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異国の姫たち

 場所は謁見(えっけん)の間。

 ヒナが玉座に座り、俺がその傍らに立っている。

「「……」」

 気まずい。

 レッドドラゴンの少女が、控室(ひかえしつ)で見せたのと同じような表情で冷や汗を流している。

 多分オレも似たような顔をしているのだろう。

 目が合うと「困りましたね」というような笑みを浮かべた。

 先に入っていた姫たちが顔を上げたところから、気まずい雰囲気が部屋を覆っている。

「えっと……その、知らなかったとはいえ、失礼いたしました」

「まあ、気にするな。俺達も名乗らなかったのでな」

「改めて名乗らせてもらいますね~。わたくしは、女王アメノヒナドリです~。こちらは宰相のタイガ(様)~。ようこそクリカラ首長国連邦へ~」

「あ、はい。ありがとうございますの。こちらも自己紹介させていただきますね。わたくしは……」

 レッドドラゴンの少女が自己紹介を始めるが、あいにくとこっちは既に調べてある。

「ねえ、なんでウチ、手握られとるんじゃよ、ハル兄?」

「放っとくとうろちょろするからだ」

「うち、お姫様じゃよ?」

「だったらこういう状況は慣れてんだろ?少しは大人しくしてろ」

 まずはさっき俺にぶつかったブルードラゴンの少女、エスメラルダ・バーケンティン。

 シャイレーンドラ海王国の第三王女だ。

 海洋国家シャイレーンドラは、首都がある半島以外は大きな領土を持たない小さな国である。

 あくまで領土で言えば。

 しかし領海、つまり主権の及ぶ海の広さは世界一。

 それは我々のいる暗黒大陸と半島のあるスパルディア大陸の間にある大海の70%を占める。

 大小様々な島を統べ、海中に都市を作っていると言う噂まである「水」の国。

 領土が少ないことから、食料を輸入に頼らざるをえなかったシャイレーンドラは長年財政難に悩まされてきた。しかし200年ほど前、海水から真水を抽出する技術を開発したことにより状況は一変する。

 人口増加に伴い、水や食料を目的とした戦争が起きかねない状況だった世界にとってそれは救いだった。

 外貨獲得に成功したシャイレーンドラは一気に発展する。ここ100年で最も勢いのある国家である。

「つーか、見てろって言ってるだろ、イブティ」

「ふふ、しっかり見守っているさ。レーゲンハルト君たちをね」

「いや、そうじゃなくてだな」

 そして一際目立つ大柄なイエロードラゴンの女。

 スパルディア大陸のほぼ中央に位置する砂漠の国、革新教誨国かくしんきょうかいこくマディーナ・アン=ナビー、第一僧女(そうじょ)ブドゥル=イブティハージュ・ハカム。

 首元のみ白い布を巻き、あとは身体のほとんどを黒っぽい服で覆った宗教色の強い格好をしている。

 彼女の祖国は世界に類を見ない特殊な政治体制をしている。

 帝国なり、王国なり、首長国なり……竜が国家の最上位に立っているのが一般的だ。

 しかしマディーナ・アン=ナビーのトップは竜ではない。

 国教であるファディア教、その経典に記された戒律の遵守を指導する大教皇(だいきょうこう)が国家を運営している。

 そしてその大教皇(だいきょうこう)は人間だ。

 一応国家の代表は竜ではあるが、真祖たちは直接政治に口を出さない。彼らの仕事は最高指導者たる大教皇(だいきょうこう)が戒律に反する行いをしていないか見守り、教育すること。

