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その手を放して

「……なんだこれ」


 俺は地面にひれ伏したまま呟いた。

 ほんの数十秒前まで闘技場にいたはずだ。しかしなんだこれは。

 街道。周りは森。

 前に投げだされたシャーラに、転がってる俺。


 ……もしかして、また戻ってきたのか?


 頭がこんがらがる。

 なぜまた戻ってきたんだ?

 俺がまたルルを助けられなかったから? 

 もしかしてこれはループというやつだろうか。

 アニメやゲームでよく見る展開。

 まさか実体験するとは思わなかった。


 いや、まだループと決まったわけじゃない。

 そしてそんなことはどうでもいい。

 まだやれる。そういうことなんだろう。

 チャンスをくれるってのなら、俺は全力で走らなければならないんだ。



 ――絶対に助けてくれると思ってた。


 ルルが言った言葉が俺の胸を締め付ける。

 そう、ルルは俺が絶対に助けに来てくれると思ってるんだ。死のその寸前まで。

 だけど助けられなかった。

 一回目なんか、間に合いもしなかった。俺がタラタラ走ってたせいで。


 失敗は繰り返してはいけない。

 ルルが処刑される時間帯はだいたい分かった。日が完全に暮れる前。夕方だ。

 倒れたりしなければ余裕で間に合う。いや違う、体力との勝負になるんだ。

 そこは根性で何とかするしかない。

 絶対に……。


 唐突にルルの死が頭にフラッシュバックした。

 俺は思わず嘔吐物を地面にぶちまける。


「おぇぇ……!」


【オイ!?】


「だ、大丈夫ですか……!」


 シャーラが立ち上がって俺のそばにしゃがみ込む。そして俺の背をさすった。


 大丈夫。大丈夫だ。

 むしろ吐いてスッキリした。俺は口元を拭って立ち上がる。

 目元に溜まった涙も手で拭う。


 行かないと。

 冷静になれ、俺。

 1つ深呼吸する。

 ルルの死はもう見たくない。俺が助けるしかないじゃないか。


【……休まないのかァ?】


「ああ、行こう。ティルフィング、俺は大丈夫だ。吐いたらスッキリした」


 頭痛は酷いし、目眩もする。だけどやれる。ルルを助けるためならなんだってやろう。

 ティルフィングはそんな俺を見て小さく唸った。


 未来の事は二人に話してもあまり変わらないことが分かった。

 動くのは俺なんだし、二人は背負わなくていい。

 俺がルルを助けられたらそれで万事解決なんだ。二人を頼っていない訳じゃない。

 一人でやれる。否、一人でやりたい。


「……レイヤ、休んだ方が良いと思います」


「ああ、ルルを助けられたらゆっくり休むよ」


 そう言って俺はシャーラを抱きかかえた。

 そして走り出す。


 空を全力で駆け抜け、無我夢中で走るとすぐに朝が来た。

 良いペースだった。途中で倒れるのだけは避けたいので、何度か休憩も挟んだ。


【レイヤ、こんな時に言うのもなんだがオレはお前の成長がうれしいぜ! さっきのお前は危なっかしかった!】


 ティルフィングの元気な声は随分と久しぶりに感じる。いや、実質一ヶ月以上ぶりだ。

 ティルフィングとの距離が曖昧になったのも俺のせいだ。ルルを助けられたらそれもやり直したい。


 ルルを助けられたら、またユーフォスフィリアのあの場所に行ってあのキャンピングカーで暮らそう。

 ああ、これは死亡フラグってやつか。いや、それでいい。

 フラグなんかぶち壊してルルを助けるんだ。


 そうだな、ダブルベッドなんかも創って毎日3人一緒に寝るってのもいい。

 その時はこんな気持ち悪い俺ともおさらばだ。



 空を駆ける。

 気分は良いって訳じゃないが、前みたいに切羽詰まってなかった。

 焦りはある。

 だけど、間に合う自信もあった。

 失敗することは考えない。考えると、胸が詰まる。

 ルルは今ひどい目に合ってるかもしれない。

 それもなるべく考えないようにしていた。すぐに助けに行く。勿論王都も潰してやる。

 それだけ噛み締めて、一定のぺースを乱さず確実に王都を目指す。


「ハァ……! ハァ……!」


 息が切れる。意識が遠のいたところでまた地上に降りて休憩した。

 昼下がりくらいになっているのだが、雨はまだ降ってこない。

 順調だ。多分このまま雨は降らないだろう。

 シャーラとティルフィングには俺が意識を手放しそうになる度、気付けて貰った。

 回復魔法でこの不調を治そうとしたが、気休め程度にしかならなかった。

 寝不足や熱は治らないみたいだ。

 体力は回復するけど、全快してしまうと妙な気だるさも同時に押し寄せた。


「レイヤ……、無理はしないでください……」


 シャーラは心配そうにそう言ったが無理しないと間に合わないし、もうとっくに無理してる。


 まさかルルが死ぬとか思ってないからそんなことが言えるんだろうな。

 シャーラを責めてるわけじゃないが、そう思った。

 俺は頷くだけでそれに答えておく。


 しばらく木陰で休憩すると、俺は立ち上がってまた走り出した。

 日は少しだけ傾いているが、夕暮れにはまだ遠い。

 王都はもうすぐだ。


 胸の高鳴りを感じた。歓喜だ。これならルルを助けられる。

 油断はもうしない。念のため王都の兵士達は全員殺して、それから確実にルルを助ける。

 前みたいな状況でもない限り、俺が現れたら戦力を俺に集中させるはずだ。ルルを優先して殺すなんてことはないだろう。

 いや、やっぱりルルを先に助けてから王都を潰してやろう。

 ルルを守りながらでもゴミ処理くらいできる。


 そうこう考えながらまたしばらく走ると、王都が見えてきた。

 やっと、やっとだ。


「シャーラ、ここで待っててくれ」


 シャーラに純心(クリアハート)を付けさせて、また丘の上で待たせる。

 シャーラの返事を聞くと、俺は王都へ向かって弾丸のごとく飛び出した。


 城壁を飛び越えて着地すると、俺はそのまま通りを歩いて息を整えながら王城に向かう。


 俺に気づいた奴らは騒ぎ立てた。

 なぜならすでにティルフィングを抜刀してる上に、フードが取れてしまってるからだ。俺の黒髪は顕になっていて、誰もがそこら中に貼られた手配書と俺を見比べては騒ぎ始めた。


