断罪の涙
オレの視線の先にもルルの首があった。
どうみてもありゃあルルだ。
ルルの、首だ。
語りたくない。
そういうレベルで無残な姿だった。
死んでいた。
それを理解した時、オレの中のドス黒い激情が燃え始めた。
段々と咀嚼していき、何もかもぶち壊したくなるような感覚を味わった。
どうしてやろうか、内臓を引きずり出してその臓物を口にぶち込んでやろうか。
とにかく、何よりも先に底知れない怒りが込み上げてきた。
――が、オレはレイヤの存在を思い出す。
レイヤは、呆然としている。
口をだらしなく開いて、ただ突っ立っていた。
「うわぁ、生首初めてみたぁ」「処刑見に行った?」「ううん、見に行ってない」「俺行ったぜ」
そんな会話が辺りから聞こえてくる。
「う……ぁ……」
レイヤを見ると、レイヤは小さく嗚咽を上げながら、フードの中に手を突っ込んで、頭と顔を抑えていた。
目は見開いていて、呼吸は段々と荒くなっていく。
そしてグシャグシャと頭をかきむしり始めた。
ヤバイ、そう思った。
これは壊れる。
壊れちまう、レイヤが。
オレの激情はみるみるうちに収まっていった。悪いがそんなことよりもレイヤがヤバかったからだ。
オレは言葉を探す。
しかし見つかる訳もない。
そんなとき風が吹き、レイヤのフードがバサッとめくれた。
その黒髪が顕になる。
レイヤの黒髪は目立つ。
賞金首として町中どこにでも手配書を貼られてるのだ。
そして何度かこの町で騒ぎを起こしており、その姿を見たことがある者は多かった。
そう、誰もがそれにピンと来た。
すぐに騒ぎになる。
「あ、あれって……」「ド、ドラゴンライダー……?」「うそだろ?」
そんな声は波紋のように広がっていく。
しかしレイヤがドラゴンライダーという確信には至らなかったのか、広場の町民はヒソヒソと話し声を漏らすだけだった。
そんな中、レイヤは荒い呼吸を繰り返し、両手で頭をグシャグシャにしていた。
しかし、その肩の上下は唐突に止まった。
かきむしっていた手も力が抜けたかのようにだらんと垂れる。
そしてレイヤはまた、呆然とルルを見上げた。
「オイオイ! こんなひょろっちいのがドラゴンライダーなのかよ! どんなもんかと思えばこれぇ!?」
そんな声を上げたのは、広場にいた大柄の男だった。
その男は他の町民達を押しのけてレイヤに歩み寄る。
頼むから、頼むから今のレイヤを刺激してほしくなかった。
が、それももう遅い。
男はレイヤの顔を覗き込む。
「こいつ死んだような目ぇしてやがる! これ殺ればフィオリーノ金貨1400枚だろ!? 楽勝じゃねぇかおい! お前ら見とけよ! 俺が英雄になるところを!!」
男は周囲に向けてそう叫び散らすと、再びレイヤの顔をのぞき込んだ。
「兄ちゃん、なんか喋れよ」
そう言った男の顔を、レイヤはゆっくりと片手で押し返した。
視界から退けるように。
「あ!? なんだてめぇ!!」
――男の命が、終わる。
ゴロンと音がしたと思えば、そこに落ちたのは男の首。
断面は、引きちぎったかのように荒い。血濡れたレイヤの手。
少し遅れて体がドシンと倒れた。
――これが実質、レイヤがぶっ壊れた瞬間だった。
少しの沈黙の後に、悲鳴が響き渡る。
「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」「だ、だれか!! だれか!!」「騎士団をよべ!!」「戦える奴は早く来い!!」「本物!?」
遊び半分で見ていた周りの奴らは、悲鳴を上げて逃げ惑う。
レイヤにとってはただ邪魔な奴をどかしただけのつもりだったんだろう。
だけどそいつは死んじまったんだ。
レイヤは男を一瞥した。
まるで今気づいたかのように。
そして、口を開く。
「ああ、死んだの」
やっと放たれたレイヤの言葉に、オレは言葉を失った。
そして、悠久とも言える時間を生きてきたオレだったが、その時のレイヤには心底恐怖した。
どんな敵や壁にぶち当たってもオレがチビッたことはない。
が、今のレイヤはそういうレベルじゃなかった。
別人。
別人だった。
強い弱いとか、戦闘力の問題じゃあない。
それだけレイヤの壊れっぷりは、異常だった。
殺気だけで言うと、オレはこれ以上のモノを見たことがない。
それぐらい、やばかった。
レイヤは動かない。
ただ、ルルを見上げていた。何を考えてるのかは生憎オレでも分からない。
そんな時、バキバキと嫌な音が聞こえた。
オレにはそれがなんの音なのかすぐ分かった。
歯が折れる音だ。
マジでブチギレて歯を食いしばったら、歯は折れる。
今のレイヤがそれだった。
「ティルフィング」
レイヤはルルを見上げたまま、口を開いた。
【……ああ】
曖昧な返事をする。
「もう……、ダメだろこんなの」
レイヤの視線が下がっていった。
オレは言葉が出てこない。
【……】
「なぁ、俺のせいなのか? いや違う。俺のせいじゃない。
なんだよこれ、馬鹿みたいじゃないか。必死になって修行してさ……。
嫌だこんなの……こんなの……、なんなんだよ……!
なんなんだよクソォァ!!」
【落ち着け!】
思わず叫んでしまっていた。
すぐにレイヤの震えた声が返ってくる。
「……落ち着け?」
【あ、ああ……。一旦落ち着け……】
レイヤは馬鹿にしたように鼻で笑った。
「ルルが死んで……それで、落ち着け?」
【……!】
オレに返す言葉などない。
……こんなの、どうしろってんだ。
「悪いティルフィング……。違うんだ、違うんだよ……。もう……」
その時、いつの間にか無人になっていた広場に騎士団がなだれ込んだ。
先頭には騎士長。片手に例の槍を持っている。
「馬鹿め! わざわざ殺されに来たか大罪人!!」
ブゥンと重なる魔法陣。
必殺の宝具。焦点は完全にレイヤに合わさっている。
が、投擲のモーションに入った頃に、レイヤはすでに騎士長の後ろに立っていた。
オレも目を見張る動きだった。
レイヤは騎士長の頭を右手で掴み、左手で肩を支えた。
そして――引き抜く。
背骨ごと騎士長の頭は胴体とさよならした。
「……皆殺しだ。一人も、逃がさない。
もうみんな……死ねよ……」
これは、ダメだ。
罪のない無関係な奴らを殺すのはオレとしてはわりと問題ない。
だが、これからレイヤの心を治していくにはそれはネックとなる。
無関係な人を殺した。
現時点で、もしレイヤの心が癒える可能性があるなら、それだけはさせちゃあならない。
だから、オレは叫び散らした。
レイヤを止めようと必死になった。なんでもいいから喚きまくってレイヤを説得した。
その時のオレは今までで一番無様だっただろう。
それが功を奏したのか、レイヤは無関係な奴らは殺さなかった。
そしてその日、アーバンベルズ王含む、その親衛隊、騎士団、帝等のおよそ数千人にも上る数の首が、城門に飾られた。
レイヤは並べた首を指差して笑う。
げらげらと腹を抱えて笑う。
だけど、最後には泣いていた。




