こんにゃく襲来
いくら強くなった俺とはいえ、勝てない敵もいた。
そう、それは空腹と言う名の敵だ。
むしろ2日間も飲まず食わずでひたすら歩いて、まだ歩けてるんだから人智を逸脱しているだろう。
だが、未だに人っ子一人とも出会わない。
異世界は初っ端からハードモードだった。
視界が霞む。
森なんかとっくに抜けて、平原をひたすら進んでいるのに、何も見えやしない。
空腹も限界を超えそうだ。
いや、とっくに超えてるか。2日も何も食わないなんて人生ではじめての経験である。
そろそろ死にそう。
そんな命の危険を感じ始めた頃、俺は遥か前方に町のような物を発見した。
あ、あれは……!
やっと見つけた町に、俺は心躍らせた。
限界だった体力も、少し活気づいて歩が早まる。
早く町に行きたい、その気持ちが俺を加速させ、気づけば走っていた。
が、その後先考えないダッシュが俺の体にキたらしく、町まであと少しというところで俺は気を失ってしまった。
ーーー
目を覚ますと、俺はベッドに横たわっていた。
「知らない天井だ……」
呟いて、体を起こす。
相変わらず空腹が酷く、喉もカラカラだ。
が、その前にここはどこなのか。
見たところ木造の部屋のようだが……。
まあ、倒れた俺を誰かが助けてくれたのは明確だ。
とりあえず俺は窓の台に置かれた花瓶に手を伸ばし、中の花を引き抜く。
そしてその花瓶の水を一気に飲み干した。
「ぷはぁ!」
「asfetg reeya hdfjydk!」
花瓶を元に戻したのと同時に、部屋に響いた図太い声。
びっくりして声の方を向くと、そこには太った若者が立っていた。
そいつは俺の方まで歩いて来ると、ガシッと俺の肩を掴んで抱擁してきた。
「ちょ、誰だよ」
「haitc hdxjf!? fjxxja odkll!」
デブは相当テンションが上がっていて、俺に懸命に何かを問いかけてきた。
が、俺には伝わらない。
まさに日本語でok?ってやつだ。
まあ言いたいことは何となくわかる。
「無事で良かった!」とか「どこから来たんだ!?」とかだろう。こいつは相当人情の厚い、良いデブなようだ。
だが俺は思う。
助けてくれたのが美少女ならなぁ。
いらねぇよこんなデブ。
いやいや、それにしてもこの異世界言葉が通じませんか。
翻訳魔法とかないの?
まあいい、そんなことより腹が減った。
俺はなぜかテンションが高いデブに、腹が減ったというジェスチャーを繰り出した。
なにはともあれまずは飯だ。
腹減って死にそう。
お金はないから、お礼は後で考えよう。
俺のジェスチャーはなんとか伝わったらしく、デブは一言なにか言って部屋を出ていった。
もし翻訳魔法とかなかったら異世界語勉強からスタートか……。
面倒くさいけど異世界漫遊のために頑張るか。
そんなことを考えながら、しばらくボーッとしていると、デブが部屋に戻ってきた。
手にはお盆を持っており、その上にはパンらしきものと……なんか鼠色のものが乗っかっていた。
なんだあれ……、旨そうではないけど食えんのか……?
それが何かは、デブがこっちまで近づいてきて分かった。
「こ、こんにゃく……?」
異世界にあるにしてはナンセンスな物がお盆の上に乗っかっている。
そのことに俺は驚きを隠せなかった。
それはどこからどうみても普通のこんにゃくであり、少し乾燥して傷んでいるようにも見えたが、何度も食べたことのあるそれだった。
デブはそこでまた一言。
多分「食えよ」的な言葉だろう。
相当腹が減っていた俺は、とりあえずパンを一瞬で平らげて、恐る恐るこんにゃくに手を伸ばした。
くっさ……。これ腐ってんじゃね?
