ストレスフリー
人がほとんどいない町を渡り歩いて、さらに二週間くらい経った。
町を見つけては食料補給を繰り返し、俺達は大陸を進んでいく。
今も、俺は馬車を引いて険しい森の一本道を進んでいた。
ユーフォスフィリア大陸は広い。
東に進むごとに気温は低くなっていったが、俺の馬車馬っぷりも板についてきて、結構な平均時速で馬車を走らせることができるようになった。
いや、そういえば馬車じゃなかった。
というのも改良を重ねるごとに、馬車としての原型は消えていき、最高の人力車へと変貌を遂げてしまったのだ。
もう馬じゃこの車は引けない。
強いて言うなら、小さなキャンピングカーみたいなのになってしまった。
シャーラの要望で、中には小さな風呂もある。
ちなみに水には困らない。
元水帝のルルがいるからだ。
ルルは飲料水も作ることができて、お湯だって魔法で出せるのだ。
俺も創造で出来ないことはないのだが、いかんせん体力を使う。
だから水関連はコスパの良いルルさんにお任せだ。
しかし、キャンピングカーになってからはデメリットもある。
サイズアップのせいで進めない道が増えた、ということだ。
そんな時はキャンピングカーを持ち上げて、ティルフィング先生との共有で使えるようになった魔法、空中歩行で空を走るのだが、この移動法は目立つ。
多分今頃は勇者も復活して、俺達を必死になって探していることだろう。
エクスカリバーはどうなったか知らないが、多分回収されてる。
ベ○マもバレたし、次にエクスカリバーと戦うことになったら殺されるかもしれない。
しかも俺達がこの大陸にいることがバレてる訳だから、もしかしたら今この大陸には大勢の強者が派遣されて俺達もといシャーラを探してるのではないだろうか。
今のところそういう輩には遭遇してないが、十分に可能性……いや、ほぼ確実と言っていいほどありえる話だ。
まあ人間は大体倒せるにしても、エクスカリバー。あいつは厄介すぎる。
マジでなんで投げたんだよ俺。
「ああ、奪っとけばよかったかなあの聖剣。馬鹿かよ俺は……」
悔やみすぎて思わず声に出てしまった。
【エクスカリバーには何が起きても契約者の元へ帰ってくるという特性があってなァ! 因果的にそりゃあ無駄なことよ!】
らしい。
なら壊しとけば良かった。
壊せるかどうかは怪しいけど。
さて、変化があったのは馬車だけじゃなかった。
シャーラとルルにも変化はあったのだ。
シャーラはルルと俺から魔法を教わって、それなりに強くなった。
が、戦闘センスは下の下。
魔力と魔法のセンスがあるおかげで凄い魔法をぶっぱできるけど、それでもせいぜい弱い魔物から身を守れるくらいなのだ。
絶望的に戦闘においてセンスがなかった。
そういえば純心は完全にシャーラの私物になった。
紐を通して首に下げて、いつでも姿を消せるようにしている。
なんか人々を魅了する某指輪みたいだ。
ルルは緑髪メガネとのバトル以来、自分を鍛えるようになった。
魔法じゃなくて、主に近接格闘において自分を磨きたいらしく、ティルフィング先生の指導の元、俺とルルは頻繁に模擬戦をするようになった。
勿論、俺は身体強化もリミット解除もなしのハンデありだ。
やはり指導者がいると全然違うくて、ルルはどんどん強くなっていく。
たまに負けるくらいだ。
まあルル相手だと意識的に手加減してしまうってのもあるが。
俺も変わらず修行中の身である。
夜は基本的に俺の修行タイム。なので俺の睡眠時間はとっても短い。
だけどたまにルルが気を効かせてキャンピングカーを引いてくれるので、その時は寝る。
そういやルルはあんまりベタベタしてこなくなった。俺のことが好きじゃなくなったのかもしれない……と思ったけど、たまに来るスキンシップが俺のハートを抉るようになった。
ルルはなぜか俺とのスキンシップに恥じらいを感じるようになったらしい。
そのせいか、俺の中のルルの好感度は最近右肩上がりだ。
