クイックセーブ
【オイ、どうしたレイヤ】
「いや、なんでもない……」
俺はそう言って立ち上がった。
シャーラにも手を貸して立ち上がらせる。
「あ、ありがとうございます……」
この後、俺はあの木の下でしばらく休むんだよな。
今思えば、ここで休まずに王都まで走ればルルを助けることが出来たんじゃないだろうか。
「行こう」
【オレは休めッて言ってる】
「レ、レイヤ、私も休んだ方が良いと思います……」
俺は黙り込んだ。
無視して進むべきか、二人に事情を話すべきか。
どうであれ進むことは前提だ。
チャンスは一度しかないんだ。また過去に戻るなんてことはできないかもしれない。
ルルがさらわれてからまだそんなに経っていない。
ルルは処刑されたのだから現時点で死んでる可能性はまずないはずだ。
慎重に、かつ確実にルルを助ける為にはやはり二人にもこのことを話すべきだろう。
信じてくれなかったら?
いや、二人なら絶対に信じてくれる。
そう思った俺は口を開いた。
「ルルは死ぬ」
「え?」
【あ?】
二人からしてみれば今の俺の発言は、過去の俺達が考えないようにしていたことだ。
そして口に出すことは不謹慎とも言えることだった。
「ルルは死ぬんだ。俺がここで休憩したら、ルルは死ぬ。処刑されるんだぜ? 王都に着いたらすでに晒し首にされれてるんだ」
【何言ってんだテメェ?】
「俺は未来から来たんだよ」
「えー……と」
【おかしくなっちまったのか?】
予想通りの反応をした二人に、俺は全ての事情を話した。この時間さえも俺からしたらもったいない。
だけど説明の手は抜かなかった。
【……マジで言ってんのかァ?】
「そんなことって……」
「本当の話だ。信じろ」
【……】
証拠は提示できないけど、信じてもらわないと困る。
「だからここで休憩してる暇なんてない」
【……ダメだ。それでも休め。このまま行ってもどっかで倒れて状況は悪化する】
「あ? ふざけんなよ。それでルルが死ぬんだろうが」
沈黙。
非常に心地の悪い沈黙だった。
こんなところでこんなことをしてるくらいなら今すぐ走り出したい。
シャーラをここに置いて俺だけで走れば間に合うんじゃないだろうか。
そんなことを考えていた時、シャーラが沈黙を破った。
「……転移魔法を使えばいいんじゃないんでしょうか。
町に戻れば私達をユーフォスフィリア大陸まで連れて行ってくれた人がいるんですよね?」
それは、ダメだ。
まず、転移魔法を使えるやつを見つけたとして、顔も見せない奴を運んでくれるわけがない。見つけられなかった時のリスクもある。
そして顔を見せたら見せたで面倒なことになるだろう。
第一、俺達には金が無い。宿においてきたんだ。
俺が賞金首であることをバラして、俺の首を賃金に連れて行ってもらう。
それもダメだ。大罪人である俺の言葉を信用してくれるはずがないじゃないか。
脅して連れて行ってもらう。これならありかもしれないが、裏切られた場合は? 全く違う場所に転移させられた場合はどうなる? まずこんな時間に営業してるのか? していたとして、見つけるまでに時間がどれくらい掛かるか分からない。
……この案は無理だ。色々とリスクが伴うし、人間はやっぱり信用ならない。
そうだ、自力で走るしかない。
頼れるのは俺だけなんだ。
そこまで考えて、俺は言った。
「走る」
ティルフィングが舌打ちをした。しかし失敗は許されない。
なんとしてでも走り切って、ルルを助けてやる。
シャーラは……連れて走る。
シャーラの身に何かあっては本末転倒だ。
タイムリープ出来たからいいものの、先程シャーラを置き去りにしたのも今考えたら失敗だった。ラインが何をしでかすか分かったもんじゃないのに、冷静さに事欠いていた。
今、俺は冷静だろうか。
「行こう」
俺はシャーラを抱え上げて、走り出す。
空中歩行を使い、空を駆ける。
ほとんど全力疾走で、途中何度も込み上げそうになった胃液を飲み込んで走った。
夜の風は冷たかった。
真っ向から俺を邪魔するように吹き付けてくる風に苛立ちを感じながら俺は走る。
意識を何度も失いそうになって、墜落しかけたが、ティルフィングとシャーラの喝のおかげで持ちこたえた。
日が昇り始める。
どれくらい進んだだろうか。
俺は一度止まって進路の確認をする。
ここからなら半日ちょいで王都に着きそうだ。
間に合う。
このペースなら確実に間に合う。
そう思った時、俺は意識を失った。
ーーー
俺は飛び起きた。
すぐさま立ち上がって、辺りを見渡す。心臓はバクバクと脈打っていた。
「レイヤ、起きたんですか……」
傍らにはシャーラが座っていた。
日は雲に隠れて見えないが、真上に登っている。俺は頭が真っ白になった。
「……な、なんで、起こしてくれなかったんだよ……」
【オレが起こすなって言ったからな。じきに起こすつもりだった。まだ時間はある】
「……何考えてるんだよ。意味わかんねぇ……。
なんだよ、……そんなもんなの? ルルの命って、そんなもんなの?
