回避不能
俺はセラと少しだけ仲良くなった。
ほんの少しだけ。
セラは相変わらず俺と距離を作っているが、それでもちょっと雰囲気が柔らかくなってる。
幼女に嫌われているのを少し……というかかなり気にしていた俺はその前進に喜びを隠せない。
フフフ、昨日色々あったのだ。
まあ空中歩行を教えただけなんだけど。
セラは竜の群れの中、自分だけ飛べないことを気にしていたらしい。
それで俺が空を駆けるのをみて閃いたらしいのだ。
教えてもらおう、と。
セラはすぐに俺に頼みに来た。
もちろん幼女の頼みとあっちゃあ断れない。俺も快く受けた。
結果、セラは一晩でその魔法を使えるようになった。
ビビった。
かなり難しい魔法のはずなのだ。
世界で使える奴も結構数が限られているはず。
それをちょっと教えただけで、すぐにできるようになったのだ。
こいつ魔法の天才なんじゃないかと思って試しに他の魔法を教えてみたら、とんでもないことになったけど……。いやそれはいい。
とにかく、セラは飛べるようになった。厳密には走れるようになった。
今も隣で楽しそうに走ってる。
が、俺みたいにほぼ無限に魔力を引き出せるわけじゃあないので、セラはわりとすぐに魔力切れを起こす。
それでも回復したらすぐに空を駆けるのだが。
『レイヤ! 感謝し尽くせないぞ!!』
「ああ! もっと感謝しろ!」
俺とブリッジゲートはセラに速度を合わせている。
こんな速度じゃあ世界一周はキツイが、セラの魔力が尽きた時は飛ばす。
まあ本当に間に合わなくなったら、走るのを諦めてブリッジゲートの背に乗ればいいわけだ。
ティルフィングは怒るだろうけど。
「ブリッジゲート、あそこの島に降りよう」
しばらく走って、俺は前方に現れた孤島を指さして言った。
日は真上にのぼってる。腹も減ったしここらで休憩でもいいだろう。
『いや、ダメだ』
【ああ! ダメだ!】
ダメ、ときたか。
ティルフィングはともかく、ブリッジゲートにはなにか理由があるのだろうか。
「なぜ?」
『あそこは気性の荒い魔物が多い。面倒だ』
「なるほど、なら次の島にしよう」
『ああ』
ブリッジゲートの速度は速い。
セラがすでにダウンしていて、ブリッジゲートの背に乗っているからだ。
シャーラはさすがに慣れたようで、ビビりながらもブリッジゲートの頭近くにいた。多分ルルに連れられたんだろう。
【オイ!!】
突如、ティルフィングの声が響いた。
「ッ!!!」
俺も、気づいた。
そしてブリッジゲートの声。
『乗れ!!! 早く!!!』
俺は一気に加速してブリッジゲートの背に乗った。
そして振り返り、立つ。
寒気立つような気配。それはどんどん近付いてくる。
その何者かの姿はまだ見えない。
俺は混乱していた。
何だ?
何が来ている?
分からない。とにかくヤバイ奴だ。
俺の目ではまだ見えないほど遠い。
しかしその気配はどんどん近づいてきている。
殺気ではない。
圧倒的な存在感。
ブリッジゲートはどんどん加速していった。
俺はその鱗に足を引っ掛けて立つ。
ブリッジゲートは最高速度に達した。
雲を切って、進んでいく。
気配はどんどん遠のいていった。
何が追いかけて来たのかは分からないが、ブリッジゲートのおかげで撒けそうだ。
しかし次の瞬間。
セラが振り落とされた。
「…………あ!!」
【クッソ!!】
『チィッ!!』
振り返る。
シャーラとルルはなんとか振り落とされずに掴まっていた。
セラは一瞬で引き離されて、落ちていく。
そういえばセラは魔力切れを起こしているのだった。
この高さで落ちたら……確実に死ぬ。
考えてる時間はなかった。
「ブリッジゲート!! シャーラとルルを連れて逃げてくれ!! 俺が行く!!」
――空中歩行
俺は竜の背を蹴った。
『クッ! 頼む!』
走った。
走って、セラの元まで辿り着き、キャッチした。
俺はそのまま下に落ちていく。
ブリッジゲートはほとんど一瞬で見えなくなった。
【やべェぞ!! 来てる!!】
ああ、来てる。
――水中歩行
俺はセラを抱えて海の上に降り立った。
同時に降り立つのは、一つの影。
水飛沫を上げて、そいつは俺の前に立った。
漆黒の翼。
赤い瞳。
真っ白な肌。
長く伸びた銀髪。
すらっとした体格で、俺とはほとんど身長も変わらない。顔立ちも、若かった。
だけど、俺は確信があった。
こいつが魔王だと。
そいつは口を開く。
「我が魔界を統べる魔王だ」
重圧。
言葉の重み。
その一言で、俺は相手が圧倒的強者であることを理解した。
そして俺はティルフィングに掛けていた手を静かに下ろす。戦闘はダメだと一瞬で理解したのだ。
