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思い出はトラウマ

ルドルフとその飼い主であるご主人との出会いは一年ほど前、

まだルドルフがその名をもらう前の子犬だった頃に遡る。



ある日子犬は小さなダンボール箱の中で目を覚ました。

いつもと違う風景に、ダンボール箱から身を乗り出して周りを見渡した子犬は

ここが自分の家ではないことに気づく。

そこは子犬が知らない場所、初めて見る小さな公園の片隅だった。


(かあさん?にいさんたち・・・どこ?)


母親と兄弟を探すように子犬は鳴いたが、返事が返ってくることはなかった。

捨てられた、そう理解するにはまだ幼すぎる子犬は、自力で帰ることもできず

ただダンボール箱の中で母親が迎えに来るのを待つしかなかった。

けれど親も兄弟も誰もいないそんな状況に、まだ幼い子犬が耐えられるはずもなく

寂しいや怖いといった不安は次第に子犬を弱らせていった。


(かあさん・・・にいさん・・・オイラはここだよ・・・)


子犬は何度も鳴いた。親を、兄弟を・・・誰かを求めて。

なき疲れて眠りに落ちるまで子犬は鳴き続けた・・・


(オイラは・・・ここにいるよ・・・)



どれくらいの時間が経っただろうか?空は茜色に染まり、空気が冷たくなってきた頃

なき疲れて眠っていた子犬は目を覚ました。目覚めてすぐ、子犬は周りを見渡したが

やはり母親と兄弟たちの姿は見当たらなかった。

子犬は孤独と寒さに震え、悲しそうな声で小さく鳴いた。


(オイラは、ここだよ・・・だれか・・・ごしゅじん・・・たすけて・・・)