 騒げばいい。

 俺はあちこちに殺気を飛ばして町人の反応を楽しむ。

 ルルの処刑を娯楽感覚で見てたこいつらもみんなゴミと同格だ。


【オイ、レイヤ】


 ティルフィングの声が響いた。俺は足を止めずに返事する。


「なんだよ」


【……お前こそなんだよその殺気……。……殺すのか?】


「ああ、大丈夫、一般人は殺さないから」


【……お前、本当にレイヤか?】


「何言ってるんだよ」


 沈黙。ティルフィングは俺の殺しに肯定的なのか否定的なのかよくわからない。俺の態度や返答が少し違うだけでティルフィングの対応も全く違ってくる。

 なんとなく、それが俺にフィットしてるような感じもした。


 ティルフィングは黙り込んでいたが、しばらくすると俺の待っていた返事が返ってきた。


【……、まあ構わねェかァ! どうせいつか通る道だ! いい機会だし全員殺っちまえ!】


 言われなくてもそうするつもりだ。


 王城の前まで着く。前に立っていた見張りの兵士を殺し、俺は扉を蹴開けて中に入った。

 目に止まった兵士の胸ぐら掴み、壁に押し付けて、問う。


「ルルはどこだ? 言え」


「……ヒッ、ち、地下牢で……」


 兵士の声が途中で途切れたのは俺がそのまま圧殺したからだ。

 さて、地下牢にルルはいるらしい。


 複数の気配がゆっくりとこちらに向かってきているが、無視して俺は地下牢に向かうことにした。

 王城にも地下牢はある。前にラインに地図を見せてもらったことがあるので、場所は把握している。


 目にも止まらぬ速さで兵達を突っ切ると、俺は地下牢へ下りる階段へと一直線で向かう。

 廊下を進んで、突き当りを右に曲がると、俺はそこに階段を見つけた。あれを下りれば地下牢だったはずだ。


 迷わず走り込み、階段を飛び降りて地下牢へ。

 そこは、俺が入ったことのある城下町の地下牢とは違っていた。

 檻のような形状ではなく、完全に密封された個室のような部屋がいくつもあった。

 閉じ込められた人々のうめき声が地下に響き渡っている。


 これではどこにルルがいるか分からない。

 そう思っていると、見張りが俺の所に駆けつけてきた。


「誰だ!」


 俺を見つけた見張りに、壁から石をえぐり取ってそれを投げつけた。

 脳天直撃。見張りはその場で倒れる。

 他に兵を呼ばれると面倒なので、地下にいた見張りは先に全員殺しておいた。


【……やっぱらしくねェな。急にどうしたんだよ】


 ティルフィングの言葉には答えない。

 俺は片っ端から牢屋の個室をこじ開けてルルを探していく。

 結構こじ開けたが、まだルルは見つからない。


 そんな時、地下の階段から降りてくる複数の気配があった。


 俺は直線上に見える階段に目を向ける。

 すると、そこに現れたのは炎帝、風帝、雷帝、騎士長だった。

 そして傍らにはさるぐつわを加えさせられ、ボロボロになったルルがいた。髪の毛を炎帝に引っ張られ、首にはナイフが突き付けられていた。


 それを見た俺はティルフィングを鞘に納める。


「動くな! 動けばこいつの命はないぞ!」


 炎帝の声が地下に響き渡った。


