最初の街、装備を整えよう
大神殿を出発して3時間、勇者ルドルフ(犬)とその仲間たちは大神殿から一番近い街
ニルマートの街に到着した。国民の大勢が大神殿に集まったとはいえ、街に留まり
いつも通りの暮らしをしている人も多く街は賑わっていた。
入り口から街をキョロキョロと見渡しながらルドルフが興奮気味に吠える
『これが街かー!オイラの住んでた場所とは全然違うなー。』
ニルマートの街は石畳で整備された街路にレンガの家が並び、
花壇には色鮮やかな花が咲き乱れていた。
それはルドルフが普段目にしている風景とは違いとても新鮮に見えていた。
そんなルドルフの姿にリーティエンドは呆れ、マリアナは口元を緩め小さく笑っていた。
「この程度の街で興奮するなんて、どれだけ田舎の街から来たのよ。」
『オイラの街はこんな作りじゃないんだ。もっとこう・・・壁と棒だらけで・・・』
「かべ、と・・・ぼう・・・?」
目を閉じて自分の住んでいた場所を思い描いたルドルフは「くーん」と
寂しそうな声を出しながら言った。
ルドルフの言った壁とは家を囲む垣根のことであり、棒とは立ち並ぶ電柱のことだったが、
それが存在しない世界で生きるリーティエンドとマリアナにはまったく想像がつかなかった。
「この世界にないものがある・・・興味深いわね。」
「・・・ふしぎ・・・」
『・・・そんなことより、まずは鎧を買いに行こうぜ。』
「鎧?犬が着れる鎧なんてあるかしら?」
「・・・ない・・・と、思う・・・」
『オイラじゃなくてローランにだよ!』
ルドルフは後方で燃え尽きたように真っ白のローランを見た。街に着くまでの3時間
足は動いて歩いていたが、その顔に生気は無く死んだ魚のような目をしていた。
『あの鎧が無くなってからずっとあんな調子だからな・・・代わりの鎧が必要だろ?』
「代わりの鎧を与えたぐらいで立ち直るとは思えないけど・・・そうね・・・
あれじゃ何の役にも立たないし邪魔なだけ・・・いいわ、買いに行きましょう。」
『・・・お前、何気にひどいな・・・』
「あと・・・ゆう、しゃ・・・さまの、も・・・買う・・・」
『オイラの?』
「そうね。勇者なんですもの、それらしい見た目にはしたほうがいいわね。」
『それらしい見た目って?』
「とりあえず、その毛色を魔法でこげ茶から金色にしましょうか。」
『やめろ!金色なんてしたらあのでっかい鳥に襲われるだろ!!』
今にも魔法を使いそうなリーティエンドに「ギャンギャン」と吠えて講義するルドルフ。
そんな姿を見て「冗談よ。」と笑うリーティエンドと困ったような顔を浮かべてるマリアナ。
一匹と二人は、動かないローランを街の入り口に放置して鎧を売っている武具屋に向かった。
武具屋に入ると、店員らしき男がカウンターの中から声をかけてきた。
「らっしゃい!・・・お、犬の客とは珍しい。主人のお使いか?」
『・・・ここでは犬も買い物にくるのか?』
「さぁ?・・・くるんじゃない?」
「おぉ!こいつは驚いた。お前さん言葉が喋れるんだな。」
『・・・ここのやつらって犬が喋っても驚かないよな。もしかして他の犬も喋れるとか?』
「そん・・・な、こと・・・ない。はじ・・・め、て・・・」
ルドルフが喋っていることにあまり驚かない店員を不思議に思っていると、
店員は突然笑い出してカウンターをバンバン叩いた。その音にルドルフは驚き身じろぐ。
「すまんすまん。職業柄どんな時も動じない精神が鍛えられててな。
犬が喋っていることには驚いてるんだが、あまり表にはでないんだ。」
『・・・よくわからんがすごいんだな。』
「で、お前さんは何が欲しいんだ?」
『あぁ、オイラ鎧が欲しいんだ。』
「鎧?・・・悪いな、犬用の鎧は作ってないんだ。」
『オイラが着るんじゃないよ!』
「というと?」
「私が説明するわ。実は・・・」
ルドルフに代わりリーティエンドが店員に説明した。
その内容は、ルドルフが神族の予言で現れた勇者だということから始まり
大神殿で受け取った金色の鎧を大黒鳥に奪われ、仲間がでくの坊になったというものだった。
説明を聞き終えた店員は腕を組んで同情するようにうんうん頷いた。
「なるほどなぁ・・・そいつは災難だったなー。」
『だから代わりになる鎧が欲しいんだ。』
