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ウサギの隠れ家

 メイン通りを抜けて少し山道を登る。途中で90度曲がるとその建物は見えた。

 木造3階建てで、入り口のひさしには(かわら)()いてある。木で作られた引き戸。その手前には、飛び石のように少し間隔を開けて石畳が設置され、その周りには小波(さざなみ)が表現された白い砂利が敷かれている。

 両側は苔むした石と、その奥には独特な幹の曲がり方をした背の低い木々。

 枯山水(かれさんすい)

 水の張られた庭園を、水を使わず石と植物のみで表現したウトパラカ首長国の伝統文化だ。

 この宿はその枯山水の中を通って入口へと至る造りになっている。

 手入れが大変そうだが、実は出入口を一カ所に絞ることで防犯対策になっているのだとか。

 そんな宿の門の前。

 そこに人影がある。

 このあたりの民族衣装である「ワフク」と、城で使っていたメイド服を合わせた着物に、フリフリレースの付いた前掛け。

「……使用人でもやってたのか?」

 その姿を見たレーゲンハルトが問いかける。

「そんなところだ」

 正確に言えば俺の乳母(うば)である。ついでに教育係。

「ようこそいらっしゃいました」

 オレたちの接近に気が付いたその人影が頭を下げる。頭から生えたウサ耳が遅れて下を向く。

 再び上げられた視線がオレ達の顔を一通り確認して、最後にオレの顔に固定された。

 にんまり。

 今まで浮かべていた営業スマイルとは違う。親しい者のみに向ける親愛の笑顔。

「タッイッガッ、ちゃーんっ!!」

 助走なしで飛び出した身体は空中で「く」の字型に曲がり、正面から見て「大」の字になると全身でオレに抱き着く。

「どぅわっ!?」

 腰に太ももを押し付け、背中の後ろで両足をクロスしてホールド、思いのほか少ない衝撃で上半身を安定させると、首に手を回す。

「久しぶりぃ♪おっきくなったねー?ウサギは嬉しいよーっ!」

「だぁっ!ガキが、あんたはぁ!?」

 首に抱き着いてオレの顔面に胸を押し付けた後、上半身を反らし、再び顔を凝視して笑顔になると、愛おしそうに頭を撫でまわす。

 興奮したのかそのままキスしようとしたので頭を抑えて、押し戻す。

「むぎゅーっ!?タイガちゃんのいけずー。ウサギの愛を受け止めてぇ?」

 キスしようとする彼女の手とそれを阻止しようとするオレの手が、絡まっては解かれ、弾かれては握り合う。

「やかましいっ!……ほんと変わってねえなウザキさん」

「『ウ・サ・ギ』っ!ウサギの事はウサギって呼んでって言ってるでしょ?タイガちゃん」

 少し冷静になってキスする事は諦めたのか、「ウザキ」さんはオレの肩に手を突っ張って、正面から覗き込むように少し怒った顔で言う。

 それでも再会の喜びを我慢できないのか、徐々に破顔していく。

「あ、あのウサギさん~」

「ん?あ~ヒナちゃん。それにクーちゃんも久しぶりだね~。2人も大きくなって……」

 ヒナとクーニャの姿を確認したウザキさんはオレから飛び降りると、2人の間に滑り込んで首に手を回し、まとめて抱き着いた。

「もー、なかなか会いに来てくれないからウサギ、寂しかったんだよー?」

「すいません~。なかなか機会が無くて……。でも、会えて嬉しいですよ~」

「ア、アタシもだよっ!ウサギさん元気だった?」

 3人もほとんど同じ背丈なので、友達同士でじゃれ合っているようにしか見えない。

(ほんとよくこの見た目で乳母なんてやってたな)

 幼児……いや乳児からしたら十分に大人だったが、城を出る頃にはもうオレの背のほうが高くなっていた。

 あれから5年でその差はさらに広がり、完全に見下ろす形なってしまっている。

「タイガ様?」

 気が付けば隣に立っているルイーザ王女がなんとも微妙な表情で問いかけていた。エルフリーデ王女とメラルダは少し驚いた表情で、レーゲンハルトは……うん、子供がじゃれ合っているのを優しく見守っているような顔だった。

「ん?ああワリぃ……悪い人じゃないんだが、オレとヒナの育ての親だ」

「へえ~」

 そこでようやくレーゲンハルトが驚いた顔になる。

 ウザキ・ジョウガ。

 「ジョウガ」というのは伝説に出てくる美女らしいのだが、「響きが可愛くない」という理由でそう呼ばれるのを彼女は嫌う。

 だから名字の「ウザキ」に似ている「ウサギ」と呼ばれるよう、幻術でウサ耳を生やたり尻尾を小さくしたり、一人称が「ウサギ」だったり……。

(悪い人じゃないんだけど、……もうちょっと年相応の振る舞いをしてくれないかと思ったりはするんだよな~)

 実は彼女、こう見えて既に300歳を超えている。

 オレとヒナがガキの頃から城に仕えていたのだからそれ相応の年齢なんだろうけど、身長も肌や髪の艶も、ついでに言動も子供っぽかったりして実年齢を聞くと大抵の竜人(りゅうじん)が驚く。

「あ~もー、嬉しいよ~」

「もう、泣かないでウサギさん~、くしゅっ」

 「ウサギ」とじゃれ合っていたヒナが小さくくしゃみをした。隣に居るクーニャも少し寒そうにしている。ルイーザ王女やメラルダも同じだ。

 エルフリーデ王女とレーゲンハルトは北国の出身だからかあまり寒そうにしていない。

「あら?ごめんなさい。いつまでもこうして立ち話をしているわけにもいかないわね」

 日はとっくに沈み、時折木々の間を冷たい山風が吹いてくる。

「見苦しいところをお見せいたしました。ヒナ様とタイガ様の乳母(うば)をさせていただきました『ウサギ』です」

 ルイーザ王女たちに深々と頭を下げた「ウサギ」は半身引いて、宿を示しながら改めて言う。

「ようこそ『隠れ庵(かく あん) 兎の穴(うさぎ あな)』へ、ゆっくりお(くつろ)ぎください」

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