超行動
正直、なんで俺が今魔界にいるのかが分からない。
いや、どうやってここに来たかは分かっている。勇者の転移魔法だ。
だけどわからないのはこの糞勇者の超行動だ。アクロバティックすぎて笑えない。
まあこうなってしまったのが俺の責任なのは分かってる。
だけど俺の心情としてはこの隣にいる勇者って奴をぶん殴りたい。
俺は一呼吸置いてから言った。
「ちょ、マジで一旦帰らない? いや、マジで。そんな急にやる気出されても困るんだよ。
お前今エクスカリバーも持ってないじゃん。どうやって魔王倒すつもりなの?
無理だって、マジで帰ろう。ね?」
「しっ! 侵入がバレる……」
勇者は俺の口を抑えて言った。
俺はその手をのけて今度は声のボリュームをいくらか落として言う。
「……わかった。お前は止めない。
だけどせめて俺だけでも送り返してくんね?
俺魔界に来てから三回は死にかけてるぜ? 魔物のせいで」
「ダメだ。もうここまで来てしまった」
マジでしくじった。
勇者のスイッチを入れてしまったのは俺だ。
点火しちまったんだ。
いやでもこいつアホだよやっぱ。
発火点おかしいよ。
整理しよう。
なぜこうなった?
そうだ。3日前の話だ。
勇者が奴隷達を解放したいって言ったんだ。
まあ、気持ちは分かる。
俺もその気持ちでいっぱいだった。
だけどさ、無理じゃん。
解放したとしてもその後の暮らす場所は? 服は? 飯は?
そう、無理なんだよ。
解放してもどうせ野垂れ死にするしかないんだよ。
そんなの本末転倒じゃないか。
ということを勇者に説明したんだった。
そしたら勇者は聞いてきたんだ。
「どうしたらいい?」って。
そこで俺はすかさず答えた。
「魔王倒せばいいんだよ」ってな。
魔王倒せば勇者は英雄になって、それなりの地位が与えられるだろう。
そしたら勇者が望む奴隷解放だって可能になるかもしれない。
奴隷制度を無くしたりもできるかもしれない。
そう思って、だ。
そしたら勇者の野朗ちょっとやる気だしたんだよ。
俺はもちろん喜んだね。
その寸前まで「魔王には勝てないお」とか言ってたのに、嘘みたいに芯の通った眼差しだったよ勇者のやつ。
しかしこれで魔王退治が捗るなぁなんて思いながら、俺達は町を出たんだ。
町にいたら捕まるかもしれないからな。
その後俺達は2日ほど町の近くで過ごした。
勇者が相当弱ってたから進むに進めなかったわけ。だから休ませることにしたんだわ。
食料は町からかっさらわせていただきました。
で、今朝の話だ。
勇者は転移魔法を使った。
「回復した、行こう」とか言ってね。
行こうって言ってもまさか直で魔王の住む魔界とは思わなかったよ。
いやぁ、クレイジー。
勇者君はあれだね。
やる気出したら一瞬だけ頑張るタイプの馬鹿だね。
で、すぐに鎮火するんだ。
さて、俺から言わせてほしい言葉は一つだ。
ふ ざ け ん な。
正直、魔王や魔族の強さを勇者から散々聞かされた俺としては、まだ魔界には行きたくなかった。
聞いてる限り話の通じる相手じゃないし、勝てる相手でもない。
もっと仲間とか修行とかさ。
そういうステップを踏ませてくれるものだとばかり……。
しかし今の勇者のこの自信はなんなんだ。
……いつまでも文句を垂れていても仕方ないか。
しゃーない。やってやるよ。
勇者の影に隠れてこそこそ戦ってやるよ。
「レイヤ、勘違いしてないか?」
俺が気を引き締めたのと同時に、勇者が口を開いた。
「何が?」
「僕も流石に今から魔王を倒そうなんて考えてないよ」
「え? じゃあ何しにここに来たの?」
「魔王を倒す準備をしに来たんだ」
準備ときましたか。ダンジョンのマッピングとかかね?
いや、勇者がそんなことをするわけもない。聞いてみよう。
「ふーん。具体的にはなにするつもりなの?」
「魔王城には、魔王にとって邪魔な宝具が集められているらしいんだ。
それを奪おう」
宝具ね。
何かは知らんがだいたい分かる。
それにしても中々良さげなアイデアじゃないか。
そんな簡単に魔王城に入れるかどうかはさておき。
まあどっちにしろ失敗したら死ぬには違わないし、エクスカリバー回収後とかでも良かったはずなのに、なぜ今なんだという疑問は残っている。
それを勇者に言っても仕方がなさそうだ。
こいつ考えないで行動しちゃうタイプですもん。
こいつの舵取り役は大変だろうな。
現状こいつのせいで俺は死ぬかもしれないんだし。
エクスカリバーには早く戻って来て貰いたい。
未だに戻ってこない所を見ると、愛想尽かされたとかも有り得そうだ。
「魔王城までこのペースで進んでも一日はかかるな。
……ってこれは……」
辺りを警戒しながら前を進んでいた勇者が突然足を止めた。
俺は勇者の視線の先を追ってみる。
すると、そこには巨大な川があった。
別に驚くことでも何でもないと思うが、どうしたんだろうか勇者は。
「こんなの……前に来た時は無かったぞ……」
「そうなの? 川がいきなり出来るとかありえるんですかね?」
よく見てみると確かに不自然な川だな。
川の周りの土が削り取られたみたいになってるし、直線すぎる。
川の岸から上流と下流を見渡してみると、それは果てしなく続いていた。
「誰かが大陸ごと一刀両断したんじゃね?」
「そんなのありえないよ……」
「だよね」
そんなことできるって言ったらやっぱり魔王なんじゃないだろうか。
誰かが魔王を怒らせてこんなことになった、って考えるのが妥当だ。
「レイヤ、僕の記憶によると魔王城はこの川の直線上にある」
「じゃあ魔王城は真っ二つだな」
「いったい誰が……」
「まあ考えても仕方ねぇ。進もうや」
ーーー
それから野宿込みの一日後。
俺達は魔王城に到着していた。
魔王城は、本当に真っ二つになっていた。
対岸に半分になったクソでかい城が一個ずつ構えているのだ。
そんな魔王城を見て、勇者が放った言葉を紹介しよう。
「二手に別れよう」
俺もその言葉には少々混乱した。
多分勇者は魔王城が2つに分かれているからそう言ったんだろう。
だがしかし。
正気の沙汰とは思えない。
俺は勇者よりかなり弱いし、二手に別れよう物なら魔王城に入った瞬間死ぬなんてこともありえる。
だから俺は勇者を必死に説得した。
そのおかげで一緒に侵入することになったはいいが、勇者のそばにいたらいたで、死ぬ確率が上がりそうな気もする。
勇者が正門から侵入しようとしてたのがいい証拠だ。
「……俺はあそこの窓からの侵入が良いと思うんだよね」
俺はそう言って魔王城の3階辺りの窓を指差した。
窓からはカーテンがひらひらと舞っている。
「あそこには三体の魔族がいる」
「なんでわかんの? 気配ってやつか」
「うん。僕としてはやっぱり堂々と入った方が良いと思うんだ」
「お前何考えてんの? ダメ、絶対」
しかしともすればどこから侵入するのがいいのか……。
そうだ、掘ろう。
それは唐突に浮かんだ名案だった。




