果てしなく
海は、荒れていた。
ここは浜辺。
海に辿り着いた俺達は、さっそくブルーダインとの再会を果たしていた。
ラインはハイルセントで待機している。
「じゃかあしい」
ブルーダインの声が響いた。
俺は黙り込む。
「……」
「ワシが聞いてるのはそんなことかい。
ルルが死んだことはもうええ。ワシも腸煮えくり返りそうだが、こりゃあルルの責任だ」
ブルーダインは俺に対して怒っていた。
俺もまた、ブルーダインの態度と物言いに腹を立てていた。
「……何を、俺に求めてるんだよ……」
そう言って俺はブルーダインを見上げて睨んだ。
視線がぶつかり合う。
後ろに立つシャーラが俺の袖をきつく握った。
【……】
「切り替えろ、メソメソするな」
ブルーダインは言う。
切り替えろ、メソメソするな。
簡単に言ってくれるじゃないか。
「そんなこと」
俺の言葉が始まる前にブルーダインは続けた。
俺は開きかけた口を閉じる。
「復讐は、構わん。だが死んだもんはどうしようもない。
レイヤ、お前が責任感じているのならそれでいい。
だけど、お前が変わってしまうのはルルにとって一番望まないことだろう。分かれ。
その顔でワシに会いに来るな」
それだけ言うと、ブルーダインは海へ帰って行った。
海は、荒れていた。
そして俺にはブルーダインの言葉が重たくのしかかった。
ブルーダインの性格から考えて、そういう事を言われるかもしれないのは分かっていた。だけど、納得がいかない。
ルルが死んだのは、ルルのせいじゃないだろう。
俺のせいでもない。
ルルを殺した奴が悪い。その前の俺の行動がどうだとか、ルルの死に起因する全ての事は関係ない。
ルルを殺した奴が悪いんだ。
死して然るべきだ。
俺は逃げてるだけなのだろうか。目を背けてるだけなのか?
分かってる。
客観的に見たら俺が悪いんだろう。気が抜けてた俺が。細心の注意を払わなかった俺が。油断してた俺が。甘かった俺が。
だけど俺に言うなよそんなこと。
殴ってくれたら、良かったじゃないか。
もう分からねーよ。
俺に、どうしろっていうんだ。
ーーー
俺達はハイルセントに戻ってラインと待ち合わせ場所で合流した。
待ち合わせ場所というのは酒場で、ラインはテーブルに座って賭博をしていた。
俺とシャーラはもちろんフードを被って顔が見えないようにしてある。
俺としては今すぐにでもこの町を出たいところなのだが、ラインは言った。
「レイヤも混ざるかい?」
「……いい」
少し苛立ちながらも俺は答える。
ラインは俺の返事を聞くと、賭博を切り上げて立ち上がった。
「ならいこうか」
俺達はラインの背を追って酒場を出た。
そして馬車の元に戻ると、早急に町を出た。俺が急かしたためだ。
「で、海の渡り方なんだけど」
「……ああ」
「実はこの馬車と馬、宝具なんだ」
「……そうなのか」
「海だって渡れる」
海はあまりのんびり渡りたくない。周りに障害物が無いせいで魔族なんかに見つかったりしたら厄介だ。
魔王の出現だってあったわけだし。
そういうわけで俺はその案を却下した。
「レイヤ、変わったね。前は宝具の一つで愉快なリアクションをしたのに」
「……」
「俺の言うとおりになったみたいだね」
「……お前、うるさいな」
「ごめんごめん。
で、海の渡り方なんだけど、転移魔法を使える専門の運び屋を探そうと思う」
それはいいかもしれない。
安全な手段だ。しかし別大陸を行き来出来る程の実力者を見つけるのは大変だろうし、金もかかるだろう。
その辺りのことを聞くと、心配ないらしい。
湾岸の町にはそういう仕事を主にした専門業の人がいるらしくて、お金についても余裕があるそうだ。
「という訳で、レイヤ達は町の入り口で待っててくれるかな。馬車を任せるよ」
そう言ってラインはまた町の中へ消えていった。
しばらくシャーラと待っていると、ラインは見知らぬ男と一緒に戻ってきた。
「おまたせ。
紹介するよ、運び屋のリージェンさんだ」
「よろしく。今時ユーフォスフィリアなんて物好きもいるもんだな。片道金貨二枚なんて羽振りもいいしよ」
俺達は顔を伏せる。
顔を見られると面倒だ。
「じゃ、早速転移してくれるかな。馬車と馬もだから魔法陣大きめで」
「あいよ」
地に広がる魔法陣。
シャーラは俺に寄り添った。俺も手を握る。
ラインの注文通りサイズの大きい魔法陣だった。光が俺たちを中で包んでいく。
そして、光は視界を包み、それが消えた頃には景色は変わっていた。
木々に囲まれる草木の生えた一本道に俺達はいた。
「着いたぞ。この道をひたすら進めばパキアの町につく。
んじゃ、まいどあり」
「リージェンさん、おつかれさま」
そう言ってラインはリージェンの胸に短剣を突き立てた。
ラインはその短剣をリージェンの胸から引き抜いて、今度は首筋に突き刺す。
「な……」
口から血を吐き、その場に倒れ込むリージェン。リージェンはしばらく地でもがいたが、すぐに動かなくなった。
俺は顔を上げてラインの顔を見る。するとラインは言った。
「これが徹底するってことだよ」
それには答えずに、俺はシャーラの手を引いて馬車に乗りこんだ。
ラインもそれを見送ると馬車の先頭に座り、馬に鞭打つ。
会話はない。
ティルフィングの声もここしばらく聞いてないな。
そんなことを考えながら、俺は外を眺める。
魔物の気配は今のところない。
しかし内地に進むに連れて魔物も増えるだろう。
そうなれば俺は馬車の中ってわけにはいかなくなる。
シャーラは俺の隣でウトウトしていた。
俺に気を使っているのか、こいつは最近あまり眠らない。
俺は意図せずシャーラを抱き寄せた。そしてその髪を撫でる。
シャーラはこうして抱き寄せて撫でると、すぐに眠ってしまうのだ。
俺の唯一休まる時間だった。




