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たんぽぽガール  作者: ゆとなみ うい
彼女とほのぼの
3/19

第二話『一年前の夏の日2』

 潤んでいた目を左手首で擦ると、彼女の顔がはっきりと目に映った。

 切なげに下げられた眉。身長は五cmほどしか変わらないが、上目遣いをしている大きめの目。なんと海のように澄み渡った青、いや水色だ。

 髪も、どちらかといえばマリーゴールド寄りのオレンジ色と珍しい限りだ。髪はダメージを受けているようではあるけれど手で梳かしたら、きっと途中で止まったりはしないだろう。

 街中にいたら絶対に目立つ。そんな容姿をしていた。

「え、あの……」

 目がぴったし合ってしまったので、思わず逸らしてしまう。何をいったらいいかわからない。女の人に耐性がなさすぎて顔が熱くなってきた。

「えっと、あの、とりあえず屋根のあるところに行きましょうか」

 僕の反応が移ったのか、彼女の顔はりんごのように真っ赤だった。その表情を見て、こっちもこそばゆいような気持ちになってくる。

 丘を降りて、トイレの屋根の下のにあるベンチに座った。

 ここ、丘陵公園は二、三年前に大規模な工事が行われ、トイレの建物も瓦屋根だったりと、和風で大きいものとなった。異臭などもしないし、ウォーターサーバーまである。

 というか、僕はこんな身なりで話しても良いのだろうか。

 服が濡れて体に引っ付いているし、髪から雨水が滴っている。顔もきっと酷いことになっているだろう。

 対して彼女は薄ピンクのレインコートをもう一脚のベンチにかけ、カサも立てかけている。レインコートを脱いだ彼女は紺色のワンピースを纏っていた。胸元には白の紐リボンがちょこんとあり、半そでのミニスカートなので、細い手足がさらされていた。まるで白のハナミズキのようで美しい。

「すみません、タオルもハンカチも持ってなくて……」

「いえいえ、カサを差してなかった僕が悪いですから!」

「わたしが手ぶらで歩いていたから――」

「ほんとに大丈夫ですよ! 夏ですし、すぐ乾きますから」

 しばらくお互いの謝辞が続き、それが一通り終わると沈黙が流れる。空気をよんでくれたのか、僕より先に彼女が言葉を発した。

「あの……何故、カサを差していなかったんですか?」

 当然の質問だ。カサを持っていたのにも関わらず差さないでいたのだから。

 不審に思ったはずなのに、手を差し伸べてくれた彼女は何と優しいのだろうか。

「まあ、色々あって」

 けれどその理由を彼女に話したくなかった。

 『他人を頼りたくない』

 いつからかそんな感情が生まれていた。親の性格からか、親に相談ごとをしたことがなかったし、怒ることもしたことがなかった。

 教師と話す二者懇談でも、「悩み事があるか」ときかれても、笑顔で「特にはありません」と答える優等生。成績はいまいちだけれど、教師からも友達からも『そういう人』と思われるくらいになってしまっていた。

 だから、「彼女だから話したくない」という訳ではない。

 ただ単に『他人に頼りたくない』だけ。

「そうですか」

 何かを察したのか、それ以上は尋ねてこない。そっちの方がありがたいので少し気が楽になる。

「あなたは何でこんな早くから?」

 自分が質問をはぐらかしたのに質問するのも失礼かもしれないが、話題がないのだから仕方がない。

「んー、どうしてでしょうね」

 ……彼女も訳ありなのだろうか。少しだけ、困ったような顔をしている。

「雨が好き、だからでしょうか」

「僕も好きです。何かいつもと違う雰囲気がして」

「わかりますっ!」

 いきなり隣で大声を出されて驚き、彼女を見てしまう。一瞬だけ目を見開いたのを見てしまったようで、

「あ、ごめんなさい」

 こちらに向けた顔を正面に戻した。

 さっき顔を向けられたときに気付いたけれど、座っている距離が意外と近い。いや、一つのベンチに二人で座っているから、距離は必然的には近くなるけれど、僕の手と彼女の手の間が手のひら一枚くらいしか開いていない。

「お時間、大丈夫ですか?」

 彼女にいわれ、公園のいたるところに配置されている時計を見ると、六時少し前を示していた。親に知られたら質問攻めにあって面倒になる。いや、親は七時くらいに起きてくるから、まだ大丈夫か。

「ええ、あと三十分くらいは」

 すると彼女はカサに描かれていた向日葵のように、屈託のない笑みを浮かべた。

 その表情にくすぐったいような気持ちになる。胸の鼓動が早くなるって、恋愛小説だけじゃなかったんだ……!

 雑誌などに載っているモデルなどとは違う、清潔感のある可憐さが胸をぐっと熱くさせる。

「ではお話でもしましょう」

 首を傾げた拍子に、彼女の背中の中くらいまで伸びた髪が揺れる。晴れの日だったら、太陽の光がオレンジ色と黄色が混ざったような色の髪をもっと煌びやかに見せてくれるのだろうか。

「ええ、そうですね」

 少しその髪を眺めてから、いつも通りの笑顔で僕は返した。




 帰り道。彼女と話した余韻に浸りながら、ゆっくりと足を動かす。

 まだまだ交通量は少ない。歩道はきちんと補整されておらず、足の裏にごつごつとした石の感触が伝わる。


 彼女との雑談した三十分はすぐに過ぎた。

「でですね、お母さんがその後……」

 彼女の話の大半はお母さんのことだった。お菓子作りをしたり、裁縫を教えてもらったりと、かなり親子仲はいいようだ。

 僕もお母さんとの思い出を掘り出し、頑張って話すと彼女は嬉しそうに相槌を打ってくれた。


 気付かれないよう慎重に家へと入り、自分の部屋の敷布団にゴロンと転がって目を閉じる。

『自分には嘘をつかない』

 それは、他人に相談ごとができない僕が自分で決めたことだった。そのため、何かしらあると、すぐに脳内会議が始まる。

 正直、楽し過ぎた。彼女が笑う度に胸が高鳴り、もっと話したいと思った。

 だから去り際、普段なら絶対いわないようなことを口にしたのだと自覚する。


「あのっ」

「なんでしょう」

 再びレインコートを身につけ、カサを開いた彼女を引きとめたのは紛れもない僕だった。

「また、お話しませんか?」

 彼女はあわあわと動揺することなく、道端に咲く小さな花を見つけたときのように控えめに微笑んで、

「……では雨が降る日の朝。都合が合えば、またお会いしましょう?」

 と告げた。

 雨、か。雨の中で遭逢そうほうした僕と彼女にそれはぴったりかもしれないな、と思った。

「ええ、また会いましょう」

 お互い笑顔で別れることができた。僕と彼女は全く逆方向に歩いていく。

 彼女は坂の上。僕は坂の下。

 彼女が同じ町内だったとしても、上と下では学校も違う。世界がまだまだ狭い中学生にとっては別世界。

 少しだけ、彼女が遠く思えた。


「そういえば……」

 名前、訊くの忘れたな。年も。

 次に会えるのはいつなのだろうか、と思いながら階段を下りて、リビングのテレビで天気を確認した。

 しかし、向こう一週間は晴れマーク。

 少しだけムカついたので、落ちていたクッションを蹴り飛ばした。


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