無題
「……ッ!」
飛び起きた。
【起きたかァ……、起こすとこだったぜ】
両サイドにはシャーラとルル。
なんで俺のベッドに……いや、それはどうでもいい。
「何人? 寝起きじゃ頭がまわんね」
【20はいると思うぜ】
「分かった」
俺はベッドから降りる。
靴を履き、ローブを羽織った。
そしてティルフィングを手に取る。
逃げるか、迎え撃つか。
逃げた方がカロリーの消費は少ない。
しかし俺の睡眠を邪魔したとなればさすがに多少苛つく。
……迎え撃つか。
それにしてもなぜ見つかったんだろう。
顔を見られたのだろうか。宿主ならそのタイミングがあったかもしれない。俺も一度だけフードをかぶり直したし、黒髪を見せてしまったのかもしれない。
まあいい。
「ルル、シャーラ。起きろ」
俺は二人を強めに揺さぶった。
その際におっぱいも揉んだ。
「ん……な、に?」
「うぅ……ん」
なんとか二人は目を覚ましたようだ。いや、シャーラは怪しい。
でもルルが起きたならそれでいい。
「れいや? ……どうしたの?」
「ルル、敵だ。ちょっと行ってくるからシャーラを頼む。それと荷物をまとめといてくれ」
それだけ言うと、俺は音も立てずに部屋の入り口に向かった。
ルルは人間の中ではトップクラスの強さだ。
敵の中にルルを超える強い奴はいないと思うが、一応俺が制圧しにいく。
人間の中で暮らすにはルルはかなりの戦力になる。
【…………】
「……」
部屋を出ると、俺は壁沿いに歩いて一階に降りた。
宿の中にはまだ入ってきていないみたいだ。
宿のエントランスまで来た。
入り口に気配を感じる。宿に沿った路地にも複数。
これは囲まれてるみたいだな。
どうするか。
シンプルに入り口にいる奴らを叩いて、宿を一周するように捻っていくか。
俺は宿の入り口を蹴り開け、飛び出した。
視界に入った二人の首に手刀を入れて、気絶させる。
そして宿裏の路地に向かった。
そこにいた数人の男達も軽くノックアウト。
そのまま宿をグルッと一周して潜んでいた男達を全員ダウンさせてやった。
30秒も掛かってないんじゃないだろうか。
「案外手加減が難しいな」
部屋に戻るか。
もうこの町は出ないといけない。俺にとっては理由ができて好都合だ。
しかし寝込みを襲われるのはツライな。
今回気づけたのは相手の気配が荒かったからだし、ティルフィングが気付けないことだってあるかもしれない。
本当、面倒だ。
色々考えながら部屋に戻ると、
そこにシャーラとルルはいなかった。
「……え?」
【あ?】
嘘だろ?
え? どこいったあいつら。
俺の頭が事態を理解するのは早かった。
荷物を残して、部屋には誰もいない。
つまり、――連れて行かれた。
宿の周りにいた奴らは囮だったんだ。
「ああ、あ……だから……」
【……落ち着け、レイヤ。落ち着け】
「ックソがァ!!」
【オイッ!】
俺は近くにあった椅子を蹴り飛ばした。
椅子は轟音と共に部屋の壁をぶち抜いて何処かに飛んでいく。
同時に「きゃ」という細い悲鳴が聞こえた。それはシャーラの声だった。
「…………シ、シャーラ? い、いるのか?」
「……い、います」
シャーラは部屋の隅からいきなり現れた。
そうか、純心を使ってたのか。
俺はシャーラの元までふらふらと歩み寄って、その手を掴んだ。
「……ル、ルルは?」
「……つ、連れて行かれました。わ、私をかばって……」
シャーラは震えていた。
しかし何が起きたかを俺に話した。
ルルは俺がいない数分の間で、賞金稼ぎに転移魔法で連れ去られたらしい。
シャーラはルルに庇われて純心を使い、なんとか逃れたようだ。
「……今すぐ助けに行こう」
話を聞き終えた俺は言った。
だいぶ冷静になっている。大丈夫。
【転移魔法を使えるってのなら、もうここらにはいないだろうなァ】
おそらく、ティルフィングの言うとおり、もう王都に連行されてるだろう。
ここから王都までどれくらいかかるだろうか。この大陸は広い。
……考えてる暇なんてない。
