シャーラの背中
リーナさんが倒れ、ブルーダインが駆けつけたことによって、シャーラの魔力漏れのことは呆気なくバレてしまった。
そして現在、ブルーダインは手当てに回っており、俺とシャーラは一度家に帰らされていた。
嫌な沈黙だ。
俺は椅子に座ってうつむくことしかできない。
しかし、恐る恐るシャーラの顔を見てみた。
ぼんやりとしたシャーラの表情から読み取れる感情は……、今の俺にはわからない。
シャーラが自分の魔力漏れと、人魚が魔力密度の濃い海では生きられないことを知った時、俺はシャーラになぜ教えてくれなかったのか、という目で見られた。
が、何か言われることはなかった。
またいろいろと悟られたみたいだ。
こうなるならティルフィングの言う通りにしておけばよかった。
シャーラの魔力によって重くなってしまったティルフィングは地面に突き刺さっていて、そこから抜くのには一苦労を要する。
そして、シャーラの魔力漏れは、いかなる処置を施しても止まらなかった。
ブルーダインもお手上げで、今はリーナさんや他に被害を受けた人魚達の治療に回っている。
「その、ごめん……」
「ああ、構いませんよ。
そもそもは私のせいですし」
シャーラは少し自棄になっている感じがする。
だけど、俺はそれ以上言葉を続けられない。
「……」
「これからどうしましょう……。もう、ここにはいられませんよね……」
「そ、それは……」
確かに、そうなんだろう。
こんなことになって、あつかましくここに留まるなんてことはできない。
いや、でも、それでもここから出るのだけは避けたい。
地上に出るにはまだ早い。
今出ても戦火に巻き込まれるだけだ。
「なんとか……。なんとかブルーダインに頼んで見る。
もう少しだけここにいさせてもらおう。もう少しだけ」
「ごめんなさい……」
「お前は悪くないだろ。とりあえず俺はまたブルーダインの所へ行ってくるから、シャーラはここにいてくれ」
「分かりました……」
俺はおもむろにティルフィングを引き抜こうとしたが、それは叶わなかった。
身体強化を使って、やっと引き抜く。
「おっめぇ……」
【これで修行ってのもいいかもな】
「いや、流石に無理だろ」
ティルフィングを肩に乗っけると、俺は家を出た。
ーーー
ブルーダインには、俺達を追い出すつもりは全くないらしい。
というのも、俺が真面目くさった顔でそんな相談を持ちかけると、笑い飛ばされたのだ。
海の誇りにかけて、そんなことはしないらしい。
ティルフィングからも【な? 言ったろ?】とのこと。
が、それは俺にとっても予想通りだった。そして、問題は俺とシャーラの意識下にある。
多分ブルーダインはシャーラの魔力密度の件にしても、きっと何とかしてくれるだろう。
だけど、それでいて図々しくここに残れるか、そう言われると痛むものがある。
……しかし、それでも俺はここに留まる。
まだ早い。
しばらくは海に引きこもって、修行しないと。
「ブルーダイン、結局なんとかなりそうなのか?」
「ふむ。ワシが定期的に散らして、シャーラの行動を制限するならなんとかなるだろう。その間に他の解決法を考えられる」
「なるほど。シャーラには申し訳ないけどしばらくはそれでいくか」
シャーラの持ってる宝具に魔力を吸わせてもいいが、ティルフィング曰くそれはやめておいた方がいいとのことだった。
シャーラの行動制限については、ブルーダインが決めるとして、俺達は俺達で色々と話し合った方が良さそうだ。
そう思った俺はティルフィングを神殿に置いて、早急に家に帰ってきていた。
そしてシャーラに制限のことを話し、今は向かい合って座っている。
「制限……ですか」
「ああ、しばらくはあんまし出かけたりできないと思う。
リーナさんとかとも会えないと思うけど、絶対なんとかするからそれまで我慢してくれ」
「分かりました」
それだけ伝えると、俺は立ち上がる。
「さて、ちょっと泳ぎに行こうぜ、シャーラ」
「え?」
俺はテーブルの上の人魚の涙をいくらか飲んで、シャーラに渡す。
しかしシャーラは受け取らなかった。
「ほら、飲めよ。なんなら口移しでもいいぞ」
「だって、制限が」
「まだ無い。ここから離れたところまで泳ぎに行けば大丈夫だろ」
「……そう、ですね」
シャーラは人魚の涙を受け取って、それをゴクッと飲んだ。
「おい、飲み過ぎだろそりゃあ……」
「遠くまで行ってみたい気分なんです」
シャーラは俺に小瓶を返す。
「ああ、なるほどね」
そう言って、俺は小瓶の中の劇薬を飲み干した。
ーーー
その日のデートは非常に楽しかった。
海を二人で一緒にひたすら泳いで、海底の景色を楽しんだりした。
先程までの暗い感じを吹き飛ばすかのように、全てを忘れて泳いだ。
ブルーダインにはバレているだろうが、まあいい。
今日くらいいいだろう。
その後、俺達が家に帰ってきたのは、丸一日経った後のことだ。
休まずひたすら泳いで、ずっと起きていたので、帰ってくると俺もシャーラも疲れ果てていて、二人してバタンキューしてしまった。
そしてその翌朝。
シャーラは俺の前から姿を消したのだった。