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回復の兆し

「どうですか?」


「うまいぜ、ハニー」


 シャーラの作った料理を口に運ぶ前に俺はそう言った。

 シャーラは少し眉を寄せて言う。


「まだ食べてないじゃないですか」


「食べる前に聞くからだろ」


 シャーラが料理できるとは驚いた。料理下手なイメージがあったが、机に並べられた料理を見るにそんなことはなかったようだ。


 俺は今度こそ並べられた料理をスプーンですくって口にする。


「……」


 グルメリポーターではないので、適当な表現が思いつかないが、シャーラの料理は普通においしかった。というかめちゃくちゃおいしい。

 正直不味いのを期待してたんだけど、拍子抜けだ。


 シャーラはじっと俺の食べる姿を見ている。そわそわしてるので、感想を待っているのだろう。

 食べてるところを見られるのは案外落ち着かないものだ。


 俺は少し意地悪をしてやろうと思って、黙黙と食事を続ける。

 そして二品目を口に運んでから、顔をしかめた。

 これも普通においしい。顔をしかめたのは、シャーラの不安を誘うためだ。


「ど、どうしたんですか? ……口に合いませんか?」


 予想通りの反応をしたシャーラに内心ほくそ笑み、俺は言った。


「いや、めちゃくちゃおいしい」


「……本当ですか?」


「ああ」


「……ならなんであんな顔したんですか」


「予想外に美味かったからからかってやろうと思って」


「なんでそんなことするんですか。もう作りません」


 シャーラはムッとした表情を作ってそう言った。どうやら怒らせてしまったらしい。ここは素直に謝っておこう。


「ごめんなさい。美味しいのでまた作ってください」


 また作って、というよりこれからは毎日シャーラにご飯を作ってもらうことになる。


 俺達が今いるのは、海底神殿の横にある人魚の町。

 ブルーダインに言われた通り、俺は「マシな顔」になってここにまた戻ってきていた。

 ブルーダインは空気のある家を作ってくれて、俺達はそこにしばらく住むことになった。地上は危険なので、またここでしばらく修行しようと思ってる。



 ラインとは遺跡を出た後に別れた。

 魔王退治の約束があるが、当然今すぐできることではないので、時が来たらあっちからまた会いに来ると言っていた。

 居場所が分かる宝具があるのかと聞くと、あるらしい。それを使うのにはそれなりのリスクを伴うらしいが、そんな便利アイテムが存在してることに驚いた。

 俺とシャーラに幾つか宝具もくれたし、ラインは本当に何がしたかったのだろうか。


 まあラインには感謝も一応している。

 結果的に俺があの遺跡に訪れたことは、プラス方面に物事を動かしたらしく、俺達の傷は少しずつ癒えて来ているからだ。


 そう、ルルは死んだ。

 それは決して忘れてはならない事だ。

 だけどずっと引きずってていいことでもない。今でも後悔は悔やみきれないほどしている。振り切るのは無理だ。


 それでも、俺はルルと別れを済ませてきた。だから俺は噛み締める。

 そして前を向くことに決めた。




 さて、こっちに来てから1週間くらい経っている。最初は海底神殿に住んでいたのだが、ブルーダインが気を利かせて家を立ててくれたので、今日からここに住むことになった。

 石造りの家だけど、空気もあって温かいし悪くない。


 ティルフィングはすっかり元のテンションに戻ったが、修行する時間は前より短くなった。

 シャーラを一人にしてしまうし、前と違って俺が無理をしすぎるかららしい。

 前も十分無理しすぎてたと思うが、俺はその優しいティルフィングの配慮を黙って受け入れた。

 そしてティルフィングは今手元にない。

 神殿に置いてきているのだ。

 そこで毎日ブルーダインと語らってる。一週間もよく話すことが尽きないもんだが、俺のことやら話のタネは多いらしい。

 まあその為、今の俺の日程はシャーラと二人きりで過ごす時間が多い。


 シャーラには多大な心配を掛けてしまったので、それを意識すると俺的に少し気まずかった。

 だけどその関係も修復しつつある。

 今は過度なおさわりも禁止だ。


「ごちそうさまでした」


「はい、おそまつさまでした」


 食器を片付けて、俺は部屋のベッドに腰掛ける。

 海底では時間の感覚がめちゃくちゃになる。

 辺りを照らす光の魔法があるとは言え、基本的に暗いので人魚達の活動時間もそれぞれバラバラだ。

 ここに来てからの生活リズムは一定だから、おそらく地上での時間帯は現在夜。

 その証拠に眠たくなってきた。

 寝る前に風呂に入りたいけど、温水を創るのが面倒なので、ペースは3日に一回くらいだ。


「レイヤ、もう寝ますか?」


 隣のベッドに腰掛けたシャーラの方に向く。


「一緒に?」


「ち、違います」


「そうだな。眠いし寝るか」