それとも信じてねーのかよ……」
「……レイヤ、落ち着いてください。
すごい熱があるんですよ?」
「……関係ない。
もういい。お前らはここにいろ」
俺はティルフィングを放り出した。
ここなら人が来れるような場所じゃない崖の上だし、シャーラは純心さえ着けていたら魔物に見つかる心配もない。
それにここらの魔物ならシャーラだって倒せるはずだ。
うるさいティルフィングを置いていけばシャーラにもしピンチが迫っても的確な指示を出してくれるだろうし。
「じゃあ行ってくる」
【オイ待て!】
「うるさい」
俺は地を蹴って飛び上がる。
――空中歩行
そのまま駆け出した。
持てる力を最大限に使って走った。ポツポツと降り出した雨が次第に強くなっていき、俺の体を打ち付ける。
頭は朦朧としていて、ガンガンと打ち付けるような痛みが走っていたが、耐えた。
走りながらまた何度もえずく。口元まで出かかった嘔吐物は全て飲み込んだ。
走っていく内に、空は晴れて来た。
前の時はまだ雨が降っていたが、今晴れたということは確実に王都に早く着くことを証明している。
間に合う。きっと間に合う。
そう思いながら走り続けてしばらく。
日が少し落ちかけていて、夕日が辺りを照らす中、俺は王都を視界に収めた。
休まず一気に王都まで辿り着くと、外壁をそのまま飛び越えて一心不乱に広場まで駆けつけた。
そこにルルの無残な姿は無い。
「ハァ、ハァ……」
ひとまず安心する。
しかし町は静かだった。俺は朦朧とする頭で今から何をすべきか考える。
しかし頭はまともに働いてくれず、むしろ意識が遠ざかっていった。
俺は爪を腕に思いっきり立てて意識を覚醒させる。
「ハァ……、ハァ……」
どこだ。
やはり場内か。
考えたくないけど牢屋ではなく拷問室なんかに収容されている可能性は高い。
そう思っていると、一人の少年が俺の前を走っていった。
いや、一人ではない。後ろからその男を追いかける少年が二人。
「ほら! 処刑が始まっちまうぞ! 急げ!」
「待ってくれよアニキ!」
処刑。
ルルだ。
俺は俺の前を通ったその少年の胸ぐらをつかんで聞いた。
「処刑はどこでやっている!」
「あ、え……、と、闘技場だけど」
少年を離すと俺は走り出した。
闘技場の場所はわかってる。
俺は民家の屋根を渡って闘技場に向かった。
闘技場にはすぐに着いた。
俺は入り口に立っていた兵士を殺して、先に進む。
そして辿り着いた。
闘技場の2階席はほぼ埋まっており、その注目は全て闘技場の真ん中に注がれている。観衆は騒ぎ立て、殺せと叫んでいる。
真ん中にいるのはルルだ。
ルルはギロチンに掛けられていた。
血でまみれたボロ切れのような服を着せられており、手は後ろで縛られている。
そしてたった今、ギロチンの縄が切られた。
俺は駆ける。
力いっぱい走って、ルルの所まで辿り着くと、降りてきたその刃を手で受け止めた。
が、刃は俺の手をやすやすと切り裂いて、真下に落ちていく。
しかし俺はふとももでギロチンに対抗する。
「っう! 止ま、れ!!」
俺のふとももを半分進んだ所で、ギロチンは止まった。
一瞬の出来事だった。
闘技場は静まり返っている。
「……えへへ、絶対助けてくれると思ってた……」
ルルの掠れて弱々しい声。
首は固定されてて、俺の顔なんて見えてないはずなのに、そう言ったんだ。
そのルルの声で俺の瞳からは涙が溢れた。
手や太ももから流れる血がルルにかかる。
「ごめんな……、マジでごめん……。もう、こんな酷い目に合わせたりしないから……」
「それは叶わないぞ、大罪人」
そんな声と同時に、ドシンとギロチン台が揺れた。
音を立てて落ちたのは、ギロチンの刃、俺の足。
そして、ルルの首だった。
「え……? あ……?」
訳がわからないまま、とりあえず俺は男の声がした方に顔を上げた。
ギロチン台の向かい側にいたのは、炎帝。
炎帝の足は、ギロチンの刃の上に乗っかっていた。
「え? あれ?」
素っ頓狂な声を上げてしまう。それでもかろうじて回復魔法を創造して足と手を治していた。
そして地面に落ちたルルの首を見る。
「フハハハハ!! 裏切り者に相応しい姿だ!! 貴様も今からそうなる!!」
俺はフラフラと歩き、その首の元へ倒れ込んだ。
「ああ……ぁぁあ……」
死んでる。
終わった。また、死んだ。なんで、なんでだよ。
なんでなんだよこれ。
いつも邪魔ばかりする。ルルにそんなことしなくたっていいじゃないか。なんでなんだよ。
「うう、ううう……」
俺の涙が地を濡らす。
絶望。まさにそれだった。あの宝具は何度でも使える程あまくないだろう。今度は過去に戻れずに死んでしまうかもしれない。
そんな思考とともに俺の視界は真っ暗になっていき、そして最後には意識を手放した。
気づけば、俺は地面に伏していた。
心臓がバクバクと脈打っていて、頭もクラクラする。
しかし少し楽になっていた。
明るかった辺りが急に暗くなっている。
なんだ、何が起きた。
顔を上げると、目の前にはシャーラが投げ出されている。
【オイ、お前一回ここで休め。町からはもう大分離れてる。休め】