俺はシャーラを抱き上げた。
そして空いた穴から宿を抜ける。
「あ、あの、荷物は?」
「あそこに捨てる」
なるべく動きやすい方がいい。
一秒でも早く王都に着かないといけないのだ。
王都までの道は分かる。昨日地図を見た。
ダメだ。頭がクラクラする。
睡眠が足りてないのか。
関係ない。行かないと。
「ハァッ……ハァッ……」
すぐに町を抜け、今は街道を走っている。
空中歩行を使ってもいい、だけど今の体力じゃキツそうだ。
【おい、ペース落とせ!】
「ハァッ……ハァッ……」
【聞いてんのかァ!?】
俺は転んだ。
反射的にシャーラを庇うように転がる。
「ハァ……ハァ……いかないと……」
【オイ、お前一回ここで休め。町からはもう大分離れてる。休め】
「ダメだ……。ルルは、シャーラとは違う……」
生かしておいてくれる保証なんてない。
拷問とかもされてるかもしれない。
【いいから休め。このまま行っても途中で力尽きる。一回眠れ】
その時のティルフィングの言葉には力強さがあった。
俺は街道をそれて、木にもたれかかる。
「なんなんだよ……」
「レイヤ……」
俺は異世界ライフを普通に楽しみたいだけなのに、なんなんだよこれ。
「……ティルフィング、見張り頼む……」
【ああ】
その夜、シャーラと寄り添って俺は眠った。
眠れるわけがない、と思っていたけど相当疲れが溜まっていたせいか、すぐに眠りに落ちた。
ーーー
翌朝、俺は走った。
空を駆ける。
シャーラもティルフィングもあまり話さなかった。
ここからなら後一日もあれば王都に着く。いや、もう少し掛かるだろうか。
分からない。
しかしとにかく走らないと。
走って、走って、走った。
ティルフィングの言うとおり、休んで良かった。
だいぶ落ち着いている。
山を2つほど越えた。
王都にはまだ着かない。
雨が降り出した。
びしょびしょになりながらも駆ける。
身体強化も、枷も外してほとんど全開だ。
髪の毛がやけに重く伸し掛かった。
俺の汗を流していく。
抱えるシャーラは寒いかもしれない。
だけど今は我慢して貰おう。
それからどれくらい走っただろうか。
辺りが暗くなってきた。
ティルフィングが休めと言ったので、俺は地上に降りて休憩した。
会話は少ない。
少しだけ眠った。
降る雨を木の下で防ぎながら。
早朝、晴れた。
俺はまた走る。
泥濘んだ土から離れて空を駆ける。また。
それからまたしばらく走ると、王都が見えてきた。
「シャーラ。じゃあ俺行ってくるから、ここで待っててくれ」
シャーラには純心を着けるように言って、丘の上で待ってて貰うことにした。
そういえばこの前シャーラを助けた時は、ルルをここに待たせたな。
「じゃあ、行くから」
「……はい」
シャーラをここに残すのは心配だ。
だけど純心の性能は信用できる。じっとしていれば気配も匂いも消えるからな。
俺は掛けた。
濡れたフードを被る。
外壁に着いた。
門からだとどうせ中に入ることができないので、ここを飛び越えるつもりだ。
確かこの壁の裏はスラム街。
素早く抜ければ問題はない。
俺は飛び上がり、外壁の上に一度立つ。
そしてすぐに飛び降りた。
着地し、また走り出す。
俺は広場に抜けた。
目指すは城内だ。ルルがどこにいるかは分からない。だけど何があっても絶対に救い出す。
そう思って俺は城下町の広場を抜けようとした。
しかし今気づいたのだが、人が多い。
なんだ。なんでこんなに広場に人がいる。
前に来た時はこんなことはなかった。
――ふと、“それ”が目に止まった。
誰もが、それを見ている。
真っ白い棒。視線を上に上げていく。
白い棒は、徐々に赤く染まっていった。
水色の髪。
【……な……! こ、こりゃあ……】
「……え? あれ?」
まずい。
なんだこれ。
やばい。意味がわからない。
めまいがした。
喉の奥からやっと出した声は、俺の脳を染めていく。
「……ルル?」
無残にも棒の先端に突き刺さっていたのは、紛れもない――――――ルルの首だった。
 




