宿屋にて。作戦会議?
ニルマートの宿屋は、街の中心に建てられていた。
宿屋の大きな扉を開け中にに入ると、
賑やかな騒ぎ声と元気のいい男女の声がルドルフたちを迎えた。
「いらっしゃい。おや、あんたたち旅人かい?」
「おぉ、いらっしゃい。ゆっくりしていってくれ。」
宿屋の店主と女将がそう挨拶したが、店内に響く賑やかな音でかき消されていた。
宿屋の一階は食堂になっており、食事時ということもありたくさんの人で賑わっていた。
料理と酒を手に騒ぎ笑いあう人々の声が絶え間なく店内に響き賑やかで、
それはまるで宴会や祝杯を挙げているかのようだった・・・
『賑やかだけどオイラにはうるさいな・・・あと、酒臭い・・・』
「・・・変ね。」
『変?』
「あぁ、賑やかすぎる。」
「み・・・んな・・・たの、し・・・そう・・・」
『それのどこが変なんだ?』
「今、大陸は魔族に攻め込まれているのよ?恐怖に怯えることはあっても、
こんな風に賑やかに騒ぐ理由はないずよ。」
バレッサ王国にはまだ魔族が攻め込んできていないため
他の国より人々の心にゆとりがあったが、それでもこの光景は異常だった。
宿屋の入り口で立ち尽くしたまま疑問を口にする三人のところに、
料理をテーブルに運び終えた女将がニコニコしながらやってきた。
「あんたたち忘れたのかい?神族の予言を。」
「神族の予言?・・・それって、勇者が現れるってやつか?」
「そうだよ。今日、予言の勇者は現れる。大陸は救われたのさ!」
『いやいや、まだ何もしてないから。』
「それで、もう救われた気になって祝杯?・・・呆れた。」
「き、が・・・はや、い・・・の。」
呆れるルドルフたちに女将は不思議そうな顔を浮かべるが、すぐに笑顔に戻すと
三人と一匹を席に案内した。ほとんどの席は祝杯を挙げる人で埋まっていたため、
ルドルフたちは隅っこの席に案内された。
「悪いね、今はここしか空いてないんだよ。」
「いえ、ここで十分よ。」
「おいおい、こんな小さいテーブルじゃ料理が乗らないぜ?」
『乗るよ!どんだけ食うつもりだよお前!?』
「・・・おお、ぐ、い・・・?」
女将からメニュー表を受け取りそれぞれ注文する。ローランは肉料理を大量に、
リーティエンドは野菜を中心とした料理を、マリアナは甘いケーキや果物を、
そして、ルドルフには犬が食べれそうな料理をそれぞれ注文した。
料理が来るまでの間にこれからの進路の話し合うことにしたルドルフたち、
テーブルに地図を広げながらながらリーティエンドが口を開く
「これからの進路だけど・・・比較的安全な北へ進むことにしたわ。いいわね?」
話し合うどころかリーティエンドの一存ですでに進路は決められていた。
しかし、ローランはそれに異論を唱える。
「ちょっと待て、俺は反対だ!北になんて行ったら魔族と戦えないじゃないか!!」
「戦いたくないから北に行くのよ。」
「俺は魔族と戦いたいんだ!だからここは南に進むべきだ。」
進路は南にするべきだと熱く語るローラン、
その様子にルドルフは隣に座っているマリアナに小声で尋ねた。
『なぁ、北と南って何が違うんだ?』
「・・・きた、は・・・ま、ぞく・・・いない、か、ら・・・あんぜ、ん。でも・・・
みな、み・・・は、まぞ、く、いっぱい・・・きけん・・・」
『・・・なるほど。』
マリアナの説明はしどろもどろではあったが、北が安全で南が危険ということだけは
伝わったようで、ルドルフはローランとリーティエンドに視線を戻した。
魔族と戦えることを何よりも楽しみにしているローランにとって
戦闘を避けるような進路は不満でしかなく、リーティエンドと言い争いを続けている。
ローランとリーティエンド、戦いたいものと戦いたくないもの、正反対の2人では
このまま言い合いをしても埒が明かないとローランがひとつの提案をする。
「よし、ならば多数決で決めようじゃないか。」
「・・・いいわよ。」
ローランとリーティエンドが同時にルドルフとマリアナを見る。
その目は「自分の意見に賛同してくれるよね?」と訴えていた。