そうこう考えてると、キャンピングカーを引く俺の前に3匹の羽虫のような魔物が姿を現した。
スイカくらいのサイズのこの魔物は、もはや見慣れた雑魚だ。
しかし俺は撃退しない。少しだけ殺気を飛ばして、動きを牽制するだけ。
俺はキャンピングカーの小窓を数回叩いた。
すると、サイドに新しく作った戸が開いてそこからシャーラが降りてきた。
ルルも横の小窓から顔を出してニヤニヤしている。
ティルフィングもケラケラと笑った。
そう、弱い魔物はシャーラが倒すことになってるのだ。
たまに現れる強い魔物はルルの担当。
二人共強くなりたいらしいから、そう言う割り当てができた。
あ、そういえば二週間のうちに一度だけ遭遇した一本角の魔族は俺が倒した。
その時のティルフィング先生はあーしろこーしろうるさかったけど、余裕だった。
それはともかく、今からシャーラちゃんの可愛い戦いが見れるわけだ。
シャーラは俺のあげたヘアゴムで髪を後ろに纏めて、腕まくりをする。シャーラの華奢な白い腕があらわになった。
「がんばれー」
すんと鼻で息を吐いてルルの声援に答えるシャーラ。今度こそ、って顔だ。
意気込みだけは毎回よろしいんだけど……。
俺は近くにあった適当な石に腰掛けて、殺気による牽制を解いた。
一斉にシャーラに目掛けて飛びかかってくる魔物。
シャーラは身体強化を使った!
そして振りかぶってパンチ!
しかし外れた!
シャーラは必死なんだろうけど、はたからみると必死になって虫を振り払ってるようにしか見えない。
たまに繰り出す魔法もスカ。
身体強化の質だけはいいから魔物の攻撃も効かずに、無限回廊。
いつものパターンだった。
戦闘能力はあるのに、こうも弱いのはもはや首を傾げて笑っちゃうレベルだ。目突きとかビンタは当てられるのにどうして魔物には当たらないのか。ホント不思議だ。
まあこの光景は可愛いからいいんだけど。
しばらくシャーラちゃんの格闘は続き、やっとこさ猫パンチが当たって二匹倒したところで、魔物に援軍が来た。
援軍の魔物はゴブリンだった。
すぐに俺は動いた。
ティルフィングを抜刀し、ゴブリンの首を切り落とす。
ついでに虫の魔物も殺しておいた。
「ふう」
ティルフィングを鞘に戻して溜息。
するとシャーラが足取り強く俺のそばによってきた。
「虫の方は私が倒したかったんですけど」
ムスッと口を結んでそう言ったシャーラ。激戦で服はところどころ破け、そしてドロドロになっていた。
【遅すぎるんだよ! どれだけ時間かかってやがる】
「そう、シャーラ弱すぎ」
「あはは」
後ろでルルの笑い声。
これもお馴染みのパターンだった。
さて、ゴブリンはそんなに強い魔物ではない。
シャーラでも時間をかければ倒せる魔物だ。
実際、一度だけシャーラはゴブリンと戦ったことがある。
しかしその時から俺はゴブリンを見たらすぐに殺すようにしている。
なぜならシャーラの初めてのゴブリン戦で、ゴブリンはシャーラに発情してモノをおっ勃たせ、襲いかかったからだ。
もうその時はさすがに惨殺。細切れにしてやった。
そんなことがあって、ゴブリンは俺の中で最悪の魔物なのだ。
「も、もう少しで倒せましたよ」
「服ドロドロじゃん。風呂入って洗ってきなさい」
シャーラはその時初めて自分の格好の汚さに気づいたらしい。
あっとした顔になった。
「……はい」
しゅんとした声でキャンピングカーに戻っていくシャーラ。
後ろからは「ダメでした……」「次がんばろ!」なんて会話が聞こえてきた。
【楽しそうだなァ!】
「そうだな」
反省点を言い合うシャーラとルルを見て、俺はティルフィングに肯定した。
しかしティルフィングはおどけて言った。
【何言ってる、お前がだ!】
「俺?」
【ああ、楽しそうだ】
否定はできないな。確かに楽しい。こんな旅がしたかったんだよ俺は。
これが追手のない気楽な旅ならいいのに。
「……なんでもいいけど俺はどれくらい修行したら魔王より強くなれんの? つか魔王ってどれくらい強いの?」