そう思わせる臭いだったが、俺は勇気を振り絞ってそれに食らいついた。
目を瞑って何口か噛み、飲み込む。
すると口の中で急激に臭みが広がって、俺は嘔吐感に襲われた。
「おええええ!! まっず!? まず!!」
「おい、大丈夫かレイヤ!」
「え!?」
唐突に聞こえた日本語に、俺はおえおえを中止してデブの方へと勢い良く振り向いた。
なんだ?
え?
今日本語喋ったよなこいつ。
しかも俺の名前を呼びやがった。初対面だよな?
もしかして俺の乳首に名札ついてたりする?
いやいや、そんなわけはない。
「どうしたんだよお前……。そろそろ事情を説明しろよ」
いきなり日本語話し出してからに何が事情だ。
こっちこそ事情を話しやがれ。
「いや、デブ、お前こそどうしたんだよ? てかなんつーもん食わせんだよ」
俺は未だに手ににぎられている悪臭放つこんにゃくを握りしめた。
「デブって呼ぶなって何回言わせんだよ……。
そのこんにゃくってのもお前が創ったお前産だろうが」
「はいぃ? こんにゃくなんて作った覚えねーよ」
てかなんでいきなり言葉が通じるようになったんだ。
俺はこんにゃくを眺めながら考える。
するとすぐに閃いた。
「これ翻訳するこんにゃくかよ!」
俺はこんにゃくをベシっと地面に叩きつけた。
まさかこんな代物が存在しているとは。
しかし俺が作ったとか意味不明にも程がある。
「……レイヤ、本当に何があったんだ?」
デブが声を低くして、至って真面目な顔で聞いてきた。
俺もその表情を見て、切り替えた。
「それは俺も知りたいわ。
気づいたら森の中にいてさ。そもそも俺とお前って知り合いなの?」
「お前、もしかして……記憶喪失か?」
「いや、そんなことはないと思うけど……」
「俺だよ。べバリーだ。俺を覚えてないのか?」
「……」
どうみても初対面っす。
いや、待てよ?
もしかすると、記憶喪失ってのはあり得るかもしれない。
仮定するならば、俺はなんらかの事情でこの世界に来て、しばらく過ごした。
その過ごした分と、とら○あなにいたところまでの記憶が消えたのならば、森の中にいきなりワープしたような錯覚を覚えても仕方ない。
この線なら隅々まで鍛えられたこの体の説明もつく。
他にも、消えたリュックやら何故か持ってるこの剣やら。
「マジかよ……。覚えてないのか……」
べバリーは声のトーンを更に落とす。
どうやら落ち込んだようだ。
俺としてはすこしだけ事態が読めた気がして、ちょっとハイな気分だった。
なんて面白い状況に陥っているんだ俺は! ってな感じで。
しかし消えた記憶か。
不思議な感じだな。
何があったんだろう。てか俺は何をしてたんだろう。
とにかく、まずはこいつ、べバリーから俺のことを聞いた方が良さそうだ。
そう思って口を開きかけると、べバリーは何か思いついたかのように勢い良く立ち上がって言った。
「そうだティルフィング!!」
「あ?」
「ティルフィング、ずっと黙ってるけどレイヤに何があったか教えろよ!」
誰に喋ってるんだこいつ。
そう思ってべバリーの顔を見上げると、べバリーの視線は俺の腰に下げられた剣に向いていた。
もちろん剣が喋る訳もなく沈黙が続く。
俺はべバリーを痛い子を見る目で眺めることしかできなかった。
しかし、べバリーはなぜか顔を真っ青にしている。
「……ティルフィング? お、おい、なんか言ってくれよ……」
「な、何言ってんだお前……」
「……嘘だろレイヤ? その剣……喋るだろ?」
「なに? この剣喋るの?」
俺のその反応を見て、べバリーは口を閉ざした。
俺もこの重い雰囲気を読んで黙る。
べバリーはさんざん唸った挙句、やっと口を開いた。
「訳分かんねぇ……。
でもお前また大変なことになってるみたいだな……。
とにかく、まずはお互いに知ってることを話した方が良さそうだ」
「そうだな」
なんか眠たくなってきた俺は、ちょっと適当に答えた。




