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来訪者たち

「コラ、勝手に喰うなっ!!」

「ん~?」

「これ、おいしー♪」

 何やら廊下が騒がしい。曲がり角の先、謁見(えっけん)の間へとつながる廊下からだ。

「おまっ……貴重品だったらどうすんだよ」

「その時はー、父様に頼むけー。……じゃきん大丈夫じゃ、ハル兄」

「この甘えん坊が……。おい、イブティ。こいつちゃんと見とけって……」

「わはは、いやすまないねえ。酒蔵(さかぐら)を見つけて物色しているうちにはぐれちまってさ……」

「お前もか……」

 物陰から覗くと5人の人影がある。

 1人は尻尾も翼もないが、他の4人は竜人。

 全体として露出高めだが、しかしぱっと身でドレスとわかる衣装を身に(まと)っている。

 しかも全員違う種族だ。

 シルバードラゴン、レッドドラゴン、イエロードラゴンに、ブルードラゴン。

 どうやら一番小さいブルードラゴンの少女が何かやらかしたらしい。

「ハ、ハルトくん、そろそろ戻りませんか?こんなところ見られたら大変ですの。ただでさえ微妙な事、頼みに来ていますのに」

「そうだな。イブティもちゃんと戻しとけよ」

「もうひとつ戴きじゃー」

「コラッ!」

 ゴッ

「いぎっ!!」

 バタン。

 扉が閉まる音がして廊下に静寂が戻る。

「何だったのでしょう~」

「……全くだ」

 2人(そろ)って曲がり角を抜ける。

 手前右側にあるのが控室(ひかえしつ)の扉。中にある気配はさっきの声の主たちだろう。

 左側は窓が通路の奥まで10ほど並んでいて、昼前の日光がレッドカーペットに降り注いでいる。

 その窓と窓の間には小さなテーブルが設置されており、高価な調度品や珍しい植物が一つずつ載せられている。

「あの、タイガ様~」

「どうした?」

「さっき『喰うな』って言われてたの、コレじゃないですか~」

 控室(ひかえしつ)の入り口から一番近い場所に安置されている魔界原産の植物……その枝には拳大(こぶしだい)の鮮やかな赤い実が成っている。枝を挟んで左右対称に規則正しく実るその並びが、手前側だけ不自然に途切れている。

「みたいだな。大丈夫か、あのガキ……」

「真祖ですから、大丈夫なのでは~?」

 「異国の姫」ということは十中八九真祖だ。そして真祖はオレ達竜人よりはるかに高い耐性を持っている。

「普通の毒なら大丈夫だろうけど、コレ……」

 載っている調度品や植物の説明書きがテーブルの側面に書かれている。

 その一番下の行に気になる文面が。 

「「主な使用用途;下剤」~」

 ヒナと2人、思わず口に出して読む。

 毒でないのは不幸中の幸いだが、女の子にとってはある意味最悪ではなかろうか。


「にゅあはあああああっ!?」


 奇声と共に控室(ひかえしつ)の扉が開かれた。

 そこから件のブルードラゴンの少女が飛び出してくる。

「うおっ!?」

 咄嗟(とっさ)に手を伸ばしたのは不幸中の幸いだった。

 何せこの娘、角が前に突き出している。そのまま腹で受け止めてしまえば、流血沙汰になりかねない。

 しかもよく見ると流線型を描いたドリル状だ。

(ブルードラゴン…水棲の竜族だからか?……随分と凶悪な)

