レイヤぶっ飛ばす
魔王を倒す。そんな目標が出来た俺達が目指すのは、魔王が住まう城なんかではなかった。倒すのはあくまで最終目標であり、今すぐできることではないのだ。
だから今の俺達がしなければならないことは、RPGでいうレベルアップ。
俺達ではないな。俺、だ。
シャーラとルルはなんか戦うとかおっしゃてますけど、もちろん戦わせない。雑魚ならいいけど。
シルディアで分かったが、魔族はとにかく強い。
元水帝のルルでも、魔族が相手となると、きっと足手まといになってしまう。それにシャーラは殺されないだろうけど、ルルなんかは殺られる可能性がある。
そんなルルに戦わせられるわけがないだろう。
だからこそ、俺はもっと強くならないといけないのだ。
それこそ世界最強を目指す勢いで。
さて、魔王城とやらはここからさらに東の、さいはての大陸にあるらしい。その大陸はいわゆる魔界と呼ばれている。
魔王城に行くには、もう一つ海をわたらないといけない。
だがさっきも言ったように今は時ではない。
だから、俺達はとりあえず大陸の内地に向けて突き進むことにした。湾岸を進むならともかく、内地直進となれば魔物や魔族との戦闘は避けられないだろう。
しかしもちろんそれはレベルアップの為。ついでに強力な仲間(♂)が欲しい。ホモ的な意味ではなく。
というわけで、この大陸に残された可哀想な人達を助けながら、進んでいこうと思う。そしたら出会いだってあるだろう。
そこまでシャーラ達に伝えた俺は、新たな問題を発表した。
「馬車、いるくね?」
そう、急いだ旅じゃないので馬車が欲しいのだ。
ずっと歩きだとシャーラが疲れるだろうし、ルルはなんか大丈夫そうだけど、夜になるとおばけおばけ騒ぎ出しそうだ。
そして俺としては魔王を最終目的にしてるのに、馬車がないのは少々遺憾である。
「そうですね、馬車があれば野宿の時とか便利だと思います」
「だろ?」
「あのおじいさんに頼んでみる?」
【さっき酔いつぶれてたじゃねェか】
と、言う訳で。
町を荒らして見つけた馬車……拝借させてもらいました。
まさにこんな馬車が欲しかった、ってな感じの馬車だ。
馬はいなかったので、しばらくは俺が馬代わりとしてこの馬車を引きます。
馬車馬のように働きます。
でも、馬は下手するといらないかもしれない。
なぜなら、俺が疲れるのは全然構わないわけだし、浪漫としては欠けるけど、シャーラとルルの負担を減らすことができたらそれでいいからだ。
そしてなにより、ラインの荷馬車を奪った事があっただろう。その時の馬と来たら最悪だった。
そう、俺は動物たちの声も聞けるわけだ。
だから鞭打ったりなんかしたら、奴らは『ってーな』とか文句を垂れながら走るのである。
そんなのなんか嫌だ。あの時は我慢したけど。
「じゃ、行きますか。シャーラとルルは馬車ん中入っとけよ」
「嫌です」
「いや」
「はい?」
「レイヤばっかりしんどい思いしてるよ」
「そうですよ。私達も歩きます」
【ケケッ】
これじゃ馬車はなんの為に手に入れたのか……。てかさっきはオッケーみたいなノリだったじゃん。
「いや、だって……」
「馬がいなかったら意味ありません」
シャーラさんはそう言いますけど、馬があってもわたくしは外なんですよねぇ。
俺はシャーラとルルを持ち上げて、馬車の中に放り込んだ。
そして出発する。
さて、馬車は俺流にカスタマイズした。
まずラーメンの屋台のようなスタンスで、俺が引けるようにしてある。
車輪もゴムタイヤに変えて、車体も強化した。
車中にはふわふわの毛布を敷いてあり、勿論簡易窓も備え付けた。土足厳禁だ。
その際大量のこんにゃくを生産することになってしまったのは言うまでもないだろう。
「レイヤ、下ろしてください!」
シャーラは馬車の先頭部分の窓を開けて言った。ルルもちょこんと顔を出している。
「こっから話せるしいいじゃん」
俺は笑ってそう言った。
するとシャーラはなぜか顔を赤くして窓を閉めてしまった。
「風が冷たいな、ティルフィング」
【オレは感じねェよ】
ーーー
2日程、馬車で道を進んだ。
早朝は馬車の中から聞こえていたシャーラとルルの話し声が、今はないから少し寂しい。
多分寝てしまったんだろう、よく寝る奴らだ。
そんな時、ガサガサっとしげみから何かが飛び出した。