 俺の初動もそれと同時だった。一瞬で炎帝の元まで移動した俺は、ルルの髪の毛を掴んでいた炎帝の手首を取り、そのまま捻り上げる。骨がボキボキと音を立てた。


「あぎゃぁ!」


 俺はその手を振り上げ、思いっきり下ろして炎帝を地に叩きつける。


「ハァッ!」


 風帝によって振り下ろされた剣を拳で弾き、その顔に拳を叩き込む。雷帝には流れるように蹴りを食らわせ、最後に反応が遅れていた騎士長にも同じように蹴りをお見舞いした。


 そしてルルに向き直ると、さるぐつわを外してやる。


「ルル……」


【こりゃひでェ……】


 ルルは弱々しくはにかんで見せた。俺はボロボロになったその体を治すべく、万能の回復魔法を創造する。するとルルの傷は全て癒えた。


 その後、ルルは安心したのか気を失ってしまった。俺はその体を支え、抱き上げる。

 そのまま力いっぱいルルを抱きしめたくなったが、まずは後ろのゴミ掃除だ。


 体勢を入れ替えて、残った三人を睨みつける。


「う……」


 地でうめき声を上げた炎帝の頭を踏み潰す。

 ルルも見てないし、存分にやれる。

 心の中でそう歓喜しながら俺はティルフィングを抜刀した。


【こりゃあ、皆殺しでいいだろォ!】


「殺しても殺し足りないわ」


 ルルはもう離さない。片手でしっかりと支えている。


 俺は一番近い風帝の元に歩み寄った。俺の殺気にやられて騎士長も雷帝も動けずにいる。


「ヒッ……」


 小さく悲鳴を上げた風帝に一閃。壁に血飛沫が散った。

 痛ぶってやろうと思ったが、俺には出来なさそうだ。

 勢い余って殺してしまう。


 なんかこいつらに構っているのもバカらしくなってきたので、さっさと残った二人も殺して、俺は地下牢から出た。


 その後、王都のお偉いさん達を片っ端から殺して、俺はシャーラのいる丘の上に戻った。


 丁度その時ルルも目を覚ました。


「ルル……!」


 俺が抱きしめてやりたいところだったが、シャーラに先を越される。

 俺はルルを一旦地に立たせてから抱きしめた。


「え? レイヤ、泣いてるの?」


 溢れていた涙に俺も今気づいた。


「大袈裟だよ」


 笑いながらそう言うルル。シャーラも俺の涙を見て驚いていたようだが、今は笑っている。

 ルルは助かったんだ。

 今のシャーラとティルフィングからしたらそんな実感は少ないかもしれない。

 だって実質一日以内での救出なんだから。


【レイヤ、お前なんか隠してるだろ。やっぱりなんか違うぜ】


 ふと、ティルフィングがそんなことを言った。

 日は沈みかけており、丘の上から見える夕日は綺麗だった。


「別になんにも隠してねーよ」


 そう言ったのと同時に俺の視界は狭まっていき、次第に真っ暗になった。

 ああ、疲れてるんだな、俺。

 そして意識を手放す。






 気づけば、俺は地に伏していた。

 辺りは、暗い。

 心臓がバクバクと脈打っており、頭もクラクラする。


 顔を上げると、そこにはシャーラが投げ出されていた。



【オイ、お前一回ここで休め。町からはもう大分離れてる。休め】



 なんだこれ。

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