セラを一瞥すると、彼女は気を失っている。
俺は視線を魔王に戻して言った。
「…………魔王様が、なんのようですかね?」
返事はすぐだった。
「シャーラが世話になったようだな。まずは礼を言おう」
「…………」
「構えるな。
人は憎いが、シャーラを救った貴様を殺そうなどとは思っておらぬ。
我は貴様と話がしたいのだ」
構えるな、なんて無理な話だ。
しかし魔王はそんな俺を気遣ってか、少しだけ笑ってみせた。
俺は言う。
「日を改めるってのは、無し? 一年後くらい」
そう、俺がお前を倒せるようになってから。
「それは敵わん」
「だろうな」
沈黙。
魔王も一応俺のことを警戒してるようだ。おそらくシルディアから聞いたんだろう、俺ではなく、ティルフィングの強さを。
こんなことになったのはティルフィング先生が「お前が来い」とか言ったからだろうか。
それでも直々に探したということは、相当シャーラにご執着のようだ。
気に食わないな。
俺はちらとティルフィングを見る。
ティルフィングは黙り込んでいたが、小さくひとこと言った。
【チェンジ、するかァ?】
俺は考える。
今のところ魔王は好戦的ではない。
殺す気もないと言っている。
が、俺の態度次第では気変わりを起こしてしまうかもしれない。
とりあえず、戦闘となるとティルフィングに代わって貰ったほうが確実に死のリスクは低いはずだ。
そう思った俺は、呟いた。
「許可だけ、しておく」
これはつまり、まだするなということ。
これで俺がヤバイ時にはこいつが代わってくれるはずだ。
しかし魔王が相手では流石のティルフィングも、セラを守りながらじゃあ厳しいんじゃないだろうか。
「それにしても我が直々に探しても、見つけるのにこれだけ掛かるとは思わなかったぞ」
「……かくれんぼが得意なんすよ」
クソ、俺が最初からセラに気を遣っていたら撒けたのに。
しかしそう言っても仕方ない。
今はこの状況をなるべくティルフィング無しでどう切り抜けるか、それだけだ。
「まあここでもなんだ。
魔王城で茶でも飲みながら話そう」
俺は魔王城に転移させられた。
ーーー
分からない。
いや、分かる。
俺は騙された。
転移魔法くらい避けられたはずなんだ。
だが油断していた。
魔王が友好的に接してきたから心の何処かで油断していたのだ。
ぬかった。しくじった。
俺の現在地は、魔界にある魔王城……の地下牢。
転移魔法で飛んだ先は、確かに魔王城だった。
しかしそこで俺は魔王の配下に取り押さえられ、あっけなく牢屋に放り込まれてしまったのだ。
だから現在牢屋にいる。
セラも一緒だが、まだ目を覚ましていない。
ティルフィングは没収されなかった。
こいつの魔力質量変換のおかげで、俺から奪えなかったのだ。
魔王は俺をここにぶち込むと、すぐに何処かに行ってしまった。
俺を見るその目は先程と違って冷酷だった。
なぜ殺されなかったのかは知らないが、おそらく魔王の計画通りだったのだろう。
完全にやられた。
見張りは5体の魔族。
2本角が、5体。
それはここから脱出でき無いことを意味している。
絶望的な状況だった。
「はぁ……」
【まあそう落ち込むなって! なんとかなるだろ!】
ティルフィングはやけに元気だった。
当たり前だが状況が分かってないということはないはずだ。
まあティルフィングとチェンジしたらあっという間になんとかなってしまうかもしれないんだけど、それは最終手段である。
よく考えれば魔王と接触して生きてるってだけで御の字だったのかもしれない。
先制攻撃で瞬殺、なんてこともできたはずなのに。
しかしどうしたことか。
もしかすると魔王はブリッジゲートを目撃した訳だから、竜の里を本格的に襲撃するかもしれない。
ブリッジゲートが逃げる先はもちろん竜の里だろう。
シャーラは見つかったし、そこにいるのがほぼ確定となれば魔王だって攻め入るはずだ。
そんなことを考えていた時、セラが目を覚ました。
「ん……」
「起きたかセラ」
「……ここ、どこ?」
セラは小さな体を起こしてキョロキョロする。
俺はここが魔王城の牢屋であることと、事の経緯をセラに分かりやすく話した。
「…………と、言う訳なんですよセラさん」
「…………」
セラは絶句していた。
そして、いきなり涙をボロボロ流して泣き出した。
これには俺も慌てる。
「だ、大丈夫だって。レイヤお兄ちゃんに任せなさい」
ほとんど泣き声を出さずに、セラは泣いた。
多分声は我慢してるのだろう。
少しだけ嗚咽が漏れている。
そういえばブリッジゲートはセラに魔王と魔族がすごく恐ろしい奴らだと教え込んだと言っていた。