馬車に向かって飛び出したそれは、犬のような魔物だった。
「またかよ」
俺はその魔物を殺気を込めて一睨みする。
すると、魔物は驚いて引き返していった。
【ザコしかでてこねェな】
さっきから魔物がよく現れる。
その度に俺はこうして追い払うのだ。一々倒すなんてことはやってられない。経験値でもあれば別だけど。
腹が減ったので、俺は一度馬車を止めて、車内に積んである食料を漁った。
町を出るときに水やら食料やらを、そこらの民家から貰っておいたのだ。
シャーラ達は固まって一緒に寝ていた。二人共スゥスゥと寝息を立てていて、気持ちよさそうだ。
俺は二人に毛布を掛けてやる。
そしてその中に飛び込みたい気持ちをぐっと抑えて、馬車の戸を閉めた。
「よし、行こう」
干し肉を齧りながら、俺はそう言った。
【誰に言ってんだよ】
「お前だよ」
それにしても旅は長くなりそうだな。
あの老人に聞いたところによると、俺達が行くこの道の先には結構大きな町があるらしい。
馬の足で3日。俺のこのペースだと、あと3日くらいはかかりそうだ。
着いたとしてもどうせ町の惨状は分かりきってる。
それからまたしばらく道を進んだ。
「…………」
【よォ、こりゃあ……】
「囲まれてんな」
魔物の気配じゃない。人の気配だ。
面倒だな。
盗賊かなんかだろうか? いや、そんなことをする意味が今更あるのだろうか。
町は空き巣し放題だし、食料や水、金品だって町にいけばいくらでもある。
旅の者を襲うメリットなんかないはずなのに、なぜだ?
とりあえず俺は馬車を止めてティルフィングを鞘から抜いた。
するとそれを見たのか森のしげみの中から一斉に人が現れた。
数は……7人か。
楽勝だ。
と、そう思ってた時。
俺に飛びかかってきた人間達が同時に四方に吹き飛んだ。
さらにそれと同時に俺の前に降り立ったのは……
「ふぅ、危機一髪だわ!」「バルト、魔法! うまく行ったよ!」「まだこんなところに人がいるなんて……」「…………」
「危ないよ。最近は盗賊による人を狙った狩りが少ないとは言え流行ってるらしいからね。この大陸は荒れ放題、早く他の大陸に……ってお前は……」
勇者バルトと、その取り巻きハーレムだった。
ハーレムは2人増えていた。
【よォエクスカリバー!!】
【お前か、ティルフィング】
「探したよ……、本当に探した。世界中を駆け回った。
お前がシャーラちゃんを連れ去ったせいで、戦争が起ころうとしているんだ、レイヤ」
俺は溜息を吐いた。面倒くさい。面倒くさいぞこれは。
勇者もなんかかなり強くなってるっぽいし、ハーレム美少女達の纏うオーラも変わってる。
新しく追加されたハーレム一角で黙り込んでる緑髪メガネ。あいつは特にヤバイ。見たらわかる。
とにかく、勇者のハーレムパーティの戦力は底上げされていた。この一ヶ月で何があったんだと言わざるを得ない。おそらく相当な場数を踏んだんだろう。
が、場数 (ルルパパに殴られた数)で言えば、俺の方が圧倒的に多い。
当然、踏んだ場数が多い俺の方が圧倒的に強くなっている。
俺はまた溜息をついた。
しかし言ってやった。殺気をこめて。
「もう面倒くさいから全員掛かってこいよ」
バルトは動じなかった。
が、ハーレム面々に今のは効いたらしく、ルーシェともう一人の新キャラはへたり込んでしまった。
アイリンも一歩後ずさって、結果的に動じなかったのはバルトと緑髪メガネだけだった。
とにかく、これであの3人は俺にかかってくるなんて無謀なことはしなくなっただろう。
【今のは中々良いぞ】
「あざっす師匠」
殺気はティルフィングに教わったのだ。瞬間的に「殺す」という気持ちを強く放出するだけ。しかし甘々な俺がこれを習得するのは中々苦戦した。
だって殺す気もないのに殺気を飛ばすなんて無理にも程がある。結果的に出来るようにはなったんだけど。
【ティルフィング、お前も主人を鍛えたか】
【こっちは並の鍛え方してねェぜ?】
【バルト、私達の共有率を教えてやれ】
バルトはエクスカリバーを鞘から抜刀して、言った。
「60%だ」
【どうだ、ティルフィング】
【オイレイヤ、オレらの共有率言ってやれよ】
「あ、70っす」
【なっ……!?】
一ヶ月の修行の間にまさか共有率まで上げさせられるとは思わなかった。
俺は枷を外す。
アトラクトして身体強化も使った。