 故に戒律を守る義務の無い竜たちも、厳格で質素な生活を送り、人々の規範となっている。

「……ところでその腰に吊るしている瓶はなんだ?」

「おや今更かい?祖国のお坊さん達の飲み物だよ。このあたりだと般若湯(はんにゃとう)と言ったほうが……」

「それ酒だろ!?」

 人々の規範となっている――はずなのだが、なぜこの女はこうダラしないんだろう。

「お~?はんにゃとー?」

「お、エル坊も飲むかい?」

「こらこらこら、うちの子に酒を進めるな」

「あっはっはっ。レーゲンハルト君は本当にエル坊の保護者だね」

「うん、ハルくんとあたしは家族、だよ~」

 銀色の髪と尻尾を持つ少女の名は、エルフリーデ・カルラゥ・ヴォルテンスドラッセ。

 北の強国、ジルバン・シュニスタッド帝国の第一王女だ。

 13支族筆頭・エルヴィーネが治める国である。しかし彼女もまた直接政治には関わらない。

 筆頭としての仕事があるからか、はたまた別の事情でもあるのか。ここぞと言う時は出てくるらしいが、創世記からあまり政治には口を出していないそうだ。

 政治を取り仕切っているのは世襲制の議員によって構成された元老院。世襲制と言うと国民の不満が高まりそうだが、500年経った今でもクーデターが起きたという話は聞かない。

「お、言うね~。レーゲンハルト君もまんざらじゃなさそうさね」

「ま、まあな」

 そして傍らに立つのはそのジルバン・シュニスタッド宰相――候補のレーゲンハルト……らしい。

 はっきり言って何も情報が無い。

 ただ人間の分際で13支族筆頭の国で宰相として認められているという事はかなり優秀だと見るべきだろう。

 警戒すべき存在だ。

 だいたいからして男一人でコレだけの人数の姫を侍らせているのが気に入らねえ。

(しまった。私情が入ったな)

「そしてわたくしが、マグナ・サレンティーナ共和国・第一王女ルイーザ・ディ・サヴォイアですの」

 そう。

 最も警戒すべきは今喋っているコイツだ。

 スパルディア大陸の西南、魔族討伐の急先鋒であるヴァルチェスカが(おこ)したマグナ・サレンティーナの若き姫。

 最近、姉で第一王女のヴィットーリアが女王を襲名したことで、彼女は第二王女から第一王女になった。

 先の諜報(ちょうほう)でクーデター鎮圧後に出奔(しゅっぽん)したという事は知っているが、さて何しにここへ来たのやら。

(厄介な話じゃなければいいのだが……)

 オレは頭の中で情報を整理するとルイーザ王女へと向き直る。

「さてお互い自己紹介が済んだところで本題に入ってもらおうか」

「え?あ……はい。えっと……ですね」

(何だ?)

 急に言い辛そうに視線を泳がせる。かと思えば決意を込めた目でヒナを見上げ、またすぐに視線を落とす。

 明らかに迷っているようだが、謁見(えっけん)まで申し込んでいて何を迷っているのか。

「なあ……」

 背中を押してやろうと一歩踏み出した。

「ルイズ、言っちまえ」

「ハルト君……でも」

 オレの声が届く前に人間が声をかけたらしい。ヒナの生温かい視線を感じつつ、何事もなかったように直立に戻る。

「会談てのは結局のところ信用してもらうことが第一だ。まずは俺たちが信用しなきゃダメだろ?」

「う、はい……」

「安心しろ。俺たちが居る」

「はい……はいっですの!」

 ルイーザ王女が再びこちらを向く。まだ迷いはあるようだが会談を続ける決心はついたようだ。

(やはりあの人間、飼われているわけではないようだな)

 さっきから会話の中心になっているし、ルイーザ王女の心の支えでもあるようだ。

(警戒すべき対象、という予感に間違いはないようだな)

 エルヴィーネの小飼(こが)いってだけでも警戒すべき対象なのに、西側の王女クラス複数の信頼まで勝ち取っている、か。

 類稀なる人心掌握術……宰相候補になるだけの素質はあるのだろう。

「では、陛下。単刀直入に申し上げます」

 いつの間にか元の位置まで進みでいていたルイーザ王女が今度こそ本題を語りだす。


「我らバーカンディ……レッドドラゴンの祖、ヴァルチェスカが貴国領内に侵入しました」


「「なっ!」」

 馬鹿な。

 あの魔族をもっとも憎んでいる竜が侵犯?

