どろんこシャーラ
目を覚ました。
小さく唸るような音が、ときおり家の中に響いてくる。
海の音なのだろうか。
分からないけど俺はこの音が好きだ。
となりで気持ち良さそうに眠っているシャーラを見やる。
するとシャーラはムニャムニャとなにか呟いて寝返りを打った。
可愛かったので、とりあえずその髪の毛の匂いをクンカクンカしておいた。
いい匂いだ。
海に入っていたが、シャーラの銀色の髪の毛はあまりべたついていない。
この家の風呂にはベタつきを防ぐシャンプー的な洗髪用品があるのだ。おそらくそれを使っているからだろう。
ちなみに俺もそれを使っている。
まあそれを差し置いても気持ちシャーラの髪の毛はいい匂いだ。
さて、起きてみたけどあまり腹も減ってない。
このまま本格的な睡眠に洒落込んでやろうか。
しかし完全に目覚めてしまったから眠くもないんだよなぁ。
俺はシャーラの髪の毛を撫でながら考える。
とりあえずシャーラを起こすべきか。
そう思って俺はシャーラのおっぱいに優しく手を添えた。
そしてそのまま揺さぶる。
「おい、起きろ」
シャーラがこれで起きるわけがないので、しばらく堪能させてもらおうかなぁなんて思いながらシャーラのおっぱいを揉んでいると、いきなりシャーラの目がパチリと開いた。
「……なにしてるんですか」
シャーラの声が部屋に響く。それに驚いた俺は手を止めた。
「え、いや、その……。……おっぱい揉ませてもらってます」
沈黙の後、シャーラはため息をついた。
シャーラが何か言う前に俺は一言「すいませんでした」と謝っておく。
するとシャーラは言った。
「今更こんなことで怒りませんよ。
……強いて言うなら、もうちょっと優しく触って欲しいですね」
「え?」
シャーラの言葉に俺は目を見開く。
怒らない?
つまりそれって……
「これからは触り放題ってこと?」
「それは違います」
「あぁ、そうなの……」
肩を落とす。しかし一応シャーラは俺におっぱいを許したと考えていいだろう。
「……でも前は俺が何かする度に目突きしてきたよな、お前。
そう考えたらなんか感慨深いぜ」
「そういえばそうでしたね」
今じゃ一緒に仲良く寝るくらいの仲だ。相当心の距離が縮まったと考えていいだろう。
「てか思ったんだけど、なんか珍しくあっさりと起きたな」
「……そう言われればそうですね。なんかいつもより頭がスッキリしてます」
いつもはシャーラがこんなにあっさり目覚めることはない。
起こさなければ起きないんじゃないだろうかってくらいよく眠るのだ。
「どうしてでしょう?」
「いや、俺に言われても」
「うーん。とりあえずご飯にします? 作りますよ」
「ああ、あんまりお腹減ってないけど作ってくれるなら食べる」
「何が食べたいですか?」
「なんでもいいよ」
「なんでもいいは困ります」
「じゃあシャーラの女体盛り」
「怒りますよ」
「ごめんなさい」
結局、今日のメニューはシチューになった。
ーーー
飯を食べ終わってからのこの時間。
俺達は暇だった。
「暇、ですね」
「ああ、そうだな」
本当にやることがないのだ。本当にやることがない。
「そうだ。服を買いに行こう」
「服、ですか?」
「ああ、服だ」
「買ってくれるんですか?」
まあ服がこの海底神殿で役に立つかどうかと言えば、否だ。人魚達は基本的に水着みたいなのを着てるし、その素材も海藻なので、それをシャーラに着てほしいとは思わない。
そしてそもそも普通の服が売ってあるのかと問われれば、それも怪しい。
でも基本的に、というわけなので、たまに俺たちが着てるような服を着てる人魚もいるのだ。
それなら可能性はあるかもしれない。
が、よく考えれば俺が創ったほうが早い。
「買いに行こうと思ったけど売ってなさそうだしやっぱり俺が創るわ。どんなのがいい?」
