


 リサさんは豪快に笑いルートさんの背中をばしばしと叩いた。結構な派手な音がしたというのに、ルートさんは痛がる様子を見せず、頬を赤くして照れ笑いを浮かべた。うわぁ……イケメンの照れ笑いの破壊力凄い。


 今までのそれなりにイケメンは見てきたと思う。それこそ私は一次二次三次問わないオタクだったのでアニメ・実写、邦画洋画問わずに見てきた。そして好きな俳優さんや声優さんに会う為に、舞台挨拶や握手会にだって参加してきた。自分好みのイケメンは何度も至近距離で見た経験が有る。にも関わらず、ルートさんのイケメンパワーに目が潰れそうだわ。これが一般人、いや、役人だって言うんだから異世界まじ怖い。


「母さん、俺ももう大人なんだから、いい加減子供扱いは止めてくれよ。恥ずかしいだろ」


「なぁに言ってんだいこの子は! 幾つになってもあんたはあたしの息子なんだ。子供扱いするに決まってんだろ!」


 どこの世界も母は強し、ですか。ルートさんはそれに諦めたように溜息を吐き肩を竦めた。そうだよね、こういう人には諦めが肝心よね。


 私も働いているお店の従業員の大半はおばちゃまだったから、嫌っていうほどパワフルなおばちゃま達と付き合いがある。言えば言うほど強くなっちゃうのが、おばちゃまという生き物。それを回しこなせてこそ、スーパーの社員として一人前。


 あー……というか、今聞き逃せない単語がありましたね。はい。ルートさんの一人称が『僕』ではなくて『俺』でした。それに言葉遣いも断然男性らしい感じで。多分こっちが素だよね。私にはまぁ異性だし異世界人という仕事相手だし、かなり気を使って丁寧に接してくれているみたい。


 私は二人のやり取りを生温い視線で眺めつつ、冷めてしまった紅茶、アルグティーに口を付ける。温かいうちはストレートで十分美味しかったけれど、冷めたらミルクティーの方が美味しいかも。今度は温かいうちに飲んでしまうか、砂糖が溶ける温度の内にミルクティーにしないと。今お砂糖入れてもじゃりじゃりしちゃうし。


「はぁ……セーラさん。今日はもうセーラさんの保護手続きや詳しい説明をしようにも、保護局の営業時間は終了しています。なので明日、セーラさんには僕と一緒に保護局に行ってもらうことになります。今日は今から宿屋に移動するのも大変ですし、この家に泊まってください。使っていない部屋や女性用の服もありますから、それを使ってください」


「ありがとうございます。どうやって夜を越したら良いのかと途方に暮れていたので、とても助かります」


「いいえ、これが僕の仕事です。なにより、きっと母以外がセーラさんに声を掛けたとしても、結局は僕と今頃会っている筈ですよ」


「それは……どうしてですか?」


「この辺りの住人は僕が保護官をしていると知っています。それはこの地区の警備隊もそうです。なので必然的に、異世界人であろうと思われる人を保護したら、僕の所に連れて来て対応を任せると思うので」


 な、成程。保護局に勤めるってそこまで凄いのか。普通は隣人や同級生の家族くらいは仕事を知っていても可笑しくは無いけれど、周辺住民とかに知られているなんて無い状況だもんね。つまりはこの状況は、この世界・この場所に足を着けた段階で予定調和だったって事か。


「それに。この世界に来たばかりの異世界人の役に立つというのは、保護官の一種の夢なんですよ。なので何か困ったことがあったら、遠慮なく何でも声を掛けてくださいね」


 目が、溶けるかと思った。先程の照れ笑いよりも破壊力の強い、ふんにゃりって擬音が合う砂糖菓子の如く甘い笑み。思わず某大佐の真似で「目が……目がぁあああ!」って叫びたくなった。当然、目を細めて微笑み返すだけで耐えてみせたけれど。


 しかし悔しいな。なんでここに居るのが私なんだ。腐女子的考えで言えば、ここはやはり男の子が私の立場であるべきだった。ルートさんは王道イケメン。受けも攻めもきっと完璧にこなしてくれるだろう。その笑みを向けられるのは同じイケメン……いや、平凡系でも可愛い系でもガチムチ系でも良い。男の子であって欲しかった。ただの願望以外の何物でもないし、実際は私はこうして今、助かっているけど。


「それじゃあルート。セーラを上に案内しておやり。あたしはそろそろ店に戻るかね」


「分かった。あ、でもその前にセーラさんに貸してあげる洋服とか用意してもらっても良い? 俺じゃあ分からないし」


「えっあの、服なら持っているので、大丈夫です!」


「服なら持ってるって、ああ、その大きなトランクに入ってるのかい?」


「そうです。えぇっと、旅行に行こうと思い部屋を出た瞬間にこの世界に来たので、旅行に持って行く荷物をそのまま持っているんです。なので、服は有ります」


「うーん……」


「そうですか……」


 二人の私へのあまりの好待遇っぷりに慌ててそう告げると、二人はなんとも言えない顔で私を見た。それはどう言おうか迷っている風で、改めて自分自身の服を見て私も気付いた。そうか。


「ひょっとして、私の服装はここだと目立ちますか?」


「目立つね。この世界にも色々な国が有るから、女も薄着だったり肌を見せる国は有るさ。けどセーラの着てる服はそれとはまったく違うからねぇ……」


「縫製や布がこちらで一般的に普及しているものとは違いますね。セーラさんには似合っていますが、この街を歩くには少し目立ちます。なので僕の姉が着ていたものですが……嫌でなければ、それを着ていただけませんか?」


 イケメンが困った顔で私を見る。卑怯だ……! こんな王道イケメンにそんなことを言われて断れる人間はそうそう居ないだろう……! 私はこくりと頷いた。


 それに、申し訳なさを除けばとてもありがたい事じゃないか。向こうの世界のお金しか持っていないから、いつこちらの世界のお金が手に入るか分からないし。トランクに入っている服は今着ている服以上にこちらとは全然違うから、お金が手に入ってこちらの服を揃えるまで着る服が無いのは確かだもの。


「それじゃあ、ありがたくお借りしますね」


 折角の旅行に新調した服たちは……まぁどうにかして今後着る機会を作ろう。勿体無いからね。なんだったら生活に慣れてきたら自分でリメイクするのも有りだわ。洋服として着られないようだったら、ブックカバーや鞄にしても良い。売ってお金になるなら、それも有りだと思う。とりあえず暫くは二人からお借りした服で生活かな。……下着の替え持ってて良かった。


「ルート、先に部屋に案内して荷物置かせてあげな。あたしはあの人に説明してから、服とかを持って行くからね」


「分かった。それじゃあセーラさん。部屋まで案内しますね。三階の部屋まで階段ですから、足元、気を付けてください」


 リサさんが部屋から出ながらそう言うと、ルートさんは爽やかに微笑みながら、さり気なく私のトランクを持ってくれた。


 なにこのイケメン。「大は小を兼ねるって言っても」と店の先輩社員に爆笑された、一番大きなサイズのトランクは結構な重さがある。それをひょいっと軽く持ち上げて、扉を開けていてくれるだけじゃなく、足元への心遣いまでしてくれるなんて。ときめくよりも先に、あまりの王道イケメンっぷりに背中が震えた。恐ろしい……王道イケメンは言動までもが王道イケメンなのか……。


 泊る部屋が違うとはいえ、これから私はこの人と一晩過ごし、明日は一緒に保護局なる場所へ出向くのか……。なんていうか、キャパオーバーしそうだわ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