 諜報部は何をやっている。1年以上前の情報をいまさら流している場合じゃないだろう。

「構えろっ、衛兵」

 それはともかく、こいつらをこのまま帰すわけにはいかない。

 オレの合図とともに左右に並んだ衛兵が、王女たちに槍を向けた。

「「「っ!」」」

 ルイーザ王女後方のメンバーが武器を構える。

 竜の扱う武器は筋力の大きさに合わせて全体的に大きく、また形は(いびつ)だが、それは槍や弓、剣を模した間違うことなき「武器」だ。

「ちょっ、待ってくださいですのっ!!」

 ルイーザ女王が慌てて制止したが問題は既に大きくなっている。

「貴様ら、女王との謁見(えっけん)に武器を持ち込んでいたのか?」

 謁見(えっけん)は非武装で。

 そんな事は世界の常識だ。

「はっ!こんなの飾りさね」

「うちら真祖じゃきん、存在そのものが武器みたいなもんじゃけえの」

 イエロードラゴンとブルードラゴンの2人が武器を構えたまま答える。

「待て待て、お前ら。挑発するな」

 人間も剣は構えたままだが敵意はなさそうだ。

 ちなみに残ったシルバードラゴンの少女……エルフリーデ王女は人間の(かたわ)らでぬぼーっと立っている。

 この少女も敵意はおろか警戒心も持っていないようだ。

 圧倒的な生命力と戦闘力を誇る真祖は元来(がんらい)警戒心が低い。それにしてもこの少女はのんびりし過ぎていないだろうか。

(シルバードラゴンが、全竜族中、最も防御力が高いってのも影響してるのか?……いや、あの人間が心の支えになっているのか)

 さっきもトイレに一緒に入ったとか言っていたし、今も人間の服の裾を掴んでいる。

(あの人間がこいつらの結束力の(かなめ)、か)

「すいません~。それは宣戦布告、と捉えていいのでしょうか~?」

 オレが観察している間にヒナが動いた。

 そう、今重要なのはそこだ。

「お、お待ちください、女王陛下っ!我々は戦争をしに来たのではありません」

 ルイーザ王女が弁明を始める。 

 しかしこの状況、こちらとしてはマグナ・サレンティーナ共和国を軸とした西側諸国の宣戦布告と捉えざるを得ない。魔族の天敵であり、国の最大戦力である真祖ヴァルチェスカが既に国内へ侵入している。そして同じく真祖である竜たちが女王の目の前まで近づくのを許してしまった。

 真祖の居ない俺たちには他国の真祖に抵抗する術がない。  

 最悪の場合、ものの数秒でこの国は終わる。

(親父のやつ、この状況を予測できなかったのか?それとも予測できたからこそオレたちに任せた?)

 ヒナはお飾りの女王だ。崩御(ほうぎょ)したところで別の者を立てればいい。

 国としては。

 だが。

(「宣戦布告」と捉えるのが常道……。だがそれはお互いにとって最悪の結果になる)

 実質国のトップである親父が会談に応じれば妥協や、解釈という落としどころは取りにくい。戦力協定を犯したのはマグナ・サレンティーナの方だ。国のトップとしてそれを許すわけにはいかない。

 しかしオレや目の前の姫たちは国家運営に関わっているとはいえあくまで「候補」だ。

 未だ未熟者であり、勉強中の()

「聞こう。しかしこちらとしては陛下の安全を確保する必要がある。このまま続けさせてもらうが良いかな?」

「……はい、構いません」

「……」

 衛兵へ視線も向けずにルイーザ王女は頷いた。

 普通の竜人なら度胸があるとか、覚悟があるとか思うところだが、真祖である王女からすれば気にするほどの戦力でもないと捉えるべきだろう。

 あの人間や警戒心のかけらもなさそうなエルフリーデ王女はともかく、他の2人……イブティハージュ僧女(そうじょ)やエスメラルダ王女も衛兵にどうにかできる存在ではない。

