徹夜レイヤ
「よし」
俺は魔王城の入り口に転移した。
ふう、完全に忘れていたぜこの万能脱出法を。危ないところだ。
不思議な力でかき消されなくてよかった。
【それ反則だなァ!】
「何度もお世話になってる」
ティルフィングは知識の共有で知っていたのだろうか、あまり驚いていない。
しかしセラはびっくりしていた。周りをキョロキョロ見渡している。
そしてとりあえず助かったのが分かったのか、安心したように俺に身を寄せた。
俺はそんなセラを抱え、森の中へ向けて走り出す。
ここが魔界のどこかは分からない。
だけどなんでもいいから魔王城から早く離れないといけないのだ。追手に見つからない今の内に。
ノータイムでの離脱だったからまだ来ないはずだ。
とりあえず走り続けたら海に出るだろう。そこからなんとかしよう。
さて、リミレトと来たらルゥラさんを使いたいが、それはおそらく成功しないだろう。
というのもルゥラが使えたら便利だなぁと思って練習してたことがあるんだけど、一度だって成功したことがないのだ。こんにゃくがでる。
なぜリミレトはできてルゥラはできないのか。
まあそれは言っても仕方ない。
こんな謎制限を付けた神様を恨むとしよう。
逃げるに当たって空中歩行は使うべきではないだろう。
なぜなら、魔族はほとんど空を飛ぶことができるので、空を進むと確実に見つかってしまうからだ。
対して、森の中を進むなら見つかる確率も低い。
気配を感じたら隠れるか、単数なら殺すか。そのどちらかで済む。
とは言ってもなるべく戦闘は避けたい。
魔物だってうじゃうじゃいるだろうから、あまり体力を使いたくないのだ。
それに魔界は広いと聞いた。
地上を進むなら一日やそこらじゃあ抜け出せない可能性もある。
「……お、おにいちゃん」
「任せなさい」
セラが心配そうに俺を呼んだので、俺は頭をなでてやる。
多分ある程度の魔物ならセラでも勝てるだろう。しかしこの状態じゃ戦えなさそうだ。怯えてるし、魔力もまだ回復してない。
そう思ってた時、茂みから魔物が飛び出して俺に襲いかかってきた。
虎のような魔物だ。
俺はセラを抱え込むようにその魔物に背を向け、そのまま後ろ蹴りを放つ。
そしてその魔物の顎をかかとで蹴り抜き、すぐに足を引いた。
吹っ飛ぶ魔物。
無論、一発KOだ。
首を折った手応えがある。
一瞬止まってしまったが、俺はすぐに走り出す。
【やっぱり魔界は魔物も一味違うなァ!】
「そうだな」
今の魔物、結構強かった。
魔界というだけあって魔物の質も高いようである。
前言撤回、この分だとセラが全快でも倒せない魔物も多いかもしれない。
面倒だ。
ーーー
俺は走る。
走ってる内に日は段々と落ちてきた。
追手は来ない。
しかし魔界をうろついている魔族は多かった。空を飛んでいく2本角なんかも結構見たし、その度に隠れた。
襲いかかってくる魔物も多かったので、この大陸を進むのは結構大変だ。
俺が抱えるセラはいつの間にか寝てしまっている。まあ半日以上走ってるんだから仕方ないか。
なるべく揺らさないように走ってるけど、やっぱり寝心地わるいだろうな。
「日も暮れてきたことだしここらで休憩するべきかな」
【そうだなァ、それがいい】
ティルフィングの言葉を聞くと、俺は少しずつ減速していって、最終的に一本の大きな木の下で止まった。
魔界にはもちろん人が進むための道なんてない。
なので森の中を進んでいく内に体中ドロドロの草まみれ。汗も少し掻いたし、風呂に入りたい気分だ。
それはともかく、こんなデンジャラスな道を夜中走るのは危険すぎる。
よって、セラもいるのでこの辺りで火を焚いて夜を明かすべきだと判断したのだ。
いや、火は焚かない方が良いかもしれない。魔族に見つかったら厄介だしな。
そうだ、焚かないでおこう。
休憩とは言ったが、おそらく俺は眠れないし、休憩もできないだろう。
一晩中寝込みを襲いかかってくる魔物の相手をしなければならないからだ。
灯り無しで夜中に戦うのは心許ないが、ティルフィング先生との修業を思い出せばなんてことはない。
あの時は身体強化もリミッター解除も使用禁止だったし。
とりあえず俺はベッドを創って――おっとこんにゃくがでた。
とりあえず俺はベッドを創って、セラをそこに寝かせようとした。