【今の魔王がどれくらい強いかは知らねェが、お前はまだまだ魔王には及ばないだろうなァ。枷が外せてからは純粋に技術と場数の話になってくる。いきなり強くなれると思うなよ。そもそもお前はなァ……】
「あー、分かった分かった。もういい」
俺はティルフィングの言葉を遮る。
ティルフィングの長い話がまた始まる所だった。
こいつはとことん俺を強くしたいのか、そういう話になると止まらない。
耳にたこができるぜ。
【師匠の話は聞け! 】
「はいはい修行頑張ればいいんでしょ、師匠」
【ブルーダインがいたなら殴ってもらうところだァ】
「笑えないぜ」
俺は笑ってそう言った。
俺たちの旅はまだまだ続く。
ーーー
それからさらに2週間が過ぎ去り、俺達は大陸をかなり進んだところにまで来ていた。
結構前に、シャーラが倒せる弱い魔物は出なくなった。そしてルルが倒せる魔物も減っていき、今じゃ戦闘はほとんど俺。
一本角の魔族が同時出現なんてことも起きるし、日を追うごとに、進むごとに、魔物の出現頻度もどんどん上がっていった。
俺の戦闘経験はどんどん積まれていく。
それにしても昨日山を超えてから魔物の出現頻度が段違いだ。
ここはもはや人間が踏込める領域じゃなくなってるのかもしれない。
そのせいか、チラホラ見えてた人間の追手はいつのまにか消えていた。勇者なんかは未だに追ってきてそうだけど。
さて、俺はそろそろ限界を感じている。
これ以上進むことにだ。
これからは魔族の出現頻度も上がるだろう。
そうなると、俺一人ならともかく、大群で襲われるとシャーラとルルは守れない。
だから、ここに住むことにした。この山の麓に。
丁度近くに滅んだ町もある。魔物の住処になってしまってるけど、色々必要な物を手に入れられるだろう。
この案を聞かせると、誰もが同じ反応をした。
そう、「は?」と。
しかし、その理由を説明する。
おそらくこの大陸は完全に落ちてしまった。
湾岸までもう魔物だらけになっているだろう。
そしてここもどんどん濃くなっていくはずだ。
ならこの辺りに留まって、ひたすら修行に打ち込んだ方がいいはずだ。これ以上進むことに意味はない、危険が増えていく一方だ。
進むごとに、日を追うごとに魔物のレベルと出現数が上がるのだから、もう止まって日数進行だけにした方がいいと思ったのだ。
家は地下にでも作れば魔物も入って来れない。
保険には番犬ティルフィングだ。
これなら修行も捗ろう。
それを説明すると、思ったより賛同が得れた。こいつらは、文句は言っても俺の提案に反対するってことはあんまりない。
というわけで、俺達はここに住むことになった。
あんまり考えたくないことだが、魔と人の戦争はどんどん近づいている。
魔王がこの大陸を制圧したのは、おそらくシャーラがいると踏んだから。
それに元々手の届き安い場所だったってのが合わさって、宣戦布告がてらの制圧だろう。
しかしそれ以上の範囲となると、人間が有利になってくる。
前の大陸では魔物はほとんどと言っていいほどいなかった。
あそこまで勢力を伸ばして、戦いにいくには相当な時間と力がいるだろう。
だから人間はこの大陸を切り捨てて、籠城戦のようなことをしてるのだ。
魔王もこれ以上は下手に手を出せないが、ドンパチの準備は万端だろう。
きっかけがあればいつでも動く。
人間にとって、戦争以外の解決法はシャーラ。
魔王にとって、シャーラを取り返せたらもう歯止めが効かなくなるはずだ。
俺にとって、それらは両方論外。
俺達は人間が来るには危険すぎる所まで来てるから、おそらくもう人間の追手の心配はないだろう。
勇者とかいうイレギュラーもいるが、とりあえず一番気を付けないといけないのが、魔族の襲来。
今まで襲ってきた魔族は全員殺したので、位置は割れてないはずだ。
勇者の方は大体の位置が割れてしまってるが、この広い大陸で俺達を見つけるのも難しいだろう。
ーーー
さて、一瞬で家はできた。
なぜならキャンピングカーを埋めただけだから。
