絶望と希望のスペルコール
それは一瞬の出来事だった。
レイヤが私を投げ出したのだ。
あの時、一瞬でも見捨てられたと思ってしまったことを私は恥じる。
レイヤは私が巻き添えを受けないようにこうしたのだろう。
私は外壁の上へ落ちた。足から落ちてすごく痛かったが、そんなことに構わず私は空を見上げる。
レイヤは騎士長の攻撃を体に受け、そのままどこかに飛ばされてしまった。
一瞬しか見えなかったが、その時のレイヤの顔に余裕はなかった。
そして騎士長が放ったものにも驚いた。同時に絶望する。
宝具、必滅雷撃神槍。
それは狙い定めた者の心臓を突き刺すまで止まらない勝利の槍。その槍が標的を外すことはない。
信じられないが、レイヤはあの槍を掴んでいたように見えた。
つまり、レイヤはどこか遠くまで飛ばされ続けて、疲れ果てたあげく死んでしまうのだろう。
「ぁ……、ぁぁ……」
私のせいだ。
私は地に手をつく。私がいなければレイヤは死ななかっただろう。
私がいなければレイヤは必滅雷撃神槍の餌食になることはなかったんだ。
だって必滅雷撃神槍は、『宝具を持っている者』しか狙えないのだから。
レイヤは宝具を持っていない。感覚で分かる。
なら、私だ。
こんな可能性が少なからずあることを知っていたのに、私はレイヤにそれを教えることはしなかった。
なぜ? 決まっている。怖かったのだ。
私は人じゃない。物だ。それを知った時のレイヤの顔を見たくなかった。
せっかく私を人だと思ってくれている。騙したままでいたかった。
私に生きる価値があるだろうか? 否、ない。
自分の命は是認してほしいのに、私はレイヤの命をないがしろにしたのと同じ。
せっかく助けてくれたのに。
雲が太陽を隠した。
その時、私はおもむろに騎士長の方を見る。
すると、騎士長の右手にはあの宝具が戻ってきていた。矛先には血がべっとりと付いている。あの宝具は標的を沈めた後、持ち主の手に戻ってくるのだ。
レイヤならもしかすると、そんな淡い期待をまだ抱いていた私だが、それも打ち砕かれた。
私はあれが羨ましい。物として生まれ、愛され、使われるあの槍が。
私は外壁の上から身を投げた。
世界を恨んで死んでやる。この腐りきった世界を恨んで……。どうしようもない醜い世界を噛み締めて、私は死んでやる。
地面がどんどんと近づいて来る。私から迎えに行ってるのだ。さっきは天に向けて飛んだけど、私は地を見て死ぬ。
「おっと、そうはさせない」
騎士長のそんな声が聞こえたと共に、私は地上でキャッチされた。
絶望する。
「まだ……私に何かさせるんですか?」
何もしていないのに謝るのはなんとも滑稽だ。
「お前は用済みだが、捨てるには惜しい」
そう言った騎士長はそのまま私を運ぼうとする。
私は抵抗して暴れた。
すると騎士長は手を離し、私は地面に落ちる。
地面に落ちた私は、髪を引っ張られて無理やり立たされた。
「痛い……」
「物は、そこにあるだけでいい。大人しくしろ」
そうだ、この目。人として見てくれていない。
その目を見てしまった瞬間、抵抗する気もなくなった。
それを見た騎士長は口角を釣り上げる。
絶望する中、髪を引っ張られ私は城へと引っ張られて行った。
ーーー
「それをこちらへ持ってこい」
「ハッ」
私は今、玉座の前。王の目の前に連れてこられていた。私をそれ呼ばわりするのが当たり前の場所に、私はいる。
私は騎士長に王の元へと連れて行かれ、王は私の髪を撫でた。
気持ち悪い。
「美しい、使い道がないなら、飾るのもいいな。そこへ飾っておけ」
「ハッ」
私は騎士長にまた連れて行かれ、次はベランダのそばの柱に鎖で繫がれた。
「勇者召喚の件はいかがいたしましょう」
「今日にでも行え」
「ハッ」
「いや、待て」
「……どうなされましたか?」
「民衆の前で行うというのもまた一興かもしれぬ。そうじゃ、そうしよう。アステスよ、民を闘技場に集めてそこで行おう」
「ハッ、手配しておきます」
アステスというのは騎士長の名前だろうか。
私は俯きながらそんなどうでもいいことを考えていた。
私は飾り物になるらしい。
だけどあの箱に詰められるよりかは全然マシだった。
その後、王も騎士長もどこかへ行ってしまい、私は一人になった。
鎖で繋がれた私は逃げる気にもなれない。
そのままどれくらい経っただろうか。私は王の間で一人俯き座り込んでいる。
ベランダから太陽を覗くと、もう真上くらいにまで昇っており、昼過ぎくらいの時間になっていた。
ベランダから風が吹き込んで来る。昨日までは意識もなくずっと箱の中にいたので風は新鮮だ。
なのに気分は少しも晴れない。この先絶望しかないのなら、いっそ舌を噛み切って死んでしまおうか。
そんなことを思っていた矢先。
王の間の入り口の扉がバタンと開かれ、数人の兵士たちが現れた。
「いたぞ、早く持っていけ!」
兵士たちは私の鎖を解いて私を立たせる。
「来い!」
そしてそのまま私は連れて行かれてしまった。
一体どこに連れて行かれるんだろうと思っていると、着いたのは闘技場だった。
中に入ると観客席には民衆で溢れかえっていた。
そしてなにより目についたのが、闘技場のど真ん中に描かれてある魔法陣。
先程言っていた勇者召喚の魔法陣だろうか。とにかく見たことのないくらい大きいサイズだった。
だけど魔法陣の発光を見るに、魔法発動には少し魔力の込めが足りないようだ。
