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光陰零矢のごとし

「おい! 俺あいつ見たことあるぞ! ギルドで魔力ゼロだった奴だ!!」「なんでもいい! やっちまえ騎士長さん!!」


 そんな声が観客席から聞こえてきた。


 空を見上げると、ブリッジゲートはいつの間にか何処かに飛んでいってしまったみたいで、観客席の避難も落ち着いているようだ。


 一言言ってやろうかと思ったが、所詮は現実を知らない奴等よ。


 まあ現実上空から竜に乗って飛び降りて来た奴がただ単に魔力無しの男な訳もないのだが。


「さて、まあ見とけやシャーラ」


 俺はそう言って、起き上がってきた騎士長を見据える。

 騎士長の声援が湧く中、俺は地を蹴った。


「貴様ァ、なぜ生きて……っぺ!?」


 そしてセリフを待たずに騎士長の顔面に再び拳を叩き込んだ。

 待ってくれるのはテレビの中だけだ。知らなかったとは言わせない。


「生きてっペ? もしかして実はお前田舎者なの?」


 闘技場が沈黙に包まれる。

 いい反応だ。だけど今の一撃より登場シーンの一撃でこのリアクションが欲しかった。

 避難でそれどころじゃなかったんだろうけど、個人的にはあっちのがイケてたと思う。


「貴様……生きてこの場を去れるととは思わんことだな」


「チミこそ……(社会的に)生きて帰れると思うなよ」


 煽りに対して不愉快な表情を見せる騎士長。

 あの時どれだけ痛かったと思っている。


 それにシャーラが傷だらけなところを見ると、こいつがやったのだろう。

 許せぬ。


「貴様、先程のことで分かったが、宝具を持っていないな?」


「あ? 最初から持ってねえっつってんだろ」


「なら、アレを狙った理由は何だ?」


 騎士長はシャーラを指さす。


「……あ?」


 シャーラを狙った理由?

 まず第一に怪しい箱があったら開ける。

 第二に可愛い子が居たら、フラグを立てる。

 これ以外に考えられないが、シャーラの方を見てみると、なぜか俯いていた。


「……そうか、そうかそうかそうか! 貴様、アレが何か知らないのだな!?」


「アンタのキャラがイマイチ分からない」


 そんな言葉がハイな騎士長に届くはずもなく、「教えてやろう」とうって変わって嬉しそうな表情で語りを始めた。

 もうね、気持ち悪いとしか。


「いいか、それはなァ……宝具だ!! ただの物であり、人間じゃない、人間じゃないんだよ坊主ゥ!! 分かったか? 何も知らなかったとはな……ハッハッハ、実に滑稽だ!」


 それを聞き、今度は体ごとシャーラの方に向いた。

 シャーラと目が合ったが、気まずそうに逸らされた。


 そして俺は向き直り、騎士長に目線を戻すとゴクリと唾を飲み込む。まだ続くであろう言葉を待った。


「……」


「……」


「……」


「……………………あまりのショックに言葉も出ないか?」


「え、話終了!?」


 騎士長の言いたいことはもう既に言い切っていたらしく、俺は思わず驚声をあげてしまう。


 もしかしてそれだけのことを自信満々に叫んでいたのだろうか。


 そもそも、シャーラって秘密裏な存在じゃなかったんすか? 国家機密級とかそれでなくても相当重要なモンじゃねーの? 何で叫んだんだよ、このオッサン。


 それにしても、あっちの世界じゃ今どきロボット、獣、触手、虫。女子にとっては天井だの床までもが性的対象、下手すりゃ恋愛対象へと変換されているというのに、異世界との差に驚愕だ。カルチャーショック。