それに誰よりも早く反応したのは緑髪メガネだった。
「……みんな……逃げる、よ」
それだけ呟いて、勇者ハーレムの足元には魔法陣が現れる。
そして三人の美少女達は訳もわからず飛ばされた。
俺の目の前に残ったのはバルトだけ。
【あの緑やるなァ!】
邪魔がいなくなったのは嬉しい。
シャーラを奪いに来るようなら、俺は最悪あの美少女達にも手を上げるつもりだったからだ。
が、その必要はなくなった。
今、俺が潰せばいいのはバルトだけである。
俺は一瞬でバルトの目の前に移動した。
【……っ!】
エクスカリバーからは驚きの声が聞こえたような気がしたが、バルトはそれでも動じない。
こいつのこの余裕はなんだ?
分からないのだろうか。
少なくとも今の動きにも反応できていたようには見えなかった。
しかし次のバルトの言葉で謎は解ける。
「僕は怒ってるんだ。君のせいで数え切れない人が犠牲になった」
なるほど、ただ怒ってるだけか。
「てめーが守れよ。仕事しろ、勇者」
そう言って、俺はバルトの鳩尾に軽く拳を叩き込む。
バルトはそれになんとか反応して両手で受けたが、衝撃は殺せない。
後方に吹っ飛ぶバルト。バキバキと木を折りながら遠くまで飛んでいった。
俺は地を蹴ってそれを追撃する。しかしその頃にはもう前からバルトが突っ込んできていた。
【勇者の野朗それなりに強くなってるなァ! 物足りないが修行の成果を見せてもらうぜ!!】
バルトと衝突する、その寸前で俺は地を蹴り飛び上がった。
――空中歩行
俺は空に着地した。
バルトは俺を追って飛び上がり、俺と同じ魔法を使って俺の前に立った。
そしてバルトは言う。
「正直、今の僕ならレイヤを圧倒できると思っていた。まさか互角とはね。
でも、僕はお前を殺す。許せないんだ」
「そうか、だが残念だけど俺は互角とは思ってない。
俺の方が、数段格上だ」
「御託はいい、剣を交えて教えてくれよ。この僕に!!」
バルトは空を踏み込み、俺を下から切り上げた。俺はそれをスレスレで見切って躱す……予定だったんだけど、手で止めてしまった。
なんていうかね、もう遅すぎて遅すぎて……。
エクスカリバーの能力は危機感を奪うんだっけか?
それでこんなことをしてしまったのだろうか。
ティルフィングが俺の体を使ってたら、こんな無駄なことは絶対にしない。
だけどそれほどまでに、俺にとってその攻撃は遅く愚鈍で間抜けな攻撃だった。
【レイヤァ!! そうじゃないッてオレは何回も言ったよなァ!!】
俺はビクッと震えた。ルルパパに殴られる――と思ったが、ここにルルパパはいない。
ホッと息を吐いた。
「す、すいません師匠……」
一方、バルトは開いた口が塞がらないようだった。
「あ……あ?」
【ティルフィングお前、……バルトはまだ少ししか枷を外せない……。どんな修行をさせたんだ……】
【ブルーダインがつきっきりだったからなァ!】
【なるほど、それは……ずるいな】
俺も枷を八割方外せるとは言っても、いきなり全開では動けない。
体が引っかかるような感じがするのだ。
後、俺が使う身体強化は質があまり良くないらしく、ティルフィングには遥か遠く及ばない。
が、ティルフィング曰く俺には伸び代はまだまだあるらしい。
……頑張ろう。
「ぐ……! はな、せ!!」
俺はエクスカリバーを摘んだ手をパッと離す。
そしてその反動で後ろに仰け反ったバルトの顔面に思いっきり蹴りを振り下ろした。
バルトは吹き飛び、森の中を騒がせた。あちらこちらの木々から鳥が飛び立っていく。
「……」
【……わりィ。勇者はそんなに強くなってなかった。いや、お前が思ったより強くなってたのかァ。ブルーダインにボコられてばっかだったから麻痺してたぜ……】
「…………どうしよう、相手になんねぇ……」
あの一ヶ月でかなり強くなったことは自覚していたがここまでとは。
つーか、俺の戦い方は大きく変わったのだ。その戦術を使うまでもないというのは少し寂しい。
俺に似合う新しい戦術だったのに……。
「こんにゃく戦法、使いたかったな……」
【オレも見れるもんだとばかり……】
こんにゃく戦法。
そう、ヒントはティルフィングの言葉だった。
初めてルルパパと模擬戦をして、ボコボコにされた後の会話を思い出す。
――思ったんだけどよォ、なんでお前創造をもっと使わねェの?
