卵トッピング
俺達は魔王城の廊下を堂々と歩いていた。
もちろん透明マントを着用している。
使用権を俺が持って、その中に勇者を入るという形なら勇者も透明になることができるのだ。
そして防音魔法も施しているときた。
これで奇襲し放題だぜ!
まあそんな馬鹿なことはしない。もしそれで侵入がバレたら姿を隠せるとはいえ面倒なことになりそうだからな。
「勇者、あの部屋入ってみようぜ」
まるでこれからイタズラでもするかのような面持ちで俺は言った。
勇者がコクリと頷くと、俺は進行を開始する。
部屋をこっそり開けた瞬間、「誰だ!」という声が聞こえた時は流石に俺もしょんべんをチビりかけた。
腰を抜かしそうになった所を勇者に支えて貰わなければマントが剥がれて探索終了になっていたところだ。
俺は音を立てずに持ち直して、ゆっくりと後ろに下がった。
すると、声の持ち主であろう魔族が扉の隙間から顔を出した。
「? 風か?」
扉が勝手に開いたことに首を傾げる魔族。
なんていうかこいつ……、ばいきんまんみたいだな……。
馬鹿でかい声で驚かせやがって。
てかなんでタキシード着てんのよ魔族が。
ばいきんが扉を閉めると、俺はふうと深く息をついた。
「びっくりするわ……」
【気をつけろ……】
「僕も驚いたよ。
今の部屋は調理室みたいだね。隙間から見えた」
「そうか、なら探索の必要はないな。次行こう」
それから長い廊下を進んで行くと、階段を発見した。
地下に降りる階段と上に上がる階段がある。
「どっち行く?」
「まずは上っしょ。魔王の玉座見に行こうぜ」
「そうだね」
俺達は階段を上がり、3階に到着した。
目の前にはデカイ扉。
3階にはこの部屋しかないみたいだな。
俺はさっきのミスをしないために、まずは扉に張り付いて中の音を聞いてみた。
風の音がする。
窓を全開にしてるのかな?
「……」
【気配はしないな。誰もいないはずだ】
エクスカリバーがそう言ったので、俺は遠慮なく扉を開ける。
するとそこは大きな広場で、両サイドからは外に開かれたベランダになっていた。
そしてその先には段の上に禍々しい玉座が置かれてある。
「よっしゃ! 一番ノリだぜ!」
俺は透明マントを払って玉座までダッシュする。
そしてそのまま玉座の上に座ってやった。
「おお、座り心地最高だぜ!」
【しっ! 早く戻ってこい!】
写メでも撮たいところだが、ケータイがない。
エクスカリバーにも咎められたので、俺は大人しく透明マントを被って勇者の元に戻った。
【ハァ、私の能力も厄介な物だ。
お前達を馬鹿にしてしまう】
ああ、危機感を削るとかいうやつか。
その効果でこんなに緊張感ないのなら本当に厄介だ。
「ここには何もないみたいだな。次は2階だ」
そう言って俺は次の進路を指し示す。
ていうか魔王もずっと玉座に座ってる訳じゃないのな。
そんなことを考えながら、2階に降りると、大量の料理を3階に運んでいく魔族とすれ違った。
「宴会でもするんですかね」
「どうだろう」
まあそんなものは勝手にやってくれたらいい。俺達の探索が楽になる。
2階の探索はエクスカリバーのストップが掛かった。
どうやら魔族の数が多すぎて、流石に探索は危険らしい。
結構食い下がったが、結局エクスカリバーの忠告を聞いておくことにした。
「先に地下の方を探索するか」
「そうだね」
1階まで降りると、俺達はそのまま地下へ続く階段へと降りていった。
最初横幅のあった階段はどんどん狭くなっていき、最終的には人一人がやっと通れるくらいのスペースになった。
これはガタイのゴツい魔族とかだと通れないんじゃないだろうか。
俺達もマントを被りながら縦に並んで進んでいるので、大変歩きにくい。
しかしこんな階段の先に何があるのかも気になるな。
「かなり進むね。どれくらい降りただろう」
【おかしいな。道が狭すぎる。
これだと通れる魔族は魔王くらいしか……】
「絶対なにかあるな」
【引き返した方がいいかもしれないな】
「ここまできたのにっすか?」
【……それもそうだな】
落ちたペースをまた上げて、俺達は階段を降りていく。
すると、やっと階段が途切れ、小広い部屋に出た。
ただの部屋だ。
何もない。
【なんだここは……】
「何もないじゃないか」
いや違う。
このタイプの部屋には仕掛けがあるんだ。
多分。
俺は透明マントを取っ払って、壁に耳を当てた。
「風の音が聞こえる。
この向こう部屋あるぜ」
「どうする?」
俺は石で組まれた壁を、区切りごとに押していく。
なんか凹んで仕掛け発動したりしないかなとか考えていたのだ。
すると、次に押した石が凹んだ。
それと同時にガコンと音がして、目の前の壁が崩れ去った。
「おお!」
「これは……」
広い部屋だった。
しかし同時に禍々しくもあった。
壁一面に貼り付けられたような黒い凸凹。天井までギッシリだ。
それら全ては呼応するように時折強く脈打っていた。
「気持ち悪ッ!」
そう言いつつも俺は中に入っていく。
勇者が俺に着いて中に入ってくると、崩れ去った石の壁は時が戻るように再び再構築されていった。
【なんだこれは……】
「いやヤバイやつですよこれは……」
パッと見、卵?