おぼろげに覚えている飼い主に救いを求める子犬。

その飼い主に捨てられたことさえまだ気づかずに・・・


子犬の鳴き声に気づいたのか、公園の前を歩いていた子供が足を止めた。

黒いランドセルを背負った小柄な少年、長い前髪で目を隠しているのが特徴的だった。

少年は、ダンボール箱の前までやってくると、そのまま見下ろして子犬を見た。

子犬も少年の存在に気づき顔を上げて少年を見上げる。

下から見上げている子犬には、長い前髪で隠された少年の目が見えていたが

その瞳はどこか虚ろでぼんやりと子犬を映していた。


「・・・いぬ・・・」


少年はぽつりとそう呟いた。

そして、座り込むとランドセルを下ろしてカバーを開けた。

ゴソコソと中身を動かし始める少年と、それを不思議そうに眺める子犬。

やがて少年の手がランドセルから離れて子犬を掴み上げると、

少年はそのまま子犬をランドセルの中へと落とし入れた。

どうやら子犬を入れるためにランドセルの中を整理したようだ。

少年は、子犬を入れたランドセルを背負って公園を出ると、急ぐように走り出した。


これがルドルフとその飼い主になる少年との最初の出会いである。

走る振動でランドセルが揺れ、中に入れられた子犬が目を回したのは言うまでもない。


少年が家に辿り着く頃には、空はすっかり暗くなって星が輝き始めていた。


玄関を開けて家の中に入れば慌てたような足音を立てて少年の母親がやってくる。


「ユキちゃん!よかった・・・なかなか帰って来ないから心配したのよ。」

「・・・遊んでた。」

「そう、お友達と遊んでいたの。楽しかった?」

「・・・ん。」


ユキと呼ばれた少年は母親との会話もそこそこに居間の方へ向かった。

息子が無事に帰ってきたことに安心した母親はキッチンへ向かい夕食の準備を始める。

少年が居間に入ると仕事から帰ってきた父親がソファーに座りくつろいでいた。


「遅かったな、ユキ。あまり母さんを心配させるもんじゃないぞ。」

「・・・ただいま。」


父親にそう返すと、ユキと呼ばれた少年はソファーには座らず

ソファーの前に置かれたテーブルの脇に座り、ランドセルを下ろすとカバーを開けた。

そして、ランドセルの中ですっかり目を回してぐったりしている子犬を取り出すと

テーブルの上に置いた。ひんやりとしたテーブルの冷たさに子犬は小さく鳴きだす。

一部始終を見ていた父親はランドセルの中から子犬が出てきたことに驚き

少年の名を叫ぶと、その声に母親もキッチンから居間にやってくる。


「ユキ、その犬はどうしたんだ?」

「ひろった。」

「捨て犬か・・・」

「まだ子犬なのに可哀相に・・・」


少年と両親が子犬について話し出した頃、テーブルに置かれた子犬が目を覚ました。

顔を上げて辺りを見回すとさっきの少年の他に二人の人間が増えていることに気づき、

さらに先ほどまでいた場所とも違うことに子犬は驚き戸惑った。


「うちで飼うつもりか?」


父親の言葉に頷く少年。

それを見た父親は右手で両目を覆うと大きく溜息を吐いた。


「駄目だ。生き物を飼うというのは責任が伴う。お前にそれができるとは思えない。」


厳しい父親の言葉が響く。

少年は何も言わず子犬を見つめる。子犬は不安そうな表情を浮かべていた。


「わかったらさっさとその子犬を捨ててくるんだ。」

「あなた、今日はもう遅いし明日でも・・・」

「今すぐだ、情がわいて手放せなくなる前に捨てるんだ!」


なだめようとする母親の言葉を遮るように父親は冷たく言い放った。

少年は表情を変えることなく父親をしばらく見つめた後、子犬を両手で抱きかかえ

小さく「わかった」と言った。そして子犬を持った少年は歩き出し

部屋の隅までいくと、ためらうこと無く子犬を


ゴミ箱の中に落とした。


その光景に少年の両親は驚愕し一瞬言葉を失うが、

ゴミ箱の中に落とされた子犬が恐怖で「ギャンギャン」と鳴きだしたことで我に返り

その悲鳴のような鳴き声に少年の母親は大急ぎでゴミ箱から子犬を救出する。

救出された子犬はすっかり怯えきって、可哀相なぐらいガクガクと震えていた。


「な、なにをしてるんだお前は!」


冷静さを取り戻した父親が少年に問い詰めと、少年は虚ろな瞳で答えた。


「・・・捨てろって言ったから。」

「元の場所に捨てて来いという意味だ!家のゴミ箱に捨てるやつがあるか!」


親に怒鳴られた子供というのは普通、畏縮して時に泣き出すものだろう。

しかし、このユキという少年は怒鳴られても表情ひとつ変えることがなかった。

父親はそんな息子を心配し、時に恐怖を抱いていた。


そして、そんな少年に恐怖を抱いたのは親だけではなかった。

哀れみも同情の感じない虚ろな瞳で、無表情のまま自分をゴミ箱に落とした少年。

子犬は少年を恐ろしいと感じ、その恐怖は本能に刻み込まれたのだった。


「ねぇ、あなた・・・この子、飼っちゃだめかしら?」


未だに震えている子犬を抱きながら母親が口を開いた。


「なにを突然・・・」

「だってこの子、こんなに震えて・・・それなのに捨てるなんて可哀相よ。」

「しかし・・・」

「それに、この子をこんなに怯えさせたユキちゃんは私たちの子供よ。

ならば親として、子供のしたことに責任を取るのは当然でしょう?」


渋る父親に母親は強く言い放つ。その言葉に反論できないのか

それとも妻には逆らえないのか、父親は口ごもり顎に手を当てて視線を泳がせた。


「お世話は私とユキちゃんでちゃんとするから。ね、お願い。」


両手を合わせて可愛くおねだりする妻の姿に、父親はついに折れたのか

大きな溜息を吐いて呆れたような表情で言った。


「・・・わかった、好きにしろ。だが飼うわけじゃないぞ、あくまで保護という形だ。」

「あなた・・・ありがとう。よかったね、ユキちゃん。」


母親の言葉に少年は頷き、小さな声で「ありがとう」と感謝の言葉を呟いた。

嬉しそうに微笑み子犬を優しく撫でる母親に、父親は再び溜息をついてうな垂れた。

撫でられている子犬には状況がさっぱり飲み込めなかったが、優しそうに微笑む

少年の母親から感じる安心感で落ち着きを取り戻し始めていた。


「私一度、わんちゃんを飼ってみたかったから嬉しい。」

「それが本音か!」


子供のようにはしゃぐ妻に呆れつつ、父親はドサッとソファーに沈んだ。

その表情には、ぐったりという言葉がよく似合っていた。


「一緒に暮らすなら、この子には名前を付けないと。何がいいかしら・・・」


子犬の顔を覗き込みながら楽しそうに名前を考え始める母親。

そんな母親に少年が近づくと、それを察知した子犬が体を強張らせ震えだした。

子犬にとって少年は、すっかり恐怖の対象になってしまったようだ。

恐怖に怯える子犬を優しく撫でながら、安心させるように少年の母親は囁いた。


「大丈夫よ。ユキちゃんはもう、あなたを怖がらせたりしないわ。」

「ん・・・。お前の名前、ルー。・・・ルドルフ。」


怯えながらも少年を見つめる子犬に、少年はルドルフという名前を与えた。

この日から子犬はルドルフとして少年とその両親と一緒に暮らし始めることになる。


そして数ヶ月後には、父親もすっかりルドルフを家族の一員として認めるのだった。



そして今、フィーリシア大陸の東、バレッサ王国にあるニルマートの街の宿屋で

ご主人との出会いを思い出していたルドルフは、同時に刻み込まれた恐怖も思い出し

テーブルの下でガクガクと震えていた。


その様子を見ていたローラン、リーティエンド、マリアナの三人は

何も語らず、テーブルの下でガクガク震えるルドルフに首をかしげ

不思議そうに見つめるのだった。


結局、ルドルフが落ち着きを取り戻しても、ご主人の話を始めることはなく

三人はルドルフのご主人を知ることは出来なかった。


軽い説明で終わらせるか、一話丸々使うかで悩んだ結果こうなった。

とりあえず、動物をゴミ箱に捨ててはいけません><


前の飼い主のことはルドルフ自身が覚えていないので不明。

捨てられていたため犬種も不明。

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