 泳ぐときに水をかき分けられるように進化した角の形は、攻撃にも使えそうな鋭さだった。

 とりあえずの危機を脱した俺は少女の姿を観察する。

 身長は120㎝くらいか。

 水色の髪を首の辺りで括って、背中に垂らしている。

 背中には小さな青い翼が揺れており、その下、尻の上からは青い尻尾が伸びている。

 身体に纏っているのはボディラインが浮かび上がる水着のような服。二の腕も太もももむき出し状態で、肘と腰に付けられた飾り布が広がっているのが身体越しに確認できる。

 全体的に魚のようなデザインのドレスだ。

「あう……」

 ふと、少女が自分の頭を抑える俺の手に自分の小さな手を添えた。

「おお、すまん」

 そういえば抑えたままだったなと、手を離した。

「お、教えてつかーさいっ!!!」

「おおっ!?」

「お、おトイレッ!おトイレはどこじゃーっ!!?」

 金色の瞳が涙いっぱいで見開かれている。小さな体のどこにそんな力があるのか分からないが、オレの胸元を力いっぱい握って顔を引き寄せた。

 凶悪なドリル角が俺のもみあげを(かす)めて右に抜ける。

「うわっちっ!角危ねえっ!トイレなら控室(ひかえしつ)の奥にあるだろっ!?」

 小さな少女だというのも忘れて、頭を全力で抑えながら叫んだ。

「っ!!そうだったんじゃーっ!!」

 俺の大声に少し驚いた顔をした青い少女は、すぐにオレを突き飛ばして回れ右、控室(ひかえしつ)の奥へと戻っていく。

「どぅわっ!?使用中じゃーっ!!早く出てつかーさいっ、バカハル(にぃ)ーっ!!」

 通路を曲がった先から悲痛な声が聞こえる。

「うわっと……ったく、あのガキは……」

「大丈夫ですか、タイガ様~」

 ヒナの声が自分の頭よりも上から聞こえる事に新鮮さを感じつつ身を起こす。

 それにしても、いつも通りのんびり(しゃべ)っているせいか、あまり心配されている気がしない。

「も、申し訳ありません、内の者が……。お怪我ありませんか?」

 そうそう、こんな感じ……って。

「お?おお、大丈夫だが……」

 気が付くと目の前にまた一人、別の少女が立っている。赤色の尻尾と翼、そして赤みかがった茶髪。

 間違いなくレッドドラゴンの血を引いている。

 身長は150㎝くらいで、ヒナやクーニャ、そしてさっきのブルードラゴンの少女よりも年上だろう。

 子供と言えば子供だが、女性的な丸みを帯び始めている。

 服装は金色の首輪から伸びた布を腰の辺りで一度結んで前に流した貫頭衣。手足には装飾具をつけ一種踊り子のような出で立ちだ。

「本当に申し訳ありません」

「いや何……」

 オレに手を差し伸べて立ち上がるのを手助けすると、再び頭を下げる。

「オレは問題ない、それよりさっきの少女は……」

『早く出るんじゃあっ!モタモタしてると水攻めにーっ!!おおおおおっ……ぎぐぐぐ……ふっ、はっ、た、耐えた……、ハ、ハル(にぃ)……』

 控室(ひかえしつ)の奥へと意識を向けると、まだ騒いでいる。先客はまだ出てくれないようだ。

 少女としても嫌だろうが、こちらとしてもブチまけるのは勘弁願いたい。

 仮にも城の備品、賓客(ひんきゃく)控室(ひかえしつ)だ。高価な物ばかりだし、汚物に(まみ)れたとあっては基本的に総入れ換えになる。

「だ、大丈夫だと思います。……一応、水系の能力を使えますから」

「……何がだ?」

 仮にブチまけても洗い流せますよ、という事か? 

「え、えっとぉ……」

 レッドドラゴンの少女が冷や汗を流しつつ、目を泳がせる。

 「失言だった」とか、「やっちゃった」とか、そんな感じの苦笑いを浮かべて、オレを見上げる。

(そんな表情されてもな。別にコイツを攻めているわけじゃないんだし)

 

 バシャアアアアッ。

 

 気まずい俺達の雰囲気を押し流すような、救いの水音が奥から響いた。

「やった、やったんじゃよーっ!!!早く出るんじゃ、ハル(にぃ)っ!!」

 ガチャッ、バンッ!!

 中に入っていた男を引っ張り出した青い少女はトイレへと駆け込んだ。

「ほ、ほら、大丈夫……です」

「あ、ああ……」

 水のくだりはまったく関係なかったが、少なくとも間に合ったようで何よりだ。

「イテテテ、メラルダの奴、引っ()きやがって……」

「大丈夫ですか、ハルト君」

 レッドドラゴンの少女が、出てきた人間の男――いや少年か?――に小走りで駆け寄る。

 つんつんと跳ねた茶髪に黒い瞳、タンクトップが肉付きのいい上半身を覆い、下は長ズボンを穿いている。

「問題ないよ。これからお前の婆ちゃんと闘うってのにこのくらい……って、アレ?どちら様」

 少女の背中越しにオレとヒナの姿を捉えた人間が首を傾げる。

「あはは。メラルダちゃんが飛び出した時に、こちらの男性にぶつかってしまって……」

「お、そっか。申し訳ない、内の者が」

 こちらの少年も少し頭を下げた。

「いや、気にしないでくれ。こちらもタイミング悪く外を通りかかってしまっただけだ」

 少々横柄(おうへい)というか、軽い感じはしたが、決して嫌な感じではしない。むしろ爽やかな好青年という感じだ。

『って、なんでエルちんがおんのんじゃーっ!!?』

 無事終わったと思いきや、扉の向こうから青い少女の叫び声が聞こえる。

「あ、エル忘れてきた」

「ハルト君……?」

 レッドドラゴンの少女が少年に詰め寄った。

 背中を向けているので少女の表情は確認できないが、多分怒っているのだろう。少年の表情が強張っている。

「何でエルちゃんと一緒に入るんですか?」

 少女に同意。

 オレならヒナやクーニャがトイレに付いてきたら、問答無用で叩きだす。

「いや、俺が行くって言ったら、『あたしも行くー』って……」

「だから、何で許可しちゃうんですの?」

「いや俺達兄妹みたいなもんだし……」

 兄妹でも一緒には入らないだろう。

 オレなら(以下略)。

「一応婚約者なんですから……」

 ちょっと待て。

 兄妹みたいに育った奴と婚約って……。

(……あ、他人の事、言えねーや)

「……タイガ様~。なんで項垂(うなだ)れてるんですか~?」

「いや、何でもねえ……」

 心の中のツッコミが自分に跳ね返ってきた、とか面倒くさい事を説明する気はない。

「まあいい、とにかく大丈夫そうだから俺達は行くぞ」

「あ、はい、お手数おかけしました。……それでいいですかハルト君、エルちゃんだって女の子なんですから……」

 レッドドラゴンの少女は簡単に会釈した後、少年に向き直って説教を再開した。

 少年の方に視線を送ると、すまなそうな顔で手を振る。

(今のうちに出ていけ、ってことか)

「ちょっと、ハルト君?聞いていますの?」

「聞いているよ、ルイズ……」

 まだお取込み中の様だが、俺たちがここに居てもしょうがないので退席することにした。

 ヒナを伴って廊下に出て、扉を閉める。

 途端に静かになった。

「面白い人たちすね~」

「だな。……アイツらオレたちの正体に気づいてないよな」

 青い少女は当然のことながら、レッドドラゴンの少女も気づいている様子はなかった。多分あの人間も同様だろう。

「とにかく行くか」

「はい~」

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