――いや、だってこんにゃくがでるし。
――いや、出せよ。
――は?
――だって、コンニャクならいつでもどこでも出せるんだろ?
――ああ。
――やっぱし最強じゃねェか。逆になんで使わないのか分からねェ。それを使えばブルーダインからも一本取れるだろうぜ。
――は? どうやってもこんにゃくなんて使いもんになんねェよ。
――だからよォ、お前はその能力の使い方を根本から間違ってるんだよ。コンニャクがノータイムで出せる。それだけで最強の武器だ。目で追える敵なら誰にでも勝てるレベルでなァ。
――なにを言ってるのかさっぱり……。
――視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚。近接戦闘において五感の中で何が一番大切だと思うよ?
――視覚、と言いたいところだけど達人は視覚に頼らない! ズバリ、触覚だ!
――残念、視覚だ。お前の知識にある漫画とかアニメってやつかァ? あんなの嘘っぱち中の嘘っぱちだぜ!
――そうなのか?
――ああ、全ての生物において、近接戦闘における最も大切な感覚は視覚だァ。動体視力が全ての頂点に立つ。相手の動きを見て、考える前に感覚で動けるようになったらそりゃあもう一人前だ。
――なるほど。で、それとこんにゃくになんの関係が?
――コンニャクで目くらましでもなんでもできるだろって話だ、言わせんな!
――……! なるほど!
ってことがあったのだ。
俺とティルフィングの共有率は70%だけど、ティルフィングから教わることはかなり多い。
なぜならあくまで共有されるのは知識だけだからだ。
経験則や、そう言った知識として植え付けられてないものは直接ティルフィングから聞いて学ばないといけない。むしろそっちの方が大切だ。
それにしても創造をそんな使い方するなんて発想はなかった。
思えば騎士長相手にそんな使い方をしたことがあったが、思い通りにならない、創造は役に立たない、なんて固定観念が植え付けられてしまい、その上ティルフィングが手に入ってしまったもんだから、創造に頼るのをほとんどやめてしまったのだ。
だから、創造をそういった形で実戦に役立てようなんて考えは浮かびもしなかった。
師匠様々である。
ちなみに、こんにゃく戦法を使ってもルルパパからは一本も取れなかった。なにしろあのおっさんはサイズがでかすぎる。
そして、ティルフィングが見誤ることが多いことにもその時気づいた。
だけど、こんにゃくを文字通り目の前に貼り付けるように創造したり、足元に出現させて転ばせたりすることができるこんにゃく戦法は、ティルフィングの言うとおり最強だと思った。
何より、俺らしい。
ふう、今まで思いつかなかったのが馬鹿みたいだ……って思ったけど、本当の本当に勝てない相手に出会うのはシルディアが初めてだし、そもそも戦闘経験自体そこまでない訳だから、後悔のようなものは感じなかった。
さて、そうこう考えてるうちに勇者が取り直して俺の前にまた戻ってきた。無駄なのに。
「レイヤと言ったか? 先に謝っておく。すまない。
バルトは覚醒する度に強くなるが、どうやら今回は絶対に勝てなさそうなんでな。
バルトが殺されるのは流石に私も困る。
私がお前を殺すことはしまい。
だけど、半殺しくらいにはさせてもらうぞ」
……? 何言ってんだこいつ。
つか口調が変わった?
【エクスカリバー! 僕はまだやれるぞ! 体を返してくれ!】
「ダメだ。バルトじゃあ勝てない」
【そんな……】
そのやりとりを見て気づいた。
【ゲッ……!】
「マジかよ……」
チェンジかよ。