「弁明の機会を頂き、ありがとうございます。まず我々は御婆様(おばあさま)……んぐっ、ヴァルチェスカと行動を共にしているわけではありません」

「あら~、そうなのですか~?」

「はい、既に女王の座を退き、国の運営には携わっておりません。どころか所在もはっきりしておらず、我々も情報を頼りに追っているところでした」

 孫であるヴィットーリアに女王の座を譲った後、ヴァルチェスカは姿を消した。

 それは世界でも知られていることだ。

 しかし同時に、ここ最近世界で起きた魔族がらみの事件の周囲には姿を見せていることも我々は知っている。

「なぜ今更になって追う?世代交代は3年以上前の話だろう」

「えっと、ですね……」

 再びルイーザ王女が言い淀む。

 クーデター後に各国を回り、何をしていたのか。

 オレが気にしているのはそこだ。

 各国に同盟を持ち掛け、暗黒大陸を攻略するつもりではないのか、と。

「魔族が世界にとって悪であるというのはこちらも認識している。しかし魔族の血を引く我らとしては、当たり前のように他国に侵入し、魔族を討伐している彼の竜には最大の警戒をしているのもまた事実だ」

 そもそも真祖が居ない我が国にとっては、これだけの数の他国の真祖が国内にいるという状況は、それだけで「異常事態」だ。

 理由を述べてもらわないことには、信用するわけにはいかない。

 いかに互いに戦争をする気がなくとも。

「すまない、ルイズ。後は俺が引き継ごう」

「ハルト……君」

「そんな顔するな。それは俺の口から言うべきことだ」

「人間……レーゲンハルトだったか。貴様に発言する権限があるとでも?」

 ここに居るメンバーは皆、国のトップの血を引いている。しかし目の前の男は、王族でないばかりか竜の血すら引いていない人間だ。

 役職も未だ「候補」止まり。

「いや、申し訳ありません。口を挟める立場にないのはわかっています。だが言わせてほしい。我々はマグナ・サレンティーナともヴァルチェスカとも意識の共有はしていない」

「ほう?」

「完全に俺の事情なんだ」

「……」

 何を言っているのだこの男は。

 各国の王族を引き連れて、その目的が個人の、それも人間1人の事情だと?

「タイガ殿、竜騎士というのをご存じだろうか」

「ああ、一応、な」

 魔族との戦った1000年前、竜と人間の間をとりもった存在が居たらしい。

 竜と共に戦場を駆け、魔族と戦った人間。

 これを竜騎士という。

 直系がいないブラックドラゴン族にはちゃんとした言い伝えは残っていないが、竜騎士を目指す信用できる人間が現れたら渡すようにという秘術は我が一族が握っている。

「その竜騎士になるにあたって必要なマグナ・サレンティーナの秘宝を得る条件が『ヴァルチェスカに一太刀入れること』……なんだよ。それで俺たちは追っているんだ」

「貴様がか?」

「ああ、……今すぐ信用してもらえるとは思わない。ただ俺は、俺たちは一国のために動いているわけではない、というところは信じてほしい」

「……」

 全くの第3勢力ということか。

(どうする。各国の王族のいる前でここまで言ったということは、嘘とは考えにくい。しかし……)


 バンッ

「タイガちゃんっ!!」


「「っ!」」

 武器を構えた姫2人が振り返り、

「なんだ?」

 人間が武器を構え直し、

「お~?」

 シルバードラゴンの少女がのんびり振り返る。

「何で来たっ!?」

 突如正面扉を開けて侵入してきたのは、諜報部へ使いにやっていたクーニャだ。

「大変だよ、タイガちゃんっ!ヴァルチェスカが『こっきょーしんぱん』って。アガリエちゃんが……っ!」

 堂々と姫たちのど真ん中を突っ切って飛んでくる。

「魔族……ですの?」

 ルイーザ王女の呟きが俺の耳にずるりと入ってくる。

 全身の毛穴が逆立った。

 コレは、恐怖だ。

 クーニャを失うことへの恐怖。

(マズい。このままでは……)

