食べすぎにはご用心
昔のことを思い出しテーブルの下で丸くなるルドルフ、
今まで忘れていたのは、それだけ幸せな生活を送っていたということだろう。
事実、あの日以来ルドルフに危害が加えられることは一度もなかった。
家族として微笑みかけられ、優しく撫でられ、おいしいご飯を沢山食べさせてくれる・・・
そんな幸せな日々を過ごすうち、いつしか恐怖は薄れ忘れ去られていったのだ。
しかし、恐怖を思い出してしまった今、ルドルフはご主人のことを話すことができずに
黙り込んでいた。その背中には哀愁が漂い「何も聞かないで」というオーラを出している。
リーティエンドもマリアナもそんなルドルフに声をかけることができず無言で見つめていた。
テーブルには沈黙という静けさが訪れたが、カチャンという食器が積まれる音と
ローランの大きな声によって沈黙は破られる。
「ぷはーっ!食った食った。」
膨れた腹をさすりながら、ローランは満足気な笑顔を浮かべてそう言った。
リーティエンドとマリアナは視線をルドルフからローランに移し、
声に気づいたルドルフも立ち上がりテーブルに前足をかけテーブルの上を見た。
テーブルの上には空になった大量の大皿が高く高く積み上げられていて
その高さに誰もが驚き、同時に呆れることだろう。
『・・・よくこんなに積めたな・・・食いすぎじゃないか?』
「・・・すご、い・・・」
ローランが積んだ皿の数はどう見ても一人で食べきれる量ではなく
ざっと十人前以上はあった。たった一人でそれだけの量を食べたローランに
ルドルフとマリアナは高く積まれた皿を見上げながら驚きと呆れの混じった表情を浮かべた。
「いや、いつもより少ないぞ?」
『これで少ないの!?』
積まれた皿を見上げながら言ったローランの言葉にルドルフは「ギャウン!」と驚き吠える。
呆れ返ったリーティエンドは何も言わず、テーブルの上に置かれた一枚の紙を手に取った。
それは請求書。ルドルフたちが食べた料理分の代金が書かれている紙だ。
明記された金額を見て、リーティエンドはさらに言葉を失って溜息をついた。
ローランの食欲と胃袋を満たす代わりにやってきた請求は、
リーティエンドの想像を遥かに超えるほどの高額だったのだ。
「まぁ、あれだけ食べれば当然よね・・・」
「ひっ・・・たかい・・・」
リーティエンドの持つ請求書を覗き見たマリアナもひどく驚いた声を出した。
そこには、普段ならまず見ることはないであろう桁が並んでいた・・・
本人は気づいていなかったが、ローランが注文した料理はここで一番値段が高い料理だった。
それを十人前以上も平らげたのだ、ありえないほどの請求額になるのは当然だろう。
しかし、お金という概念がない”犬”であるルドルフには金額の高さがわからず
紙切れを見つめて驚くリーティエンドとマリアナを不思議そうに見つめ
首を傾げて「きゅうん?」と鳴くのだった。
そんな様子を見てローランが思い出したように口を開いた。
「そういえば、ここの代金は誰が払ってくれるんだ?」
ローランの言葉にルドルフたちは固まった。
それは「自分は払わない」と言っているようなものだからだ。
リーティエンドはローランを睨みつけながらテーブルにバンと請求書を叩き付けた。
「こんなに食べておきながら人に払わせる気?自分で払いなさい。」
怒りを含んだリーティエンドの言葉に、ルドルフは複雑な表情を浮かべ
自分たちもソルマン王に請求させて色々買ったよな?などと思いを巡らせた。
「なんで俺が?俺は金なんて持ってないぞ!」
ローランの言葉に再び固まる二人と一匹。
『お前もかーーーーーーー!!』
「お金もないのにこんなに食べて・・・馬鹿なの?」
「みん、な・・・もってな・・・い、の・・・」
ルドルフは「ギャンギャン」と吠え、リーティエンドは冷ややかな視線を送り
マリアナは困ったような表情を浮かべてそれぞれ口にした。
「なんだよみんなして・・・まさか!お前たちも金を持ってないのか!?」
「当然でしょう。」
「おいおい、じゃあここの支払いはどうすんだ?食い逃げでもするのか!?」
『するか!』
「するわけないでしょ。」
「・・・く、い・・・にげ・・・は、だめ・・・」
ローランの食い逃げ発言に二人と一匹は同時にツッコミを入れた。
そんなルドルフたちに「じゃあ、どうすんだ?」とローランが尋ねようとした時
女将がタイミングよくルドルフたちのテーブルにやってきた。
「あんたたちよく食べたね~。結構な金額になってるけど大丈夫なのかい?」
テーブルの上に積まれた大量の皿を見ながら女将は言った。
お金がなく何も知らないローランは、女将の言葉に慌てふためくが
リーティエンドはにっこりと笑って”あの言葉”を言った。
「請求は全て、ソルマン王にお願いします。」
「・・・え?」
リーティエンドの言葉に女将とローランはきょとんとした。
ルドルフはローランにソルマン王の「協力は惜しまない」という言葉に甘え
大量の武器をソルマン王の請求で買ったことを告げた。