「私お風呂入りたいです」


「えぇ……」


 お湯を創造するのは結構体力を使う。俺も入りたいのだが、今日は勘弁して欲しいところだ。

 その旨を伝えると、シャーラはすんなり諦めてベッドに寝転がった。

 もう少しゴネると思っていたが、最近のシャーラはどうも控えめだ。

 こいつまだ俺に気を遣ってやがる。


 いや、俺のせいなんだけど、なんか腹が立ってきた。

 ティルフィングもシャーラも、俺の心のケアでもしてるつもりだろうか。

 俺はもう大丈夫って言ってるのに。


 この微妙な距離感が妙に心地悪い。



「仕方ないな。風呂入れてやるよ」


「え? いいんですか?」


「一緒に入ろう」


「な、何言ってるんですか」


「嘘だって」


 俺はベッドから立ち上がると、風呂場に向かう。

 そして浴槽にお湯を創造した。

 すぐに浴槽はお湯とこんにゃく、5:1くらいで満たされた。


「ほら、入っていいぞ」


 部屋に戻ってきた俺はそう言って再びベッドに腰掛ける。


「ありがとうございます」


 シャーラが風呂場に入っていったのを見て、俺はゴロンとベッドに寝転がった。

 眠い。多分シャーラが上がるまでに寝てしまうだろう。

 そうなる前に、俺はシャーラのベッドを家の外に出しておいた。

 外はもちろん海なので、あのベッドはもう使い物にならない。

 これでシャーラは風呂から上がると俺のベッドで寝るしかなくなるわけだ。


 俺は再びベッドに横になって、布団をかぶる。

 風呂場の方から水音が聞こえだした。


 そういやルルがいた頃は風呂でキャッキャッやってたな。

 風呂だっていつも入れてたのはルルだった。


 …………。


 ……そうだ、シャーラがお湯を出せるようになればいいんだ。

 ルルがやってたように、あの魔法を覚えれば毎日風呂に入れる。


 明日ブルーダインに頼もう。



 そんな思考を最後に、俺はいつしか眠りに落ちていた。



ーーー



 目を覚ますとシャーラの顔が目の前にあった。

 困惑したが、そういえば俺のベッドで寝るしかないように仕向けたんだった。

 俺は一人満足して、シャーラの寝顔を見つめる。

 寝顔もかわいいシャーラだが、思えばこんな至近距離でシャーラの顔を見るのは初めてかもしれない。

 なんかドキドキしてきた。


 久しぶりにおっぱいをこっそり揉みしだいてやろうかと思ったが、すやすやと眠るシャーラの瞳から一筋の涙が流れた。


「ルル……」


 シャーラの口から出たそんな寝言で、俺はおっぱいを諦める。

 気分じゃなくなったのだ。


 気を取り直そうと、俺は布団から出て伸びをした。

 この街で眠ると、頭上に太陽がないから時間感覚が曖昧になる。

 しかし、人魚達の歌声が聞こえてきたので、俺は定時通りに起きられたことを確信した。

 人魚達はちょうど俺が起きる時間くらいに決まって歌を歌うのだ。

 それで目覚めることもあるため、俺は日に二度行われるこの人魚達の合唱を時計代わりにしている。


 窓を開けると、魚たちが泳いでるのが見えた。風は吹き込んでこない。

 俺は顔を空気と海の境界線に少しだけ付けて、ゴシゴシと洗った。


「ふぅ」


 タオルを創造して顔を拭き、テーブルの上に置いてある小瓶に口をつけて中の液体を少しだけ飲んだ。

 人魚の涙だ。


 そして着替え終えると、俺は小さく「行ってきます」と言って家を後にした。



 この町は安全だ。

 そして海ではブルーダインが最強だった。

 敵が来ればすぐに分かるし、波の流れだって操れる。海で起きることは全てブルーダインの手の上の出来事だ。

 そんなブルーダインが味方なんだから、シャーラを家に置いて来たって心配はいらない。

 片時も離れたくない気持ちもあるが、どうせ起こしても起きないし、することも特に無いから、シャーラの好きなだけ寝るのがいいだろう。


 そんなシャーラはいつも修行が終わる頃に起きて来るのだ。



 神殿に着いたところで、俺は思い出した。

 そういやブルーダインに頼んで、シャーラに水魔法を教えて貰うことにしたんだった。


 俺は踵を返して再び家へと向かった。



ーーー



「おいシャーラ、起きろ」


 布団をひっぺがして俺はそう言った。

 縮こまるシャーラ。そのまま寝返りを打とうとしたシャーラの肩を抑えて、寝返りを阻止した。

 そしてほっぺたを軽くつねってやる。

 やわらかいなほっぺた。


「うう……ん……」


 起きない。


「起きろ。起きないとちゅーすんぞ」


「んぅ……、いいですよ……」


「え? マジで?」


 シャーラはまだ目を瞑ってる。

 まあ寝ぼけてるのは分かっているが、許可貰ったしこのままキスしてやろうか。

 そう思った俺はシャーラの横に手を着いて顔を近づけていった。

 するとシャーラはいきなり目を開けた。

 目は少しむくんでて、充血している。寝ぼけ眼だ。