サイズは人間大くらいで統一されている。
【バルト、一つ中を解剖してみてくれ】
「わ、分かった……」
勇者はエクスカリバーを鞘から抜き去る。
しかし、またもエクスカリバーのストップが入った。
【いや待て……】
これには俺が聞く。
「どした?」
【誰か近づいてきている……。
声を出すな。すぐに月影纏を纏え……。
バルトは防音魔法を張れ】
エクスカリバーの声色は低い。
マジな感じだ。
それを聞いた勇者もすぐに俺の近くに戻り、俺は透明マントを纏う。
地面に魔法陣が展開され、消える。防音魔法も無事に張れたようだ。
その直後、俺達が先程入ってきた壁からガコンと音が聞こえ、壁が崩れ去った。
驚いて俺が振り向こうとすると、エクスカリバーは叫んだ。
【動くな!
二人共絶対に動くな……、息を止めろ】
俺はゴクリと唾を飲み込み、言うとおりにする。
後ろには誰が立っているのか分からない。
「シャーラ、いるのか?」
男の声だ。
つかつかと音を立ててこちらまで歩いてくる。
やがて、そいつは部屋の真ん中まで進んできた。
風貌としては、銀色の髪。背中には黒い翼。
すらっとした体格で、人間みたいだ。黒いローブを着ている。
あと、そいつは杖をついていた。怪我でもしているのか。
【魔王だ……】
なるほど、こいつが魔王か。道理でピサ〇に似ている。
しかしなんだ、こいつを見てるとムカムカしてきたぞ。
心臓が力強く脈打ってる。
「シャーラ、いないのか? 直に舞踏会が始まる」
舞踏会だぁ?
魔族もそんなことをやるのか。
そんなことを考えていると、魔王がゆっくりとこちらに振り向いた。
鋭い視線で虚空を眺めていき、やがて………………目が合った。
「……!」
とてつもないプレッシャーだ。
てかなんだよ、透明マントつけてるよな!?
なんだよ! なんで目が合ってるんだよ!
俺は一歩後ずさりかけて、留まる。
【大丈夫だレイヤ。見えてはいない。
視線は逸らすな。
我慢しろ】
それからどれくらいそうしていただろうか。
とにかく、長く感じた。
重いプレッシャーの中、そろそろ息も限界だ。
そんな時、やっと魔王が視線をずらした。
「気のせいか」
そう言って、魔王は歩きだし壁を再び開いた。
「フ、もうすぐだ……」
最後にそう呟くと、魔王はこの部屋から出ていった。
その後しばらくしてから俺は透明マントを取っ払って、息を吐き出した。
「ハァッ……ハァッ……」
【やり過ごせたようだな】
「うん、ヒヤヒヤしたね」
エクスカリバーの能力って危機感を削るんだよな?
今バリバリ危機感あったんだけど俺!
いや、そんなことより……。
「さて、魔王も行ったことだし」
【そうだな。バルト、解剖してみてくれ】
「分かった」
勇者はエクスカリバーを抜刀すると、卵を一つ切り開いた。
すると中から魔族が出てきた。
そいつはそのまま地面に落ちる。
そこまではまだ驚かなかった。
驚いたのは、そいつの顔を見てからだ。
【なっ……】
「……なんだよこれ」
銀色の髪、黒い翼。そしてその顔。
中から出てきたそいつは先程対面した魔王と瓜二つだったのだ。
中からでてきた魔王はローションのような液体にまみれていて、意識はないが、ちゃんと呼吸をしている。
「……!」
俺はすぐ横にあった卵もこじ開けてみた。
予想通り、そこからも魔王と同じ容姿を持つ魔族が出てくる。
【とんでもないことを企んでいたようだな、魔王は】
「クローンってやつか」
俺達はしばらく黙り込んでいた。
なんの沈黙か分からなかったので、俺がそれをぶち壊してやる。
「俺達さ、かなりラッキーじゃね?」
【確かに。
とてつもなくラッキーだ】
「え? どうして?」
勇者が意味がわからないといった様子で首を傾げた。
俺は言ってやる。
「だってこれが動き出す前に駆除できんじゃん」
「あ、なるほど」
「よし勇者、やれ! 汚物は消毒だ!」
勇者はエクスカリバーを鞘に仕舞うと、手を卵に翳した。
「太古より闇を明かす聖なる炎よ……」
「何それ!? 詠唱!? 詠唱!?」
「ちょっと静かにしててくれないかな……」
「あ、すいません」
持ち直して、勇者は再び詠唱を始める。
「太古より闇を明かす聖なる炎よ……、我が手に集いて力になれ!
ブリジンガー!!」
まばゆい光が勇者の手から迸ったと思えば、熱風が押し寄せた。
放たれた炎は壁を伝い、次々と卵を燃やしていった。
「よっしゃ!! 汚物は消毒や!!」
魔王の卵 (?)は次々に灰となり、最終的に部屋の気持ち悪い凸凹は消えてなくなった。
いやぁ、スッキリ。
なんていうかさ……。
これを魔王が長い間苦労して育てていたと考えると、なんだか胸がキュンキュンするね!
そんなことを考えながら、俺達もその部屋を後にしたのだった。
 