「連れてまいりました!」
そんな中、私は兵士達に騎士長の元まで連れてこられた。
「ご苦労」
今度は何をされるんだろうか。いや、あの魔法陣を見たら大体分かる。
魔力を込めさせられるんだ。
「お前にはあの魔法陣に魔力を込めてもらう」
「……嫌です」
そう言って首を降る。こいつらの言うとおりにはなりたくなかった。
バチンと、騎士長に頬を叩かれる。
「やれ」
まただ、その物を見る目。
「……分かり、ました」
そう言っても私は無理やり魔法陣の処まで連れて行かれる。
闘技場の観客席には王専用の席があり、王はそこに肘をついて座っていた。
そして、私は魔法陣に魔力を込める。
それを見た民衆達は勇者召喚は今か今かと待ちわびるように静まり返った。
理解、できない。
まるで、真っ当なことをやってきて、当たり前のことが行われる。そんな、雰囲気。
虚像に踊らされている人々が悪いだなんて思わないが、つくづく世界が嫌いになる。
この場所なら、私の言いたい事を伝えるんじゃないだろうか。
そうだ、きっとできる。結果なんて、変わらないかもしれない。
だけどこんな国に、こんな世界に、言いたい事を言ってやろう。丁度人もたくさんいる。
意を決して、私は腹の底から声を出した。
「王よ! あなたは愚王です!! 何が勇者召喚ですか! 魔王討伐? 笑わせないでください! 勇者召喚の為に罪もない人々を牢に閉じ込めておいて何を言うか!!!」
言い終え、先程とは雰囲気の違う沈黙。私は魔力を込めながら小さく深呼吸。
騎士長が横で剣に手を添えていた。
それを見て私は言う。
「近づかないでください! その気になればこの魔法陣を台無しにすることだってできます!」
そう言うと騎士長は顔を怒りで歪ませて剣から手を引いた。
そんな時、観客席から何かが飛んで来て、私の頭に当たる。
「いたっ……」
足元に転がるそれはゴミだった。
「王様を馬鹿にするなァ!!」
その声の発生源を見てみると、それは小さな子供だった。私は唖然とする。
そしてその子供に感化されたのか、私を侮蔑する言葉が次々と投げられた。
「王がそんなことをする訳がないだろう!!」「反逆者め!!」「死んでしまえ!」
そんな声は次第に広がっていき、最終的には闘技場全体を包んだ。
「……ッ」
私は無言で唇を噛む。
気づけば、騎士長が私のすぐ隣まで来ていた。
次の瞬間、強烈な蹴りをもらう。
「ぐふぅ……!」
私は地面を跳ねながら転がっていった。
「いいぞォォ!」「もっとやれぇぇ!!」
騎士長が近づいてくる。私は死を覚悟した。
こんな結果になってしまったけど、悔いはない。
私は起き上がらずに、地に大の字に広げて死を受け入れようとした。
だけど、騎士長が口にした言葉は私が一番望まないことだった。
「お前はあの箱行きだ」
今日何度目か分からない絶望。
嫌だ、あそこにはもういたくない。嫌だ、一人は嫌だ。あそこは寒い。
なんで私だけこんな目にあうんだ。
私の瞳から一粒の涙が流れ落ちる。
「助けてくださいよ…………、だれか」
そんな時。
急に空が暗くなった。
仰向けに転がっている私にはそれが見えた。
巨大なドラゴンが翼をはためかせて風を切りながら、闘技場の真上を旋回していたのだ。
「……ッ、竜種!」
騎士長がそう言うと、誰もが空を見上げる。
すると、批難の声は悲鳴へと変わった。
騎士団の兵士達は民衆の避難に急ぎ、騎士長は眉間にシワを寄せ、右腕を押さえて息を吐き出した。
私はこの場から動けず、その様子を只々見ていた。
騎士長の周りには雷が迸り、大気を震わせる程のエネルギーを感じる。
そして騎士長の手に神々しい光を放つ例の槍が現れた。
しかし、不自然なのはあの竜。
何もアクションを起こさない。そう思い、見上げた時だった。
竜の背中に一つの影。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
私がそれを発見すると同時に、竜はいきなり鼓膜が破けそうなくらいの大きな咆哮を上げた。
その咆哮を合図に、その影は竜の背中から飛び降り、必滅雷撃神槍を手にしたばかりの騎士長目掛けて降下する。
あの人だった。
「なぜ……なぜ貴様がァァァァ!!」
叫びながら騎士長は必滅雷撃神槍を思い切り振りかぶり、放つ。
しかし、彼はいとも簡単にその槍を避けた。
「なッ!?」
それもそのはず、必滅雷撃神槍は宝具を持っていない者相手にはその真価を発揮しない。
地上に降り立った彼は、衝撃をバネにして騎士長へと駆け出した。
「だらっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そして彼の拳は驚いて唖然としている騎士長の顔面にめり込み、そして振り抜いた。
「ぐぬぅッ……!」
騎士長は豪快に吹き飛び、闘技場の壁にぶち当たる。
そしてレイヤは目に涙を浮かべる私を見て言った。
「誰だよ、お前泣かしたの……。あ、このセリフカッコイイ」
「…………」
「なに? 惚れた?」
「惚れてません」
「まあ……、泣くなよ。お前が泣いたら世界中のナイトが立ち上がって俺の出番がなくなるだろ?」
「……酷いセリフですね」
泣いてる私が馬鹿みたいじゃないですか。
目尻に溜まった涙を拭く。そして、私はレイヤに差し伸べられたその手をとって立ち上がった。