それで魔王城の牢屋に閉じ込められたとなっちゃあさすがのセラも怖いはずだ。
俺だって怖いもん。
しかしいつも無表情なセラだが、こうして泣いているところを見ると、俺がなんとかしないとという気持ちが湧いてきた。
元々その気持ちはあったが、俄然強くなってきた。
ありがとう、セラ。お兄ちゃんに任せなさい。
とりあえず俺はセラを抱きしめてやる。
「おー、よしよし」
「ひっぐ……ふぅ……ふぇ、うぇぇぇえん……」
抱きしめるとセラは余計泣き出してしまった。
それを見る魔族達の視線に少しイラッときたので、殺気を込めた視線で睨み返してやる。
魔族達は俺から視線を逸らした。
おそらく、2体……いや、3体までならこんにゃく戦法でなんとかなっただろう。
しかし5体となるとそうはいかない。
しかもここは敵の本拠地。わらわらと魔族が集まってくるはずだ。
策もなしに脱獄はできない。
「ふむ」
【どうするよ?】
「そうだな。とりあえずしばらく様子見だな」
とは言ったが一刻も早くここを抜け出したい。
しかしティルフィングとの相談はできない。
なぜなら、5体の魔族が俺達をずっと見張っているから。
声を潜めても聞かれるだろうし、ずっと見られているわけだから、下手な動きもできない。
俺はセラをよしよししながら考える。
セラは次第に泣き止んでいった。
しかし俺から抱きついて離れなくなった。
俺の胸元は涙でびっしょりだ。
「……ごめん、なさい」
「え? なんで?」
唐突にセラが謝ってきたので俺は聞き返す。
「セラが……落っこちたから……」
ああ、自分のせいでこうなったと思ってんのか。
「そうだな。俺のことお兄ちゃんって呼ぶなら許してやるよ」
幼女を助けるのは当り前。
今更なんだけどセラって年齢的に幼女じゃないような……、いや、小さいから幼女でいい。
「おにい……ちゃん?」
「そう」
「……分かった」
セラはコクリと頷く。
よっしゃ!
なんかお兄ちゃんめっちゃやる気出てきたぜ!
「まあ、俺が何とかするから」
「……あ、ありがと……お、おにいちゃん……」
セラはそう言うとやっと俺から離れた。
だいぶ落ち着いたみたいだけど、当前魔族はまだ怖いようで、俺のすぐ隣に落ち着いた。
セラの俺に対する好感度はマイナスからプラスくらいにはなっただろうか。
さて、脱出法を考えないと。
とりあえず魔族に話しかけてみるってのもありかもしれないな。
そう思った俺はさっそく話しかけた。
「なぁ、俺ってなんで生かされてんの?」
「……」
無視。まあ当然か。
殺されないのには何か理由があるとみた。
これなら多少ふざけたことをいっても良さそうだ。
「おい、そこのお前」
俺は牢の前に立つ5体の魔族、その左から2番目のゴキブリみたいな触覚を持った魔族を指さした。
あの触覚はおそらく角だ。
「お前だよ。お ま え」
「…………」
「さっきから臭いんだけど、お前だろ」
【ギャハハハハ!! 何を言うかと思ったら!!】
ただの挑発に見えるかもしれないが、本当に臭いのだ。
「うわぁ、これは臭い。
一瞬うんこ探しちゃったよ。しかしこりゃあ酷いな。風呂の習慣は……ないか、うんこに。
見張り交代……とかできませんよね?」
俺は鼻をつまんでそう言った。
だけどごめん。
臭いのは臭い。
でもぶっちゃけ我慢できるくらいの臭いなんだ。
【あー! 確かにこりゃくせェ!!】
「お前は臭わねーだろ」
二人で笑う。
が、それがトドメになったようだった。
「もう我慢できん!!」
ゴキブリ魔族は叫んだ。
どうやら挑発は効いていたらしい。
しかし「よせ」と言った感じで周りの魔族がゴキを止める。
が、ゴキは喚いた。
「許せん! 殺してやる!」
「殺すなと言われているだろう」
「なら女の方を殺す!!」
「……それはいいかもしれんな」
「手伝おう」
その会話を聞いて俺は顔から血の気が引いていくのを感じた。
同時に後悔した。
【チッ……!】
しまった……。
まさかセラに向くとは。
くそ……、なんてことだ。ふざけ過ぎた……。
セラは俺にしがみついてきた。
ガクガクと震えていて、目には涙が溜まっている。
戦えば、おそらく負ける。抵抗はできない。
どうする?
チェンジするか?
しかし失敗したら結果的にセラも死ぬ。
なにか……ないのか……?
セラをもう一度一瞥すると、その目の涙はすでに溢れ、歯をガチガチと鳴らせていた。
そして魔族が近づいてくるのを見ると、小さな手で俺の腕をぎゅうと強く握って目を瞑った。
なんとしてもセラは守らないと。
くそ、牢屋には良い思い出がない。
前だってシャーラを助けた時……。
「あ、リミレト」
俺達は地下牢から脱出した。