 少なくとも、俺にとってその事実は加点にしかならなかった。

 いいじゃん。宝具少女とか最高。


「貴様……奴はただの物だぞ? 騙されていたのだろう?」


「言えない秘密や性癖は誰にでもあんだろ。それに、どう見ても人だし」


「ハッ、容姿に騙されてるのか? あれさえなければ今日この場で死ぬこともなかったろうに」


「言い過ぎだろ。可愛いじゃんシャーラ」


 俺はちらりと後ろのシャーラを見る。


「……」


 ちっ、反応なしか。


 確かに目を突かれたり、邪険に扱われたり気持ち悪いとか言われたりしたけど……! シャーラは。シャーラは……。

 あれ?良いことないな。


 おっぱいご馳走様でしたってだけか。

 いいよ。おっぱいがあれば……なんでもいいよ。



 さて、納得したところで、先程立てた計画の実行に移るとしよう。


「ちょっと気になったんだけど、前に髪切ったのいつ?」


 いきなりタモさん的な話題の切り出しをされたことによって、騎士長のまゆがひくついた。


「もういい、貴様は死ね」


 沸点の低いなこの人。


 臨戦モードに入った騎士長は、シャーラが閉じ込められていた場所で戦った時と同じく、髪の毛が逆立つ。


 突っ込む、ってのはリスクも大きいので様子を見ながら距離を詰めていく。


 対して騎士長は剣を抜く。刀身を俺に向けた。

 そして踏み込むと、俺の顎めがけて突き放った。


 クッ、やっぱり速いなこのオッサンは。


 身体能力を頼りにそれを紙一重で躱す。しかし、バチッと何かが頬を掠めた。

 奴の剣が……電気を纏っている? グングだけじゃなく、素から電撃主体か。


 幸いというか、電撃がどのくらいの強さは分からないが俺自身の電気に対する耐性も上がってるのか無傷。


 少し怯んだものの、二太刀目が振るわれる前に後方に大きく跳ぶ。

 その間にあるものを創造した。


 騎士長は俺を追撃しようと走り出す。


 そ し て 落 と し 穴



「ブッー! ハマってやんのー!」


 予想通り騎士長はすぐに落とし穴から飛び出し、宙を舞う。

 このオッサンも大概人間離れしてるな。


 しかし、お決まりのパターンで着地ポイントに再び落とし穴を創造しようとするが、失敗。


 こんにゃくが出る。


 しかし、それが逆に功を奏して、騎士長はこんにゃくを踏み、すってんころりん尻もちをついた。


「きゃわわ!」


「貴様ァ……!」


「おっと」


 斬り上げに対して回り込み、尻を蹴る。

 剣から放たれた電撃を避けて回り込み、再び尻を蹴り飛ばす。

 倒れた所に大量のこんにゃくを投下した。


「んっんー、皆の視線に気づいているかなぁ?」


 騎士長楽勝ムードだったのが一変。彼の醜態にやれやれという雰囲気に変わっている。

 というわけでそろそろ計画の最終段階だ。


「許さんッッ!!」


「気がついているか? そろそろ頃合いだ。あの辺か」


 こんにゃくを叩き斬る彼の姿はとても滑稽だったが、突進してくる前に彼の後方の観客の方を指差す。


 騎士長は一瞬振り向き、再び此方に顔を戻す。

 勿論、何をした!? という台詞が返ってくる。


「ドカァン、だ。今居る見物人は皆木っ端微塵になって、死ぬ」


「き、貴様……、一般市民を巻き込むつもりか?」


 いやいや、お前が言うなよ。


「動くな、俺が少し力を込めればドカンだ。俺の爆発魔法でなァ……」


 ニタァと笑ってそう言うと、騎士長はグッと詰まって剣を下ろす。

 シャーラがやりすぎでは!? なんて叫んでいるが、ぶっちゃけ何にも仕掛けてないんだよね。これはただ俺に攻撃を仕掛けてこないようにするための誘導。


 騎士長も騎士長でなんで信じてるんだよ。


 俺は息を吐き出し、心を落ち着かせると右手を天に向けて突き、それを左手で抑える。


「ハァァァァァ……」


 俺の周りには電撃がほとばしり、だんだんとオーラのようなものが浮かび上がってきた。 


「そのオーラは、まさか宝具!? いや、そんなはずは……」


 騎士長の焦る声。

 

「……ふぅ」


 少し体力が持ってかれたが、創造は成功したようで手の中にはちゃんとそれがある。


「これは宝具、神髪剃(バリカン)。全てを刈り尽くす神の刃だ。

 その赤い髪、丸坊主にしてくれよう。

 あ、あと観客席には何も仕掛けてないから」


「なっ……! ふ、ふざけやがってぇぇぇ!!」


 叫ぶと騎士長は先程どこかに飛んでいったはずのグングを呼び寄せて、手に握る。


「宝具を持つ限り、この必滅雷撃神槍(グングニル)が貫いてくれるわ!!」


 あー、あの槍は面倒だな。さっきはなぜか当たらなかったけど今回もそうなるとは限らんし。

 とりあえず、これがきちんと動くかどうかの方が問題なので、まずはバリカンのスイッチを入れる。


 ヴィィィィィィ!