結構掘った、というか落とし穴の要領で穴を創ってそこにキャンピングカーを押し込んで埋める、それだけだった。
キャンピングカーの天井には煙突のような入り口を設け、そこから出入りできるようにした。
もちろん、ここがバレると面倒なので周囲の魔物は先に一掃してある。
シャーラとルルは新しい家に興奮を隠せないようで、あれこれ指示してきた。
キャンピングカーの壁に穴を開けて、いくつか部屋を作ったり、崩れるといけないので壁を補強したり、風通しを良くするために工夫したり。
そうこうしてる内に俺の創造のMPは底をついて、寝込んでしまった。
しかし半日寝るとまた作業が始まる。
それを繰り返す内に、3LDKの素敵なお家が出来てしまった。
プライベートルームを一つずつ。
地下でキャンピングカーは解体されていき、今じゃリビングダイニングキッチンである。
しかしプライベートルームはずっと欲しかった。
なぜかって? そりゃあ……ねぇ。
「いい感じになりましたね。お風呂がもう少し広かったらいいんですけど……」
「確かに、デカかったら一緒に入れるもんな。リフォームしようか?」
「……あのままでいいです」
残念だ。
それにしてもこれからは何するにしても共同。
シャーラ達の残り湯を飲むのも自由、トイレも共同なので……いや、さすがにそれはやめとこう。
待てよ? 俺の部屋と風呂は隣同士だから除き穴でも作ったらいいんじゃね?
そんな名案を思い着いた時、ルルが俺の部屋から出てきた。
「レイヤー」
「なんだルル?」
「なんでレイヤの部屋だけ通気口が3つもあるの?」
「それはね、男臭くなっちゃうからだよ」
他意はない。
【レイヤはなァ! ォ……】
「よせ!」
ティルフィングを黙らせる。
危ない危ない……。
と思ったらルルは顔を赤らめていた。
まさか……悟られた?
シャーラに目を向けると、シャーラは首を傾げてる。
「……」
ーーー
俺は修行に打ち込んでいた。
探せば魔物はうじゃうじゃいるので、ティルフィング先生の指導の元、それらを倒していってる。
シャーラとルルは家でお留守番だ。
ルルなら一緒に来ても大丈夫だとは思うが、シャーラを一人にはできないので置いて来た。
それに、さっきも言ったようにルルの倒せる魔物も減っているのだ。
だからここ数日は俺一人でこの辺りの魔物退治に勤しんでいる。
というのも強い魔物にはナワバリ的なものがあるらしい。
つまり、ここを俺のナワバリにするのだ。
入ってくる魔物を片っ端から殺していけば、そのうち魔物達はここが俺のナワバリだと理解するだろう。
そうすれば比較的安全にシャーラ達は外に出れる。
それでも俺の護衛は必須だが。
シャーラとルルには狭っ苦しい生活を強いることになるが、それはもうごめんなさい我慢してくださいだ。
最強への道のりは長い。
【そうじゃねェ! 角度甘ェんだよ! 無駄な力使いすぎだ!】
「はい師匠!」
家からそんなに離れずに俺は魔物共を駆逐していった。
ここらの魔物は本当に強い。
そんな相手に身体強化もリミット解除も禁止である。
ティルフィング先生の新しいご指導だ。
毎回死闘。たまに死にかける。
余裕で勝てたら修行にならないらしい。
たまに現れる魔族ですら身体強化のみ。たまに、と言っても一日に2体くらいのペースである。
魔族の数はそんなに多くないらしいので、こんなに倒しまくってたらいつか位置が割れそうだ。
俺達の生活リズムは完全に固定化された。
俺は朝起きて修行、シャーラ達は爆睡。昼頃になってシャーラ達が起きてくると、昼飯。
昼食後、俺の護衛付きでシャーラ達を外に出してやる。
その時にシャーラ達は軽く運動して遊ぶ。
しばらくそうすると、シャーラ達を家に戻して俺の修行再開。
その間、シャーラ達は俺が町からとってきてやった本を読んだり、洗濯をしたり適当に時間を潰す。
日が落ちると、他愛もない話をしながら夕飯を食べる。