 行動を共にしていないとはいっても、あのヴァルチェスカの元で生きていた真祖だ。

 無意識に、当然のように、……息をするように魔族を殺しかねない。

「っ!クーニャ、早く来いっ!!」

「え?う、うん……」

 事態を把握していないクーニャが、俺の表情に驚いて慌てて飛んでくる。

 姫たちは動かない。

 今動けば破談するのがわかっているからだろう。

「ハル(にぃ)……」

「全員動くなよ」

「いいのかい?」

「俺たちの目的は魔族の討伐じゃない。世界の平和だ」

「……わかりました」

 姫たちは当然のように動こうとしたが、人間の男が制止する。やはり世界にとって魔族は敵なのだ。

「えっと、……タイガちゃん?」

「来るなって言っただろ?」

「ご、ごめんね。でもアガリエちゃんが早く教えなきゃって」

 アガリエというのは諜報部の部長だ。

(あんまり極秘事項を連呼してほしくないんだが)     

「ありがとう、とりあえずオレの後ろに居ろ」

「うん……」

 とりあえず仕切り直しか。

 奴の言葉を借りれば会談とは「信用」を得るのが第一目的だ。あまりはっきり言いたくないが、魔族が当然のように歩いているという現状は、この国の引け目だ。

「確認いたしますが、そちらの方は」

「魔族だよ。クーネル・アスタロティア。俺の婚約者だ」

「『魔族』ですわよね……」

 ルイーザ王女が確かめるように呟く。

 その顔は緊張と警戒の色が濃い。

 姫たち全員の視線がクーニャに向かう。

 特にエスメラルダ王女の嫌悪と敵意の視線が強い。報告は入っていないがシャイレーンドラでも何かあったのだろう。

「たしかにこいつは魔族だ。だが、世界の敵じゃない。今混乱を起こしているのは古い魔族だ。クーニャは関係ねえっ!!」

「……」

 理不尽な非難の視線に、思わず語調が荒くなる。

 しかしいくら叫んだところで、いくら訴えたところでこれが世界の現実。

 どこまで行っても世界は魔族を敵視し、クーニャを(さげす)む。

 クーニャが自由に飛び回れる世界は、この城の中だけだ。

「んっ……」

「クーニャ……」

 いつものようにオレの背中に顔をうずめるクーニャに、続けられる言葉は無かった。

(すまねえ。お前にそんな思いさせたくなかった。もっと世界を変えてから、こういう場に呼びたかった。でも声に出して謝るわけにはいかねえよ。ここで謝っちまったら、それが世界の事実になっちまう)

「……わかりました。信じます」

「なっ!?……え?」

 気が付けばルイーザ王女が手を差し伸べている。

 オレにではない。

 クーニャに向かって。

「ルイ(ねぇ)っ!?」

 エスメラルダが悲鳴を上げる。

 そして握っている槍の矛先をクーニャへと向けた。その動きに衛兵たちが包囲の輪を(すぼ)める。

「よせっ!メラルダッ!!」

「ハル(にぃ)……、それは本気で言っとんのんか?うちら今まで魔族に散々苦しめられてきたんじゃ……」

「よせと言っている」

 レーゲンハルトの制止も聞かずゆっくりと近づいてくる。

「こいつが、こいつらが……うちの国で滅茶苦茶して……、姉様は、父様は……」

「武器を下ろせ、エスメラルダ・バーケンティンッ!!」

 衛兵たちも武器を向けてはいるが手を出す者は居ない。竜人である彼らにもわかっているのだ。

 どんなに幼い容姿をしていても真祖である彼女に敵うはずがない。

「じゃきん、うちは魔族を、こいつらを許せんのじゃ」

 歩みが止まらない。

 彼女の視線が前に立っているオレの体を貫いて、クーニャに突き刺さる。

「何の真似じゃあ……ハル(にぃ)、ルイ(ねぇ)

