お前が勇者かよッ!
女勇者かな?
そう思って俺は振り返った。
しかし、売り台の上に立たされていたのは裸の男。他の奴隷とは比べ物にならないほど拘束具がごつく、厳重に縛られている。
そして、俺の最初の感想は、「あいつち〇こでけぇ……」だった。
冗談はさておき。
今、勇者って言ったよな?
シュールっていうか、意味不明すぎて笑ってしまったけど、確かに勇者って言った。
意味わかんねぇ。
勇者ってあの勇者だよな? 魔王倒しにいく、あの勇者だよね?
それが奴隷ぃぃ?
なんでー??
いやしかし、あの勇者は偽物という可能性もある。
モノホンだったら捕まらないでしょ。
とにかく、その姿を近くで見ようと俺は人混みを掻き分けて前に進んでいった。
奴隷商人は声を上げて勇者のセールを盛り上げる。
「アーバンベルズ王国で召喚されたこの勇者! ヘルドルナスで倒れていた所を見つけたぞ!
顔はこの通りパーラシャスにも劣らない美貌! 体も引き締まって力仕事にも使える! 愛玩具として飼うのもよしときた!
よぉしフィオリーノ金貨50枚からどうだ!」
120、130、と値段が跳ね上がっていく中、俺は勇者の足元まで到着した。
近くで見ると、痩せ細っているが、なぜか力強さを感じる体だった。
勇者なんだから多分強いんだろう。そんなのが暴れだしたりしたら誰が止められるのだろうか。
いや、そんな体力が勇者に残ってるはずもないか。
拘束具のせいでこの位置からは顔が見えないが、多分何日も飯を与えられていないのだろう。
主に女の声が、勇者の値段を上げていく。
こいつが本当に勇者ならば、俺は助けた方がいいんじゃないだろうか。
待てよ?
大罪人で、世界的に有名な俺ならもしかすると勇者とも関わりがあったかもしれない。
ていうか、俺が勇者という存在を無視するとは思えないのだ。
ならば俺がすることはひとつ。
ここで勇者に話しかける、だ。
そうと決まれば、俺はカルラから貰った帽子を少しだけ持ち上げて、勇者の顔が見える所までバックした。
イケメンだなこいつ。
前の俺なら嫉妬深い性格が前に出てたかも知れないが、今の俺は違う!
そう、今の俺は「かっこいい」に分類されるのだ!
まあそれはともかく。
奴隷に話しかけてもいいのだろうか。この距離だとそれなりに大きな声で話しかけることになってしまうが、変に注目されるのも困る。
一応元指名手配犯なんだから。帽子を被ってるとはいえバレる可能性も否めない。
ふーむ、だとしたらどうやってコンタクトをとろうか。
「レ、レイヤ!? そこにいるのはレイヤじゃないか!!」
勇者から声をかけてきた。
やっぱり知り合いだったんすね……。
しかしそんな大きな声で話しかけると、俺に注目が集まっちゃうじゃないか。助けにくくなるから声をかけなかったのになにやってんだてめぇ。
まあいい。
多少おちゃめな勇者様には目を瞑ろう。
多分今頃自分のミスに気づいていることだろう。
だからここで俺がとるべき行動は、ズバリ無視。
とりあえず偽物じゃなくて本物の勇者様なのは間違いないだろう。
なら助け出してやろうじゃないか。
待ってろ。
助け出すタイミングとしては、買われてからの方がいいかもしれないな。
そう思って俺は一旦人混みから抜けようとした。
遠くから観察することにしようとしたのだ。
しようとしたのだ。
そう、それは失敗に終わった。
「ど、どこに行くんだいレイヤ! 助けてくれ! お願いだ!」
かすれた声で叫ぶ勇者に、俺は溜息を吐いた。
なにやってんだてめぇ、ってな。
どうやら勇者様は俺の意図を汲み取ってくれなかったようだ。
一度目は見逃された勇者の奇行、今度は見逃されなかった。
不思議に思った奴隷商の視線が、勇者の視線を追って俺に行き着いた。
俺は帽子を深く被って、人混みから出ようとする。
もちろん、仲間と思われて今捕まると厄介だからだ。
勇者の現在価値は商品。
俺は泥棒をしようとしてる。だからちょっと我慢しててくれよ勇者様。
俺が奴隷商の視線から逃げるように背を向けると、またしても、後ろから声がかかった。
「レイヤぁぁ! 待ってくれぇ! お願いだぁぁ! 動けないんだぁぁ!」
泣き出しそうな声。
てか泣いてね?
