レイヤの苦悩
俺達は今、一番最初に回った大陸の、王都から遥か北に離れたハイルセントという町にいる。
ブリッジゲートにここまで送って貰ったのだ。
海底神殿の生活は息苦しいし、この大陸ならルルという移動手段が大いに活躍する。
故にこの大陸に戻ってきた。
「賑やかですね。なんか久しぶりです。こういうの」
「そうだね」
商店が並ぶ道を俺たちは歩く。
服装は全員フード付きのローブだ。
一見怪しそうに見えるこんな格好だが、わりと周りにも同じようなのがいる。
俺は横でシャーラ達が楽しそうに喋ってる中、三枚の手配書を眺めながら無言で歩いていた。
『元水帝、ルル。
国家反逆罪。賞金、フィオリーノ金貨1000(600)枚』
『ドラゴンライダー、レイヤ。
大罪人。賞金、フィオリーノ金貨1400(1400)枚。生死問わず』
『魔力源泉、シャーラ。
賞金、フィオリーノ金貨2400(☓)枚』
どでかくそんなことが書かれた手配書。先程壁に貼り付けてあったのを見つけて、剥がしてきたのだ。
数字の後にあるカッコ内の数字は、殺してしまった場合の賞金である。
つまりルルの場合だと、生かして王都に連れていけば金貨1000枚が貰え、首だけの場合は600枚。
俺は生死問わず。
シャーラは殺してはいけないという意味だ。
手配書にはそれなりに特徴を捉えた似顔絵まで書いてある。
この大陸、いや、全世界でこれが出回ってるらしい。
道行く人に尋ねたところ、世界の賞金首ランキングのトップスリーがダントツで俺達だそうだ。
賞金稼ぎ達は血眼になって俺達を探し回ってるらしい。
俺達を狩るためだけのギルドが結成されてるくらいだ。
とにかく、俺達の捜索に人類はガチだった。
下手すると人類の存亡が掛かってるのだから、この破格の賞金も頷ける。むしろ少ないくらいだろう。
そしてこの賞金とは無関係のところでほとんどの国の国家勢力が総動員で俺達を探しているらしい。
つまり、文字通り世界中の人間が敵だった。それで魔王まで敵なわけだ。
「……」
こうして直面してみて、俺はビビってしまっていた。
こんな中、俺に二人は守り切れるのだろうか。
人間の中じゃあ多分俺は最強だ。今ならそう言い切れる自身がある。
だけど数で押されたら俺だってやられると思うし、一日中隙を作らず生きるなんて無理だ。
やはり海底神殿か、ユーフォスフィリア大陸に行くべきだろうか。
海底神殿ではシャーラに辛い思いをさせてしまうし、ユーフォスフィリアは魔物だらけ。
でも人間より魔物を相手にしていた方が楽な気がする。
人間が魔族やらと今までなんのか渡り合えたのは高い知能故のものだし、相手にする分人間は厄介だ。
それに俺は人を殺すことに物凄い抵抗がある。
これだとどう考えてもここにいるべきではない。
シャーラとルルはどう思っているのだろうか。少なくともこの手配書を見た時はそんなに驚いたような反応はしなかった。
それを見ると、俺の心構えは二人に劣っていたように感じる。
「なぁ……」
俺の言葉で、俺の少し前を歩き始めたシャーラとルルは振り返った。
フードは目元をギリギリ覗かせる。
「どうしました?」
「やっぱり町を出ないか?」
「……どうして?」
【……】
ルルの問には答えられない。
さっき話し合って2、3日はこの町に滞在するって決めたのだ。それでシャーラ達も喜んでいた。
やはりそれを今更変更するのは酷だろうか。
「……やっぱりいいわ」
「言ってください」
シャーラが食い下がった。
俺は顔を上げる。
「……こんなこと言うのもなんだけどさ。……なんか、怖くね?」
周りの奴らが怖い。
言ってしまえば刃物だ。
たくさんの刃物がこちらに向いている。そんな錯覚を俺は覚えている。
「え?」
「……どういうことですか?」
二人はそうじゃないらしい。
「いや、やっぱり気にしないでくれ。
よし、行こうぜ」
そう言って俺は二人を抜かして進んだ。
ーーー
宿をとった。それなりにお高い宿だったので、中々良い部屋だった。ベッドも3つ。
2、3日はここが拠点だ。
修行は町にいる間はしない。
先生いわく体を鍛えるのはもういいらしい。
これからは技術と身体強化の質を上げていくとのことだ。
「今日は疲れたー」
ルルはベッドに飛び込む。
今日は豪遊した。並ぶ商店の食い物を買い漁って食べ歩いたり、広場でやっていた大道芸を見たり、とにかく遊んだ。
シャーラと二人旅してた時はずっとこんな感じだったなぁ、なんて思う。
まあ正直言って今日は俺も久々に楽しかった。
俺はルルと同様ベッドに倒れ込む。
するとすぐに睡魔が襲ってきた。
そういや2日以上寝てねーな。
ーーー
「なんかレイヤ今日元気なかったですね」
「……うん」
私達はベッドで眠るレイヤを見ながら、そんな事を話していた。
ルルはベッドに腰掛け、私は椅子に座っている。
「なんでだろう」
「分かりません」
レイヤに元気がない理由が本当に分からなかった。
レイヤはここのところ修行続きで心休まる暇もなかったはずだ。
だからこうして遊んだらきっと楽しいはずなのに、あんまり楽しそうじゃなかった。
「怖い、って言ってた」
「はい」
怖い。
何が怖いのだろう。
レイヤは魔族にも勝てるくらい強くなってるのに、こんな安全なところに来て何が不安なんだろう。
私はユーフォスフィリア大陸にいた時の方が怖かった。
しかしこうして周りに人がいて、賑やかなのは安心する。
ルルだってそうだろう。
【今回はお前らが愚鈍だなァ!】
唐突にティルフィングが声を上げた。
「私達が愚鈍?」
「どういうことですか?」
【お前らレイヤに守ってもらってること自覚してるかァ?】
それはもちろんしている。
【レイヤがいなけりゃ何千回死んでるか分かったもんじゃねェぜ】
「……うん」
【レイヤについていくッて決めたのはお前らなんだろ。なら自覚が足りてねェな。あいつはお前らの事を考えすぎてる。
あんな性格でなんでもなんとかしそうな奴だけどよォ、万能じゃあねェんだぜ】
私達は黙り込んだ。
その通りだった。
言いたいことは全部分かった。
やっぱりティルフィングはレイヤの一番の理解者だ。
【お前らを守るために必死なんだよ】
「……!」
その日、私達はレイヤのベッドに潜り込んだ。




