二人の行方
夢を見た。
俺がキャンピングカーを引っ張り、シャーラとルルが小窓から顔を出して楽しく旅をしてたあの頃の夢だ。
あの頃と言ってもほんの少し前。
夢の中の俺は、ティルフィングに見張りをさせて、キャンピングカーの中でシャーラとルルとじゃれ合ってた。
そうだ。
あの頃は区切られた寝室スペースを乗り越え、毎日のようにシャーラとルルの寝床に侵入してたんだった。
俺は二人をまとめて抱き寄せて水色と銀色の髪に頬ずりをしていた。
幸せそうだった。いや、幸せだった。
そこで目が覚める。
瞼を持ち上げるのと同時に、俺の目尻に溜まっていた涙が流れた。
その涙をシャーラが指ですくった。
シャーラは俺の顔をのぞき込んでいる。
俺はシャーラに膝枕されて眠っていたんだった。
「……悪い」
俺はそう言って体を起こした。
何に対して謝ったのかは分からない。でも、最近俺は口を開けばシャーラに謝っている。
「なんで謝るんですか……」
シャーラの顔を一瞥すると、その瞳には涙が浮かんでいた。
これを理由にしよう。
「お前が泣くからだよ」
「泣いてません」
シャーラは口を真一文字に結んでから、俺の肩に頭をトンと乗せた。
俺は体の向きを転換してそのままシャーラを抱き締める。
いつのまにかお互いに“触れ合う”という行為が少ない心の支えになっていた。シャーラも俺もそれを自覚している。
俺はシャーラの髪を撫でる。しばらく風呂に入ってないはずなのに、シャーラの髪は艶を保っている。
ベタつきも少ないし、臭いも臭くない。むしろいい匂いだ。
だけどシャーラもそろそろ風呂に入りたいだろう。前は風呂に入りたい入りたいとうるさかったのに、今はなんの文句も言わない。
我慢してるんだ。
俺に迷惑をかけないようにしてる。
俺の方こそシャーラに辛い思いをさせてるのに。
いや、お互いにそう思っているんだろう。
お互いに傷を舐め合って、慰めあってる。
シャーラがいてくれて本当に良かった。俺がこうしてまだなんとかマトモでいられるのもシャーラがそばにいてくれるおかげだ。
同時に今度はシャーラを失ってしまうのではないかと思うと怖い。
絶対に離したくない。
邪魔する奴はみんな殺してやる。魔王も、人間も。誰であっても。
「レイヤ……苦しいです……」
気付けば俺はシャーラをキツく抱き締めていた。
「ああ、……ごめん」
シャーラから離れようとしたけど、シャーラは離れず、俺の胸に顔を埋めた。
「もう少しだけ……」
馬車が揺れる。
ティルフィングがガチャと音を立てて軽く跳ねた。
俺はシャーラを抱えながら、馬車の前方の小窓から馬に鞭打つラインの後ろ姿を見た。
突然俺達の前に現れたライン。
話を聞くと、王都から俺達を追ってきていたらしい。
ラインは王都の宝具を盗むためにずっと悪戦苦闘していたらしいのだが、そんな時俺が王都を壊滅させたもんだから簡単に宝具をかっぱらうことができたようだ。
そんなことを悪びれずに語ったラインの喉笛を衝動的に引き千切ってしまいそうになったが、なんとか抑えた。
ラインの向かう先はユーフォスフィリア大陸の最東端にあるとされている、難攻不落の遺跡。
ラインは俺にその遺跡攻略の協力を求めた。
それを聞いた時、俺は考えた。
ブルーダインに会いに行った後はそうするのもありかもしれない。
なぜなら、手っ取り早く強くなる方法はラインみたく宝具に頼ることだからだ。ティルフィングだって一応宝具なわけだし。
まあ、今すぐにでも強くなりたい俺としては、交換条件に宝具を貰うということで乗ってやってもいいと思ったのだ。
しかし、それよりも大切な物がある。
シャーラの安全だ。
これが確保されなければ話は枠の外へ消し飛ぶ。
俺も人間だけど、ほとんどの人間は信用ならない。狡猾で、屑で、腐った愚かな生物だ。
ラインはまた裏切るかもしれないし、俺としてはシャーラとティルフィング以外の奴と一緒にいたくない。話したくもない。
だから、ラインには俺が信用するに当たる何かを見せてもらいたかった。
そう言うとラインは迷わず自分の片目を抉り取って「これでいいかな?」と言ってきた。
俺も迷わず「ダメだ」と一蹴した。
たかが目玉一つで何を信用しろと言うのだ。
そんなのどうせ宝具なんかで治せてしまうのだろう。
結局、俺自身どうあっても信用出来ないことに気付いたので、最大の注意と警戒を常に払っておくことと、シャーラに好きなだけ宝具を身に着けさせることで話は纏まった。
話が終わった頃にはラインの目は治っていた。
そういうことがあって、俺達は馬車に乗りこんだのだった。
ラインは淡々と馬車を走らせた。
交渉後から一度も話してない。
馬車なんかより走った方が早いのだが、今の俺にはブルーダインの処に走って行く気にはなれなかった。
どこに会わせる顔があるのだろうか。
それに俺自身、ブルーダインに当たってしまうかもしれない。
今の自分が不安定なのはよく分かってるつもりだ。
冷静を装ってるけど、ルルのことを思うと、腹が煮えくり返って吐き気すら覚えるほどの怒りが沸いてくる。
誰でもいいから殺してやりたくなってしまう。
誰かに、俺と同じ気持ちを味合わせてやりたくなってしまう。
そんな自分を抑えるので精一杯なのだ。
不安にも駆られる。俺が本当に休まることはこの先もうないのかもしれない。
シャーラにも辛い思いをさせてしまうのが何より許せない。
こんなになってしまったけど、俺はシャーラが好きだ。愛してる。
だから邪魔な魔王はちゃんと殺すし、その後は俺達の邪魔をする人間を片っ端から消していく。
「レイヤ……」
ふとシャーラが胸の中で俺の名を呼んだ。
もう少し、と言ってから結構経っている。
「私達……、どこに向かってるんでしょうね……」
「……」
「……レイヤは、言いましたよね。
あれは忘れもしませんよ。
美しすぎだろ世界、って言いました」
「……そんなこともあったな」
「でも、やっぱり……世界はどうしようもなく醜くて、腐ってますよ……」
「…………」
「どうして私達だけがこんな目にあうんですか……! 嫌ですよ……、こんなの……」
「……大丈夫、俺が全部なんとかする」
「それが、嫌です……。レイヤが苦しい思いをするのを見たくないんです……」
「いや、見ててくれ。
お前がいるだけで俺は救われるんだから」
俺はティルフィングを見た。こいつにも救われている。
シャーラとの会話はそこで止まった。
シャーラは俺の胸でまた泣いて、背中を優しく叩いてやるうちにいつしか眠ってしまった。