 よし良好!


 その音に恐れをなしたのか、騎士長は後ずさった。

 しかし、手にしているグングちゃんのおかげで強気に戻り、助走をつけて走ってくる。


「その宝具を振るうより早くッ、貴様を貫けば良いこと!」


「かかってこいや!!!」


 槍投げのように、しかし飛ばすのは直線的。

 力一杯、必滅雷撃神槍(グングニル)を投げた騎士長の動きをしっかりと見る。

 幾らなんでもぐにゃっと曲がって追尾、なんてことはないだろう。

 ならば、ギリギリで避ければ……。


 そう思って回避行動を取ろうとした時、スカッと槍は後方へと飛んでいき、闘技場の壁に突き刺さった。


「……あ?」


「ん?」


 なんか知んねぇけどまた外しやがった!


 呆然としている騎士長を見てチャンスと思った俺は、ダッシュで一気に距離を縮めた。

 懐まで一瞬。流石に反応されたが、もう遅い。


「しまった……!」


「まずはもみあげぇぇぇ!!」


 叫びながら、俺は騎士長の赤髪をもみあげから思いっきり刈り上げた。


 パサリと落ちる髪。唖然とする騎士長。沈黙の闘技場。


「もしや貴様……、それは宝具などでは……」


「ああ、違う」


「クソが!!」


 彼は鞘に納めていた剣を取り出すと、一閃。


 先程までよりも一段と速い切り上げだが、少し距離を取ってきっちり空振らせる。そして踏み込み、今度は反対側のもみあげを少し刈り取った。



 怒り狂う騎士長の攻撃に繊細さはなくなっていく。魔法も無い、電撃も無い、プライドも挫かれ髪も無くなる。もう一体彼に何が残るのか。


 ただ、分かるのはもう楽勝ってこと。



 素人床屋。



 開 店



 剣を纏う雷が無いから特に気にせず、直線的な攻撃をかわしながら髪の毛を刈っていく。

 髪の毛が絡まって取れなくなったらどうするかって? 無理やり引っこ抜きます。


 そんなやりとりを続けていると、騎士長の髪の毛はだんだんと坊主に近づいてきた。


 現状は坊主やつるっぱげより酷い状況だがな。


「お客様、随分とへんてこりんな頭になりましたね!」


「貴様ァァ、糞が!!」



 お前、貴様ばっかじゃねーか。


 息を切らし、その場で膝をつく騎士長。


 それを見た俺は端の方に居るシャーラの方へと向かった。


「なんか飽きてきたし、逃げる?」


「レイヤ、後ろ……」


 俺の後方を指差すシャーラ。

 なんだと思って振り返ってみると、騎士長の側に間に一人の赤いローブを着た男がいた。


「なんか増えてる……」


 いつの間に……。


「炎帝!! なぜあなたがここに!?」


 騎士長が驚きの声を上げる。


 炎帝ときたか。


「手こずっているようだな、アステス」


「申し訳ありません……」



 炎帝が現れたのをきっかけに、色とりどりのローブを来た奴が次々と現れた。


「雷帝! 風帝! 水帝! あなた方まで!」


「加勢しよう」


 騎士長の周りに現れたそいつらは俺を睨む。


 やっべ。

 いきなりこんな援軍が来るとは思ってなかった俺は焦って後ずさった。


「王に仇なす大罪人よ、王に代わって我々が裁こう」


 やる気満々のそいつらを見ると、正直勝てる気がしない。なんか一人ひとり強そうだし。


「これはまずいですねぇ……」


「どうするんですか……?」


 もちろん。


「逃げる!」


 俺は隣にいたシャーラをお姫様だっこし、叫んだ。


「ブリッジゲート!!!!」


 そして地を蹴り飛び上がる。

 そんな俺を迎えに来るのはサーペンタイン・ブリッジゲート。遥か彼方から飛んできたその巨体の背中に俺は飛び乗った。


『また呼ばれる気がしてはいた!』


「サンクス、助かったぜ」



「逃さんぞォォォ!!!」


 ふと地上を見ると騎士長が叫んでいる。右手にはグングニル。