どんなのがいいって言っても難しいか。
服って「こういうのがほしい」ってのがあっても、0から構築できるかと言うと、それは無理なわけだし。
案の定シャーラの無言が続いたので俺が適当に創ってやることにした。
俺は創造する。
「まずはこれだ」
「……なんですかこれ」
俺の手の上にダラリと下がっているのは、貝殻ビキニ。
シャーラはそれをみて唖然としていた。
「こうやって着るんだ」
俺は貝殻ビキニを服の上から装着してみせた。
「そ、そんなの着れません!」
「うむ、だろうね」
着て欲しい気持ちもあったが、シャーラにこういうエロスは似合わないと思うのもまた事実。
下心は抑えて、真面目に創ってやるか。
「ふむ、じゃあこういうのは?」
創造によってパッと俺の手の中に現れたのは、白いワンピース。
白が好きなシャーラは、似たようなのをいくつも持ってるが、どれも使い古して薄汚くなっている。
そこで新しい純白のワンピースだ。俺メイドなので、デザインも少々違う。
割と細かいところまで創造してやったぜ。
「あ、結構可愛いですね」
どうやらシャーラ姫はお気に召したらしい。
「だろ? 着てみろよ」
「分かりました。あっち向いててください」
「わかった」
しばらく後ろの衣擦れの音に興奮していると、シャーラが「こっち向いていいですよ」と言った。
その合図を受けて俺は振り返る。
「やっぱり白が似合うな」
「ふふ、そうですか?」
クルリと一回転して裾をはためかせるシャーラ。
「サイズは?」
「丁度いいです」
布がそれなりに厚いから透けることはない。
もう少し薄く創るべきだったか。
それにしても似合ってるな。
白いワンピースときたら麦わら帽子にひまわりだが、それをわざわざ創るのは少々面倒である。
「なんか初めて会った時を思い出すぜ」
真っ白な少女が箱の中から出てきた時は驚いたものだ。
同時に歓喜もしたけど。
「なんだかんだで色々あったな……」
「レイヤが私を裸足で歩かせたりもしましたね」
「あれはマジでごめん」
「ふふ、気にしてませんよ」
「……」
「……」
何故か会話が止まった。
やけに気まずい沈黙が流れる。
そしてその沈黙を破ったのはシャーラ。
「……レイヤって、どうして私にここまでしてくれるんですか?」
前はよくこの質問をされてた気がするんだけど、最近はなかった。故に久しぶりだ。
ふむ、久々に答えてやろう。
「可愛いから、ですかね?」
「……ブレませんね」
シャーラの声のトーンが若干低くなる。
いつもこう答えると少しだけ機嫌が悪くなるのだ。
しかしバカ正直に「惚れてるから」なんて言えるわけがない。
「ブレるも何も、それが事実なんだよ」
嘘はついてない。本当のことを言った。答えたわけではないけど。
「可愛いって辛いですね」
「ああ、俺もお前の美貌に狂わされた男の一人なんだよ。なんでそんなに可愛いんだお前」
そう言って俺はシャーラを軽く抱き締める。
シャーラが珍しく冗談を言ったので、仕掛けてやったのだ。
シャーラは硬直している。
これは有効打だな。
そう思っていると、シャーラが俺の背に手を回し、きゅっと抱きしめ返してきた。
これには俺の心臓も仰天。
同時にちょっとクラッときた。
「レイヤ……」
「ちょ、あの……」
耐えきれず引き離そうとしたけど、シャーラは離れない。
思わず押し倒しそうになったところでシャーラが口を開いた。
「レイヤは……」
「……ん?」
「レイヤは……、どこにも行かないでくださいね…………」
いきなりなんだこいつ。
……不安なのか。
だけど残念ながら俺もなんだ。
「……ああ。俺としてはお前の方こそどっか行きそうで怖いんだけどな」
「どこにも行かせないでください」
「他力本願かよ」




