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一人じゃねぇよ

 目を覚ますと、俺は半裸で暗い部屋に縛り付けられていた。

 体中に巻きつけられた鎖。

 しかし、手にはティルフィングがしっかりとにぎられている。


【よォ、起きたか】


「あ……れ? ここ、どこだ?」


【魔王城だ】


 魔王城?


「……つーか、なんで俺生きてんの?」


【ああ、それはな】



 ティルフィングから説明を受けた。


 どうやらあの後魔王がまた来て、俺を生かすように命じたらしい。

 何を思ってそんなことをしたのか分からないが、助かった。

 ティルフィングが奪われなかったのは、俺が気を失ってても離さなかったかららしい。

 手首を切り落としてでも奪わなかった辺り、かなり良心的というか余裕というか。



 それにしても体が痛む。

 よく見ると、先ほど受けた傷は中途半端に回復していた。


【さて、どうするよ】


 疲弊しまくったこの体力での創造はおそらく危険だ。

 脱出手段としては、チェンジ、リミレトとあるが、双方得策とは言えない。


「……」


 よく考えればここにシャーラがいるんだよな。

 ならじっとしてられないじゃん。


 俺はとりあえずこの鎖をぶち壊そうと、体を少し捻ってみた。


【……! おいよせ!】


 バチンと体に電撃が走り、傷口から血が吹き出す。


「っ! ぐぁぁ!!」


 激痛。

 しばらく悶えると、血は止まり、痛みも収まった。


「ハァ……ハァ……」


【気付かなかったぜ。よく見るとこの鎖、宝具だ】


「ハァ……マジかよ……ハァ……。ちなみにどんな?」


【最悪の拘束具だな。血の鎖って言って、縛った獲物は絶対に離さねェ。少しでも動けばあんな風に神経から直接痛みを与えてくる】


 激しく動かなきゃ血も吸わねェし痛みも与えてこねェ、とティルフィングは付け足す。


 頭おかしいだろこの宝具。

 つまり、ここでチェンジしたとしてもこれに拘束されてたら同じなのか。

 いや、強すぎませんかね?


「どうやったら外せんの?」


 一応聞いてみる。


【使用者の魔力が尽きれば離れる。魔力消費も激しいから時間の問題とは思うぜ】


 なるほど。

 それならなおさらここでじっとしとくしか選択肢がないのか。



 そんな時、部屋の扉がギィと開いた。


「……!」


 暗い部屋に光が差し込む。

 共に現れたのは魔王だった。



「残念だがその宝具の使用者はシャーラだ」


「……」


【あァ?】


 魔王は笑みを顔に貼り付けて、俺の前までつかつかと歩いてきた。


「……シャーラが使用者って……どういうことだよ?」


「そのままの意味だ。

 その宝具はシャーラが使った」


 理解ができなかった。

 シャーラ?

 どうして?


 俺の動悸を知ってか、魔王は俺に問うた。


「我がなぜお前を生かしたか分かるか?」


「そんなの、知るかよ……」


 なるべく余裕を見せつけるため、俺は強気に言う。


「お前は殺すには惜しい」


 魔王は言う。

 丁度その時、魔王の背後からシャーラが現れた。


「シャーラ!」


 俺は声を荒らげ、手を伸ばす。

 しかし、バチンという音がなり、体に激痛が波紋した。

 傷口からまたも血が吹き出る。

 

「レイヤ、久しぶりですね」


 そして俺はシャーラのその第一声に絶句する。

 何言ってんだこいつ。


 すました顔でうなだれた俺を見下げるシャーラに、俺は疑問を抱かずにはいられなかった。


【あ? テメェ……】


 久しぶりですね。

 そう言われて俺はなんて問い返せばいい。

 なんで行ってしまったんだとか、何考えてるんだよ、とか。

 そんな言おうとしてた言葉は全て吹き飛んで、俺の頭は真っ白になった。


 その空虚な一言は、ただの一撃で俺の心をへし折ったのだ。


【シャーラテメェ……】


 魔王は俺を嘲笑うかのようにいきなり言葉を紡いだ。

 片手で俺の顎を持ち上げる。


「シャーラも手に入った今、我が欲しいのは力だ。

 我の眷属になる気はないか?