夕飯後、シャーラ達は長い間風呂に入ってそのまま眠りにつく。
俺はそこから地獄の夜練。
夜の修行は灯り一つ許されない命がけの戦い。
身体強化のみが許されている。
それが終わって至福の風呂、夜食を食べてやっとおねんね。
と言った感じだ。
俺の平均睡眠時間4〜5時間に比べて、シャーラ達の睡眠時間は一日12時間は優に超えている。
でも太りたくないので家の中で軽く運動しているらしい。
前にシャーラとルルの腹筋運動を見た時は可愛すぎて襲いかけたくらいだ。
それはともかくそんな暇な思いをさせて本当に申し訳ないと思う。
しかしこの俺、着々と強くなっております。
こんな生活のせいで、俺の体も結構たくましくなりました。
そんな危なっかしくも平和な生活がしばらく続いた。
ーーー
ある日のことだった。
俺達は昼食後、三人で家から少し離れた所まで歩くことになった。
俺はあらゆる魔物の動きを完全に把握してしまって、今じゃ生身でも大体の魔物は簡単に倒せる。
ナワバリも獲得した。
だからこうして二人を連れて歩いても、俺がいたら魔物は襲ってこない。
最近じゃ魔物はこっちから倒しに行かないといけないくらいだ。
魔族の方ではそんなことないが。
まあそれのおかげあってか、シャーラ達の行動範囲は広くなった。
襲いかかってくる魔物がいないってだけで俺も安心できる。決して気は緩めないが。
いや、それはともかく、俺達が山麓の川辺まで降りると、そこには子どものドラゴンが瀕死で倒れていた。
「あれって……」
【…………】
竜種は、俺が身体強化でも使わないと絶対に勝てない魔物の一つである。
しかし、高い知能故に魔物と分別するのも失礼かもしれない。
種自体が魔族と険悪な関係を持っていて、孤立した種とも言える。
知識によると、そういう存在だった。
「…………」
「……レイヤ、助けないんですか?」
「でもシャーラ、竜種は危険だよ……」
ルルは竜種が無害で優しいことを知らないみたいだ。シャーラはサーペンタイン・ブリッジゲートという俺が助けた竜と面識があるからそうではないのだろう。
「……レイヤ」
【お前らは下がってろォ!】
ティルフィングの声が響いた。
俺も何も言わず、枷を外し、身体強化を施す。
そう、ドラゴンの子どもを助けるのは後回し。
今は、前方約100m先にいる2本角の魔族に集中しないといけない。
川の上流大体100m先にいる、小柄な2本角魔族。
風貌は人間のそれとほとんど変わらなかった。しかし確かに頭に2本の角、そしてここからでも見える鋭い目つきと、赤い瞳。
この距離。
本来ならないのと変わらない距離だ。
しかし今はなぜかこの距離が果てしなく遠く感じた。
分かっている。奴から戦闘意思が感じられないからだ。
そしてその吊り上がった口元。
おそらく、奴は逃げる。
だが絶対に逃してはならない。
確実に、なんとしても仕留めなければならない。
絶対にだ。
しかしシャーラ達から一瞬でも離れていいのだろうか。
それも論外だ。
魔物に襲われたりでもしたら、終わる。もしかしたらあいつは単体じゃないかもしれない。
周りに気配は感じないが、侮れない。
シャーラ達の安全に関して、俺は半端なことはできないのだ。
だから、俺は動けなかった。
それを分かって、あいつは笑っている。
と、まあ修行前の俺ならこんな思考をしたんだろうなぁ、なんて考察をしてみた。
残念ながら見知らぬそこのお前。
射程圏内だ。
【よし、やってみろ】
「りょ」
ティルフィング先生が合図を出したので、俺はこんにゃくを奴の目にペーストした。
届くんですよねこの距離でも。
同時に地を蹴る。
一瞬と呼べるスピードでそいつの前に移動すると、そのままティルフィングを抜刀、首を切り落とした。
もちろん、それだけで終わるはずがない。
無数の斬撃をその魔族の体に浴びせ、最後に落ちた頭は踏み潰した。
ドシン、と地が揺れる。
2本角の魔族は声を上げる間もなく死んだ。
完 璧。
「どうっすか師匠」
【力みすぎだァ!
