勇者コンマ3秒
記憶喪失のことを話すと、勇者、シュバルツ・バルトは素っ頓狂な声を上げた。
代わりに勇者から得た俺の情報は、それはもう酷かった。
どんだけ悪人だよそれってくらい下衆。俺が神様なら即刻地獄送りにしてもいいようなカス野朗。
それがバルトにおける俺の認識であった。
やれレイプ魔だの、大量殺人鬼だの、世界の敵だの。
俺がいなきゃ戦争は起きなかったとまで言われた。
流石にショックを受けたね、俺も。
少し信用できないが、指名手配を受けていたところを見ると、本当なのかもしれない。
とにかく、ショックを受けた。
どちらかというとそういう犯罪者とか悪を許せないタイプの俺なのだ。
そりゃショックを受けるさ。
俺って記憶喪失前はそこまでの悪役っぷりを発揮してたのか。
……まあそれはいい。
それは……いいんだ。
勇者も、記憶を失ったならこれからは人を救って罪を償うべきだと言ってくれたし。
そこは切り替えよう。
てか俺がそんなことしてたなんて考えたくねーよ。
知らなくても、なんつーか怖い。
さて、人を救うということで魔王退治という物がある。
それを丁度これからしようとしてたんだ。俺は。
運良く勇者にも出会えたし、これは早くもすごい前進をしてしまったんじゃないだろうか。
そのことを話すと、勇者はえらくぶっきらぼうに言いやがった。
「それはやめといた方がいい」ってな。
俺はもちろん聞き返した。
「ああ、お前が倒したいってか?」って。まあ勇者だもんな。
その後の返事は、丁度今待ってる。
勇者は何度か口を開いては噤むを繰り返した。
そしてとうとう意を決したのか、俺と目を合わす。
「僕は、魔王を倒さない」
「お前それもう存在価値ないんじゃね?」
間髪入れずにツッコんでしまった。
いやでも間違ってないだろう。
仮にも勇者なんだから、魔王倒してなんぼのもんっしょ。
「僕の存在価値は、君が決めるものじゃない」
「あー、うん。……いや、なんで魔王倒さないの?」
「勝てないから」
え、えぇ……。
何言ってんだこの人……。
勇者の即答に、俺は戸惑った。
「勝てないから」
それだけで魔王退治を挫折する勇者がいてもいいのだろうか。
否。もちろん否だ。
「レイヤには僕の気持ちはわからないよ。
僕だって、魔王を倒してやろうと躍起になった時もあった。
他の何を引き換えにしてもいいから殺してやろうと思ったんだ。
でもよく考えてみれば、あのエクスカリバーでも勝てないのに、僕がいくら頑張ったって勝てっこないんだよ」
いやいやいや。
いや、現実的すぎってか冷めんなよ。
なんか方法考えろよ。
てかエクスカリバーってなんだよ。
聖剣の名前だよな?約束された勝利のアレだよな?
そんな俺の疑問を読み取ったのか、勇者は言った。
「エクスカリバーってのは僕の相棒で、聖剣だよ。すごく強いんだ」
「ああ、そうなの。そのエクスカリバーはどこにあんの?」
捕まって奴隷にされてたからエクスカリバーも没収されてるか。
それって取り返しにいかなきゃヤバイんじゃね?
「エクスカリバーなら売ったよ」
「うん?」
今なんて言った?
とんでもない内容だったような気がしたが。
「エクスカリバーは売ったんだ。お金が無かったから……」
「はぃぃ??」
ちょ、ええぇ?
売却ですかァ?? 遊○王カードじゃないんだよ??
つーか相棒って言ってたよな……。
「大丈夫。エクスカリバーは必ず僕の元へ戻ってくるから。そういう風になってるんだ」
ああ、そういう覇〇の卵的な因果があるのね。
それにしても酷いけど。
「レイヤのティルフィングはどうしたんだ? 全然話さないけど」
「ああ、それなんだけど俺も分からないんだよ。
喋ってたことすら知らないし」
「そうなんだ。……そもそもレイヤはなんで記憶喪失になったの?」
「知らねぇ……」
「シャーラは?」
「シャーラ?」
「……これは重症だ」
お前に言われたくねーよ……。
でも、重症なのは知ってる。
しかしなんか記憶取り戻したくも無くなってきたなァ。
相当ヤバい奴だったんだろ俺。
そんな俺知りたくねーよ。
勇者の勘違い認識という線も捨てきれないから記憶取り戻す努力はするけどさ。
てかその線の方が正しい気もしてきた。
「さて、魔王倒す話に戻るけど、本当にやる気ないの?」
「うん。別に魔王を倒すのは僕じゃなくてもいい。
僕は適当に人々を救いながら旅するよ。まずはここの奴隷達を全員解放してあげようかな」
お前俺がいなきゃ今頃奴隷なんだけどな。
穴掘られるとかもありえたんだぜ。
さて。
「甘ったれんな糞ガキィ!!」
俺は勇者の足元に大きく踏み込み、その煤けた頬目掛けて思いっきり拳を叩きつけた。
……はずだったのだが、気づけば天を見上げていた。
背中に衝撃。
すぐに認識する。地に叩きつけられたんだ。
「今のレイヤじゃ流石に相手にならないよ。
前は勝てなかったけど」
なんだこいつ。糞強いじゃないか。
てかあの腐った弁当一つでそこまで回復したのかよ。
「……俺が勇者だったら、魔王は絶対に俺が倒すけどな」
地から勇者を見上げて、俺は言った。
「どうして?」
「いや、そういうもんっしょ。なんていうか、じゃないとダサくね?」
「……」
「オラァ!!」
勇者が何か考え込んだ隙に、俺は金的へ拳を叩き込んだ。
その流れのまま立ち上がり、今度は膝をついて腹を抑える勇者を俺が見下ろした。
「ぐぅ……、なんで……なんだ……!」
「デカイち〇こは狙いが定めやすくてね」
「い、意味が……分からない……よ!」
苦しそうに息を切らす勇者。
そんな時だった。
「見つけたぞォ!!」
うわ、やべ。
俺はすぐさま走り出した。捕まったらただじゃすまない。
俺は路地裏に入り込んで来たゴリマッチョから距離を取って、言った。
「その勇者、返します! 迷惑かけてすんませんした!!」
「ちょ、レイヤ!?」
走り出す俺。
ぶっちゃけ魔王退治しない勇者なんて意味ねーんだよ。
存在してる意味がな!
金玉にダメージを受けて未だ苦んでいるであろう勇者。
俺は最後に笑顔を餞別するべく振り返った。
「じゃあな! お前は一回掘られとけ!」
いくら回復した勇者でもあの人数相手は辛いだろう。
その上金玉の負荷もあるしな。
案の定、後ろからまた叫び声が聞こえて来た。
「待ってくれぇぇぇ!! お願いだぁぁ!! レイヤぁぁ!! たのむぅぅ!!!」
腹を抑えながら俺へと手を伸ばすその様はもう情けなくて情けなくて。
しかし今回は助ける気にはならない。
あばよ勇者。
「なんでもするぅぅ!! なんでもするから助けてくれぇぇ!!」
その言葉を聞いて、俺はまた振り返った。
「魔王退治すんの!?」
「そ、それは……」
迫るゴリマッチョ。
「魔王退治すんの!!?」
「わ、分かった! する! するぞ!!」
俺は勇者を回収した。