 極上の女も、地位も用意しよう。

 それがお前を生かした理由だ」


【……】


 視線が合う。


 ああ、それなら俺は生きることができるし、もう死ぬような辛い思いはしなくて済むかもしれない。


 俺はその時、確かに心が踊っていた。

 シャーラが訳の分からないことになってしまって、完全に沈んだかと思われた俺の心は、魔王のその言葉で確かにときめいていた。


 ああ、しばらく忘れていた感情だ。

 前はこんなことばっか考えてたのに、なんか懐かしい。

 なぜ今なんだ。


「魔王、お前の眷属になれば俺は助かるのか? 生きられるのか?」


 死にたいわけがない。

 俺は生きたいんだ。そんなのは分かってる。

 断ればもちろん殺される。

 魔王の眷属になれば地位も手に入って、悪くないじゃないか。

 人間サイドを裏切ることになるが、人間には何度も裏切られた。

 そこに躊躇いはない。


【……オイ】


 ティルフィングは少しだけかすれた声で言った。

 魔王は俺の問いに答える。


「もちろんだ。歓迎しよう」


 魔王は機嫌良さそうに一度翼をはためかせる。

 そしてもう一度言った。


「我の眷属になれ、人間」




「だが断る」




 その言葉で魔王の顔は凍りついた。

 一瞬俺の放った言葉の理解ができていなかったように思われる。


「…………」


【ギャハハハハ!! やっぱりレイヤ、お前は最高だわ!!】


「いやぁ、まさかこんなありがたいシチュエーションを用意してくれるとは思わなかった。一回言ってみたかったんだよね。

 心から礼を言うよ、ありがとう魔王」


「……死にたいらしい」


 魔王は俺の腹に手を突っ込み、そのまま中から内臓を引きずり出す。

 涙が出るほどの激痛の中、俺は笑ってみせた。


【ああ! 最高だ! おいレイヤ! 許可しろ!】


「ああ頼む、相棒!」


 そして視界は入れ替わる。




 俺とチェンジしたティルフィングは、まず最初に血の鎖を簡単に引き千切ってみせた。


「オラァッ!」


「……! チェンジか」


 魔王の対応は早かった。

 鎖を破ったティルフィングをそのまま壁に押し付ける。


 しかし、いつの間にか抜刀されていた俺が、魔王の腹に突き刺さっていた。


 魔王の血を吸い、腹の傷が塞がる。


「さて、最後の最強を見せてやろうじゃねェか」


 ティルフィングは天井を見上げて言った。

 すると、目の前の魔王はサラサラと砂のように崩れていき、気づけば天井に立っていた。


 いきなり何が起きているか分からない。


「ティルフィング。

 かつて世界の頂点にたったという男の名前だ。

 魔剣にまで成り下がって醜く生きるか」


 ダラリと垂れた魔王の長い銀髪が、唐突に氷の矢になって降り注いだ。


 ティルフィングは親指を噛みちぎり、流れた血を薄く伸ばして血の壁を作った。

 矢がそれに突き刺さり、血の壁は霧散する。


「らァッ!」


 砕けた氷の矢と、血の破片を気で飛ばすティルフィング。

 しかしそこに魔王はいない。

 ティルフィングの攻撃は空振りに思われたが、次の瞬間天井が崩れ落ちた。


 俺はシャーラが気になって、視線をそちらに向けると、青白い膜のシールドを張って、落ちてくる瓦礫を防いでいた。

 魔王はどこだ。

 そう思って辺りを見渡すと、崩れた天井から空に出ていた。


 ティルフィングは落ちてくる瓦礫を魔王に向けて蹴り返していく。

 が、その姿が急に霞んだ。

 蹴り飛ばした瓦礫を目くらましにして、魔王の元へ飛んだのだ。


 魔王はそのティルフィングの動きに一瞬気づかず、反応が遅れる。

 しかし体を反転させ、手から無数の火球を放ってティルフィングを牽制する。


「おせェ!!」


 ブーンという音と共にティルフィングの手にドス黒い光が纏われた。

 ティルフィングはそれを魔王にかざす。

 すると、魔王を中心に無数の波紋が広がり、そして収束していった。


 最終的に波紋は魔王をがっちりと拘束し、それでも波紋は止まらず、魔王に纏わりついていく。

 それは毛玉のように大きくなっていき、最後には黒い球体となった。


【おいおい……。余裕じゃねーか……!】


「いや、決め手に欠けるなァ。

 動きを止めたのはいいが、そのうち破られる。やっぱ、自分の体じゃなきゃきついぜ」


【……じゃあどうするんだよ】


 ティルフィングは目の前にできた黒球を放置し、シャーラの元へ降り立った。

 俺の問いには答えない。


【お、おい。ティルフィング】


 シャーラの作ったシールドを紙のように破くと、そのままシャーラの頬に平手を打った。

 バシンと高い音がなり、シャーラは横に吹き飛ぶ。