もちろん、ローランの着ている青黒い鎧をここで買ったことは伏せて。
そして女将にはリーティエンドが説明をした。
自分たちが勇者の一行であることを告げ、金銭的なことは全てソルマン王に任せていると。
話を聞いた女将はリーティエンドたちを眺めながら「うーん」と腕を組んだ。
「話は分かったけど、あんたたちが勇者って本当なのかい?正直、信じられないねぇ。」
証拠でもあるのかい?と言わんばかりの態度の女将にリーティエンドは笑顔のまま言った。
「私たちは本物よ。・・・ねぇ、勇者サマ。」
リーティエンドはローランに説明を終えてこちらをうかがっているルドルフに同意を求めた。
ルドルフは「くぅん」と困ったような鳴き声を出しながら答えた。
『確かにオイラは勇者だって言われたけど・・・証拠とかないからなぁ・・・』
どうしたら本物の勇者だと証明できるのか?そんなことを悩むルドルフをよそに
女将は目を見開きルドルフを凝視していた。
「・・・犬が・・・しゃべった・・・?」
「異世界から勇者としてやってきた犬よ。言葉が通じるのが何よりの証拠でしょう?」
この世界でも犬と意思相通はできるが、言葉を交わすことはできない。
犬と言葉を交わせるということは、その犬が特別な存在だということに他ならない。
つまり・・・
「本物の・・・勇者・・・」
ぽつりと呟いた言葉は女将の中で確信へと変わり、その顔は次第に笑顔になる。
そして、未だに宴会を続けている他の客たちに聞こえるように大声で言った。
「みんな、聞いとくれ!この方たちが勇者だよ!世界を救う勇者の一行だよ!」
女将の言葉に店内は一瞬で静まり返り、そして次の瞬間、わっと歓声が飛び交った。
歓声の中には「勇者様万歳!」といった声や「これで世界は救われる!」
などといった声があり、誰もが勇者に期待していることがうかがえた。
他にも「飲み直しだー」との宴会を仕切りなおそうとする声も上がった。
『勇者が犬ってことになんの疑問も持たないのか?』
犬が勇者だとということを誰も疑問に思わないのを不思議に感じたルドルフは
思い切ってローランに尋ねてみた。
『なぁ、勇者が犬ってことをお前はどう思う?』
「ん?俺は魔族と戦えればいいからな、勇者が誰でもかまわないぜ。」
『そ、そうか・・・』
聞く相手を間違えた。ルドルフはそう思った。
次にルドルフはリーティエンドの意見を聞こうと同じ問いを投げかけた。
『お前はどう思う?』
「興味ないわね。」
『少しは持ってくれ・・・』
勇者という存在自体にリーティエンドは興味がないようだ。それはそれで寂しい。
最後にマリアナに尋ねようとするルドルフ。
マリアナなら、きっとまともな答えを返してくれる。ルドルフはそう期待した。
『マリアナ、お前はどう思うんだ?』
「あ・・・えっ、と・・・そ・・・す、すて、き・・・だと、おもい・・・ま、す」
マリアナは少し俯きながらもそう答えた。
それを聞いたルドルフはポカンと口を開けたまま少しの間放心した。
そして思った、この世界にはまともなやつがいない。と
女将の一言で宿屋は更なるどんちゃん騒ぎへと発展していた。
支払いを済ませ、宿屋を出ようとするルドルフたちを引き止め
そのまま二回目の宴会に強制参加させようとする宴会の参加者たちと女将。
宿屋の主人が酒と料理を次々用意している。それをテーブルに運べば宴会の始まりだ。
他の客と酒を飲み交わし用意された料理を豪快に平らげていくローラン
大勢の人たちに囲まれ困り果てて涙目になるマリアナとそれを慰めるルドルフ
そして、我関せずといった態度で一人飲み物を飲みながらそれらを眺めるリーティエンド
宴会は終わることなく続き、ルドルフたちはそのまま宿屋に泊ることになった。
ちなみに、
この時の食事代金、並びに二回目の宴会の食事代金は、後日ソルマン王へ請求された。
*おまけ*
ルドルフ『ご主人ご主人ー。』
ユキ「どうした?ルー」
ルドルフ『前回の話がひど過ぎるってことで、ここで弁解をしようと思って』
ユキ「あぁ、衝撃的すぎたとか言われたな・・・」
ルドルフ『きっとご主人の印象が悪くなってるよ。だからここで汚名挽回を』
ユキ「汚名を挽回してどうするんだ。てか、事実なんだから仕方ないだろ。」
ルドルフ『でも、ご主人がいい人だってオイラは知ってるよ!』
ユキ「ゴミ箱に捨てられたのにか?」
ルドルフ『それは言わないでー!』
ユキ「まぁ、あの時の事はこれでも反省してるよ。
眠気ピークで犬を持ってたことを忘れてたからね。」
ルドルフ『えっ・・・!?』
ユキ「あの後ルーがギャン泣きしたから目が覚めたっけ・・・」
ルドルフ『・・・それって、寝ぼけてオイラをゴミ箱に捨てたって事?』
ユキ「そうなるな。」
ルドルフ『本編で語ろうよそれ!』
ユキ「追々語っていくつもりだったらしい。」
ルドルフ『むー・・・でも、これでご主人の印象は変わったかな?』
ユキ「さぁ?どうだかね。・・・これで終わりなら俺は戻るよ。」
ルドルフ『あ、うん。ありがとうご主人。』
ルドルフ『・・・寝ぼけてるのって怖いんだな・・・』