 それを見たシャーラは言った。


「レイヤ、ダメです。あの槍は宝具を持っている者の命を確実に奪う……。

 私を持っていたらまたさっきみたいに……。

 やっぱり一緒にはいけません。私はここで落としてください」


 シャーラは悲しそうな表情でそんなことを言ったが、俺は離さない。


 ブゥンと、あの時みたいに何重にも重なった魔法陣が俺と騎士長を直線で結んだ。


『レイヤ、俺ならあの槍より速く飛べる自信があるが』


「いや、いい。このままゆっくり飛んでくれ」


『……分かった』



 騎士長がゆっくりと投擲の構えをとる。


 シャーラは目を瞑って、ぎゅっと俺にしがみついた。

 だけど俺だけは騎士長を見据える。


 騎士長は少し助走をつけて、その槍を思いっきり俺めがけて投げた。


 豪速で飛んでくる槍。バチバチと音を立てている。俺は瞬きひとつしない。シャーラを抱えたまま、ただ向かってくる槍を見下ろした。



 そして槍は、必中必殺勝利の槍、必滅雷撃神槍(グングニル)は、俺の頬を少し掠めて遥か後方へと飛んでいった。

 遅れてきた風圧で俺の髪はブワッと逆立つ。



「シャーラ、もう大丈夫だ」



 俺がそう言うと、俺にお姫様だっこされているシャーラは恐る恐る目を開けた。


「……………、……槍は……?」


「どっか行った」


 そうですか、と言うだけで事情は聞かれなかった。


 俺はシャーラをブリッジゲートの背中にゆっくり下ろす。

 うまく立てないのか、シャーラは俺の服の裾をぎゅっと掴んだままだ。



「あいつら驚いてんなー」


 シャーラに見えるかどうかは分からないけど。


「……ホントですね」


 あ、見えるんだ。



「なんか叫びたいことでもないの?」



 俺がそう言うと、シャーラはコクリと頷いて息を吸い込んだ。



「ばぁぁぁぁぁぁぁか!!!」



 シャーラの声が響く。あいつらに届いたかどうかでいうと、否かもしれない。


「すっきりしただろ?」


「ウフフ、そうですね」


 そう言ってクスクスと笑うシャーラ。こいつが笑うのを見るのは初めてだ。


「なんだ、笑えるんじゃないか」


「どういう意味です?」


「ずっと仏頂面のイメージあったわ」


「そんなことないです。結構笑いますよ私」


 そんな他愛もない会話をしながら、空の散歩を楽しむ。


 ブリッジゲートはどんどんと高度を上げていき、とうとう俺達は雲の上まで来た。


 そしてその景色に圧倒される。



「すげぇ……」


「そう……ですね」


 少し歯切れの悪い返事をしたシャーラを見てみると、その瞳に涙を浮かべていた。


 おちょくってやろうかと思ったがやめておく。


「マジですごいな」


「はい……」

 

 雲の隙間から地上が見えた。



「町がもうあんなに小さくなってます……」


「そうだな……」



「ブリッジゲート、適当なところで下ろしてくれ」


 俺がそう伝えると、すぐに返事が返ってきた。


『承知した』



 俺はあくびをして、ごろんと寝転がる。

 太陽が眩しいのに眠たかった。だけどゴツゴツしてて寝にくい。


 太陽の温かい光に心地よさを感じながらも、眩しさに煩わしさも感じる。


 俺は右腕を目の上に被せ、目を瞑る。するとだんだんとまどろんでいき、うとうとしだした。


 そして風の気持ちよさにやられていつしか深い眠りに落ちる。



「ありがとう、レイヤ」



 だから、俺にそんな声は聞こえなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の破天荒なところ。 [気になる点] ドラゴンに乗って逃げる時にグングニルが外れた理由がわからない。
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