「……」


【な、何やってんだよ……!】


「シャーラ、お前はもっと、何が良かれか考えろ。レイヤのことを思うならな」


【……】


 沈黙。

 倒れたシャーラが気になったが、俺はなぜかその時ティルフィングに投げる言葉を必死に探していた。

 ティルフィングの横顔が、何故か遠く感じたのだ。


「悪い、お前には謝んなきゃなんねェな」


【……どういうことだよ?】


 ズン、と、空から音が響く。

 見上げると、黒球が不規則に歪みを見せていた。


「オレは嘘を吐いてた。そろそろ退場ってか」


 訳の分からないセリフを吐くティルフィング。


【は? 何の話だよ?】


 ティルフィングは再び空に上る。

 気づけば、戦いに気付いた魔族達がゾロゾロと集まってきている。


「お前には申し訳ないと思ってる。

 オレがお前を弱くした」


 何言ってるんだこいつは。言葉の意味が分からない。


「悪いがオレに魔王は倒せねェ。だけど、最後にオレの本気を魅せてやるよ」


 ティルフィングは片手に持った俺を天に掲げ、空高く上昇する。

 魔王城が小石くらいの大きさになった時、ティルフィングは上昇をやめた。



「よォレイヤ。実はよォ。チェンジを使ってもなァ、テメェにリスクはない」


 小さくなった魔王城を見下げる。

 俺は軽くとんでもないことを言ってのけたティルフィングに驚きを隠せなかった。


【ハァ!?】


 素っ頓狂な声をあげる。

 そして紡がれたティルフィングの言葉。



「だけどよォ、オレにはリスクがあるんだわ」


 え?

 軽い口調で次に紡がれた言葉には、声も出せなかった。



「お前の体をオレが使えば、オレの存在力がごっそり消える。

 多分もうこりゃダメだ。消えちまうなァ」


【う、嘘……だろ? 嘘、だよな?】


 かろうじて絞り出した声。


「悪いな」


【なんでだよ!! なんでいきなりそんなこと言うんだよ!!】


「オレにリスクあるなんて知ってたら、お前本当にやばい時許可ださねェだろ。

 かといってオレばっかに頼ってくれちゃあ困る。てなわけで嘘吐いてたのさ」


 上から見下ろしたティルフィングの作る表情は俺には見えない。

 見せろよ。

 どんな顔してるのか、見せやがれ。


【冗談……キツイぜ……】


 切っ先を中心に魔法陣が広がる。

 広がった魔法陣は、刀身を光で包んだ。


「レイヤ」


【何だよ……】


「お前はオレがいない方が強い。

 どんなヤバイ時でもなんとか出来ちまう、そんなお前をオレが変えちまったんだ」


【いや違う。お前がいなかったら俺は今頃死んでる。お前がいたから俺は……。なんでなんだよ。訳わかんね……。そんなのって、ないだろ……】


 再び沈黙。

 魔族達がティルフィング目掛けて突っ込んでくるのが見えた。


「ま、いいじゃねェか!

 オレは生きすぎたし、命をかけるにゃ十分な場面だ!

 むしろ誇りだぜ! こんなカッコイイ役をやらせてくれるんだろォ!?」


【やめてくれ! 体返してくれよ! いったん退こう……! それならお前も……!】


「いやだめだ。最高のタイミングなんだよ」


【頼む……、お前まで消えたら俺は……】


「ごちゃごちゃうるせーなァ! お前にはシャーラがいるじゃねーか! それに、地獄ってとこも悪い場所じゃねーかもしんねェ!

 邪魔者はここで退場だァ!」


 そう言って、ティルフィングは振り上げた剣を振るった。


【……!】


 音もなく切り裂かれた空間は、地と天をそのまま削った。

 突き刺すような轟音が轟き、地響きが鳴る。


 地上を見下ろすと、魔界が割れた。


【な……】


 俺は目を瞠る。


「大丈夫だ。シャーラには当ててない。

 あー、こりゃ魔王も死んでないな。瀕死だが。ま、丁度いいか」


 キィィーンと耳障りな音。

 響く地鳴り。

 割れた地に流れ込む海の音。


「さて、そろそろ限界だわ」


【嫌だ……】


 言葉の意味を理解して、俺はそんな声をしぼりだす。


 ティルフィングは鞘に俺を仕舞い、手を掲げた。

 開かれた2つの魔法陣が俺の体を通過して足元に光る。


 そしてティルフィングは、豪快な笑い声を響かせてから言った。


「あばよ相棒。

 クッッッッソ楽しかった」


【クソ……、くそが! 俺も……、俺もめちゃくちゃ楽しかった……!!】


 そんな言葉を最後に視界は入れ替わり、流れる涙と同時に激しい頭痛が俺を襲った。

 魔法陣が一つ消え、頭痛の中、俺の体は光の膜に包まれる。

 そして視界を覆った。

第九章――終

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