が、セラは俺の服をしっかりと掴み、離さない。
寝てるのになんて握力なんだ。
仕方がないから俺は服を千切ってセラをベッドに寝かせた。
新しい服を創って着直す。
「さて、やりますか」
【今夜は眠れないだろうなァ】
「ああ」
俺はティルフィングに手を掛けた。
ーーー
朝が来た。
俺は返り血で塗れた上着を脱ぎ捨て、ティルフィングを鞘にしまう。
辺りには魔物の死体が山のように積まれている。
ちょうど落ち着いた所だ。
「ふう」
深く息をつく。
【こんなに殺ってたのか、とんでもねェ数だな!】
本当に休む暇もなかった。
次から次へと魔物が襲い掛かってきたのだ。
魔物は夜はやはり活性化するのだろうか。
セラはとっくに目を覚ましている。
魔物の鳴き声や戦闘音を聞いて、途中で起きてしまったのだ。
それ以降眠れなくなったらしく、ベッドの上で毛布にくるまって怯えていた。
俺がカッコよく魔物を薙ぎ払っていく姿を見てくれてただろうか。
まあいい。
俺はセラの元へ歩み寄った。
「行こうかセラ」
コクリと頷いて、セラは両手を前に差し出す。
俺はその両脇を救い、抱えた。
セラは無言で俺にしがみつく。
「眠れなかったか」
「……うん」
「しばらく走るからその間寝ればいい。俺ちょっと血なまぐさいかもしんねーけど」
「……うん」
セラは顔を俺の肩に倒した。
俺はまた走り出す。
そのまままたしばらく走って、半日以上経っただろうか。日は真上に上ってるんだろうけど、雲空を覆っていて見えない。
森はまだまだ続きそうだし、気が遠くなるな。
なんて考えていた時、唐突に森を抜けた。
崖から落ちるという形で。
俺は落下していく。まあこの高さならほとんど衝撃を殺すことができるだろう。
そう思って前を見ると、遥か前方に海が見えた。
「おお!」
「……!」
まだ遠いが訳ない距離だ。
【なんとか魔界を抜けられそうだなァ!】
「ああ!」
案外これといったこともなくあっさり魔界を抜けられそうである。
いや、油断は禁物だ。
しかしこれで竜の里に……いや待てよ?
海を渡るのはいいけど、よく考えたら右も左も分からなくね?
竜の里へ向かおうとしてる俺達だが、道も分からずにどうして帰れよう。
下手すれば海の上で力尽きて死ぬ……なんてことも十分にありえる。
新たな問題に頭を抱えながら、俺はとりあえず着地した。
ーーー
俺はすでに海の上を走っていた。
悩んでもどうにもならないからとりあえず突き進むことにしたのだ。
しかし、今はちょっと厄介なことになっている。
いや、ちょっとどころじゃないか。命の危険に晒されているのだ。
「セラ! しっかり掴まっとけよ!!」
【来てるぞォ!! 右だァ!!】
「分かってる!!」
水しぶきを上げて海を激走する。
俺は横から飛んできたメゾラーマばりの火の玉を飛んで避ける。
そしてミサイルのごとく追ってくる氷柱を空中で蹴り折って着地。
それでもさらに加速して走った。
現在、魔族と交戦中である。
四方から追ってきてるのは……大量の魔族。
正確な数を言うと、2本角が8体。
海に出た瞬間、上空にいた魔族達に発見されてしまい、かれこれ一時間ぐらいは追いかけっこをしているのだ。
【このままだとジリ貧だァ!!】
俺は交戦しながら逃げ回ってるが、ティルフィングの言う通りこのままだとジリ貧である。
追ってきていた魔族は当初10体だったが、2体は交戦中に粉砕してやった。
一時間で2体。
なんとか頑張ってそれだけだ。
しかもそれ以降はあいつら俺のことを警戒して不用意に間合いに入って来なくなった。
奴らはジリジリと俺を削ってゆく。
「クソ!」
セラは振り落とされないように俺の体にしっかりと抱き着いているが、それでも俺が抱えないと振り落としてしまう。
止まって戦うにも8体は無理だ。
2体倒せたのは相手の油断。
逃げるのに集中しないと殺られる。
それにもうすぐ日も暮れる。
それまでになんとかしないとまた捕まって牢屋にブチこまれるだろう。
リ◯ミトで逃げられるが、今度はセラが人質とかもありうる。
そうならない為にもなんとかしないといけない。
「くらえ!」
――水壁
俺が発動した魔法で、俺の後方に分厚い水の壁が海面から盛り上がる。 気休めにしかならないが、これで少し距離を稼げるのだ。