「しかし、俺の腕じゃ同じ鎧は作れないぜ?勇者の武具を作ったのは最高の鍛冶師だからな。」
『同じじゃなくていいんだ、何かないか?』
「そうだな・・・うちの一番いいやつだと、これになるかな。」
店員は店の奥に入っていくと、黒に近い青色の鎧を持って戻ってきた。
金色の鎧とは違い、まったく輝くことのないその鎧はとても地味に見えた。
『うん、これならあの鳥に狙われることはないな。』
「・・・地味ね。でも悪趣味よりはましかしら。」
「これ・・・なら、あん・・・しん・・・」
『よし、これをくれ。』
「こいつは高いぜ?金はあるのか?」
一匹と二人は店員の言葉に顔を見合わせた。
『・・・オイラ、お金なんて持ってないぞ?』
「奇遇ね。私も持ってないわ。」
「・・・わた、し・・・も、ない・・・です。」
「そういえばあの王様、旅の資金もくれなかったわね・・・」
『どうする?』
「あき・・・ら、める・・・?」
「そうね・・・」
ルドルフとマリアナがお金がなく鎧を買えないことを悩んでいる中、
リーティエンドはルドルフが現れたときのソルマン王の言葉を思い出していた。
【――――――――我々も協力は惜しまぬつもりだ。】
”協力は惜しまない”とソルマン王は確かにそう言っていた。
それはつまり金銭的な協力も惜しまないということになる。
ならばそれを利用しない手はないだろう・・・リーティエンドは店員に笑顔で告げた。
「請求は”全て”ソルマン王に。」
「おう。わかった。」
ソルマン王に買わせる形で、ルドルフたちは青黒い鎧を手に入れた。
「さぁ、他にも必要なものを買い揃えておきましょう。」
「・・・いい、の・・・かな・・・?」
「いいのよ。王様だって協力は惜しまないって言っていたじゃない。」
『そういやそんなことも言ってたな・・・』
「そうよ。だから遠慮しないでその言葉に甘えましょう。」
『・・・なんかお前、すごく楽しそうだな・・・』
自己紹介の時はやる気のない目をしていたリーティエンドだったが、
今の彼女は笑顔でとても生き生きとしていた。まるで水を得た魚のように。
必要なものを探して店内の商品を眺めていると、店員が思い立ったようにルドルフに言った。
「おぉ、そうだ。勇者っぽく金色の首輪とか作ってやろうか。」
『また金色か!勇者は金色ってイメージでもあるのかここは!?』
「あるわけないでしょ。」
『じゃあ・・・なんで金色にこだわるんだ?』
「そりゃあお前さん・・・」
呆れたような鳴き声でそう言ったルドルフに、三人は声を合わせて答えた。
「派手だからな!」
「派手だからでしょうね。」
「はで・・・だ、から・・・」
三人の言葉にルドルフは口を大きく開いた。
このフィーリシア大陸に生きる人族は皆、黒や茶色といった暗い色の髪色をしていた。
髪だけではなく、服装や道具なども暗い色が多く地味という言葉がよく似合った。
輝きを放つものは大黒鳥に奪われてしまうため自然と地味な服や道具が増えていった結果だ。
そのため人族は無意識に派手なものに強く憧れを抱き、光り輝く金色を派手の象徴としていた。
『そう・・・なのか・・・』
ルドルフはかける言葉が見つからずそう言って下を向いた。「くーん」という鳴き声が
切なく武具屋に響いたが、それはすぐにカウンターに置かれた大量の武具の音でかき消された。
驚いたルドルフが顔を上げると、リーティエンドが満足気にカウンターを見つめていた。
「これぐらいあれば十分かしら?」
『いやいや多すぎだろ!?』
「・・・たく、さん・・・買った、の・・・」
「おぉ、豪快だなぁ!これも請求はソルマン王でいいのかい?」
「えぇ、そうよ。」
「毎度あり!」
リーティエンドと店員のやり取りを眺めながらルドルフは少しだけソルマン王に同情をした。
その後、ソルマン王のもとに多額の請求書が送られることになるがそれはまだ先の話である。
買い物を済ませた一匹と二人は武具屋を出るとローランを放置してきた場所へと戻った。
街の入り口で放置されていたローランは、ルドルフたちが買い物を済ませて戻ってきてもまだ
ショックから立ち直れず燃え尽きたように真っ白のままだった。
やっと三話目できた・・・
かなりのゆっくりペースです。