「俺と一緒に魔族を倒しに南に向かうやつは手を挙げろ。」
そう言ってローランは手を挙げたが、ルドルフもマリアナも手を挙げなかった。
「じゃあ、安全な北への進路に賛成なら手を挙げて。」
リーティエンドがそう言うと、マリアナはおずおずと手を挙げて賛同する。
ルドルフもテーブルに乗せている前足の片方をぷるぷるしながら挙げた。
「1対3、当然の結果ね。」
「なぜだあああ!」
多数決の結果に納得のいかないローランは立ち上がり叫びだす。
その声に驚いたマリアナは小さな悲鳴を上げ涙目になり、
リーティエンドは冷ややかに睨みつけ、ルドルフはローランを必死になだめた。
「何故北を選んだ勇者!」
自分をなだめているルドルフにローランは行き場のない怒りをぶつける。
ルドルフはローランから視線を外して遠い目をすると「わう~」と鳴いた。
『いや、オイラ、ケンカはからっきしだから戦いとか嫌だなーって・・・』
「男なら戦って散るものだろ!」
『散るな!オイラはまだ死にたくない!』
「死を恐れるな!」
『恐れるよ!』
今度はルドルフとローランが不毛な言い合いを始めた。
しかしそれは大量の料理を抱えた女将の一声で終了する。
「はい、お待ちどうさん。」
どん!と豪快に女将はテーブルに次々と料理を置いていく。
それを待ってましたとばかりにローランは喜び、言い合いも忘れて料理を食べ始めた。
リーティエンドも広げていた地図を片付け食事を始める。
ほっとしたような表情を浮かべながらマリアナも注文した料理を手に取る。
ルドルフの料理だけはテーブルの上には置かれず下に置かれた。
料理の皿を床に置きながら女将はルドルフに言った。
「あんたのはここに置くからね。テーブルの料理を食べるんじゃないよ。」
シッポを振りながら料理を見つめていたルドルフは、女将の言葉に「わん!」と答えて
床に置かれた料理を食べ始めた。いつも食べているドッグフードとはまったく違う味に
ルドルフは夢中になってすぐに平らげてしまった。
空になった皿を見つめ、ふと自分の主人のことを思い出したルドルフは「くーん」と
切なげに鳴いてぽつりと呟いた。
『ご主人・・・どうしてるかな?』
いつもご飯をくれる飼い主である主人はここにはいない。
ここは異世界で自分だけがここにいる。
ルドルフはその現実を実感し、寂しさを感じ始めていた。
再びルドルフは「くーん」と鳴いて体を伏せた。その様子に気づいたマリアナは
席を立ちルドルフの隣に座り込むと、ルドルフの背中を撫でた。
「・・・どう、し・・・たの?げん、き・・・な、い・・・?」
マリアナに優しく背中を撫でられ、心地よさを感じたルドルフは顔を上げてマリアナを見る。
不安そうにルドルフを見つめるマリアナは心配しているようだった。
『ご主人のことを思い出してた。』
ルドルフがそう告げると、マリアナは首を傾げて「ご主人?」と聞き返してきた。
『オイラの飼い主のことだよ。オイラ、飼い犬だからね。』
「あら、あなた飼い犬だったの。」
いつの間にか食事を終えたリーティエンドが頬杖つきながらこちらを見ていた。
『なんだと思ってたんだ?』
「毛色から野良犬だと思ってたわ。」
『・・・この世界では飼い犬は毛色が変わるのか?それとも地味な色だからか?』
「後者ね。」
『この毛色は生まれつきだ!』
「あ、の・・・かいぬ、し、さん・・・どんな・・・ひと?」
「あぁ、それは気になるわね。」
「俺も聞きたい。」
まだ大量にある肉を食べながらローランも会話に参加してきた。
その肉の量に誰もが「まだ食べるのか」と呆れることだろう。
ルドルフは天井を見つめ呟く
『ご主人のこと、か・・・』
目を閉じて記憶を辿る。自分と飼い主である主人との最初の出会いを思い出していく。
作戦会議なんてしてないオチ・・・
*おまけ*(ボツネタ)
ローラン「男なら戦って散るものだろ!」
ルドルフ『オイラはメスだ!』
ローラン「なん・・・だとっ!?」
*ルドルフはオス設定なのでボツになりました。
タイトルセンスとタグのセンスが欲しいです。切実に。