振り向いていないから勇者の顔は見えないが、とにかく必死なのは伝わってきた。
でもね、分かってくれよ!
勇者の威厳ねぇよてめぇ!!
そんな声を圧し殺し、俺は背後の視線に怯えながら歩を進める。
「レイヤぁぁ! 頼むぅぅ!」
やべぇ、あいつうざいタイプの勇者だ。
奴隷になってるところを見ても、間違いねぇ……。
だがしかし、あいつは俺のことを知っている。
それだけで助けるに値するんじゃないだろうか。
俺がまたこの場から去ろうとしたら、おそらく奴はまた叫び声を上げる。喚き散らすだろう。
スパイラル。
そう、スパイラルだ。
……はぁ。
そろそろ周りが動き出す気配も感じるし、もういいや。
ダメ元で助けてしまおう。
なんとかなるっしょ。
いや待てよ?
俺がアイツを買って、支払いの時に逃げ出せばいいのでは?
違うな。
フレッシュさが足りてない。それだとダメだ。
どうせならさ。
「オラァ!!」
俺は人混みから飛び出し、勇者の立つ売り台に飛び乗った。
「レ、レイヤ! 信じてたよ!」
「なっ! とらえろ!」
裏からゾロゾロと現れるゴツい人達。
俺はそいつらが俺まで到達する前に、勇者を繋ぐ鎖に思っきりパンチを繰り出した。
その衝撃で売り台は崩れ落ち、俺と勇者は真下に落下した。
いってぇ……。
硬え。硬ぇよこの鎖。
見てみると、鎖はちょっと歪んだだけだ。
「君はこんなのも壊せないのかい!?」
じゃあお前が壊せや。
そんな言葉を胸にしまって、俺は鎖を殴り続けた。
「うああ! き、来てる!」
「分かってるって!」
勇者がどんだけビビってんだよ。ケツでも掘られたのか?
そんなことを考えながら鎖を急いで殴りまくってると、それはバキィンと壊れた。
開放される勇者。
そして同時に降り立ったのは五人のゴリマッチョ。
「感謝するよレイヤ。助かった」
開放されたが、そのまま倒れていく勇者に俺は思わず失笑した。
おいおい、ここはお前がこのゴリマッチョ共を一掃するシーンだろ。
俺は勇者を抱え上げると、勢い良く飛び上がった。
「追えぇ!! 逃がすなァ!! 捕まえろォ!!」
そのまま脱兎のごとく駆けて、後ろのゴリマッチョなんてすぐに振り切る。
そして、俺達は町の外れの路地裏に落ち着いた。
俺は勇者をその場に投げ出して、ずるずるとへたり込む。
「ハァ……ハァ……」
息を切らす二人。
お前は何もしてないよな、勇者。
息を整えるために間が空いた。
しばらくすると、勇者が口を開いた。
「……レイヤ、どうして助けてくれたんだ? 僕と君は敵同士だったはずだろう?」
壁を支えにして立ち上がる勇者。
結構元気だなこいつ。
顔色は決して良いとは言えないが。
てか今何つったこいつ。
僕と君は敵同士?
面倒だが、また記憶喪失の話をした方がいいか。
いや、その前に。
「とりあえず服きろよお前」
俺はカバンから服を取り出して勇者に手渡す。
いつまでも俺の目の前に一物をぶらさげてんな。
ついでに、カバンの底にあった一週間前のカルラの弁当も勇者に手渡す。
「これも食っとけ」
「あ、ああ、すまない」
そして、俺は話し出したのだった。