 その視線を(さえぎ)ったのはレーゲンハルトとルイーザ王女だ。

 俺たちとエスメラルダ王女の間に入って対峙する。

「エスメラルダ……お前が今やろうとしているのはただの八つ当たりだ」

「っ……言うてくれるのう。じゃけど……じゃけんどっ、じゃったらっ、じゃったらウチはっ!」

「馬鹿ッ」

「下がってハルト君っ!ドゥエスタ・ディ・クッチーナッ!!」

 ルイーザ王女がレーゲンハルトを押しのけて前に出た。

(手に握られてるのは……包丁?武器じゃねえだろうけど、こいつら揃いも揃って刃物持ち込みやがって……)

 ガギンッ。

「ウチにどうやって仇を討てっちゅうんじゃああああっ!!!」

「メラルダちゃんっ」

 エスメラルダ王女の持つ槍の先から水が噴き出す。しかしその水はルイーザ王女の生み出した火に触れて蒸発した。蒸気が一瞬で膨れ上がり、視界が真っ白になる。

「なっ!?」

「やっと、やっと追いつめたら、もう倒されとるってっ!!……そんなの納得できるわけ無いじゃろがああぁぁっ!!!」

 蒸気の壁をぶち抜いて水が噴き出す。しかし狙いはめちゃくちゃだ。

 エスメラルダ王女の怒りが具現化したように、四方八方(しほうはっぽう)無秩序(むちつじょ)に飛び跳ねている。

「くっ……」

 下手に動くこともできずにオレとクーニャは白い結界の中で身を固くする。

 しかし、エスメラルダ王女は止まらない。

 視界の上の方に動きがあった。

「そこに居たか、魔族」

「ひぐっ!?」

 飛び上がったエスメラルダ王女がクーニャに矛先を向ける。もちろんオレも貫く気だろう。

(くそっ!結局こうなるのか……)

 覚悟を決めるしかないと、両手に魔力を集中し前に構える。

「イブティハージュ」

 レーゲンハルトが呟いた。

「はい、そこまで」

「ぐがっ……イブ(ねぇ)……」

 (ほとばし)っていたエスメラルダ王女の魔力が途切れた。

 いつの間にか彼女の後ろに迫っていたイブティハージュ僧女(そうじょ)が何かしたんだろう。たぶん首に一撃入れて脱力させたんだろうけど、竜を行動不能にさせるだけの一撃ってどれだけ強く打ったんだろう。

 ともかく後ろから抱きしめられたブルードラゴンの姫は抵抗をやめ、武器を離した。

 項垂れた少女の表情は読めないが、諦めたわけでも納得したわけでもないだろうし、警戒は必要だ。

(警戒したところで真祖ではないオレたちには何も出来ねえけどな)

「お~、大丈夫だった~」

「え?」

 のんびりした呟きに振り返ればクーニャの後方、ヒナと俺たちの間にいつの間にかシルバードラゴン、エルフリーデ王女がぼんやりと立っている。

「ごめんね~、クーネルちゃん。びっくりさせちゃって~」

「う、うん」

 ほとんど同じ背丈のクーニャの頭をゆっくり撫でると、人間の方へぽてぽて歩いていく。

「ご苦労さん」

「うん、でも何もしてないよ~?」

「何かあったら困るからな。エルが一番防御力高いだろ」

(……そういう事か。俺たちに何かがあったら会談どころではない。あの青い少女が暴走した段階で最も防御力が高い白いのをこっちに回した。こちらに「竜」に対抗する手段がないのを知っているから)

 むしろ何もなくて良かった。

 仮にエルフリーデ王女に守られたところで、「真祖に対抗する手段がない」と事を公式に晒すことになる。そしてそれは先の一件を理由に会談を中断しても同じ事。

(続けるしかない、か)

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