「レ、レイヤ……?」


「ああ、おはよう」


「な、なにしてるんですか?」


「キスしてやろうかと思って」


「な、なんでですか……?」


「お前が良いって言ったからだよ」


 でも起きたからその必要もなくなった訳だ。

 少し残念に思いながら、俺は倒していた体を持ち上げた。


「……いつも起こさないのに、どうして今日は起こしたんですか?」


「お前いつも俺がいない間暇だろ?」


「まあ……、はい」


「だからさ、一緒に修行しよう。ブルーダインに水の魔法教えてもらおうぜ」


「いいんですか?」


「前ほどハードな修行してないし、余裕はあると思う。お湯出せるようになったら自分で風呂に入れるだろ?

 嫌なら寝ててもいいけど、来る?」


「行きます」


「分かった。40秒で支度しな」


「はい。着替えてきます」



ーーー



「ガハハ! 構わん! ワシが教えてやろう!」


 シャーラの件を頼むと、ブルーダインは快く承諾してくれた。

 そして、せっかくなので俺も色々魔法を教えて貰うことになった。


【そうだなァ。そろそろ戦闘に組み込める魔法を訓練すんのもいいかもしんねェ!】

 というティルフィングの案がきっかけだ。


 とは言ってもシャーラと一緒に修行をする訳じゃないはずだ。

 ブルーダインが俺とシャーラを同時に教えるだけであって、同じことをするわけじゃないだろう。


 俺が巨大な魔法を使うにはアトラクトをする時間を限界まで短くしなければならない。

 なぜならば、俺の体内に魔力が溜まれば溜まるほどティルフィングが重くなっていくからだ。


 しかしどれだけ時間を短くしても、巨大な魔力を体内に取り込んだら流石にごまかせない。

 なので、最近の修行では曲芸みたいな戦い方を練習させられてた。

 アトラクトしつつ、ティルフィングを振り回す。

 アトラクトして体内に魔力がある間はティルフィングを一瞬宙に浮かせたり、投擲して追いかけたりして触れてない時間を作る。

 その魔力を発散する魔法は適当な物だったが、今日は実用的なのを教えてくれるらしい。


 俺がティルフィングから教わることは多い。

 たとえ共有率を100%にしたとしても、俺はそれを全て引き出せないし、ティルフィングの感覚や慣れや技能を手に入れる訳では無いからだ。

 だから洗練が必要になってくる。



「よし、二人共ここまで来い!」


 ブルーダインが自分の足元を指差してそう言った。

 俺達はブルーダインの足元まで歩いていく。

 足元まで着いて、その巨体を見上げると、ブルーダインは唐突に俺とシャーラの頭を撫でた。


「よしよし!」


「何してんだよ師匠」


 グシャグシャとガサツに頭を撫でられる俺達。

 シャーラの髪が乱れていくのが気になったが、嫌そうではなかった。


「ガハハ!」


 しばらく撫でると、ブルーダインは満足したのか、手を離して腕を組んだ。

 そういえばここに戻ってきた時もグシャグシャと頭を撫でられたな。

 あの時はちょっと泣きそうになってしまった。


「さて、水の魔法を教えてやろう。なに! お湯くらいなら一日で出せるようになる!」


「ほんとですか……!」


 シャーラは顔を輝かせる。


「レイヤ、お前にも教えてやる!」


「え? 俺も同じことやんの?」


「ああ!」


 別々の事をやると思ってたのだが、どうやら違ったらしい。

 でも同じことをするならそれはそれで楽しそうだからいいか。



ーーー



 今日はシャーラとの差を思い知らされた一日だった。

 俺の背中におぶられて眠っているシャーラちゃんは、魔法において凄い才能の持ち主だった。

 相当張り切ってたので、今は疲れて果てて寝てしまっている。


 しかしシャーラの魔法における才能は知っていたが、教える師匠も良いと、その伸びは尋常じゃなかった。

 お湯なんて一発で出せるようになったし、シャーラは今日だけでいろんな魔法を覚えた。ブルーダインも驚いていたくらいだ。

 俺はお湯を出すのに少し時間か掛かったので、こうも潜在能力の差を見せつけられると、少し嫉妬しちゃうぜ。

 でもシャーラが強くなることは俺としても喜ばしいことだ。

 しかしいくらすごい魔法を覚えても、シャーラの戦闘センスが皆無なのでそれも意味ない気がするが、気休めにはなるだろう。


 家に着くと、俺はシャーラをベッドに寝かして、俺もそのまま昼寝することにした。


 シャーラに背を向けて眠っていたが、シャーラが寝相で俺に抱きついて来たので、衝動に駆られ、俺も寝返りを打ってシャーラを抱き枕にして眠った。

 その際におっぱいは揉んどいた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 自分の目的のためにラインがルルをさらった奴だとしたら怖いですね。
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