【オイ! もっと速度上げろォ!】
「無理無理! これ以上は無理だ!」
全力で走ればすぐに体力が切れて奴らに追いつかれてしまう。
【もうぶっちぎるしかねェ!!】
奴らは飛んでいるが、あれ以上の出力は出せるのだろうか。
……おそらく出せるだろう。
奴らも温存してる。
「だけど!」
【もう本気で走ッちまえ!!】
確かに、……そうだな。
「チィッ! どうにでもなれ!」
俺は本気で海面を蹴った。
ズドン、と今迄とは桁外れの水しぶきが上がり、俺は一気に加速する。
そして体を前に倒し、海面を蹴り続けた。
振り返ると、魔族共は一瞬置き去りにされたようだったが、すぐに速度を上げて追ってきた。
しかし俺よりは遅い。なので少しずつ俺と魔族達の間の距離が広がっていく。
「いけるか!?」
【前向いて走れ!!】
その後、俺はセラを両手で抱えてひたすら走り続けた。
「ハァッ……! ハァッ! 来てる、か!?」
【見えなくなった!! だけどまだ追ってきてやがる!】
くそ、駄目だこりゃ。限界だ。
島っ子一つ見えやしない。
【潜れ! 海ン中だ!】
そうか、そんな手もあったな。
もしかしたらそれでやり過ごせるかもしれない。
「ハァッハァッ……! セラ! 息止めろ!」
そう言うとすぐに俺は海に飛び込んだ。
そしてどんどん潜水していく。
かなり潜ったところで一度止まる。
そして海面を見上げた。
奴らはまだ通過しない。つか見えない。
ヤバイ、苦しい。
全力で走った後に息止めろなんて地獄だろ。
セラは……大丈夫だろうか。
くそ、酸素が足りてない。
やばい、胸が詰まる。
俺はそのまましばらく苦しんだ。
どれくらい経っただろうか。
何時間にも感じるけど数分くらいだろう。
そろそろ出ても大丈夫だろうか。
色々な思考が入り乱れるが、俺はもう少し海中に身を潜めることにした。
酸素が足りなくて意識が朦朧としてる。限界だ。
限界だ。
【――!!】
ティルフィングが何か叫んでるが聞こえない。
人魚の涙さえあれば……。
セラが暴れだした。
こいつももうそろそろ限界か。
しかし万が一ってこともある。
悪いがもう少し我慢してくれ。
セラのもがきが強くなる。俺の体中を引っ掻き回した。
俺は自分のことよりセラが苦しんでるのに耐えかねて、海面へと上がっていった。
気配は感じないので、おそらくやり過ごしたはずだ。
「ぷはァ! ハァッ……ハァッ! げホッ! ハァッ!」
「ごほっ……! はぁ……はぁ……」
俺はセラと一緒に海面に顔を出した。空気を体いっぱいに取り込んで、思う存分呼吸する。
が、状況は絶望だった。
周りには8体の2本角が俺を見下ろしていたからだ。
「……ハァハァ」
ダメだったか。
「観念しろ」
「チッ、魔王様の命じゃなけりゃ殺してるところだ」
「生け捕りにしろと言われてるからな、仕方ない」
気配は感じないと思っていたが、俺が感じられなかっただけか。いや、あの状況なら仕方なかった。
はぁ、しかしまた魔王城行きか。
どうせ殺されないなら一暴れ……、しかしそれだとセラが殺られるかもしれない。
諦めてふりだしに戻るかな……。でも捕まったら捕まったで逃げられない策が講じられるんだろうなぁ。セラも危険にさらされるし。
くそ、何かないのか。
と、そう思った瞬間だった。
水柱が立った。
俺の目の前の魔族はそれに飲み込まれる。
「なっ!?」
「これは……まさか……」
周りの魔族達は驚いていたが、俺も驚いている。
そしてその水柱がやんだ時、そこにいたのは――
「ガハハ!! ワシの海の上でやかましいわ!!」
俺の師匠、ルルパパだった。
その大きな右手には、水柱に飲み込まれた魔族がマイクでも持つかのように握られていた。
「おお! 師匠!」
「海王……だと……」
「なぜこんなところに……!」
「ま、まさか、人間の味方をするというのか」
【――!】
ティルフィングの声は水に浸かっていてよく聞き取れない。
いや、そんなことはどうでもいい。
助かったんだ。
「ガハハ! レイヤ、苦戦してるのか!! よし、ワシがいっちょやってやろう!!」
その後、俺があれだけ苦労した魔族達はルルパパ――海の王ブルーダインによってものの数秒で片付けられた。
パパン、強い。