だが不意打ちとしてはまあまあだな、さすがコンニャク戦法と言ったところか】
力みすぎかぁ。
確かに2本角だから多少緊張していたのも事実。
こんにゃく戦法がなければ苦戦した相手かもしれない。
しかし不意打ちとは言え、2本角を難なく倒せたのは自信になりそうだ。
真っ向勝負だとどうなるかは分からないが、これならシルディアだって倒せそうな気がする。
ティルフィングもエクスカリバーに傷を付けたのは凄いと褒めてくれたし、やっぱりこんにゃく戦法は最強の不意打ちだ。
タイマン勝負ならまず負けないんじゃないだろうか。
俺は小走りでシャーラ達の元に戻った。
「俺強すぎ」
【自惚れんなァ!】
シャーラとルルはきょとんとしていて何が起きたか分かってなさげだった。
まあいい。
そんなことより、ドラゴンの子どもを手当てしてやらないと。
ーーー
子どもとは言え、そのドラゴンの体は俺の体格の三倍はあった。
俺が体の傷を治してやると、ドラゴンは飛び回って喜んだ。
「なにがあったんだ?」
俺はドラゴンに事の経緯を聞いた。ドラゴンは言葉が通じることに驚いたらしいが、事の経緯を話してくれた。
『空を散歩していたら魔族にやられたんだ。人間、助けてくれてありがとう』
なるほど、さっきのあいつか。
「それは災難だったな。
俺はレイヤ、こっちは魔剣のティルフィング」
「え? レイヤは竜の言葉が分かるの?」
俺がドラゴンと会話してると、ルルがそう言った。
そういやこいつらはこんにゃく様の恩恵を受けてないんだった。
「ああ、そういえば」
俺はシャーラとルルにこんにゃくを手渡した。
シャーラはどういう物か知ってたからそれを一口、ルルは「前から思ってたんだけどこれってなに?」と聞いてきた。「食えばわかる」と返す。
ちなみにティルフィング先生は竜の言葉がわかるらしい。すごい。
定期的にこんにゃくを食べてるせいで分からないけど、もしかしたらティルフィングとの共有のおかげで俺は異世界語を話せるのかもしれない。
つーか多分話せる。
まあそれでもこんにゃく食った方が話しやすいと思うが。
さて、話は戻るがこの子どもドラゴンの名前はリバルギア・レインギーナというらしい。
そしてレインギーナはなぜかルルを気に入ったらしく、懐いたみたいだ。
ドラゴンの散歩は規模が違う。
世界一周とかがザラらしい。
『レイヤ達はこんなところで何してたの? もう人間はほとんどこの大陸にはいないはずなのに』
「ちょっと魔王ボコろうと思いましてね。修行中なんすわ」
レインギーナははぐらかされたと思ったらしく、唸った。
しかしルルが「本当だよ」とそれを肯定すると、レインギーナは信じた。
『魔王を! すごいねそれは! 僕も魔王は嫌いだからぜひともやっつけてほしい!』
「そのためにはまだまだ強くならないといけないっぽいんだよなぁ……」
「あとどれくらいかかるんですか?」
【分かんねェよ。相当時間がかかることは確かだ】
もうエクスカリバー辺りが倒してくれたらいいんだけど……。
いやいや、せっかく決めた目標なんだ。俺が達成することに意味がある。
そしたらきっとその先に待つ異世界ライフは至高のものだろう。
でもここじゃあもう強くなれなさそうだ。敵がいないってのも困るな。
『レイヤは強くなりたいの?』
「はい、世界最強目指してます」
『じゃあ、僕の里に来ればいいよ。強い仲間がたくさんいるんだ!』
【竜の里か! そりゃあ良い案だ!
いやァ、ガキの頃はよく行って返り討ちにあったもんだぜ!】
「いつの話だよ」
マジで。
しかし竜の里か。魔族と敵対してる竜種の里なら安全に修行も出来そうだし、相手にも困らなさそうだ。
それに人間の追手もこれないだろう。
うん? 完璧じゃないか。
『魔剣さん、竜の里を知ってるの?』
【ああ! 懐かしいぜ! そうか、まだあんのか竜の里。でもドラゴンの寿命から考えてオレのこと知ってる奴はさすがにいないんだろうなァ……】
『長老様が三千歳だよ』
【ああ、なら知らねェや】
俺達は、家を捨てて竜の里に行くことになった。




